新装開店工事3 

2009年11月19日(木) 8時53分



中央公園の紅葉


新装開店工事(3)

 12日に妻は無事退院した。
僕の9日間の独身生活が終わり、その後から今日まで、
妻の看病生活が一週間続く。これもまた、たちまち過ぎ去る。
この間、アメリカからの二組の友人が訪問してくださり、
それに伴う幾つかの集まりも持たれ、多忙な日々であった。
明日から、スケジュール的に少し落ち着きを取り戻せるので、
久しぶりのブログを書いている。

 妻は家に帰って来てから、毎日ベッドに
横になっている自分を「“ねぶた”状態ね。」と言って笑った。
最初、何のことかな、と鈍感な私も一瞬戸惑ったが、ふと
「あの“寝豚”のこと?」と聞く。すると、青森の“ねぶた”
の絵が描かれている缶ジュースを見せ、ニッコリ。

いつものジョークが戻ってきた。しかも、この三日間、
朝起きると、“お腹すいた!”の挨拶が出てくるので、
回復は順調のよう。

 治療が終わったら子猫を飼いたいと入院前から
言っていたので、「子猫、どうする?」と聞くと「痛みが
治まってからにする。」と気持ちをぐっと抑えて答えた。

本当はすぐにでももらいにいきたいのだろう。
子猫と戯れる妻の姿がもうすぐそこまで来ているよう。
子猫はバルが去った後の寂しさを慰めてくれることだろう。
名前は「ノア」(慰め)とするそうだ。




新装開店工事2 

2009年11月08日(日) 8時11分

10月末の朝日に映える富士



新装開店工事2

 治療を始めた放射線室の前の廊下のソファーで
治療のために祈っていると、時々「はい、息をして。ハイ留めて」、
「動かないでください。危ないですから」、「少し痛いですよ」という
医師の声が聞こえる。相当大きな声で妻に語りかけているのだろう。
緊張した雰囲気がこちらにも伝わってくる。彼女が痛みと苦痛に
耐えることができるようにと外で祈りつつ応援したが、
その痛みは少しどころか相当の痛みであったことが
、治療室から出てきた妻の苦痛に満ちた顔
を見た瞬間に分かった。

それでも以前のように集中治療室ではなく、
自分の部屋に戻ることのできたのは、このラジオ波による
治療が体に重い負担をかけない治療であることを示している。
彼女は痛みに耐えながら1時間半も緊張していたので肩に激しい
痛みが残り、肩をもんでほしいという。肩を軽くもみながら、
治療中の様子を少しずつ聞くことにした。

ラジオ波でがんを焼き切る時の痛さは本当に
きつかったという。「部分麻酔が効かなかったの」と聞くと
「肝臓まで効かないみたい。・・・でも改装工事だと思って我慢した」
と眉間にしわを寄せながら話してくれた。

妻が少し落ち着いたところで、がんセンターの
隣の敷地にある老健に入所している義母の所に歩いて行き、
治療の報告をした。昨晩は眠れなかったようで、疲れた顔を
していたが、治療が無事に終わったことを知り、
とても喜んでくれた。

一日経った6日。妻からの朝のメールは元気そう。
朝食もほぼ食べたというし、病棟内を歩けるというのでその
回復ぶりが目に見えるよう。昼食が終わった頃、病室に行くと、
すでに4人の友人が見舞いに来てくださっており、
試練を幸いに変えてくださる主の恵みを互いに
分かち合っていた。

最後にみなさんが妻のために4人で
お祈りしてくださったが、その中にMさんがいた。
その方のお祈りをはじめて聞いた僕は、この方もイエスさま
と共に歩み始めたことを知り、10年以上続いた妻との学びが
実を結んだことを知ってとてもうれしく思った。

「彼らは涙の谷を過ぎるときも、そこを泉のわく所とします。」
詩篇84:6 
Aさんがそっと置いて言ってくださったカードに書かれていたみことば。
どのような時も、希望を分かち合えるすばらしい神の家族に感謝!



紅葉と富士

新装開店工事1 

2009年11月07日(土) 21時11分



新装開店工事1

 昨年、妻の肝臓がん再発が分かってから、
家の冷蔵庫の扉にひとつのみことばがずっと張ってある。

「おとめイスラエルよ。わたしは再びあなたを建て直し、
あなたは建て直される。再びあなたはタンバリンで身を飾り、
喜び笑う者たちの踊りの輪に出て行こう。」(

エレミヤ31:4) 

再起の約束に期待する妻の祈りがこのみことばに
込められている。

昨年はほとんど教会の礼拝の交わりに参加
できなかった妻。ところが今年は、欠かさずに礼拝に
参加している。「喜び笑う者たちの踊りの輪に出て行こう」
みことばに押し出されながら、歩んでいるに違いないと
妻の姿を見ながら思った。

ところが、ここ二か月は、礼拝の間椅子に座っているのが
きつくなってきたので、ソファーを部屋の一番後ろに置いてもらい、
そこに横たわりながら礼拝に参加している。そんな妻の姿にも、
主の約束を信じ切る者の幸いを感じている。

 11月5日、その妻がラジオ波による二回目の
肝臓がんの治療を行うことになった。これまで多くの人々に
祈っていただき、僕たちはとても励まされ続けてきた。
3日には東京の長男と福島の三男の家族、そして
義母の9人が集まって妻のために祈ってくれた。
当日の5日も、友人のHさんが妻のためにお祈り
するためにがんセンターに来て下さり、
治療前のお祈りに加わって下さった。

その日の朝、妻は彼女に与えられている
エレミヤのみことばの中にある「建て直される」の箇所
から特に励ましをいただき、治療に対してとても積極的な
思いを持てるようになったと教えてくれた。
そして
「この治療も、『新装開店のための改装工事』のようなものね」と
明るく語ってくれた。そんな彼女の笑顔に、こちらの緊張もほどけ
、平安のうちに彼女を主にゆだね、治療室へと見送った。




詩篇に乗せて祈る(3) 

2009年10月24日(土) 16時55分



朝日に映える茶臼岳



詩篇に乗せて祈る(3)

詩篇の中の怒りについて、
来(さ)住(し)英俊司祭(「詩篇で祈る」の著者)は、
「よく、子どもが『お父さんなんか死んじゃえばいいんだ』と
叫んだとき、母親は「まあ、なんて恐ろしいことを言うの!」と、
その不心得を論しにかかるべきでしょうか。子どもは父親が死ぬこと
を望んでいるわけではありません。子どもは子どもの憤懣があり、
それは『死んじゃえばいいんだ』という言葉でしか表現できなかったのです。
・・・重点は神に自分の怒りを注ぎだすことにあります。」

怒りをありのままの感情で御前に注ぎだし、その怒りを
神にゆだねる。神は「そんな言葉を口にしてはいけない。ふさわしくない。
恥ずべきことばだ!」などと言ってそれを拒絶することもない。
そのまま受け入れてくださるのだ。

抑制の効いた、中途半端な怒りでは、自分の怒りを
神に注ぎだしたことにならない。注ぎださなければ、ゆだねたことに
ならない。怒りを存分に吐き出した時のほっとした落ち着き。
そんな時こそ、問題を神にゆだねた時の心なのでは
ないだろうか。すると神はそのまま、すべてを受け取られ、
御手の中でその問題を正してゆかれる。

沈黙し『主におまかせします』『私も罪人ですから、
私にも非があるでしょうから』といってもぐもぐとつぶやき、
自分で自分の心をコントロールするなら、その方が不健全である
とも言えるのではないだろうか。

「嘆き」について来(さ)住(し)司祭は「嘆きを神に
注ぎださずに、押さえ込んでしまうことは危険でもあります。
克服したつもりの嘆きは、心の奥底で影の薄い亡霊のように
生き続けます。そして、あるときに突然、姿を現わして、あなたの足を
引っ張って、沼の中に引きずりこもうとするかもしれません。
詩篇の言葉に乗せて注ぎだされた嘆きは、神の心において
浄められます。悲しみが悲しみでなくなるのではないが、
自分の心を壊すものでなくなります。むしろ、生きることの深さを
悟らせてくれるものになるのです。」

最近、人々の間で心の病が多くなっている。
もし私たちが怒りや嘆きを抑えるのではなく、詩篇の言葉に
乗せて神の御前で注ぎだすなら、心の病も御手の中で
いやされてゆくに違いない。

「心の傷ついた者をいやすために、わたしは遣わされた。」
イザヤ61:1


絵の前で思いに耽る兄


詩篇に乗せて祈る(2) 

2009年10月23日(金) 10時21分


那須高原の紅葉
 


詩篇に乗せて祈る(2)

詩篇には詩篇全体の半分以上あると言われる
嘆きの詩他、賛美、感謝、信頼、怒り、告白、願いなどがある。
詩篇は、僕がさまざまな自分の思いを神に届けるために、
神が僕のために準備してくださったプレゼント。

だから、日々、さまざまな感情を持つ僕の心に
詩篇のみことばを触れさせ、神に向かって本音で祈ることに
している。これがなかなか難しい。それは人に向かって思い切って
自分の言いたいことをいうのが難しいのと同じ。しかし、その
相手がなんでも聞いてくれると分かれば慣れて来て、
本音でぶつかってゆける。

神は僕の怒りの感情でさえ、ご自身の愛に溢れた
懐にそのまま受け入れ、それを御心に従って正しく取扱い、
最善をなしてくださる。夫婦でもここまでは行かない。

以前、詩篇を読むと神の民がどうしてこんなことを
祈れるのかと疑問に思うことが多くあった。みなさんは
どう思われるだろうか。

たとえば詩篇58:8。
「彼らを、溶けて、消えてゆくかたつむりのように、
また、日の目を見ない、死産の子のように。」

ここに来ると私の心にブレーキがかかる。「ギー」ストップ。
このことばに、僕の思いを素直に乗せられない。かつてかたつむりに
塩をかけて溶かした悪がきの頃の自分を思い出す。イエスがいう
「自分の敵を愛し、迫害する者のために祈りなさい」マタイ5:44
とどうしてもイメージが重ならない。

もうひとつ詩篇109:8,9。
「彼の日はわずかとなり(早く死んでということ)、
彼の仕事は他人が取り、その子らはみなしごとなり、
彼の妻はやもめとなりますように。」

みなしご、やもめを慈しむ神なのに、その神に向かって
こんなことを祈るのですか? 暴言、過剰反応ではありませんか、
と聞きたくなる。こうした詩篇は多くはないが、
これをどう理解したらいいのか。(続く)




詩篇に思いを乗せて(1) 

2009年10月22日(木) 21時52分


詩篇に思いを乗せて(1)

  いつものことであるが、不安や恐れの中にある時、
僕の心が自然と向かうのは詩篇である。詩篇作者の嘆きの
心と僕の心が、詩篇のみことばを介して共鳴し合う時、僕は
自分の思いをみことばに乗せて、神に向かって祈る。
そうして、自分の嘆きが神の懐に届けられたと知ると、
嘆きは徐々に鎮まり、代わってかすかな
希望の光さえ見えてくるようになる。

今から17年前、僕が膠原病になった時だった。
入院しても病名が分からない2ヵ月の検査期間はまるで
獄中にいるような思いだった。それは不安との戦いだ。
自分の心を探り続け、自分の何が問題だったのだろうか
と悩み、同室で亡くなっていく人を見ると、死が私の
すぐそこにまで来ているように思えた。

そんなある日、詩篇71:20に出会った。
「あなたは私を多くの苦しみと悩みとに、会わせ
なさいましたが、私を再び生き返らせ、地の深みから、
再び私を引き上げてくださいます。」


僕の心の琴線に触れたこのみことばは、暗く
深い森をさ迷っていた僕にとって、一条の光となり、
感動と感謝をもってこのみことばをいただいた。
それからというもの、僕は自分の思いをこのみことばに乗せ、
毎日父なる神に祈り始めた。数年を経て、神は約束どおり、
このみことば通りの結果を僕に下さった。

 今、以前にも増して、詩篇に心を乗せて祈ることを
動機づけているのが十字架のイエス・キリストだ。主が
十字架で亡くなる直前「わが神、わが神。どうしてわたしを
お見捨てになったのですか。」
と叫ばれたこのことばは、
詩篇22編1節の引用であり、「どうして」と嘆かれたのは、
御父に見捨てられる深い悲しみで、十字架の意味を
見失い、嘆き叫んだからであった、と以前書いた。

僕たちにも苦しみの意味は分かっていても、
それを忘れ、ただ嘆かざるを得ない大きな悲しみの時
があることを思い出したからだ。ここに、僕たちのために人
となられ、僕たちと同じように弱さを背負ったイエスの愛の姿
がある。嘆きは僕たちのための嘆きだ。嘆くことを躊躇する僕たちに

「嘆くことを躊躇しなくていい。わたしも十字架の上で
嘆いたのだから。わたしはあなたの嘆きを理解し、嘆くあなたと
共にいて、共に解決に向かう。」そう語ってくださっている。

だから、今のさまざまな嘆きを僕も妻も躊躇せず、
ささげている。詩篇の沢山の嘆きのことばをお借りして。




みことばに乗せて

ペットロス 

2009年10月21日(水) 19時48分
  
那須高原の朝明け
 

  「ペットロス」

 バルを我が家の庭に葬ってから10日
ほど経った今朝、秋晴れのすばらしい朝を迎えた。
妻の顔もどこか晴れやかだった。すると彼女が「今朝、
心が吹っ切れたことを感じたの。これまでバルの死ばかりを
悲しんでいたけど、それよりもこれまでの9年8か月、バルと
共にすごせたことに感謝する方に心が向くようになったの」。
そう語る声まで明るかったので僕も嬉しかった。

彼女はさっそく、この変化を毎日聖書のみことばを
送っている5人に報告し、これまでの祈りのサポートに
感謝した。するとこの一年で愛犬二匹を失くし、一人になって
しまった友人からすぐに返事が来た。
「どうしてそんなことができたの」。

すると妻は「イエスさまがそうしてくださったのよ」。
するとすぐに「イエスさまって、すごいのね」とメールを送り返してきた。
妻は「この経験が、彼女が自分の悲しみをイエスさまにゆだねる
きっかけになれば、バルにもっと感謝できるわね。」
そう言って笑った。

僕にとってのバルと、妻にとってのバルに、改めて大きな
違いがあることが分かった。それは「共にいた」愛情の密度の差にある。
悲しみはその愛情密度に比例する。僕がバルを失った悲しみに
比べれば妻の悲しみは比較にならないほど大きい。
そして妻の悲しみに比べれば一人暮らしの友人の
悲しみは比較にならない程大きいのだろう。

「わが神。わが神。どうしてわたしをお見捨てになったのですか。」
こう叫んだイエスの十字架の悲しみは、私たちの想像を超えた悲しみ。
だが、父と子が引き離されたこの悲しみはやがて大きな賛美に代わった。
それが十字架からの私たちへの希望のメッセージなのだ。

悲しみの彼方に常に賛美と喜びがある。
このことを忘れないで主と共に、妻と共に歩みたい。
そう改めて思った朝であった。

「夕暮れには涙が宿っても、朝明けには喜びの叫びがある」
詩篇29:5

 
バルの墓   


「神と共に働く」(2) 

2009年10月13日(火) 8時29分


「神と共に働く」(2)
ローマ8章28節
〜まだ「バル」について友人と話す度に、
涙がでてくる妻のある朝の聖書との一時〜


「主のご計画に自分を合わせる」とは
どういうことでしょうか。主は私に何を望んでおられる
のでしょうか。私の体力は、随分弱くなりました。私ができる
ことは限られています。しかし、1コリント1章には、主がどのような者
たちを選ばれたかが書いてあります。27,28節には「この世の愚かな者、
弱い者、身分の低い者、軽んじられている者、無きに等しい者を
あえて選ばれた。」とあります。正に私にぴったりです。
何の言い逃れもできません。

しかも、何よりもすばらしいことに2コリント12:9には
「私の恵みは、あなたに十分である。というのはわたしの力は
弱さのうちに完全に現れるからである。」
とあります。

私の弱さのうちに完全に現れてくださる?どのようにして?
それは先ず自分の弱さを認めること。しかし、これも主と共にする
ことであると思います。以前、アルコール中毒者の治癒の第一歩は、
自分がアルコール依存症であることを認めることであるというのを
読んだことがあります。これはとても難しいことのようです。
しかし、この第一歩がないと治療が始められないそうです。

それと同じように私も主の前で、いかに弱い者
であるかを認めることからはじめなければいけません。
自分の無力を告白し、その弱さの中に主が働かれるように
祈ることはとても大切なことのように思います。

私を造られた神は、私のための特別の計画を
持っているとおっしゃっています。(エレミヤ29:11
「わたしがあなたがたのために立てている計画をよく
知っているからだ。−主の御告げ。−それはわざわいではなく、
平安を与える計画であり、あなたがたに将来と
希望を与えるためのものだ。」) 


弱い限られた力で、主とともにこれから何が
できるのか楽しみです。以前にも書きましたように、
私の持っているもの、私の弱さを主にささげる時、主は
それを豊かに用いてくださるでしょう。  



「神と共に働く」(1) 

2009年10月12日(月) 20時49分

「神と共に働く」(1)

〜まだ「バル」について友人と話す度に、
涙がでてくる妻のある朝の聖書との一時〜

「神を愛する人々、すなわち、神のご計画に従って
召された人々のためには、神がすべてのことを働かせて
益としてくださることを、私たちは知っています。」
新改訳聖書)

10月4日の朝、私はロマ書8章28節を読んでいました。
今までに何度となく読み、又、この節だけについて書かれた本も
学生時代(なんとはるか昔のことでしょう!)読んだことがあります。
この節は1コリント10章13節と並んで多くの試練の中にある人々を
何世紀にもわたり、励まし慰めて来たにちがいありません。私も
なんとなく「有名な聖句だ」という思いで読んでいたのです。

 ところが一つの小さなことばに主は私の目を止めさせて
下さったのです。口語訳では「神は、神を愛する者たち、
すなわち、ご計画に従って召された者たちと共に働いて万事を
益となるようにして下さることを、わたしたちは
知っています。」
とあります。

共に働いて”?新改訳には
「神がすべてのことを働かせて、益として下さること・・・」
とあり、“共に働いて”という部分がすっぽりとぬけています。
他の訳ではどうでしょうか?RSVという訳にはやはり
「彼(主)と愛する者と共に働く」とありますし、リビング・バイブルの
英語訳にも「もし私たちが彼(主)を愛するなら又、彼の計画に
合わせるなら・・・」
とあります。

 やはり、神のみではなく、私たちの役割も、ちゃんと書いてあるのです。
私はすっかりこのことを忘れ、「主がすべてを良くしてくださる」ことのみ、
望みを置いていたのです。

 学生の時、ある宣教師からとても印象深いメッセージを
聞いたことを覚えています。彼は「みなさんは、いつも神さまに
いろいろなリクエストをします。でも神さまは、みなさんに『お前も、
何かしたらどうだい』と言われているにちがいありません。」と
言いました。もちろん救いは行いによるものではなく、信仰に
よるのですが、救われた私たちには神と共に働くことを
期待されていると思います。それを、この宣教師は
教えてくれたのだと思います。

10月4日の朝も、主は、このあまりにも有名なゆえに、
不注意に読んでしまっていた私に、もう一度、私は何をなすべきか
ということに目を向けるよう、光を当ててくださいました。



バルとの別れ 

2009年10月07日(水) 19時45分

2003年の4歳のバルと妻


バルとの別れ

10月6日、夜8時15分ごろ、バルとの別れが
ついに来た。「バルが変!来て!」と、バルの突然の異変に
気づいた妻が二階から、僕を呼んだ。急いで行ったが、もう呼吸は
停止していた。最後、妻の方を向いて大きく目を開き、その後痙攣をおこし、
安らかに息を引き取ったという。まるで「お母さん、ありがとう」とでも
言いたげに・・・、そう妻は目を赤くして僕に教えてくれた。

 まだ、眠っているように横たわっているバルの柔らかい
黒毛をなでながら、僕はバルが我が家に引き取られてから今日
までのことを思い出していた。その思い出にと撮った写真のいくつもの
シーンが浮かんでは消えた。私たちの生活を幾倍にも楽しくしてくれたバル
との懐かしい思い出はこれからの深く心に刻まれることだろう。妻は
「4番目の息子」と言って可愛がっていたので、僕など比べ物に
ならないほど豊かな思い出があり、その分、悲しみを
大きくしていると思う。目に涙を浮かべ泣いていた。

捨て猫であったバルを引き取ってから10年間、僕たちに
かわいがられて生涯を終えた。バルは本名、バルナバ。「慰めの子」の意味。
10年前、妻が二年ほどうつ状態になったが、その時、妻の心をいやして
くれたのがバル。妻にとって大きな存在だった。

僕にとって、小さな動物がどれほど人を慰め、癒してくれる大きな
存在であるかをバルから教えてもらった。小さないのちがこれほど
愛おしいのなら、いわんや人間はもっと大切にされ、愛し合わなければ
ならない。そしてその死がこれほど尊く見えるのなら、まして人の死は
もっと尊厳をもって迎えられなければならない。私たちに送られた
小さな天使のようなバルはいくつかの大切なことを残して
去っていった。

「狼は子羊とともに宿り、ひょうは子やぎとともに伏し、
子牛、若獅子、肥えた家畜が共にいて、小さい子どもがこれを
追っていく。

雌牛と熊とは共に草を食べ、その子らは共に伏し、獅子も牛のように
わらを食う。 乳飲み子はコブラの穴の上で戯れ、乳離れした子はまむしの
子に手を伸べる。

わたしの聖なる山のどこにおいても、これらは害を加えず、
そこなわない。主を知ることが、海をおおう水のように、地を
満たすからである。
その日、エッサイの根は、国々の民の旗として立ち、国々は
彼を求め、彼のいこう所は栄光に輝く。 」
イザヤ11:6~9

バルがこんな平和な風景の中でこどもたちと
戯れている姿を想像しつつ・・・



2003年のバルと僕

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