会議

July 10 [Wed], 2013, 21:01
長いことオーストリア問題の討議を避けてきたソ連は、
ようやく一九五四年一月末から四大国外相会議をベルリン
で行なうことに同意した。主題は当然ドイッ問題だったが、
この会議には初めてオーストリア政府代表の参加が認めら
れたのである。
オーストリア代表は、前年に新たに外相になったフィー
グルであった。前首相の肩書を持つ新外相の下には、第二
次大戦中の十二年間、中立国スウェーデンで亡命生活を送
った旧社民党のクライスキー外務次官(後の首相)がつい
ていた。第二次大戦中から、社民党の亡命グループの間で
は、ロンドン、スイス、北欧にいる仲間の中に、スイス、
スウェーデン型の中立を望む声が出ており、クライスキー
もその一人だった。
モロトフソ連外相は、このベルリン外相会議で、三カ月
以内に条約草案の準備を完了させるべきだと気を持たせな
がら、条件つきの提案をした。オーストリアがいかなる軍
事同盟にも加盟せず、その領土内に外国の軍事基地をつく
らないことを条約の中に明記するというのである。つまり、
オーストリアに中立の義務を要求したのである。ソ連はこ
れまでこんな具体的な提案をしたことはなかったので、こ
の提案自体が一つの大きな変化だった。
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