帰省。北の地へ。 

February 24 [Sun], 2008, 0:01
2月15日(金)

某テレビ局へ、電話。
働き始める時期は、できれば一ヶ月後にしたいと伝えた。
東京で働き続けられるのか、わからないけれど、
すぐに会社を移れる状況ではなくなってしまったから。
部長と相談してみるから、夕方また電話をください、とのこと。


ともかく何も考えないように、仕事をどうにか終わらせて、
羽田へ向かう前に、同じ部署の先輩に時間をもらって、
30分ほど、カフェで話した。
その人が、若くして、お母様を亡くされているのを知っていたので、
実家に帰る前に、アドバイスが欲しかったのだ。

いったい、自分は実家に帰って、事態に直面して、
何をしたらいいのか、情けなくもわからなかった。

彼女は自分のことのように涙を流して、たくさんのことを話してくれた。
私の悲しみ、後悔、現実を認めなくない気持ち、
ぜんぶわかってくれたうえで、
「つらいけど、お父さんの前で泣いたらぜったいにダメだよ。
一番つらいのも怖いのもお父さん。こんなときだからこそ、
家族が支えてあげなくちゃ」

そのとおりだと思った。
わんわん泣いて、私は、家に帰る心構えがようやくできた。



羽田へ。
途中の浜松町の駅で、某テレビ局へ電話。
皮肉な現実がさらに、追い討ちをかけるように落ちてきた。

今日、コネで面接に来た男の子に決まった、とのことだった。

ほぼ確実といわれていただけに、おおいに期待していた。
朝の電話がいけなかったのか。
これもまた、信じたくない。


3月でいまの仕事の契約は切れる。
(書き遅れたけれど、私は、某出版社で雑誌の編集をしています)
延長はできない。
そういう雇用形態だったから、
いつも不安で、早く正社員の仕事がほしくて、
実は2年前から、ずっと転職活動をしていた。

でもなかなか思うところには内定をもらえなくて、
ようやく実を結びそうだったのが、今回受けた会社だった。

2年間、必死に、活動して、
数え切れない会社を受けて、ようやく長い戦いが終わるはずだったのに。
笑ってしまう。
結局、北海道に帰る運命なのか?


涙がとまらない。
またひとつの夢を失った。


飛行機のなかでも泣きどおし。
情けないけど、いましか泣けないから。
実家に戻ったらもう泣かないと決めたから。

いつもは当然のように見ていた、空の上から見渡せる
東京の夜景が、美しすぎて、また泣けた。


実家に到着した夜のこともまた、よく覚えていない。

2月14日 終わりと始まりの日 

February 23 [Sat], 2008, 23:29
2月14日 St.バレンタインディ。
日本中が愛に包まれたはずの日に、
私たち家族は、ひとつの幸せを、失った。

その日の午前中、
いつものように、オフィスの自分の机で仕事をしていたとき、
北海道にいる母から携帯にメールが入った。

数日前から入院していた父の病名が分かったとのこと。
携帯電話の無機質な画面に表示された
「成人T細胞白血病」という文字をみて、
思考がとまった。

白血病?お父さんが?
何かの間違いにきまってる。
すぐに母に電話をかけると、母は治療のために病院を移転し、
明日から抗がん剤がうたれることになったことを告げた。
そして、かわって、電話にでた父に、
「大丈夫?」
動転した私は、そんなことしか言えなかった。
「大丈夫じゃない、めちゃくちゃだ。
・・・おねえちゃん、就職きまりそうなの?」

その日の朝、転職活動で受けていた某大手テレビキー局の人事から、
「8割がたあなたで決まったから、いつから来れるか上司と相談しておいて」
といわれたと、母に報告したのを聞いたのだろう。
ろれつのまわらない声で、それでも喜んでいるのが伝わってきた。

あまり長く話すことはできず、土日に帰る旨だけをつげ、
電話をきった、そのときはまだ、事の重大さがわかっていなかった。


急性なら治るはず。初期だし。
けれど、そう思って、病名をネットで検索してみたとき、
はじめて、大変なことがおきたことを知った。

「成人T細胞白血病」は、
白血病のなかでも、最悪の型で、
現在は治療法が確立していない、難病。

2年生存率が20%。
生存の中央値は、13ヶ月。

100万人に一人の病気。
原因は母乳感染で、感染の確率は20%、
しかし、感染してから、発症までの時間が非常に長く、
50〜70年、一番多いのが、50代〜60代での発症。
キャリア(感染者)が発症する確率は、5%。


長々とした研究論文の、内容の半分も理解できなかったけれど、
“死”に非常に近い病気であることはわかった。

父が、死ぬ。
そんな馬鹿なこと、あっていいわけない。
あるはずかない。

だって、まだ58で、
この3月に仕事を退職して、好きなことをはじめる予定なのに。
東京に遊びに来ると言ってたし、ハワイにも行くと、パンフレットを集めてた。
何かの間違いだ。



そう思いながら、パソコンの画面をみつめていると、
事態が急速に現実味を帯びてきて、目の前が真っ白になった。



オフィスをでて、東京駅の地下街を、泣きながら歩いた。
食べる場所がみつからなくて、何周も同じところをぐるぐるまわって、
結局マックに入った。

治らない病気?
もって1年?
本当に?



そのあとのことは、覚えていない。
いつのまにか、自分のマンションに帰ってきていて、
妹が必死にパソコンの画面をスクロールしているのをみつけた。


すぐに母に電話をかけて、あしたの夜に帰ると告げたら、
泣いてしまった。
「泣かないでよ。おとうさん、元気だから」
涙声になる母のことばに、いよいよ、これが現実なのだと認めざるをえなかった。


悪い夢ならいいのに。
予想もしていなかった現実にぶつかったとき、
誰もが思うだろう、陳腐な言葉を何度も繰り返して、
どうやって眠りについたのか。

たった1週間前のことなのに、思い出せない。
目が覚めたら、朝だった。
カーテンを閉め忘れた窓から、残酷なほどの、青空がのぞいていた。


はじめに 

February 23 [Sat], 2008, 22:37
このブログは、突然、病に倒れた父との日々を記録しておくために始めます。
また、私自身が毎日めまぐるしく変わる感情を整理するためと、
同じ病気と戦っている患者さんとそのご家族、
そして、同じ病ではなくとも、いま現在、病気と戦っている方々と
出会うことができたら・・・という期待も持ちながら、書いていこうと思います。

決して楽しい内容にはならないと思います。
でも、残す意味のある言葉を、つづっていくつもりです。


どんなに打ちのめされても、人は生きていかなければならないから。
泣きわめきながらでも、前に進んでいくことを、ここに誓います。
プロフィール
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  • アイコン画像 ニックネーム:せしりあ
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  • アイコン画像 誕生日:1981年
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  • アイコン画像 趣味:
    ・音楽
    ・読書
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