「育児は育自」
私達は子育てを通して、自分たち自身が神様から
どのように育てられているのか気付くようになります。
ある方がやはり子育ての本の中で「育児は育自」である
と言っておられます。私もその通りだと思います。
子供を育てながら、自分も成長するのです。
私たち親は常に子供にベストなものを与えたいと思っています。
もちろん神様はもっとそうです。マタイ7章に
「してみるとあなたがたは 悪い者であっても、自分の子供には
良い物を与えることを知っているのです。とすればなおのこと、
天におられるあなた方の父がどうして求める者に良い物を
下さらないことがありましょう」とあります。
ただ、私たちは神様が私たちや私たちに必要なものを
知っておられる程には、自分の子供や、その必要とするものを
知ってはいないというところに問題があります。神様は永遠の視点
から、私たちの成長に必要なものは何か、又、それをいつ与えるか
ということを知って与えられます。時には肉の私たちが全く望んで
いないことが与えられる時もあります。でも振り返ると、それは
私たちの成長に必要なものであったことがわかります。
少しだけ子供より先に生まれた私たちは祈りつつ、子供の成長に
何が必要であるかを知り、与えたいものです。
もちろん物だけでなく、心の成長にとってもです。
また神様は「いつも私はあなたと共にいるよ。愛しているよ。」と
その愛を発信し続けておられます。私たちも同じことをする必要が
あるのでしょう。私たちの態度やことばによって親の愛を発信し続ける
ことによって信頼関係を深めようとするのは大事だと思います。
我が家の三男は小さい時遊んでいる途中でよく私のもとに
かけてきました。ギュと抱きしめてやると又遊びに行くのです。
私たちはそれを「充電タイム」と呼んでいました。その充電がたっぷり
あると安心して外にむかうことができるようでした。私たちも神様の愛を
深く知れば知るほど、また、神様の愛で充たされれば充たされる程、
その愛を発信できるのではないでしょうか。
「愛の性質とは、とどまるのではなく流れ出るものだ」と聞いたことが
あります。私たちは神様の愛を経験しながら、(時には、愛ゆえの
試練もありますが)私たち自身が神様に育てていただいているのです。
結婚を成功させる秘訣は何でしょうか。
1 神を愛すること 2互いに愛し合うことです。
子育てにおいても同じです。神を愛することと互いに
(夫は妻を、妻は夫を)愛することが子育ての秘訣だと言えます。
子育てのゴールは何でしたか?
「神と人に愛され、神と人を愛する人となるように助ける」こと
でしたね。 「神と人を愛する人となる」ということは私たち自身
のゴールでも あるわけです。ですから、私たち自身も子供たちと
一緒にこのゴールを目指しているということができます。
書店に行けば、子供のステージに合わせたいろいろな
子育ての方法についての本があるでしょうが、私たちはこの大切な
ゴールから目を離さないということが重要なことだと思います。
では、私たちは他の人を愛する生活を子供と一緒にしているでしょうか?
たとえば病気の人を見舞ったり、食事を作って持っていってあげたり、
また、食事に招いたりしているでしょうか。また、他の人のために
子供と一緒に祈っているでしょうか?貧しい国の人々のために
ささげているでしょうか。私が入院するたびに、レミちゃん、宣希くんが
ご両親と一緒にカードを書いて下さり、お見舞いに来てくれました。
また、オースティン、イースン、ケイティも可愛いカードを
書いてくれました。このようなことが、子供の心をただ
家族だけでなく、他の人にむける良い機会になるのです。
子育てをしていく中で、大小さまざまな問題や困難、試練に
会いますが、このゴールにフォーカスすると私たちを愛し導いて
下さる神様により頼むことができるようになります。
3人の息子を育て、いろいろな問題に右往左往した私ですが、
振り返って見ると、神様が全てを益としてくださったことに
感謝しています。
メーガンさんはジェイスンさんとすばらしい関係を
作っておられるのですから、きっと素晴らしい子育てが
できると思います。祈っています。
文 小川早苗
私は山に向かって、目をあげる。
私の助けはどこからくるのだろうか。
私の助けは、天地を造られた主から来る。
詩編121:1,2
「子育ての目標とは」
子育てに戻りましょう。「子育ての目標」は何でしょうか?
私はこのように考えます。それは「その子が、神と人に愛され、
神と人を愛する人として成長するのを助けること」だと思うのです。
ルカ2:52にイエス様の成長の様子が書かれています。
「イエスはますます知恵が進み、背丈も大きくなり、
神と人とに愛された。」
知恵と肉体の成長はそれぞれ異なりますが、ここで大切なことは
「神と人とに愛された」というところだと思います。私たちは神に
愛されているものとして造られました。造り主である神様はもちろん
愛して下さいますが、私たちも赤ちゃんを見ると自然に笑顔になります。
私たち見る者の心の中にある優しさが赤ちゃんによって引き出される
ようです。でも、神様は私たちがただ愛されるもので終わるのではなく、
愛する者となることを望んでおられます。
私たちは愛し、愛されるのをどのようにして学ぶのでしょうか。
それは先ず、親からだと思います。特に赤ちゃんにとっては親が
全てなのです。親が自分を愛し、両親も互いに愛し合っている姿を見て、
子供は安心するのです。また、安全を感じるのです。父と母が
愛し合っていること以上に、子供の心に安心を
与えるものはないと思います。
私たちがまだ若かった頃、何度か子供の前で喧嘩を
したことがあります。その時の子供達の不安そうな顔は今も
忘れることができません。その部屋の空気までも、暗く重くなるのです。
本当にすまないことをしたと思っています。
子供達は人間関係、特に信頼関係をまず親から示される愛を
体験することから学びます。目に見える親からの愛を受け、
親を信頼することなしに、目に見える神様の愛を感じ、信頼するのは
とても難しいといえます。もちろん人間ですから親といえども
失敗します。しかし、子供達は親がそのような失敗をどのように
乗り越えてゆくかも、ちゃんと見ているのです。私はしばしば子供を
しかり過ぎた後で、子供にあやまったことがありました。
幸い子供はゆるしてくれました。忘れることができないのは、
そんな時、一人の子が「ママ。ママがおこってもボクは好きだよ」
と言ってくれたときの感激です。
ベビーシャワー
< ベビーシャワー1~3は1月29日、赤ちゃんが誕生する
前にお祝いする会(ベビーシャワー)に招かれた妻が
お話した我が家の子育て論です>
2012年1月29日
皆様こんにちは。今日はメーガンさんのために来て下さって
本当にありがとうございます。メーガンさんおめでとうございます。
22日にはルースアンに女の子が無事生まれ、今度はいよいよ
メーガンの番ですね。お祈りしています。
さて、二週間ほど前にレネーさんからメールがありまして、
「ベビーシャワーの時、子育てについて何か話してくれませんか」
ということでした。私はまず、自分の年のことを考えました。
私がいわゆる子育てしたのは、随分前のことですし、
ここにいらっしゃる方は若い方が多いでしょうと思ったのです。
でもすぐに私が子育てについて学んだのは、この古い本、
聖書からですし、聖書に較べたら私はずっと若いと思いました。
それに人は失敗から学ぶといいますが、失敗なら、人に負けないほど
してきたわけですから、私が学んだこと、又、学んでいることを
少しお話ししようと思ったわけです。
子育てのための本は「聖書」、モデルは「両親」
私達には3人の子ども(全員男の子ですが)が与えられました。
そのうち二人はメイドイン宇都宮です。長男はブライアンと同じ年に
生まれました。私の25歳の時の子どもです。子育てについては
何も知らなかった私は妊娠がわかった時から、又、その後、
3人の子どもが与えられた後も、良い母になりたいと思って子育ての
本を随分読みました。妊娠中のことについての本、赤ちゃんの時代
について、幼児期、少年期、十代の頃、青年期といろいろな本
があります。それぞれ、その時代の子ども達とどう向き合うか
ということが書いてありました。それらの本を読んでいるうちに
気が付いたのは、子育てについての一番いい本は
聖書であるということでした。
それは、先ず私たち母親が、人間として神の前に成長し、
平安をいただき、神様に対して十分に信頼して生きると言うことが
子育てにおいて本当に大切なことであると感じたからです。
日々、あわただしく子供と接してゆく中で、神様から来る平安は
本当に必要なのです。神との平和の次に子育てにとって大切な
ことは夫と妻が信頼と尊敬をもって愛し合うということです。
「えっ? 子供はどうなの?」と思われるかもしれませんが、
夫と妻、つまり父と母が愛と尊敬によって結ばれていることこそが、
子育ての土台といえます。
「子供をよく育てようと思ったら、夫婦仲良く暮らすことですよ。」と
4人の子供を育て上げた先輩牧師さんが、私に言ってくださった
こともありました。この重要性についてある方の本に次のようなことが
書いてありました。「夫と妻がしっかりと愛し合っている家庭の子供は、
たとえ途中で、まちがった道に入り込んでしまうようなことがあった
としても元に戻ることができるものです。」
父と母が良い関係にあると言うことは子供にとって、まさに
イカリのような働きをするようです。波風が強くても、どっしりとした
イカリがあれば船は流されません。たとえ揺れることがあってもです。
我が家の”まな”
「母と一緒の宿題」
退院後、一か月ぐらい、母は急激な変化に
心身ともに対応するのが難しかったようで、「終わりにしたい」
「天国へ行きたい」とよく口にしていた。母の思いのすべては
理解できなかったが、退院後の苦しみを続けることより、
早く苦しみから自由にされ神のもと行きたいと願う気持ちや、
家族に迷惑をかけることを心苦しく思う気持ち、
そして、不安で寝付けない夜の「さびしさ」などがあったと思う。
しかし、一番大きなことは、生きる意味を見いだせない思いが、
「終わりにしたい」のことばとなったように僕には思えた。
耳を顔に押し付けるようにして母のことばに
耳を傾けながら、「お母さん、僕もお母さんのようでしたら、
同じような気持ちになったと思います」。母の気持ちをそのまま
受けとめ、「そんなことを考えてはいけません」
などと言えなかった。
パウロが獄中生活で苦しんでいた時、
「世を去るべきか」「世にとどまるべきか」の二つの間で
板挟みになっていると言い、しかも、「私の願いは世を去って
キリストと共にいることです。実はそのほうがはるかに
まさっています」。(ピリピ1:23)と語った。
それでも結局、彼は世にとどまり、なお生きることを選んだ。
その理由を「この肉体にとどまることが、あなたがたのためには、
もっと必要」(ピリピ1:24)だから、と書いている。
この地上を走り終える最後の日まで、彼は人のために生きた。
そして、最高の喜びである死は最後まで、自分のためにとって置いた。
与えられたいのちを、そのように考えながら
生きることができたらどんなに幸いであろうかと僕は思う。
母にとっても、生かされるなら、誰かのために生かされていると
確信したいに違いない。僕と妻、そして母の三人の大事な宿題は、
この真理を共有しながら生きてゆくことではないだろうか。
今年に入って母は、落着き、明るさを取り戻してきた。
先週、もう一人のひ孫も与えられ、嬉しそう。「お母さん、お母さんを
頭に家族が何人いるか知っていますか。」すぐには浮かんで
こなかったので、一緒に数えてみた。「お母さん、すごいね、
全部で19人ですよ」。母は「へー」とびっくりした様子。
「お母さんは、この家族の隊長さん。僕は副隊長。一緒に
お世話してゆきましょうね。」嬉しそうに笑う母。
いのちの絆を感じ、喜んでいるようで、僕もうれしかった。

孫から贈られたぬいぐるみが好きな母
ある夢の意味
新年早々に夢を見た。
今まで見たことのない夢だった。
僕たちの住む家に水が押し寄せ、急激に水位を上げ、
水は二階で寝ている早苗のところまできた。
寝ている早苗をあわてて起こして逃げる。
家は流され、ふと見ると早苗がいない。
「早苗、早苗」と必死に叫びつづけながら探していると、
「あそこ、あそこ」と指差す人がいた。
見ると、土手のような所に早苗がしょんぼり座っている。
ほっとしたところで夢から覚めた。
現実に戻って、妻と家を確認するように闇を見る。
「いる、いる。ある、ある」。
夢の中で感じた緊張感が、ふーとゆるんでゆく。
その時、大災害で、家を流され、
家族を失った被災地の人々の恐怖と悲痛な悲しみを思った。
昨年、二度訪れた被災地の姿を思い出し、
「ほんとうに、大変だったなんだろうな」と
しばしベッドの上で茫然としていた。
新年に見たこの夢。
僕に、家を失い、家族を失った人々の気持ちがどれほど悲しく、
辛いものであるのかを、忘れないで歩みなさいと、
神様が示されたように感じ、心が引き締まる思いだった。
現場から離れていると、被災した人々の悲しみを悼む思いが
急速に薄らいでゆくのを僕自身感じている。
そんな僕に、神様が夢を通して語りかけてくださったと思う。
今年、僕に出来ることをもって、被災された人々に少しでも
寄り添わせていただきたいと願っている。

昨年の6月、津波で流された家の後に咲いた紫蘭。
今年はさらに株をふやして、美しく咲いてくれるだろう
「母の緊急入院」
「ハツ子さんが倒れ、出血しています。救急車を
呼びました。至急来てください。」ちょうど夕食を終わった頃、
母の住むケアハウスから電話を受け、急いで妻と共に車で
向かう。10分ほどしてケアハウスに着くと、救急車は
すでに来ており、母も救急車の中にいた。
救急隊の人は受け入れ病院を懸命に
探しており、その都度、母の状態を電話していた。
幸い、近くの国立栃木病院が受け入れて下さった。
母は、後頭部からかなり出血し、血圧も下がっていた。
医師は直ちに手術に入り、入院が決まった。脳や他の部分に
損傷は認めらないということで、僕たちは一旦、ハウスに戻り、
職員に母のことを報告し、入院に必要なものを持って再び、
病院へ。そして不安そうな母を残して、その夜、家に帰った。
入院から1週間ほどして、福島の息子の家族が見舞いに
来てくれたが、母はひ孫たちの励ましにわずかであったが
喜びの反応を示してくれた。その頃、母に「さびしいですか」
と聞くと小さくうなずいた。「そんな時、どうしますか」と聞くと、
祈るというので、「どう祈りますか」と聞くと、母は「主の祈り」
を祈り始めた。僕も母と一緒に声を合わせて祈ると、
母の目に涙が。
母に「神様が、ある王様に『わたしはあなたの涙を見た。
あなたを助ける』と言っているように、お母さんも助けて
くださいますよ。」というと母の顔は安らいだようだった。
あれから二週間。昨日母は無事退院し、ケアハウスに
戻った。この二週間、母の気力、体力はかなり衰え、感情
表現も少なくなり、自分の足で立つこともできなくなっていた。
昨日、ケアマネの方から、母が自分でトイレに行こうとして
倒れた(これまで二回ほど同じようなことがあった)ので、
これからは全介助となるので、車いす生活とし、トイレ
もおむつ使用にし、食事もそれまで自分の部屋ですることが
できたのが、一人では危ないので、毎回車いすでみなさんと
食事することにしましょう、という提案があり、
僕たちも了承した。
老いてゆくこととはこうしたことなのだ、と僕も改めて感じた。
それらをひとつひとつ受け入れてゆく心、なお生かされ、人々
に世話になっているが、必要とされているという感謝の心が
母に育ち、これからも豊かな残りの人生を母に与えてくださいと、
父なる神にお祈りする一方で、僕自身の終わりへの備えを
教えてくれている母に感謝を覚えた。
「彼らが苦しむときには、いつも主も苦しみ、
ご自身の使いが彼らを救った。
その愛とあわれみによって、主は彼らを贖い、
昔からずっと、彼らを背負い、抱いて来られた。」イザヤ63:9

この椅子から車いすへ、
しかし、このようにひ孫たちからの手紙を楽しんで読む
生活が続けられるように
「鬼怒川温泉での兄弟会」(2)
いつもは、夕食前の一時間半だけが話し合いの時だったが、
今回は宴会室での夕食とカラオケが終わってから部屋に戻り、
話し合いの続きをしようということになった。これには僕も驚いたが、
同時にうれしくもあった。後半の話し合いがどのようになるのか
全く分からなかったが、まずは大震災3:11のことを話題に取り上げ、
このような質問をしてみた。
「みなさんは3:11以降、何か自分の内に変化を感じましたか」
「もし、津波に巻き込まれ、もう助からない、死ぬかもしれないと思った
その一瞬、何を思いますか」。
みなに共通していた新たな思いは、絆の大切さだった。
その意識によって、兄弟家族としてこれからも互いに助け合おう
という思いが強くされ、具体的な助け合いの案もいくつか出て、互いに
励まされた。だれもが、そう遠くない先に自分の終わりがあることを
意識している年令でも、死に直面した時の最後のことばは、まだ
だれも考えていなかった。まだまだ、どう生きるかに思いが
あるようだった。ひとりの兄は、「終わりの時は吾朗にまかせるよ」
と信仰告白とも思えるような期待を述べてくれた。
そこで、僕が死ぬ最後のために準備している短いことばを紹介した。
「『主よ。ゆだねます。』の一言です。これは、僕のいのちを父なる神に
お任せしますという意味。この最後のことばが決まると、安心して
今を生きられるから不思議です。」
この二年間、老人会を新たに立ち上げ、その初代会長を二年間
務めた兄が、「俺は、老人会をやってはじめて吾朗の言う『聞くこと
の大切さ』が分かったよ。吾朗のおかげだよ。」兄弟の中でも一番
よく話をする兄から繰り返しそう言われてびっくり。そこで僕も
「人の話を聞くのはこれまで不得意でしたよ。最近やっと少しできて
いるかなと感じる程度です。変化しはじめたのは、自分も弱さを
経験し、人の弱さに心を少し向けることができるようになった
からだと思う。」
するともう一人の兄が「吾朗は変わった。そして兄貴も変わったよ」と
ほめてくれた。しかし、その兄がまだ変わっていないことに不満を持つ
義姉が不満を言い始めると、少し緊張した雰囲気になった。
勇気を持って、真剣に語ってくれる義姉の言うことにみなが耳を傾けた。
このようなことを兄弟会の場でオープンに話し合ったのははじめての
こと。それを別の兄がとりなし、兄が自分の奥さんに謝る。僕たちは
兄弟会が少し本物に近づいてきたことを感じた。兄弟会といっても、
それぞれのパートナーは実の兄弟ではない。それだけに心中では
複雑な思いがあるに違いない。しかし、そこを乗り越えてゆく何かを
今回みんなが感じ取った。
次の日の「鬼怒川ライン下り」は天候に恵まれ、最高の紅葉を
共に楽しんだ。来年、伊豆で持たれる兄弟会までには、もっと絆が
深まり、もっとみんなの心が互いに対し、またイエスに対して
変わっているに違いないと思った。
「神よ。あなたの恵みは、なんと尊いことでしょう。
人の子らは御翼の陰に身を避けます。
彼らはあなたの家の豊かさを
心ゆくまで飲むでしょう。
あなたの楽しみの流れを
あなたは彼らに飲ませなさいます。
いのちの泉はあなたにあり、
私たちは、あなたの光のうちに光を見るからです。」詩編36:7~9


「鬼怒川温泉での兄弟会」(1)
「お疲れ様。よく来てくれました」。 そう言って、
妻と共に鬼怒川温泉駅の改札口からでてきた兄弟たちを迎えた。
今回は弟夫婦、妹夫婦が参加できなかったので、総勢9名の
兄弟会となった。その日は、快晴。山々のもみじがよく色付き、
紅葉のベスト・タイム。
電車を降りてきた兄弟たちも駅前の山々の紅葉を見て、
口々に、「沿線沿いの紅葉もすごかったが、ここもいいね」。
「いいでしょう!」と得意げに返事をする幹事役の僕。
後は、神様に最高の内容を整えてもらうだけ。
そう心で願った。
僕たちの兄弟会には5つの楽しみがある。
一番盛り上がるのは「カラオケ」。僕と妻以外はみんな上手。
特に一番上の83歳の兄はプロ並みの上手さで群を抜いている。
僕と妻は、みんなの上手さを褒める役。みんなカラオケに夢中に
なりはじめると、人の歌を聞くことより、自分は次に何を歌おうかと、
選曲に集中する。そこで活躍するのが僕たち夫婦。
二番目は食事と温泉。日頃の疲れもいやし、気分転換する。
今回で7回目の兄弟会。毎回場所は違うので、温泉は楽しみのひとつ。
三番目は周りの風景などを楽しむ特別企画。今回は鬼怒川ライン
下りとなった。4番目はおしゃべり。婦人たちはこれを楽しむのが
得意だ。僕の妻は相当僕の失敗談や、間抜けぶりを話題に
したらしかったが、それもまた楽しいオープンなコミュニケーションが
生まれるので結構なことと思う。
5番目は、聖書に関連した話。兄弟たちは、これを他の家族の
兄弟会と違う大きな特徴として受け入れてくれているので、
感謝している。でも話題を何にするかはいつも苦労する。僕が
お話しするのではなく、僕は司会役としてみんなのお話しを聞きながら、
自由に意見交換してもらう。そして、必要なら聖書の真理を
参考にしてもらう。
いつもどうスタートしていいのか、見当がつかず、祈りつつスタート
するが、思いがけない話へと導かれ結果として、みんなが「よかった」
と喜んでくれる。今回は、これまでの兄弟会では見られなかった
兄弟の絆を感じる時となり、みなが喜んでくれた。
「見よ。兄弟たちが一つになって共に住むことは、
なんという幸せ。なんという楽しさであろう。」詩編133:1


「冬の足音」
「今日は冷えるね。ズボン下の長いのをはこうかな」
「ズボン下でなくて、“ももひき”じゃないの」
少しでも若さを演出したい僕と、素直に現状を認めなさいという妻.
「ふろばの電気、一晩中つけっぱなしだったですよ。」
「そう、そんなはずがないんだがね・・・」
「トイレのドアはしっかりと閉めておいてくださいね。
まな(我が家のネコ)入り込んでトイレの中の飾り物を落すから
気を付けてくださいね。」
「そうか、閉めているつもりなんだがね・・・」
今朝、こうして立て続けに妻からのイエローカード三枚もらった。
幸いに退場はなし。
でも、密かにそろそろ認知症の検査をと思っているかもしれない。
「やあ、早苗に注意されると元気がでるよ。」
「どうして」
「だって元気でなければ、小言をいうこともないからね。」
さて、私は今日は東京へ出張。
妻は、だるいからだを押し切ってでも、
超快晴の奥日光の紅葉を見に出かけたい気分のようでした。

友人からいただいた見事なぼたん
出張前、妻から訂正が入りました。
「ぼたんではなく、ダリヤですよ!」
