デニムの首輪(30) 

December 03 [Mon], 2012, 7:45
デニムの首輪(30)

「デニムがあの老婆を交通事故から未然に救った。この未然というのがキィワードなんだよ。『気』には奇跡とも言える能力が備わっている。だがそれは、一度起こってしまった事を変えてしまったり、過去に時間を戻したりすることが出来る能力では、決してないんだ。考えてもみたまえ。『気』たちに、過去に起こった出来事、すなわち歴史を変える能力があるとしたら、それこそ、時空間がハチャメチャになってしまう。たった一つの過去の出来事を変えてしまうだけだ、と思っても、それから派生する色んな矛盾が、この時空間を破滅へと導いてしまうだろう。この地球における時空間の破滅は、微妙なバランスの元で、常に膨張を続けている宇宙に、小さな亀裂を生むことになる。一度生まれた時空間の亀裂が塞がる事はない。ブラックホールのように、宇宙の極一部を占領するものではないんだ。地球に生じた時空の亀裂は、宇宙の膨張の速度に百乗して拡がって行く。たいして時間を置くことなく、この俗世は、いや、宇宙が消滅だ。だが、これから起ころうとしていることには、それも、大きな未来に対してではなく、目先のことで、大きな未来に対して影響のない事であれば、対応することができる。それが、あの老婆が車との衝突寸前に、デニムに救われたことだ。あの老婆の場合だって、既に車に撥ねられた後であれば、それは叶わなかった。分かったかね」
「おい勝弘、俺は空間に漂って、俗世の流れを見て来ただけだし、俺たちの持つ能力だって、ただ漠然と、あんなんが出来るんかなぁ、などと思って過ごしてきただけだ。それに、今、こうやって俗世にあっても、その仕組みさえ満足に熟知しているわけじゃない。そんな俺にだって言いたいことがあるぞ。じゃあなあ、それじゃあ、じゃじゃ、なんで俺たち『気』の存在なんてあるんだ。過去も変えられない。未来についても、大きな未来という肝腎な事は変えられない。俺たちの存在意義って何だ!この地球の未来は誰が守るんだ!」
「ちび助、デニム、ハマキ危機を知っているか」
「ああ、あの頃も僕は、ここら辺りを猫で居た。当然、知っているさ」
「勿論、俺だって知っている」
「その危機は、一九六二年十月十四日からの十五日間だ。リコテッキー合衆国に隣接する島国であるハマキ共和国に、アカダー連邦がリコテッキー合衆国内を射程圏内とする核ミサイルを配備しようとし、それを阻止しようとするリコテッキー合衆国が、アカダー連邦と一触即発の状況となった。片やリコテッキー合衆国を中心とする自由主義国家群、片やアカダー連邦を中心とする共産主義国家群と、世界を二分して冷戦状態にあったわけだが、ハマキ共和国が、アカダー連邦と手を組もうとしたのには、因縁とも言える訳がある。革命によってハマキ共和国を築き上げた、その若き革命家カストル首相が、経済援助を求め、五一年初頭にリコテッキー合衆国を表敬訪問した。その時に、その因縁とも言えることが起きたんだ。時のユウゼンパワー大統領は、ゴルフをするために、その会談を欠席したと言われている。大統領に代ってカストル首相と会談をしたのが、あのクオーターゲート事件のヤサイソン副大統領だ。そのヤサイソン副大統領は、カストル首相を真っ赤かな共産主義者だと決めつけて報告した。この非礼で侮辱的な扱いに激怒したカストル首相は、以後、リコテッキー合衆国を目の敵とし、リコテッキー合衆国も、軍事力をもってしても、打倒しなければならないハマキ共和国の、カストル政権だとした。六一年には、ブタッス湾事件が起こるが、これにリコテッキー合衆国は勝利できなかった。そこで、時のケネマンス大統領は、セングース作戦なるものを展開し、カストル政権を打倒しよとした。その作戦が功を奏し始めるのが、六二年の十月二十日だとされていた。まさに、アカダー連邦が、ハマキ共和国に、リコテッキー合衆国内を射程圏とした核ミサイルを設置しようとしていた時期に重なるわけだ」
「それが、いったい、俺の言いたいことと何の関係があるんだ」
「ちび助が、『気』」の存在が何の為に、と言うから、その事を話している。大きな未来に関わった『気』たちの話しだ。最後まで話を聞くがいい」


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デニムの首輪(29) 

December 02 [Sun], 2012, 21:19
デニムの首輪(29)

 十二月に入って二日目。全国的な冷え込みは、此処でも例外ではない。
 そんな昨夜半からの冷え込みの中、今日の夕方になってもデニムが姿を現さない。心配になり、その事を勝弘に話すと、ちび助とは違って、ほとんどを俗世で過ごしてきたデニムは、たかが冷え込んだくらいで、何かがあるなんて、そんな軟(やわ)なやつではないから心配するな、と言う。

 デニムが帰って来たのは、つるべ落としに、更に重石をつけたように早い、冬の夕暮れ時を三時間も過ぎた頃だ。
「勝弘さん、いったい、これは何なんだ!」
 デニムが首と首輪の隙間に、前足の爪を入れ、その首輪を持ち上げるようにして、日頃の穏やかなデニムには想像できない厳しい表情で、叫ぶように言った。
「見ての通り、首輪に決まっている」
 デニムの勢いとは反し、当たり前じゃあないか、とでも言わんばかりに、勝弘の反応は冷静だ。
「外そうとしても外せない、このデニムの首輪は、僕が消滅してしまう事から僕を守るために、勝弘さんがつけたと思っていた。それは、この俗世で残されたたったひとつの、最後に使える僕の能力までを封じ込めたという事なのか」
 そうデニムに言われてみると、なるほど!と思った俺は言った。
「そりゃあそうだ。俗世で使える、その最後のひとつの能力を使えば、約束事として、デニムが消滅するわけだから、消滅することからデニムを守ろうと思えば、当然、その能力も使えなくなっているわけだ。なるほど、なるほど、ふむふむ」
「確かに、デニムが消滅してしまう事を守るために、私はそのデニムの首輪をデニムにつけた。しかし、その首輪をつけられたからといって、そんな縛りは無い」
 え?なんだ、違うのか、と俺は思った。更に勝弘が言葉を続ける。
「その首輪をしていれば、何をしようと勝手気儘だ。ましてや、その事で、永遠に消滅してしまう、などという縛りもない。ただし、デニムがデニムとして此の世に存在していて、この世で最後に残された一回限りの能力を使えば、たちまち空間に漂う『気』に戻ってしまうだけさ」
「いや、そんなはずはない。僕の能力が使えなかった」
「ほう、いったいどんな事に、デニムの能力を使おうとしたんだ」
「すぐ近くにある幹線道路の、此処からも見える、あの横断歩道を青信号で渡ろうとしていた子供が、信号無視の車に撥ねられてしまった」
「それで、デニムはどうしようとしたんだ」
「その光景が、あまりにも悲惨で、子供があまりにも可哀想だった。それで、思わず元に戻れと・・・」
「その事が叶わなくて、それで、それがショックだったのか。その事を思い悩んで、今の今まで、餌も食わずに、何処かをほっつき歩いていたわけだ」
「ああ、その通りだ。悪いか?勝弘さん」
「相変わらずのデニムの優しさだ。決して悪い事でもなんでもない。でもなあ、君たちには、そんな能力は無い」
「え?だって、あの老婆だって救えたのに」
 俺もそうだと思った。そんな能力がないのなら、何故、デニムはあの老婆を救えたのだ。その事を教えて欲しい。


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デニムの首輪(28) 

November 30 [Fri], 2012, 19:40
デニムの首輪(28)

「つまりは、僕に万が一の事があって、そのまま消滅してしまう事を防ぐために、勝弘がつけた僕のデニムの首輪なんだ」
「ということは、万が一の事があってデニムの肉体が滅びれば、デニムが消滅するのではなく、身代わりに勝弘が、という事なのか?そうしてデニムは、空間を漂う『気』に戻るわけだ。当然、デニムの肉体の寿命が尽きた時も、同じことなんだ」
「うん、そういうことだ。僕のような立場になれば、君のように敏感に危険を察知する能力が、徐々に衰えるらしいから」
「そうなのか、そりゃあ弱ったなあ。俺はこの肉体の寿命が尽きるまでは、勝弘と一緒でいなけりゃあ困る。勝弘の事が大好きだ。それだからといって、デニムが居なくなるのも困る。今、俺がこうやって生きる為には、勝弘の存在も、デニムの存在も必要不可欠だ」
「いや、僕の存在はともかく、勝弘の事だ。考えてもみるがいい。勝弘が居ればこそ、僕も君も、餌の心配もせずに、自分が思うが儘に生きていられる。野良になって餌を探す苦労だけでも、並大抵のことじゃないぞ」
「ああ、そうだなあ。俺が野良をやっていた時も、勝弘の餌しか当てにしていなかった。もし、そうでなかったらと考えると、ぞっとする」
「僕がこの首輪さえ外すことが出来れば、問題は解決するんだが」
「それも困る。俺にはデニムも必要だ。それにデニムにだって、未来永劫の生というものには、執着があるだろう」
「ちび助、実はなあ、僕は、生は一度限りで良いと思っているんだ」
「うん?言っている意味がよく解らない。どういう事なんだ?まさか、それで、あの老婆を交通事故から避け、あの老婆から、デニムを捨てた、という記憶を飛ばしたんじゃないだろうな」
「いや、あれは、敢えて僕が未来永劫の生を捨てる為に、あのように、タブーである能力を使ったわけではない。もっとも、常日頃から、その未来永劫の生が、何よりも大事と思っていたなら、そうはしていなかったかもしれないが、瞬時の判断がそうさせただけだ。結果として、僕の望むところとなったわけだ。それに、その判断が間違っていたのであれば、そこいら中の空間に漂っている『気』が、ノンの判定を下し、『気』の全てが持つ、強烈なストッパーに、全員してスイッチを入れただろう。歴史そのものの流れを変えたり、必然として生まれて来るものを無きものにする、といった事であったりすればだ。未来永劫の生を捨てる覚悟をしてまでも、その能力を使うのだ。今、僕が言った事のように、余程の間違い、或いは、この俗世の慣習、流れにおける矛盾が無い限りは、見逃してもらえるという事だ。すなわち、僕がああした事は、確かに俗世にある『気』では、絶対に行ってはならない、正しくない事ではあるが、間違いではなかったという事だ。当然、結果として、僕は未来永劫の生を失った。ただそれだけの事さ」
「間違いでなければ、正しいんじゃないのか?それに、俗世の慣習とか流れとか、良く解らん」
「俗世の慣習とは、例えば、それが俗世において正義であるか否か、そういったことだ。今の此の世の倫理観に逆らうようなことは、この世の流れを変えることになる。正義も時代によって異なってくるからなあ。そう言った事に逆らってはならない。歴史を変えることにもなるしなぁ。間違いではないが、正しくない事って、この世には沢山あるのさ。それに正しい事だが、間違っていることもなぁ」
「まったく、複雑怪奇なのが、この世の中なんだなぁ。具体的にはどんな事だ」
「う〜ん、君が言うところの、今の此の俗世で経験を積めばわかるさ。一言では説明がつかない。そうだなあ、極端な例を挙げれば、江戸時代では美徳とされた仇討が、今では復讐とされ、犯罪だ。時代によっての、全く異なる正義であり倫理観だ。幼い兄弟が、両親から育児放棄され、飢餓状態にある弟の為に、兄が意を決して万引きをする。その兄からすれば、弟の為には間違った事ではないが、他人の物を搾取することは正しい事ではない。それを窃盗罪として取り締まり、処罰することは正しいが、幼子の状況に鑑みれば、間違いだと思う。当然、処罰はされないだろうがなぁ。されるとすれば、その両親でなければならない。上手く説明できないが、そういった事だ」
「そうか、分かったような気がしないでもない。だが、何故デニムが、生は一度限りが良いのか、それが解らん」
 デニムが窓越しに俺を見て、穏やかな笑顔で言った。
「勝弘も同じ思いだよ。勝弘に聞いてみるといい」


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デニムの首輪(27) 

November 30 [Fri], 2012, 19:36
デニムの首輪(27)

 なんだか、本格的な冬の気配も、感じられないではない。野良時代の、厳寒の冬を思い出し、いくら自分が希望したとはいえ、デニムの野良生活は大丈夫だろうか。いくら段部屋があるとはいっても、入って来る隙間風は防げない。大家との約束で、我が家には、猫の居住枠が一つしかないと聞き、自分一人、のほほんと温々(ぬくぬく)しているのが居た堪れない。なんとかならないものだろうか。
 その事を勝弘に話すと、勝弘が優しい笑顔を見せた。
「やさしいな、それが思いやりだ。デニムが望めば、時折は、家に入れてやろう。これからやって来る、寒さの厳しい夜はなぁ」
 俺を抱きしめ、頬摺りまでした。照れくさいったらありゃあしない。でも、気持ちが良くて、言った事にも同意してもらえ、まんざらでもないのだ。こっちも、思わずニンマリしちまった。なんだか、近頃は、勝弘との暮らしが、楽しくて、楽しくて仕方がないのだ。それに、段部屋に戻ったデニムから、色んな情報を毎日聞けることが楽しみでもある。こんなにも楽しくて平和な暮らしが、ホントにずっと続くのだろうか、と、時折、不安になる事もある。そのくらいに、俺は幸せだ。今日も勝弘と一緒に、一時間ばかり、散歩もしたしなあ。

 ところで、デニムから、気になる情報を受け取った。デニムの首輪の事だ。
 デニムの、あの古びた首輪が取れてしまい、慌てて勝弘が、ジーンズの切れ端を手縫いで首輪に仕上げ、デニムが帰って来るのを待ちわびるようにして、その首にデニムの首輪をした。それ以来、俺は、あいつをデニムと呼んでいるわけだ。
 デニムが言うには、『気』は好むと好まざるに拘らず、危険があれば、それを自ずと回避する能力があるという。今更、デニムに言われなくても、そんな事は百も承知だ。俺が生後ひと月ちょいで、あの市営アパート二階の通路から、見込み違いだった老婆に蹴落とされた時も、葉が茂る立ち木の枝に、自ずと我が身を躱し、その枝々に数回バウンドして、危険を回避した。
 言い換えれば、この肉体の寿命が尽きるまでは、空間に漂う『気』には戻れないのだ。すなわち、俺のように俗世に身を置き、布施に失敗した『気』は、その肉体の寿命を完全に全うしなければ、空間に漂う『気』には戻れないということであり、不慮の事故なんぞでは死ねないのだ。勿論、病気でも死ねない。野良猫であれば、その野良狩りからも、難なく逃れてしまうのだ。俺の場合であれば、後、十年以上は、猫としての寿命を全うしなければならないだろう。布施の失敗を俗世において学べ、ということなのかもしれない。
 俺とデニムの場合は猫だが、俗世に現した姿、形や生態が気に入らないからと、自死を選択すれば、その『気』が持つ未来永劫の生は、たちまちに消滅し、もう二度と空間を漂う『気』には戻れず、完全に消滅するという噂だ。
 そんな『気』の能力と特性を、勝弘は熟知しているというのだ。
 その勝弘が、市の条例なのか、県の条例なのかは知らないが、その条例により、首輪の無い猫は、捕獲をしても良い事になっている、と慌てて首輪をした。
 その時には、勝弘の優しさだと思った。当然、なんの不思議も違和感もなかったと言う。
 しかし、よくよく、冷静に考えれば、それって、おかしくないかとデニムが言うのだ。そう言われてみれば、確かにそうだ。『気』の能力も特性も熟知している勝弘が、あんなに慌ててデニムに首輪をと。
 そこで、デニムが首輪を外そうとしたそうだ。
 どんなにきつく結ばれていようと、デニムがそうすれば、簡単に解けるはずであった。市販の首輪のジョイントを再利用して作られたそれは、どんなにあがこうと、決して外れないという。ジョイントが邪魔をしているのかと、そのプラスチックに爪を立てようとしたが、まるで鋼鉄のようで、爪が引っかかりもしないという。次に、デニムの生地を爪で掻き切ろうとしたが、デニムの布地であるのに、これも、まるで鋼鉄のようで、爪が掛かりもしないという。
 デニムのように、俗世に在りながら、タブーである能力を使い、その姿、形一代の生となった『気』には、空虚感というか、実像である今の姿、形と、本来の『気』としての有り様の間で、常に葛藤があるものらしい。それがデニムには、まるでないというのだ。
 デニムの結論はこうだ。
 勝弘の持つ能力で、デニムの『気』としての存続を可能なものにしているというのだ。今すぐには、空間を漂う『気』には戻れそうもない。しかし、この肉体が滅びた時点なのか、何時なのかは分からないが、きっと『気』として再び空間を漂う事になるだろうという。そして、如何にも『気』として存続するだろうというのだ。
 だが、それだけでは済まないだろう、とデニムは言う。
 一つの事が成就すれば、その対象が必ずあるというのだ。それは、結果とも言えるだろう。火が燃えれば、燃やしたものは灰となり、煙となる。全ての事象には、その結果が必ずあるのだ。身近なところでは、電気を利用すれば、化石燃料を焚き、その結果、二酸化炭素が煙となって出る。利用するものは金を払う。その金を稼ぐものは、稼ぐ結果として、労力という体力を消耗する。消耗したものは、自らの寿命かもしれない。原発においては、電気を供給する結果として、その廃棄物が出る。その厄介な核廃棄物は処理しなければならない。すべての事象には、厄介な結果が待ち受けているといってよい。事となる事、形となる事、全てにそれは言える。往々にして、そのつけは後回しにされる。肝腎な事は、全て後回しの人間どもなのだ。それでいて、結果の分かっていることを、如何にも正義のように行うのが人間だ。
 だが、デニムの件については、後回しは許されないのだ。デニムの生に対する対価は、別の生の消滅しかあり得ないのだ。デニムの更なる生という事象には、それ以上に重い生というものの消滅、死という結果が生じるのだ。

 勝弘の生との交換ではないのだろうか、と、俺の脳裏を過ぎった。
 それは困る。それは困るのだ。俺は勝弘と共に、この肉体にある寿命を全うしたいのだ。


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デニムの首輪(26) 

November 30 [Fri], 2012, 19:33
デニムの首輪(26)

 人間が男女の事を決断するには、色んなハードル、すなわち比較し、対照する事柄が必要だ。更には対象物もだ。その事は、或る意味、人間が生きて行く為の、全ての事にも、通じるのかもしれないな。
 ジョニイの事を例に取れば、ジョニイには、ハードルや、比較することや、対照すべき事や、対象といったものが極めて少ない。それがジョニイを優柔不断ともいえる姿にさせ、リンリイを、否、マリリンをといった、ハッキリとした結論を出せないでいるんだ。唯一あるのは、ジョニイの人間性の問題だと言える。自分の心の中で、色んなやり取りをしては、思い悩み、ひとつの決断を見出せないでいるんだろう。
 越えなければならない、一番高いハードルは罪悪感かもしれないな。それがあれば、ジョニイは、既に結論を出し終えていたかもしれない。
 ところが、ジョニイにはそれがない。あったとしても、その感覚は薄いだろう。
 リンリイと男女の付き合いはしていても、互いに将来を語り合っていたとしても、婚約をしていたわけでも、ましてや、結婚をしていたわけでもない。互いが互いを思い合う、といった恋愛関係だ。結果、遠距離恋愛の壁が、二人の交際を気まずくさせていった。そこにマリリンの出現だ。マリリンと新たな恋に陥ったジョニイは、その事をリンリイに話し、リンリイとの付き合いには、ケジメを着けるつもりでいた。そうする前に、あのような状況となったリンリイに対し、もっと早くに、マリリンのことを言っておけばよかった、という気持ちはあっただろう。だが、それ以上に、リンリイに対し、ジョニイには、罪悪感らしい罪悪感があるだろうか。きっと、無い違いない。
 ところが、リンリイが双方の両親も認める婚約者であったとしよう。或いは、既に婚姻を成し、ジョニイの妻であったとしよう。この場合はどうだろうか。
 結婚、或いは婚約という形式に嵌められた型が、たちまちに、色んなハードルや、比較、対照、対象物、等々を生み出す。その結果、普通の人間であれば、早急に、ひとつの結論を出すという決断をせざるを得ない。
 先ずは罪悪感だ。あのようなことになっているリンリイに対し、申し訳ないと思うわけだ。あのようになっていなくても、特に結婚をしているのであれば、尚更だ。結婚をしていて、マリリンと男女の仲になっているのが、良い事なのか、悪い事なのか、それが比較という決断材料となる。勿論、人によっては、人間のみがもちあわせている、倫理観であるとも言うだろう。
 次に、家庭を持っているとすれば、どっちが大事かという比較だ。それには損得勘定も絡んでくる。子供が居れば、その子供をも含めた愛情の比較にもなるだろう。損得勘定を含めた比較は、財産があるとすれば、どっちをと、それも対照する。わが身の安らぎの場所はどっちだ。とか、現状に波風を立ててまでも、マリリンを選択する必要があるのか、等々、決断のための材料が、山となって出てくるわけだ。結果、男の打算が、家庭もマリリンも、とずるい考えにもなる。
 既にマリリンという対象はあるが、マリリンを取った場合において、今度は世間の目というものが、対象となる。リンリイの状況であれば、そのハードルは高い。ジョニイとマリリンの関係は、非難と批判の嵐に晒されるだろう。
 その他、親戚、勤務先なども絡み、そんな事を数え上げればキリがない。
 要するに、形式という型に嵌っていれば、決断するための材料が、山のように出て来るという事だ。ということは、決断を下し易い。いや、三人の関係が明らかになった時点から、決断をせざるを得なくなるわけだ。誰が決めたのか、俗世には正義と言われるものがある。往々にして、全ての決断材料から、人間は俗世で言う正義と言われるものに、いかにも当てはまるように、その決断を下してしまうものだ。決断材料は、そうであるとともに、人間が生きて行く上での束縛でもあると言える。結論から言えば、リンリイを選択するのが、俗世では、正義であると言えるだろう。あのような状況にあるリンリイであるならば、それは尚更だ。
 逆の選択、すなわち、マリリンを選択するとしても同じだ。決断の材料からして、乗り越えるハードルの高さは、並大抵ではない。その覚悟があるか否かだけが、すなわち、高くそびえるハードルを越える覚悟の、そんな大きな愛が、マリリンに対してあるか否かが、決断に繋がる。勿論、マリリンが大金持ちなら、それに対する打算も入るかもしれない。
 どれもこれも、決断のための、鮮明な材料だ。
 言えることは、今のジョニイには、決断の材料に乏しい。その事が、マリリンとリンリイの両方を大事だと思わせているのさ。逆に言うと、リンリイを放っておいて、マリリンと一緒になるのも罪悪。マリリンとの仲を終わらせるのも罪悪なのさ。自分自身で、新たに罪悪という束縛を創り出し、決断できないでいる。自分自身の中で創り出した罪悪という束縛は、第三者によって作り出されたものとは違い、実際には、第三者に非難されるわけでもない。要するに、決断できないように、勝手に自分自身を束縛しているわけだ。決断をするのが、誰に対しても怖いのかもしれないな。優柔不断には見えるが、ジョニイは、善人過ぎるのかもしれない。悪く言えば、気が小さいのさ。良い人だと言われる人間には、このタイプが多い。
 悲しいかな、人間は知らず知らずのうちに、世の中が勝手に決めたルールや正義に束縛されながら、自分が生きることの事柄を決断させられ、その道を決めさせられているのさ。自分の損得勘定、打算を絡めながらなあ。
 そして、ご都合主義的に、自分自身で、自分自身における罪悪や正義を創り出したりもするのさ。それが、世の中で認められないとなれば、打算丸出しで、たちまちに、それを無いものにしてしまい、良い子、好い子ぶったりもする。そんなことはない、という者がいたら、自分の胸に手を当ててみると良い。
 きっと、そんな人間の有り様に、『気』が巻き込まれてはならないのさ。だから、ちび助が言う、この俗世には、人間の姿、形で、『気』が現れることが出来ない、という事になっている。そうであるに違いない。
 話が逸れちまった。本題に戻そう。
 リンリイと婚姻関係にありながら、今の、あの状況で、ジョニイがリンリイと別れ、マリリンと一緒になる事を決断したとしよう。おそらく、全ての者から、袋叩きのような目に遭うだろう。だが、おそらく大きな苦しみの中から生み出されるその決断は、たとえ世間を敵に廻そうと、ジョニイとマリリンにとっては、正義であることを忘れてはならない。そのことへの轟々たる非難と批判はあっても良い。だが、心の片隅のどこかに、ジョニイとマリリンにとっては、きっとそれが正義であったのだろう、と思っていてほしいのだ。
 ジョニイとリンリイとの間に、どんな事があったのか、ジョニイとマリリンとの間に、どんな事があったのか、その詳細の全てを、世間が知りようもないのだから。
 世の中の人間のすべてが、個々に下す決断は、そのすべてが、決断を下した本人にとっては、正義であると言える。そして、それは、必ずしも、大勢が下した決断が正しいとは言えない事もある。一見すると、受け入れられないような、少数の決断をも、そのどこに正義があるのかを、探るようにしてでも、見極めておく必要がある。所詮、人間の作った正義や束縛は、人間が作っただけのもので、この果てが無い宇宙が存在するという事実における、自然という正義には勝てないのだから。
 ところで、淘汰を繰り返す自然は正義なのだろうか?それとも、人間に対する束縛なのだろうか?
 人類は、その自然に対して、踏み出してはならない一歩を踏み出しているような気がしてならない。そう思うのは、私だけだろうか。
 話が大きくなり過ぎた、あっはっははははははははははっ!

 最後に大笑いして、勝弘の話しは終わった。
 ねえ、勝弘、あんたは、いったい何者?


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デニムの首輪(25) 

November 30 [Fri], 2012, 19:29
デニムの首輪(25)

 話は変わるが、俺たち『気』のことで、気になる事があって、色んな経験があるデニムに聞いてみた。
 先ずはデニムの事だが、その肉体が滅びれば、いったい、どうなるのかという事だ。
 デニムの場合は、肉体が滅びれば、『気』としても消滅するわけで、生命のない、単なる物体として、その死骸が朽ち果てるまでは、下手をすれば、野晒しとなり、その醜い様を、衆目に晒すことになるのだという。
 一方、俺はどうなるのかと言えば、肉体が滅びた瞬間に、その肉体と共に消え、その肉体を借りていた俺は、たちまち、空間を漂う『気』に戻るという。
 要するに、『気』に戻れなくなったやつは、借りていた肉体と共に滅んで、死骸となり、その姿を衆目に晒す。一方、未来永劫の生を持つやつは、肉体を消滅させるとともに、『気』に戻って、たちまち、空間を漂い始めるのだ。死骸が残れば、『気』としても消滅したという事であり、死骸が残らなければ、再び『気』となり、空間を漂い始めているという事だ。
 デニムが言うには、俺が言うような、肉体を借りているという表現は、当てはまらないという。
 俺たちは、俺たちの肉体に入り込んでいるわけで、あくまで肉体と一体だという。従って、肉体が滅びれば、気に戻るやつの肉体は消滅し、そうでないやつの肉体は、死骸として残るのだと。
 『気』でありながら、『気』の事をデニムに聞かなければ、その詳細を知ることの出来ない俺は、なんとも未熟で、経験も学習も足らないと、反省しきりだ。

 さて、ジョニイ、マリリン、リンリイの話しから、勝弘が、形式的な型と言ったが、その話の続きだ。
 人間社会における男女の形式的な型とは、婚姻届を出し、夫婦となる事らしい。その前段階として、結納を交わしたり、婚約指輪を交わし、そのことを周囲に知らしめたりするようだ。国によっては、多少は異なるらしいが。
 その形式的な型が、いかようにジョニイの決断を妨げているのか。それを勝弘が説明してくれた。
 ジョニイとリンリイが結婚していた場合、或いは、ジョニイには婚約者がいると周知されていた場合には、ジョニイとマリリンとの、男女の交際が始まる可能性は、極めて低かったという事だ。従って、今回のような問題が起きる事は、無かったとも言える。
 互いの両親が認め合った婚約者のリンリイがいたにも拘らず、或いは、リンリイと結婚をしていたにも拘らず、それでもジョニイが、マリリンと男女の交際を始め、深い仲となって、今の状況が生じたとすれば、いったい、どうなのだろう?
 正義とは何か、大袈裟に言えば、人間が生きるとは、いったい、どういう事か、を考えさせられる勝弘の話しだった。


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デニムの首輪(24) 

November 30 [Fri], 2012, 19:26
デニムの首輪(24)

「なあデニム、断片的にでも、マリリンの心の内はどうなんだ?」
「そりゃあ、色々と思っているよ。マリリンは優しい子だ。第一に思ったのが、マリリンとリンリイとの間で苦しんでいるジョニイの事だ。彼のその負担を軽くしてやるためには、自分が退けばよいと思ったんだな。身を引いたんだ。だが、そこに一縷の望みもあった。このままだと、二人とも駄目になってしまうから、と別れを告げ、それなら、と、ジョニイがマリリンと約束した結婚に踏み切るのでは、という希望的観測ってやつだ。いくら優しい子だとはいえ、彼女も人間だ。リンリイのことを心配し、あの状況を悲しみながらも、心のどこかでは、その存在が抹殺されてしまえ、とも思っている。そんな自分が、とても厭なんだ。このままでは、本当に、自分もジョニイも駄目になると思ったんだな」
「ジョニイの返事は、どんな按配だったんだ」
「君がそうしたいなら、僕は止めない。でも、リンリイとの事にキリが着いて、まだ君が独りなら、改めて、君にもう一度プロポーズしたい、いいだろう。と、まあ、そんなふうにだ」
「マリリンは、それに対してどう返事したんだ?」
「イエスともノウとも答えなかったようだ」
「はっきり駄目だと言えば良かったんだ。だってそうだろう。あんな事故があって、あんなふうになったリンリイを見て、やっぱりリンリイの方を愛している、とジョニイが認識しているとしたら、その一番目に愛している女(ひと)が逝っちまったら、今度は二番目に愛しているマリリンを、なんだろう。そういうのを、虫が良すぎるって言うんじゃないのか」
「おいおい、ちび助。リンリイが死んでしまうとは限らないだろう。目覚めるかもしれないし、あのままずっと眠ったままかもしれない」
「それなら尚更だぜ、デニム。目覚めない彼女には、暇さえあれば付き添って、その一番に愛する人への愛の奉仕で、しっかり自己満足しておきながら、その心の隙間を埋めるためにマリリンじゃないか。マリリンが別れると決断したことは、大正解だ。それに、リンリイが目覚めれば、どうなるか分かったものじゃない」
「ちび助は結論付けと、決めつけが早いなあ」
「でも勝弘、そうじゃないか」
「じゃあ、ちび助がジョニイの立場ならどうする?」
「・・・・・」
「私が思うに、こういう事になったのは、三人の組み合わせの何れもが、型に嵌っていないからだ」
「どういうことだ?勝弘」
「ジョニイとリンリイが夫婦だったわけでも、婚約をしていたわけでもない。そうであるならば、いくらなんでも、ジョニイとマリリンが、男と女として付き合う可能性は低かった。片や、マリリンとも、口約束で結婚をしようとは言っていても、上司に相談したくらいの事で、婚約を廻りに周知させたわけでも、ましてや、結納を取り交わしたわけでもなければ、結婚したわけでもない。要するに、三人の関係は、どの組み合わせでも、世間的には中途半端なわけだ。いや、ちび助的に言えば、俗世的には中途半端なわけだ。それがジョニイの有り様を、あのようにしているのさ。天からなのか、神からなのか、与えられた状況を持て余しているのさ。人一倍に優しい男であるが故に、尚更だ。それが、当事者たちにとっては、優柔不断にも見える。俗世では、型に嵌るという事が、重要視される。そのことによって、決断も左右される。残念ながら、形式という型が、自分が気付かないうちに、自分の本心を覆い隠してしまうのが俗世だ。その型を打ち破れば、そこには、世間の非難、批判が待っている。だが、形式という型は、決断を促す為には、時として、決断の促進剤ともなり、決断できなくてウジウジとする時間を短縮することにもなる。だから、心の傷を引っ張る時間の短縮にもなるということさ」
「型に嵌っていないからって、そんな事が、あの、のらりくらりの言い訳になるのか、勝弘。それに、形式という型ってなんだ。言い訳の材料なんていらない」
「別に、私がジョニイの言い訳をする必要はない。どうして、今のようになってしまったのか、それを説明しようとしているだけだ。それがいけないのなら、話しは終わりだ」
「待て、待て!悪かった。話を続けてくれ。これも勉強だ」
 いやはや、俗世は複雑怪奇だ。


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デニムの首輪(23) 

November 30 [Fri], 2012, 19:22
デニムの首輪(23)

 リンリイに対する思いを整理できないでいるジョニイ。それでいて、結婚まで約束したマリリンから告げられた別れ。ジョニイの胸の内も、マリリンの胸の内も、俺には想像がつかない。
 そこで、ちょうど帰って来たデニムにも聞いてみた。

「おい、デニム。マリリンからは、ジョニイの情報を収集することは出来ないのか?」
「出来なくはない。出来なくはないが、マリリンから受けるそれは、一度マリリンの主観を経たもので、全てが正しいとは言えないだろう」
「それじゃあ、ジョニイから直接に、情報を収集すればいいじゃないか」
「ああ、君の言っていることは不可能ではない。だが、超視してジョニイを探し当て、そのジョニイの心を読むことは、今の与えられている能力の範疇を逸脱することになる。まだ、消滅はしたくないからねぇ」
「あっ、そうか、そうだったよなあ。ごめん」
「いや、気にするな、いいんだ。これは僕の想像だが、ジョニイは、あのようになったリンリイの状況から、いったい、自分がどうしてよいか分からなくなった、というのが本当のところだろう」
「どうしてよいか分からない?」
「ああ、人間ってそんなところがある。人間の経験が長い、勝弘さんだったら、そんな事も分かるかも」
「そうだなあ。確かにデニムの言う通りかもしれない。人間って、自分が予想だにしていなかったことが、しかも、突然にそんな事が起きると、全てが立ち往生になってしまうものだ。思考も何もかも停止することだってある。目の前にあることに、ただ順応しようとするだけだ。それが、ジョニイにとっては、リンリイの病床に付き添うという事だったんだろうな。暫くは、そんな状態が続いたジョニイの心に湧いたのが、リンリイへの同情だろう。それも、そんじょそこらの同情とは違う。かつては愛し合っていた男女の仲だ。それが遠距離恋愛という事情、更には環境の違いで、互いの意思の疎通が、必ずしも上手くいっていたとは言えない。その内に、リンリイの進む将来と、ジョニイのそれが、必ずしも一致しなくなってきていた。そんな時に、マリリンの出現だ。マリリンとの交際は、同じ職場でもあり、トントン拍子に進展した。当然、愛の強さがマリリンへと、より傾いて行く。絵に描いた餅のような遠距離恋愛よりも、何時でも逢えて、何時でも話が出来る。手も握れれば、抱くことだってできる。大学の三回生、四回生と、帰省する回数も日数も少なくなった時期での、マリリンとの恋愛だ。そうなるべくしてそうなった。理屈から言えば、その事を早くに、ジョニイがリンリイに打ち明けて、ケジメを着けておくべきだったろう。だが、悩みぬいた末に、帰郷して、地元に就職することを決断したリンリイに、その事を言いそびれたままだったんだなあ。この時点では、ジョニイには、マリリンとリンリイの二人の恋人だ」
「なんというやつだ。許されない事だろう」
「まあ、そう熱(いき)り立つな、ちび助。あの予想だにしない出来事さえなければ、きっとジョニイは、ちゃんとリンリイにケジメを着けていたに違いない。全ては、あの不幸な出来事が、ジョニイを優柔不断ともいえる男にしてしまった。でもなあ、デニムとも話したんだが、あの状況になったリンリイを放っておいたままでは、決して自分もマリリンも幸せにはなれないと思った。そうに違いないだろう。だから、どうしても、目覚めたリンリイと、ケジメを着けなければと思っている。または、言い難い事だが、リンリンが目覚めることなく逝くにしても、それを看取った後で、と思っているのかもしれない。そうだとしたら、ジョニイも相当に可哀想だ。あくまでひょっとすればだが、マリリンとの事を思って止まない心が時折に、早く逝ってくれと願い、そんな自分の悪魔のような心とも戦っているのかもしれない。全ては、あの不幸な出来事が、三人の人生を狂わせているのさ。そして、そういった事は、誰の身にでも起こり得ることだ。それが、ちび助が言うところの俗世だよ」


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デニムの首輪(22) 

November 30 [Fri], 2012, 19:20
デニムの首輪(22)

「なあ勝弘、ジョニイは、ああいう状況になったことで、やっぱり自分が愛しているのは、リンリイなんだ、と再認識したんだろうか?」
「う〜ん、どうだろうか。ちび助はどう思う?」
「人間って、同時に二人の女性を愛せるのか?」
「恋人、親、友人、兄弟、家族、その他、それらを同時に愛しているのが人間だ。それも可能だろう」
「じゃあ、ジョニイは、マリリンとリンリイの両方を愛しているのか。それで、リンリイに付き添ってばかりでいながらも、マリリンにちゃんとした態度を取れなかったわけだ。それで、痺れを切らしたマリリンの方が、それに耐え切れなくて、別れを告げたということか」
「ジョニイ、マリリン、リンリイについてはどうなのだろうか。リンリイは、あのような状況になる以前に、ジョニイとマリリンの事は、おそらく、薄々は感づいていたんじゃないのかな」
「ジョニイが言わなくても、リンリイには分かっていたのか?何故だ」
「なんとなく分かるものだよ。男女の仲とは、そういったものだ。何処の誰と、どのように、なんて、そんな具体的な事は分からなくても、なんとなく分かるものさ。人間というやつは、心の動きが、それとはなしに、態度にも出てしまうのさ。ひょっとすると、ジョニイはリンリイに、それを指摘されていたかもしれないな。指摘されたジョニイは、ハッキリさせたいと思いつつも、その内に、リンリイが帰郷してしまったのかもな。なにせ遠距離恋愛だ。電話では話せなかったんだろう。或いは、今度、話しがあると、リンリイに匂わしていたかもな」
「マリリンの心の内が複雑で、嵐のように、色んなことが渦巻いていて、心を読み取れない、とデニムが言っていたが、それはどういう事なんだ。人間の心なんて、簡単に読み取れると思っていたんだが」
「私にも、人間の心のみならず、猫の心も、犬の心も、生き物であれば、大概のものは、その心が読み取れる。しかし、それは状況による。基本的に、本能的な事を考えている時は、簡単にその心を読み取れる。それに、ぼぉ〜っとして、ひとつことを考えている時だな。ちび助の事を例に取れば、腹が減ったなあ、早く餌をくれ、と考えている時が本能的だ。ぼ〜っと窓の外を見て、外に出たいなあ、と外の景色を眺めている時が、ひとつことを集中して考えている時だ。ところが、思い悩み、あれやこれやと考えている時は、色んな考えや思いが交錯し、それを読み解くには、こちらがそれを色々と解釈しなければならない。思い悩んではいなくても、人間というやつの心には、本能的な部分を除けば、いつも、あれやこれやと、色んな考えや思いが渦巻いているものだ。そんな心の内を読み取るのは不可能に近いな。こっちが、こうだと解釈していたことが、突然に覆され、予期せぬ出来事が起きて、びっくりすることも、しばしばだ。人間なんて、そんな生き物なのさ。心理学なんてものもあって、心のセラピーなんてものもあるが、そんなものは、私に言わせると、気休めだ。結局は、その人間自身にしか、その人間自身の心の問題は解決できない。もっとも、その気休めが大切だとも言える。人間が生きて行くには、たくさんの無駄が必要なのさ。何とも面倒臭い生き物よ。だが、ひとつしかない人生において、本人が意識しているか否かは別にしても、人間は貪欲に、全てを吸収しようとしていることは確かだ。もう一度、人生があるかのような、無駄な生き方をしている者が、近頃、増えてもいるが、本人にとってみれば、それが生きることの価値だと思っているのかもしれない。それに、生まれてこなければ良かった、と思っているやつさえもいる。とにかく、複雑かつ多様なのが人間だ」
「そうなのか。なんだか、理解しようとすると、頭の中が絡まりそうだ。それじゃあ、デニムが簡単に、マリリンの心を読めないという事は、マリリンが未だ完全に、デニムへの恋慕の念を捨てきれないという事か」
「そこは複雑だろう。自分の事よりも、ジョニイの事を思っての決断だったかもしれないしな」
 いやはや、なんだか脳みそが絡まりそうで、気分が悪くなってきた。


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デニムの首輪(21) 

November 30 [Fri], 2012, 19:17
デニムの首輪(21)

 生、命は一回限りで良い。
 デニムは、自分なりの気持を言ったに過ぎないのだろう。その意見を、俺に押し付けるように言ったわけでもない。どうせ、自分がもう二度と『気』に戻れないからと、悔し紛れに言ったとも思えない。
 なんだか、その言葉が、俺に重く聞こえたのは何故だ。
 俺がこうして俗世に身を置いていて、強く覚える違和感は、永遠に続く俺の生にあるのだろうか。
 俗世に在っては、やはり、俺は未熟だとしか言いようがないのだろう。肝腎なところに考えが及ぼうとすると、思考が頓挫してしまう。なにかこう、解りかけてはいるのだが、その事が遠く感じられるのだ。少し時間を置いて、経験も積み、もう一度、デニムの言った事を考えてみよう。マリリンの事を考えてみるのも、デニムの言った事の意味に繋がるのだろうか。

 いくらジョニイに聞いても、リンリイが目覚め、リンリイと直接にケジメを着けない限りは、マリリンとの事を、これ以上、先に進めることは出来ない、と、その繰り返しだという。
 時間があれば、リンリイの病床に付き添い、マリリンを顧みることの少なくなった状況を見て、ジョニイとマリリンとの結婚について、その相談を受けていた彼等の上司が、リンリイの両親に事の経緯を伝えた。
 リンリイの両親が、もう充分ですから、貴方は貴方の人生を、とジョニイを説得しても、彼は同じことを繰り返すのみだという。
 当然、マリリンにしてみれば、ジョニイが本当に愛しているのは、リンリイだと思ってしまうに違いない。
「こうなって、私よりもリンリイさんの事を愛している、と気づいたのなら、それはそれで構わない。リンリイさんの状況も考えると、私はどうしてよいのか分からない。私がジョニイから去るべきなら、そうだと言って欲しい。もうこれ以上、こんなに苦しむのは無理よ」
 久しぶりに、ジョニイと一緒に食事に行ったマリリンが、そう切り出したのだが、
「君を誰よりも愛しているのは、絶対に間違いない。でも、君とこのまま幸せになる事を、僕の心のどこかで拒絶している。やはり、リンリイが目覚め、リンリイとの事にケジメを着けなければ、前には進めそうにない。僕だって、君と同じように苦しんでいるんだ」
 そうジョニイは繰り返すのみだったそうだ。
 ついに、マリリンは決断した。
 リンリイの病床に付き添っているジョニイを呼び出すと、
「お互いに、これまでの事を全てなかった事にしましょう。私は私の新しい人生を歩みます」
 冷静にマリリンはジョニイに告げた。
 ジョニイと一緒だった職場からも、マリリンは去って行ったそうだ。


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