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January 01 [Wed], 2020, 0:00
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こちらのブログ「空も飛べるはず。」は、個人が趣味で書き綴った小説をアップしているブログです。

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■Feel So Cat
 第一章 「はじまり」
 第二章 「変化」


■ある家庭の事情(ミステリー短編)
 第一章 「美咲」
 第二章 「麻衣」
 第三章 「圭一」
 第四章 「美紀恵」

Feel so Cat 第二章「変化」

May 08 [Sun], 2011, 23:47
眼が覚めた。


恭子は自分がどこにいるのか理解できなかった。

――確か、子猫を拾って、それから殴られて…。

その先がどうしても思い出せない。


「お?やっと目が覚めた?」



――えっ!?


聞き覚えのない男性の声に恭子は戸惑った。

声の方向を見ると、見た事のない男性が自分の顔を覗き込んでいる。


――誰この人!?


思わず恭子は飛び起きる。


「おいおい、なんだよその態度、せっかく雪の中倒れてるのを拾ってきたのに」


――頼んでないし!しかも普通は救急車でしょ!!


「まぁまぁ、そんなに尻尾立てて怒るなよ」

男性は笑いながらそう言う。


――何考えてんの!?普通、女の子が知らない男の部屋で目を覚ましたら、誰だって尻尾立てて…ん?


恭子は何かの異変に気づく。


異様に床が近い事
男性の顔がとても高い位置にある事


――なんで?身長が縮んだの?


足元を見ると、自分の手が黒い毛に覆われている。

手のひらを見ようとすると



そこには肉球。



――え…?



「おーい、大人しくしててくれよ。このマンション、ペット禁止なんだからさ」


――ええええっ!?


恭子は事態が理解できずに部屋の中を走り回る。
ふと、玄関先にある鏡を見ると


そこに映っていたのは


真っ黒な子猫だった。












――数時間後

恭子は部屋の隅でうずくまっていた。

最初は夢だろうと思っていたのだが
何時間たっても夢が覚める事はない。

――これって、どういう事なのかな…一回死んで、子猫に生まれ変わったとか?

考えて、結論が出るわけもない。

――とにかく、どういう経緯で自分がここにいるのか調べないと。

男性の元へ行き、それを尋ねようとした。



みぁー。



口からはそれしか出てこなかった。


――喋りたい事も喋れないのね…。


恭子は愕然とする。


「お?ようやく落ち着いたのか?」


男性はそう言って、恭子の事を抱き上げた。

「お前、まだ子供だな。お母さんとははぐれたのか?」

みぁー。

「ふーん、、、何言ってんのかわかんないや」

――はぁ…。だめだ、お話にならない。

自分の状況も理解できず。
唯一対峙している人間とも会話すら出来ない。

男性に両脇を持って抱え挙げられたまま、恭子は愕然としていた。


「お前、メスなんだな」


ふと、男性がそう呟いた。

恭子は顔が真っ赤になり――と言っても実際は黒い毛で覆われているが。――自分の両脇を掴んでいる男性の腕に
思いっきり爪をつきたてた。


「いってぇッ!!」

腕から飛び降り、男性をキッと睨みつける。


――あんた、一体乙女のどこを見てるの!変態!!


そう言ってから、自分も似たような事を子猫に言った事を思い出していた。


――あれは…違う!!そもそも、私自身女だし。


勝手にそう言い聞かせる。

「なんだよ、怒ったのかよ。ごめんって、謝るよ。な?」

男性はそう言いながら、両手の手のひらを合わせてくる。

――なによ、もう知らない。

「なんだよ、猫もそういうのは恥ずかしいのかなぁ…
あっ、良い物あげるからさ、仲直りしようぜ」


そう言って男性は台所へ立った。


何かを手に戻ってきたが
その手に握られていたのは


――猫用の…缶詰!?


「ほら、コンビニで一番高いの買ってきたんだよ」


そう言い、缶詰の蓋を開けて
恭子の前に置く。


匂いを嗅いでみるが…


――ムリッ!!こんなの絶対食べれない!!


食べれないとわかると
自分が空腹である事に気付き、余計もどかしくなる。


「なんだよ、嫌なのか?
猫まっしぐら、って書いてあったけど、パッケージってアテにならないんだなぁ…」


見当はずれな事を言いながら
男性は別の袋を台所から持ってくる。


中に入っていたのは
トーストと、コーヒーだ。



じー…。



恭子はじっと、男性の食事を眺める。


「ええっ!?お前こっちのほうがいいの?」


――当たり前じゃない、缶詰なんて食べれないよ!


「これは、俺の朝飯だからさー、簡便してくれよー」


――ええい、実力行使!!


恭子はその言葉に反対するように、みゃあみゃあと鳴きだした。


「わー、分かった分かった。半分やるから!」



そう言って男性はトーストを皿に乗せ
コーヒーも同様に皿に流し、恭子の前に出す。


待ってましたといわんばかりに恭子はそれにかぶり付く。


――やっぱり朝は、トーストとコーヒーが一番だね。


「はぁ…缶詰はダメで、こっちがいいわけだね…」


男性は呆れた顔で恭子を見ながら、半分になってしまった自分のトーストを頬張りだした。


食後。
恭子は、ひとまず空腹が満たされ、床に横になっていた。
食欲を満たすと、混乱していた頭も整理できてきた。

――まずは、あの後あたしがどうなったのか確認しないと…


バタンッ


冷蔵庫を閉める音がした。

男性が何か取り出したようだ。
恭子は男性のほうを振り返り…


――プリンッ!!


手に持っていたのは、カップに入ったプリンだった。

恭子はすかさず男性の足元で、みゃあみゃあと鳴きだす。


「ええっ!?これも!?
これはダメだよ!俺の楽しみなんだから」


――プリンプリンプリンー!!食後のプリンー!!


みゃあみゃあと鳴きやまない。


「ああもう…わかったから!!
ほら、食えよ…」

そう言うと男性はプリンも皿に盛って恭子へ差し出した。


パタッと鳴きやむと、一目散にプリンへありつく。


――食後のプリンー!ほんと幸せーッッ!!


「はぁ…なんて猫だよ、こいつ…」

男性はそう言いながらため息をつく。

「そういや、名前が無いな。俺は聡史。北村聡史って言うんだけど、お前は?」

――何この人、猫に名前聞いたって、答えれるわけないじゃん。

あたしは、恭子よ。そう言ったつもりだったのだが


みゃあ。


と案の定、鳴き声になるだけだった。


「そうか、じゃあお前はミーアだな」


――安直…。まぁ、勝手にしておいて。


「よろしくな。ミーア」


男性はそう話しかけていたが、ミーアはおかまいなしにプリンを食べていた。



プリンを食べ終わり、男性が食器を洗い出すと
ミーアはひとつ困った事に気付く。


――ちょっと、トイレはどこにあるのよ…!


さほど広くないワンルームが広く感じる。

玄関近くにある扉、恐らくここがトイレだろう。


みゃあみゃあ。


「ん、なんだ?トイレか?」

男性は手を拭きながらトイレのドアをあける。

「お前賢いな、トイレがここってわかるんだ」

――そもそも普通の猫は、人間用のトイレ使わないわよ。って、そこの扉閉めてよ!


ミーアは聡史のほうを、じっと見つめる。


「え?何?もしかしてドア閉めろって?」

――わかってるんじゃない。早く閉めてよ!

「へいへい、わかりましたよ」


聡史はドアを閉めるとため息をつく。


「なんか変な子猫だな。
朝食は、パンとコーヒー派、食後のデザートはプリン。
これでトイレの水でも流したら…」


ザーッ


水が流れる音を聞き、聡史は驚愕して扉を開けた。



そこからは
心なしかスッキリした表情をした、黒い子猫が
ゆっくりと、聡史の足元をすり抜けて、ソファー目掛けて歩いていった。



「…まいったな。」

Feel so Cat 第一章「はじまり」

May 04 [Wed], 2011, 20:54
クリスマスも近い12月

雪がちらつく中を恭子は小股で歩いていた。
アルバイト先のケーキ屋は、この時期になると予約の電話でひっきりなしだ。

これがクリスマス当日ともなれば
気が滅入る程に忙しくなる。

「あー、あたしも彼氏が欲しい」

恭子は決して外見に難があるわけではない。
むしろ有利と言っていいはずだ。

身長もそこそこ
胸もそこそこにある。

何より恭子自身の自慢は
他の女子では真似できない、「自分の髪」だった。

黒のロングヘアーが自分にはよく似合ってる

そう自負していた。

それでも恭子に恋人が出来ない理由は
やはり、出会いの問題だろう。

高校時代の友達は、去年ほとんどが大学へ進学したが
恭子は進学はしなかった。
今となっては、それを後悔しはじめていた。

「あ、、、リボン」

仕事中は必ず着けている真っ赤なリボンを
スルリ、と髪から外す。

「さあ、早く帰らなきゃ」

恭子は店の裏手に止めてある原付自転車目指して
小走りで駆け寄った。
歩道はダメ、と店長がうるさいので
いつもこの店の裏手に止める事にしている。

だが、外灯もなく、少し嫌な雰囲気だなと、恭子は思っていた。

ヘルメットを取り出そうと
バッグがら鍵を探す。



――ゴソ。



何かが動く音がした。

店の裏手に用がある人間は、恭子くらいしかいない。
もう戸締りも終わっているから、店の人間ではないだろう。

――そういえば…。

恭子は先日、店の更衣室での会話を思い出した。
選挙運動中の政治家の活動所に、空き巣が入ったそうだ。
しかも、警備中の男性一名を殺害して
未だに逃亡を続けている。
犯人の目星はまだついていないらしい。

「考えすぎ…だよね。」

そう言いながらも
後ろを確認しないと、落ち着く事が出来ない。
恐る恐る恭子が後ろを確認すると



――みゃあ。



「え?子猫?」

恭子の後ろでは、真っ黒な子猫が雪の中震えていた。

「なんだ、猫か。あーぁ、かわいそう。寒くない?」

恭子は子猫を抱き上げる。
緑色の瞳はじっと恭子の事を見つめていた。

「ふぅん、あなた女の子なのね」

恭子はそういうと子猫を抱き、撫でてやる。
人間慣れしていない様子で、恭子の腕の中で硬く縮まっていた。

「連れて帰ってあげたいけど…うちのお母さん、猫ダメなのよ。ごめんね。」

恭子の母は、大の猫嫌いだった。
どうやら幼い頃に野良猫に引っかかれた事があるらしく
猫は凶暴やら、病原菌が多いやらと
とにかく、猫だけはダメという人だった。

「どうしようかな…さすがにこのまま置いていくのもなぁ…」

普通は母猫と一緒にいるものだろうが
子猫一人の所を見ると、何かあって母猫とはぐれたのだろう。

恭子はしばらく子猫を抱いて考えた後

「うん、連れて帰ってあげる。お母さんはあたしがなんとかするから、安心して」

そう言って、子猫をコートに忍ばせる。

「ちょっと窮屈だけど、我慢してね」

そして、原付自転車のエンジンをかけようとした時だった。




――ゴンッ。



何の音だろう。

そう思った瞬間、恭子は地面に突っ伏していた。


――え?


足元には、血。

頭から流れている事に気付いたのは、かなり時間がたってからのように思う。


――どうして…?


誰かが、恭子の原付自転車の傍を漁っているのが見えた。
暗がりでわからなかったが、バッグをそこに隠していたようだ。
その誰かは、バッグを持って、走り去っていった。



雪がしんしんと積もってきていた。

恭子は朦朧とする意識の中、子猫の心配をしていた。


コートの中からは逃げ出したようだ。


――ごめんね。連れて帰ってあげれなくて。


雪は、まだ降りやまない。

ある家庭の事情 第四章「美紀恵」

May 02 [Mon], 2011, 4:47
第四章 美紀恵


俳句の会から帰ると孫の麻衣が泣いていた。

それも、ただ泣いていたのではない。嗚咽を上げ、まるで赤ん坊のように泣きじゃくっている。

何があったのかと聞いても、私は人殺しだと繰り返すばかり。

やっと落ち着いて、事情を聞けば、今度はこっちが青ざめてしまった。

なんという事をしてしまったのだろう。

仮に彼女の身に何かがあったとしても圭一が一緒にいるなら救急車くらいは呼んでいるだろう。
とにかく、何事もなかったか確認しなければならない。

美紀恵は麻衣に家で待っているように伝えると、女の家へと向かった。

夏の暑さは老体に堪える。



――なぜ、こんな事になってしまったのだろう。



美咲さんも、気の毒だった。

だけども、何も娘をおいて出て行く事はなかっただろう。




「紙切れ程度では家族の繋がりは断ち切れないわ。」



美咲が荷物を纏めて家を出る直前、美紀恵はそう言った。

他に女を作ったのは圭一だ。

だが、その後、娘まで見放す必要はなかっただろう。

聞けば、あの女と同じマンションに住み始めたというではないか。
美咲には、そういう少し危ない負けん気精神があった。



そう考えながら歩を進めていると、マンションにたどり着いた。

人だかりができていたり等という事はなく、美紀恵は胸を撫で下ろした。

ところが少し進んだ駐車場に網戸が落ちている。
やはり網戸は外れてしまったのだ。

美紀恵が頭上を見上げると開け放たれた窓からカーテンが飛び出し、バタバタ風に揺られていた。
落ちた網戸を、もう一度見つめながら、
その場に血の海が広がっていたら…等と考えていただけに 内心ほっとした美紀恵は彼女の部屋へ向かった。


エントランスには守衛室があったが、カーテンがしまっている。

外出しているのか、奥でテレビでも見ているのかは定かではないが、
部外者の美紀恵が見つからないで住むのは好都合だ。

美紀恵はエレベーターに乗り込み、8階のボタンを押す。
部屋の前まで来て、インターホンを押すが、反応はない。

「ごめんください。」

ノックとしながら声をかけてみるが、それでも反応はない。
美紀恵はゾッとした。

もしかしたら、と思いながら、ドアノブを回すと、ドアは簡単に開いた。
美紀恵は部屋の中に入り、辺りを見渡す。

部屋には紅茶セットとキャスター付きのワゴンがおいてある。
少し部屋には大きすぎる気もする。

少し進むと窓が開け放たれた部屋で女性が倒れているのが見えた。


「あぁっ。」


なんという事だろう。きっと網戸が外れた拍子に頭でも打ったに違いない。
脳震盪でも起こしていれば大変だ。

美紀恵は彼女に近づいて抱き起こそうと――。




「あぁ…ッ!」




真っ青な顔に大きく膨れた舌を出し、目は瞳孔が開いている。

首には手の跡が刻み込まれている。

大きな声を出しそうになる口を押さえながら、美紀恵はその場に尻餅をついていた。

その拍子に上半身まで抱きかかえていた女性の死体を離してしまい。

死体はバタンッと音を立て、床に叩きつけられていた。

考えるまでもなかった。ついさっきまでここに圭一がいたというではないか。

誰が殺したのか、なんて愚問も甚だしい。






どうした事だろう。
美紀恵はしばらくそこでじっとしていた。





そうして、考えをまとめた後、美紀恵は行動を開始した。



女の死体をダンボール箱に入れて、紅茶のワゴンに乗せる。
ワゴンを持って部屋を出た。誰かに見られでもしたら、と思っていたが、その様子はない。



このまま死体が見つかれば、麻衣も、圭一も、犯罪者として明日の朝には新聞の一面を飾る事になる 。

それだけは何としても避けなければ…
麻衣にいたってはまだ中学生だ。

自分が原因で死んだ等とあっては、一生心に傷を抱えて生きていく事になる。





美咲の部屋は――このひとつ下の階だ。




一度下まで降りて、管理人室で鍵を借りよう。

娘に荷物を持ってきたんだが、鍵を忘れてしまった。

重い荷物をいつまでも持ってはいれないので鍵を開けて欲しい、と。

こんな老婆を疑う人間等、いないはずだ。




美紀恵はワゴンを押しながら、こう思った。




この先、美咲はどうなってしまうのだろうか。

いや、そんな心配をしているわけではない。

この責任の一端がまったく美咲にないというわけでもない。

母に見捨てられ、麻衣がどれほど悲しんだ事だろうか。

紙切れ一枚で切り捨てられるほど、血の繋がりは甘いものではない。







日も暮れ始めた薄暗い廊下を、美紀恵は物凄い形相でワゴンを押していた。








ある家庭の事情 第三章「圭一」

May 02 [Mon], 2011, 4:42
第三章 圭一


心臓がけたたましく脈打っている。
どうして、こんな事になってしまったのだろう。


圭一は彼女との付き合いに疑問を抱いていた。

自分の中では好意を抱いていると思っていた。

社員旅行で関係を迫ったときに平手打ちで返事を返されるまでは。


「あなたには、奥さんがいるでしょう。」


ならば、と別れてからも、彼女は一向に応じようとはしなかった。

女性のマンションまで何度か向かったが、玄関先で追い返されるのが関の山だった。


遊ばれていたのだろうか。


圭一は疑問を抱いていた。途中までは確実に好意を持っていたはずだ。どこから変わったのかもよくわからない。
その疑問は、やがて怒りに変わっていた。

そんな最中、体調不良で仕事を休むとの連絡があった。



どうせ仮病だ。

圭一はすぐに感づいて、女性へ電話をかけた。

――ええ、もう体調は大丈夫です。申し訳ありません。

どうしてそんなに他人行儀なんだ。

もはや、好意ではなく、憎悪の気持ちでいっぱいの圭一には、全てが悪いように聞こえて仕方なかった。
体調不良と偽って、部屋に誰かを呼んでいるに違いない。



そうだ、もともとは俺と付き合う予定だったのに、別の男が出来たんだ。

それならつじつまが全て合う。

突然よそよそしくなり、関係を断ち切ろうとする。

俺は妻と別れてまで彼女を選んだのに、あの女は…



「今からそっちへいく。」

圭一はそれだけ伝えると電話を切った。

運転中、圭一の熱は半分冷めかかっていた。

彼女に別の男が出来たから、何だというのだろうか。

圭一自身、同じように妻を捨てた事に違いはない。加害者が一転して被害者。
なんて愚かな事なのだろう。

部屋まで行き、ドアノブに手をかける。
鍵は開いていて、ドアはすんなりと開いた。


彼女は台所で洗い物をしていた。

「どうしたの、突然。」

彼女は上半身を圭一に向け、そう言った。
圭一は、自分がどうしていいかもわからずに部屋を見渡す。




洗っている紅茶のグラスは、2つ。




圭一は確信した。

「ちょっと洗い物だけ済ませちゃうから、待ってて。」

――よくもまぁ、何事もない顔をしていられるな。

圭一は「ああ。」と返事をし、リビングのベッドに腰掛けた。

憎悪はある。だが、それを怒鳴り声に変えたり、暴力に訴えるほど圭一には度胸がない。

圭一はカッとなってすぐに火がつくタイプだった。
だが、その分冷めるのも早い。
腹に抱えていた憎悪は、早くも消え始め、自分がこれからどうすればいいのか、若干困惑していた。

――ルルル。

電話が鳴った。



――男からだ。



圭一は少しためらった後、受話器を取った。

「はい。」

答えてから、しまった。と思った。

俺がとった事が分かれば、向こうはきっと何も話さない。

予想通り、電話の相手は無言だった。

だが、それは逆に圭一の仮説を成立させる結果ともなる。

そうすると圭一はまた、頭に血が上る。




――くそっ!!あの女、やっぱり浮気してやがったのか!!



「あら。」

彼女は圭一が勝手に電話に出ている事に気づき、手から受話器をひったくった。

――そんなに俺には聞かせたくないのか。

「もしもし。」

圭一の怒りは最高潮に達していた。

いっそ、殴ってやろうか。

いや、付き合っているとは言え、会社の部下だ。

そんな事を考えていると、怒りを表現出来ない事に余計いらつく。

「もしもし。どちら様?」

そうやって演技でごまかすつもりか。

「ハロー?ニーハオ?」

俺の事を馬鹿にしているのか。






そして、彼女が網戸にもたれかかったその時だった。





「え…?」


受話器を持ったまま、そう答えた次の瞬間。

網戸はガシャンと音を立てて外れ、彼女の体は半分以上が外へ投げ出された。

圭一は反射的に彼女の体をつかまえた。




「キャァアア!」



けたたましい叫び声を上げる。

一体何が起きたのか、圭一には全く理解が出来なかった。

とにかく、ここは8階だ。落ちたらただでは済まない。
だが、圭一はここで思った。






――このまま、手を離したって、事故にしか見えない。






そう思い、彼女の顔を見ると…

感づいたのだろうか、彼女は圭一の目を見ながら、

「離さないで!絶対に離さないで!」
そう言って、圭一の腕をギュっと握り締める。



二人はそのまま、揉み合いとなっていた。
一歩間違えばこのまま自分まで落ちてしまう。

「このっ!!離せ!!」

圭一は無意識の内に、彼女の首を思いっきり握り締めていた。
骨付きの鶏肉を生のまま握ればこんな感触がするのだろうか。


女は最初のほうこそ、腕を振り回していたが、すぐに力が抜けて行っていた。


どれだけの時間がたっただろう。
彼女は、もう何も反応しなくなっていた。


それでも圭一は首を絞めるのをやめなかった。

いや、やめれなかった。

まるで、手が首を絞める形で固まったかのように、首から手を離せなかったのだ。

やっとの思いで、彼女を部屋の中へ引きずり入れる。
そして、彼女の顔を見た。




口から青膨れした舌がだらしなく飛び出していて、目は開いたまま、圭一をじっと凝視している。


――救急車を…。いや、何を考えてるんだ。どう見たって死んでるじゃないか。


それに、この状況をどうやって説明しろと言うんだ。



「あぁ…ああ!」



なんて事をしてしまったのだろう。

こんなつもりじゃなかった。

俺は…俺は!



圭一は狂ったようにその場を走り去っていた。

ある家庭の事情 第二章「麻衣」

May 02 [Mon], 2011, 4:35
第二章 麻衣


「はあっ、はあっ」

麻衣は通学用の鞄を抱きかかえたまま、発作のように呼吸をしていた。

心臓はドクンドクンと高鳴り。
まるで100メートル走を全力で走りきった時のようだ。

自分が、一体何をしたのかも、これが現実なのかもわからない。





中学にあがり、もうすぐ最初の夏休みになろうという直前。
父親の車を見つけたのは本当に偶然でしかなかった。

最初は、あれ?と疑問に思った程度だった。よくある車だし、ただの偶然かもしれない。
何より、普段なら父親はまだ仕事中のはずだ。

しかし外見だけでなく、内装まで同じ、間違いなく父親の車だ。

――でも、どうしてこんな所に。

近くには、豪華なマンションが聳え立っている。

どう見ても、このマンションに立ち寄る為に止めたとしか思えない。

仕事中の時間に、わざわざ会社を抜け出してまで立ち寄る程の必要性。
選択肢は多くない。

――ここにお母さんがいるのかな。

両親が別れて一年になる。

母は離婚のショックから立ち直ったのだろうか。

麻衣はそれが心配だった。

娘から見ても、母親はそれほど強い人ではない、そのくせ、競う相手には負けまいとする節がある。

下手をすれば、浮気相手と一緒に住もうなんて言い出しかねないような、短絡的な復讐心。

最終的には自分が傷つくとわかっていながら、そういう選択をする所が母親にはあったのだ。


父親の怒鳴る声、母親の涙。それを見せまいと抱きしめる祖母。

父親が職場の女性社員を家につれてきたのは別れてすぐの事だった。

「会社でよく頑張ってくれている部下なんだ」

父親はそのように説明したが、女性を見る目は、部下を見る目ではなかった。


――私だって子供じゃない。それくらいの事はわかる。


麻衣の足は自然とマンションに向かっていった。
広い駐車場には安いとは言えない車が数台。

マンションも築浅で綺麗だ。
家族全員で住むには少し小さいが、一人暮らしには十分、いや高級と言っても過言ではないだろう。

オートロックマンションなら、中に入るのに苦労するところだったが、
幸いにもエントランスに守衛室があるくらいだった。

学校帰り、セーラー服姿の麻衣を怪しむ人間など、どこにもいない。
郵便受けで、母親の旧姓を確認する。

――あった。

やはり父親は母親に会いに行っているんだろう。
麻衣はそう思った。



だが、母の旧姓のすぐ上の郵便受けに、"あの女"の名前を見つけた時
麻衣の心はひどく打たれた。

――違う。あの女に会いに行ってるんだ。

父親を嫌悪すればいいのか、それともあの女を嫌悪すればいいのかもわからない。
ただ、一番の被害者は母親だ。

しかし、麻衣には自分が何も出来ない無力な人間である事もわかっていた。
母親が泣き、父親が乱暴にドアを開け放って出て行く。
そんな様子を見ながら、麻衣はただ祖母の腕の中で震えていただけだ。






――翌日。

学校帰り、麻衣はまたマンションの前に立っていた。

「わたしは、無力なんかじゃ、ない。」

麻衣はボソッとそう口にする。

自分に何が出来るのか、そういう確信はないが、
あの女に会って、一言言ってやる事は出来るだろう。


それで過去を取り戻せるわけではないが、一歩前進するには十分だ。

麻衣は部屋の番号を確かめると、そこへ向かった。
部屋の前に立った麻衣は、「ふう」と深呼吸し、インターフォンを鳴らす。



「はーい。」


間延びした声の後、扉が開き女が顔を出した。


「あら、麻衣ちゃん」

「どうも。」

部屋を知っている理由を尋ねられるのではないかと、ヒヤヒヤしていたが。

「どうぞ、あがって。お茶でも淹れるわ。」

と、案外に軽い返事で部屋に招きいれた。

麻衣は礼を言い、部屋にあがった。


部屋はかなり広く、一人暮らしにはもったいない印象を受けた。


部屋の隅には大人ひとりが入れそうな大きなダンボールがおいてあった。

「ああ、それ?これが入ってたの。」

女性は、紅茶セットを載せたトレイを持ち、顎でリビングの隅を指した。
ダイニングにはキャスターの付いた紅茶セットのワゴンがおいてある。

だが、ワゴンは使われた形跡もなく、事実、女性は紅茶セットをトレイに載せて持っている。

「紅茶が好きで買っちゃったんだけど、正直この部屋には大きすぎて邪魔よね。」

「ええ。」

「昨日、飲みすぎちゃって、気分が悪くて仮病使って会社休んじゃった。」

そう、笑顔で喋る。


麻衣の目から見ても、女は美人だった。

女性は、会社での仕事がいかに辛いものかを説き。
大学時代の生活がいかに有意義だったかを説いた。
そして満面の笑みで麻衣に言うのだ。



「だから、麻衣ちゃんも後悔しない生き方をしたほうがいいわ。」



後悔。


麻衣にとって一番の後悔は、離婚騒動の最中、自分が無力であった事ではなく。

無力であった事を認めたくないが為に、この女性の部屋まで押しかけている事だ。

麻衣はすっかり自己嫌悪に陥っていた。



――ルルル。


電話の着信音で麻衣は現実に引き戻された。

「あ、ちょっとごめんなさいね。」

女は席を立ち、電話の子機を持って話し出した。



――もう、やめよう。ここにいても無意味なだけだ。


麻衣は通学用鞄を手に取り、席を立つ。


女性は網戸にもたれかかり、体重をかけて電話相手と会話をしている。

――危ないなぁ。

網戸は上の部分でU字型の金具で固定しているだけだ。

何かの拍子に外れてしまえば、ここは8階だ。怪我どころでは済まない。


「ええ、もう体調は大丈夫です。申し訳ありません。」

麻衣はハッとした。

電話相手は父親なんだ。

消えかけていた憎悪の念が麻衣の中で再び燃え上がる。



――この女が…


女性は麻衣に背を向けて、子機を元の位置に戻す。

「麻衣ちゃん。ごめんなさい。友達が見舞いに来るって言ってるの。」

――嘘吐き。

「紅茶、片付けちゃうね。またいつでも来て、おしゃべりしましょう。」

「あ、いえ。わたしも帰ろうと思っていたので大丈夫です。突然お邪魔してごめんなさい。」

「そう?またいつでも来てね。」

女性はそう言うと、すっかり冷めた紅茶のセットをトレイに載せ、台所へ向かう。




――やるなら、今しかない。



麻衣は、先ほどまで女性がもたれかかっていた網戸の上、U字形の金具にそっと手をかける。

大きな音がするのではないかと思ったが、意外にも金具はあっさりと外れた。

逸る鼓動を抑え、麻衣はスカートのポケットにそれを忍ばせる。


「それじゃあ、失礼します。」

麻衣は女性の背中に向かってそう言い残し、部屋を出た。



その後すぐに、麻衣は走って家まで帰った。

「はー、はー。」

呼吸が辛い。

家の鍵をあけようとするが、手が震えてうまくいかない。



――落ち着け、落ち着け。



再度深呼吸すると、麻衣は受話器を持ち上げた。

――たしか、電話番号は…。

ルルル。


緊張を緩和させるかのような電子音。

麻衣はスカートからU字金具を取り出し左手に握り締める。




もし、女がいつものように網戸にもたれかかって電話に出れば…。
少し待ったが、電話には出ない。

――やっぱり、よそう。こんな事、犯罪だ。

麻衣はそう思い、耳から受話器を離そうとして。
その瞬間、ガチャ、という音と共に、受話器の向こうから声が聞こえた。



「はい。」



ハッとした。この声は…。

――お父さん!?


遠くで、「あら。」と声がした。

父親から電話を奪ったのだろう。すぐに女が出た。

「もしもし。」




――嘘吐き。友達なんかじゃない、お父さんと会ってたんじゃない!



「もしもーし。どちら様?」



――あなたのせいで、お父さんも、お母さんも離れ離れになってしまった!


「ハロー?ニーハオ?」


――あんたなんか…。


消えかけた殺意が麻衣の中で再び燃え上がる。
幼い心は、簡単に支配されてしまう。


電話の向こうで、ギシッという音が聞こえた。






「…死んでしまえ。」




ガチャンッ!!と、何かが壊れる音、女性の悲鳴が受話器から聞こえた。



麻衣はそのまま受話器を下ろした。

ある家庭の事情 第一章「美咲」

May 02 [Mon], 2011, 4:11
第一章 美咲

「ふぅ…」

うだるような暑さの中、仕事から帰った美咲はそう溜息をついた。

化粧は汗で崩れ、コンタクトレンズが乾いて目が痛い。美咲はこの季節が大嫌いだ。

ブラウスをバタバタと仰ぎながらエレベーターに乗り込む。
まだ新築のマンション、自分の収入からすればかなり無茶をした事は否めない。

なぜ、こんなところに住んでいるんだろう。
美咲は帰ってくる度にそう思う。

夫、いや、元夫と、「あの女」へのあてつけ。そういう側面は否めない。
自分では否定しているつもりだが、どう見てもそういう判断になるだろう。

エレベーターの扉が開き廊下へ出た美咲は、天井を見上げる。
また、あの女の部屋に上がりこんでいるんだろうか。

夫が部下の女性社員と親しくしている事は薄々感づいていた。
きっと肉体関係もあったんだろう。

――なにも無いと言っているだろう。

その台詞を吐き出す口からあの女への好意がダラダラと漏れていた。
娘がいたからこそ我慢をしてきたが、結局こうやって逃げる結果となってしまった。

こうしてあてつけのように女の住む高級マンションに引っ越してきたのは別れてすぐの事だった。
いやしい中年女の嫌がらせでしかない。美咲は自己嫌悪に陥っていた。

――麻衣は元気にしているだろうか。

今年から中学生になったはずだ。
義母のもとに自分の娘をおいてきたのは、本当に正しい判断だったのか。

「ふぅ…」

美咲はもう一度同じような溜息をついた。
やめよう。今更考えたってどうしようもない事だ。

美咲はバッグからキーケースを取り出す。
鍵穴に吸い込まれるように鍵を差込み、ガチャリと音を鳴らす。

しん、と静まり返ったマンションの廊下に開錠音が響き渡った。
ドアノブを回し、扉を開く。

廊下の蛍光灯の光が鋭角な三角形となり部屋の中に滑り込んでいく。

光は、朝出し忘れたゴミ袋を照らし、ダイニングに置きっぱなしのマグカップを照らす。
その先にはリビングがあり――


「あら?」


部屋に滑り込んだ光は、リビングにある何かを照らし出していた。

――あんなゴミあったかしら。

美咲は「それ」が何なのか判断が出来なかった。リビングにゴミを置きっぱなしにするほど疲れてはいない。 だが、ここは自分の部屋だ。


自分が把握していないものがあれば、それが何であれ、「招かれざるもの」である事は容易に想像が出来る。

ドクン。

心臓が警戒音を放つ。
何か、危険なものを知らせる音だ。

しかし、いずれにせよ確認しないわけにはいかない。
美咲は玄関の電灯のスイッチに手を触れる。



光が全てを照らす直前、美咲は絶叫していた。



青膨れした舌を出し、四肢を投げ出し、大きく見開かれた目は、首を曲げて美咲を凝視していた。
これは、あの女の死体だ。