義母

February 16 [Wed], 2011, 17:35
 何かやましい事情があるのではないかということくらい想像できたが、それを確かめてしまうと、事実を受け入れられる自信がなかった。
 だから今までは口を挟まずに軽蔑のまなざしで見送ってきた。しかし先日、義母が離婚届を用意したのを知ってしまった。

 英二は昔、インディーズバンドのボーカルだった。春輔は一度だけ実の母親、祥子に手を引かれて本屋の帰りにストリートライブに立ち寄ったことがある。
 まだ幼い春輔に祥子は言った。
「あの人、本当はとても恥ずかしがり屋だから私たちが今日ライブに来たことは内緒よ」

『月の裏側には失くしたものが還ってくるって言うけれど、どうすれば取り戻せるのかな』
 駅前のロータリーで英二たちは歌っていた。あまりの音量に春輔は抱えていた『金の斧、銀の斧』の絵本を落としてしまい慌てて拾い上げる。
 周りには足を止める者は一人もおらず、彼らの音楽は誰にも届いていないとさえ思えた。まるでバンドは波間を力無く漂う難破船のように見える。
 春輔は何かを英二に向けて叫んだが、すぐに雑踏に紛れてしまう。その言葉が届いたかどうかさえわからない。今では何と言ったのか、それさえ思い出せなかった。
 不慮の事故で祥子が亡くなり、再婚を機に父親はバンドをやめた。
 今でも春輔の耳にはっきりと残っているのは葬式にやってきた親類が物陰で泣く彼に気付かずに言った、ひどい事故だったみたいよ、死に顔も拝ませてもらえなかったという言葉だった
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