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December 29 [Mon], 2008, 10:50
ゴッドファーザーさん>
ありがとうございます。
ただ、私の場合言いたいことは毎度のごとく今回も案外単純で、
「知識がある、情報通、だからなんなのさ?」というただそれだけのことだったりします。
昨今、個人、企業問わず力がありそれについていれば大丈夫だったというものが次々と崩壊していっています。(アメリカならリーマンだとか、日本ならトヨタとか各新聞社とか個人なら小室氏とかもう色々と)
これは絶対普遍のものはこの世にないということなのだと思います。だから昨日まで使えた情報や知識は今日は使えないかもしれない。であるならば、「自分は博識だ」とかそういった驕り、高ぶりは非常に危険な事だと思うのです。
シェンムー的に言うと、武徳の「戒」がこれにあたると思います。
「能ある鷹は爪を隠す」にあるように、知識をひけらかしたがる人ほど己の無知を知っていないのです。

ごく稀な例外として己の無知を知っていてもダメダメな人間もいますが→私自身



DIVEさん>

>「人を傷つけてはいけない」という知識があっても、どう接すれば傷つけずに済むかという知恵が備わってない。「犯人はヤス」という知識はあっても、実際にポートピアをクリアする知恵が備わってない。

非常に分かりやすい具体的な例をあげていただいて助かります。やはり、良い意味で頭のきれる方は難しいことを簡潔に分かりやすくまとめて文章化できるものなのだなと思います(DIVEさんのように)。難しいことを難しいまま言うのは阿呆のやることです(私のように)。
特に「人を傷つけてはいけないという知識があっても、どう接すれば傷つけずに済むかという知恵が備わっていない」というのは私も多々反省するところがあるなあと思いました。良い意味で自分が一刀両断されたような、そんな感じです。そしてまさにそれこそが今回私が言いたくてまとめられなかったことの中心にあるものなのだと思います。
1つだけ補足させていただくならば、
「結果的に人を傷つけてしまっても、それについて後から自己反省できる人」
というのもこの場合の知恵のある人にあたると思います。
「過ちを改めざるして、これを過ちと言う」とかそんな言葉があったと思いますが、知識過多というか頭でっかちな人は常に自分が正しいと思っているから己の行いを見つめなおさない(自分と闘うことをしない)というところが最も危険なことだと思うのです。
点と点を結んでいる時が重要なのであって、結べた事はさして重要じゃないんですよね(と勝手にDIVEさんのコメントから解釈)。私の場合人生の目的が「悟りを得ること」なので、特にそう思います。結果(答え)からは悟れることは少ないけれど、過程(思考している時、点と点を結ぼうとしている時)の方が大事な悟りを得られる。
そんな気がします。
P R
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