法事

2006年03月19日(日) 23時50分
おばあちゃんの49日(35日)の法要と、おじいちゃんの納骨が
一緒に執り行われました。
本当に不思議な気分だった。
おばあちゃんはよもや自分がおじいちゃんと並んで一緒に
お墓に入るとは思っていなかったろうになあ。
おじいちゃんの骨を拾ったときにはあんなに元気でピンピンしていたのに。
それとも本人は何がしか予見していたのだろうか。

人間ってこんなに簡単に死んでしまえるものなんだろうか。
本当に不思議で不思議すぎてピンとこなくて
悲しいんだけど現実感がなさすぎで
ただ途方に暮れるだけだった。
おばあちゃんが眠るように横たわっていて
まだやわらかくて温かくて、
私の名前を呼んで、会いたかったよ、私の娘みたいなもんだよ、と
いつもの口癖を今にも言ってくれそうで、
そんな穏やかな顔のおばあちゃんをおうちから連れ出して
みんなで焼いてしまったのもこの目で見たのに。
なにか間違ったことをしているようで違和感があった。
納得しろと言われても、無理がありすぎる。
焼いてしまうのがかわいそう過ぎてもったいなくて
そのときは悲しくて悲しくて涙か止まらなかったけど
今でもあの家に行けば、こんにちは、と
奥から顔を出してくれそうな気がしてならない。

何よりお母さんが本当に滅入っている。
おじいちゃんが連れて行っちゃったんだ、と。
自分が病院に入れちゃったことを、面倒を見てあげられなかった事を、
もろもろのこの3ヶ月をとても悔やんでいる。
あんまり自分を責めないでよと何度言っても
堂々巡りの後悔はまだまだ続いてしまうのだと思う。
こうしてあげればよかった、と言うことを実行していたとしても
結局はうまく行かなかっただろうと、頭では解っているけれど
後悔せずにはいられないのだと思う。

全く後悔のない、満足のいく納得のいく送り方というものは
世の中に存在するのだろうか。
それはつまり自分の生き方そのものが問われるのだろうか。
いつの時点で区切っても、物事を先送りせずに
日々毎日納得の行く生き方をしていく、ということなのだろうか。

つい明日を頼り、計算してしまう。
相手に感情をぶつけ、先に楽をとり、自分を優先してしまう。
常にそうではない方を選ばぬ限り、
納得のいく生き方にはならないのだろう。
それはつまり苦しいほうの道を選び続けると言うこと。

そういいながらも、また今日も楽をとってしまう。

おばあちゃんのことはしばしば思い出して、感謝して
お墓参りをきちんとしていくことにしたいと
心に決めた。
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