ひさしぶりに 

September 29 [Sat], 2007, 8:21
 書こうとしたけど、PWを忘れていて、ここまで書くのに30分要しました。情けない…。

怒涛の飲み祭りだぁ 

May 05 [Sat], 2007, 9:22
 5月3日午前6時20分起床。快晴。さあ、祭りだ。今年はわが町では「山車」をひかない「裏祭り」なので忙しさはないんだけど、祭りは祭りであって、他町のお囃子の音色が聞こえて来ると自然に胸が躍るものだ。
 昨夜は遅くまで、訪れてくれるお客様を迎える準備に追われた。今年は料理と酒にチカラを入れたので、おいでになる方々においてはご期待ください。
 さて、そんなうきうきした一日を前にしてこその夢だったのだろう。今年も同じ夢を見たのでここに記そうと思う。
 2001年 5月3日、佐賀発福岡天神行き西鉄高速バス「わかくす号」が17歳の少年に乗っ取られた。大事件だけど、九州で発生した事件に私たちは関係ないとタカをくくっていた。昼から、飲めや、食えやとヤンヤやっていたのである。
 事件が事件だからテレビはつけたままにしておいた。バスは関門海峡を超えて広島方面に向かっているという。
 こうなると、少しだけ「どきっ」とした。このまま走り続ければ関西を超え、東海地方へやって来る。そうなれば酒どころではなく、バスと併走する準備や、バシーッと撮れる場を押さえておかねばならぬ。
 酒の勢いが衰えた。箸が進まずテレビに釘付けになった。案の定、大阪写真班のマユミ師匠から「おい、兄弟(私のこと)よ。大阪越えたら後は頼むぞ」なんて電話があった。えらいこっちゃ…。どえらいこっちゃ。部隊の緊急招集を試みようにしても、確か、あの日は、名古屋班の誰もが我が家でワイワイ顔を赤くしていたかと記憶する。
 しかぁし、警察も読みどおりの行動に出た。GWの休みをムチャクチャにされたんで、相当、カッカと来ていたんだろう。「とにかく止めろ」という指示のもと、パーキングエリアに強制誘導したのである。
 縄張り意識の高い日本の警察のことだ。高速道を走る県警ごとに対応していれば、指揮は乱れ、対応は遅れるばかりである。まずは「止める」のが先決だ。
 そんな、珍しくやる気を見せた警察のおかげで祭りは続けることができた。亡くなった御方には申し訳ないが、伝統行事を守ることができた。
 そんなトラウマがあったのだろう。毎年、この日になると思い出し、夢にまで出る。
 今年も祈る。どうか今日だけは何も無くあって欲しいものだと。さあ、妻の妹が手伝いに来てくれた。さあ、ドンチャカの始まりだ。

 というわけで、写真は小六の息子のお友達たちと、同夜23時半、集っていただいた皆様の集合写真。楽しかった。お疲れさまでした。

そうだ、静岡へ行こう! 

February 20 [Tue], 2007, 23:33
 午前7時起床。朝はいつもの校門で「おはよう」「いってらっしゃい」
 帰宅後、暴れん坊将軍を観ながら画像データの整理をしていて思いついた。「そうだ、静岡へ行こう!」。鉄道会社のCMのようなセリフなんだけど、今日、行こうと思った。行くと良いと思った。カメラとノートとテレコを持ってさあシュッドウ。
 岐阜羽島から名古屋までひかりで行って、静岡も停車するひかりに乗り換える。名古屋駅で
乗り換えの待ち時間が15分ほどある。ちょうどランチタイムなんだから、駅のホームにあるスタンドで「きしめん」(380円)。ところが、この時間帯らしく混んでいて、自販機で食券を買ったはいいが、食べるスペースが空くのを待つことになった。やばい…。

 その2に続きます

そうだ、静岡へ行こう! その1 

February 20 [Tue], 2007, 23:33
 午前7時起床。朝はいつもの校門で「おはよう」「いってらっしゃい」
 帰宅後、暴れん坊将軍を観ながら画像データの整理をしていて思いついた。「そうだ、静岡へ行こう!」。鉄道会社のCMのようなセリフなんだけど、今日、行こうと思った。行くと良いと思った。カメラとノートとテレコを持ってさあシュッドウ。
 岐阜羽島から名古屋までひかりで行って、静岡も停車するひかりに乗り換える。名古屋駅で
乗り換えの待ち時間が15分ほどある。ちょうどランチタイムなんだから、駅のホームにあるスタンドで「きしめん」(380円)。ところが、この時間帯らしく混んでいて、自販機で食券を買ったはいいが、食べるスペースが空くのを待つことになった。やばい…。

 その2に続きます

そうだ、静岡へ行こう! その2 

February 20 [Tue], 2007, 23:32
 (その1から読んでね)
 静岡停車の新幹線の発着時刻5分前に出てきたきしめんを、ひーふぅ、はーふぅ、しながら胃袋に流し込む。極度の猫舌の私だから、焦れば焦るほど過敏になって箸は進まず、とうとう、最後の一箸の麺を残して新幹線に飛び乗った。
 新幹線の中でもまだ「きしめん」に未練があった。駅のきしめんはスープもまた楽しみの一つなのに…。歯と歯に挟まっていた、ネギの破片や花カツオが見つかる都度に残念がる。それは、めめしいセンであった。
 静岡から在来線で3つ先にある清水駅。紛れもなく、あの清水の次郎長大親分の郷なんだけど、想像していたより小さくて駅前の商店街はさびれている。シャッター街である。そんなセイなんだろう、今では静岡市と合併し、静岡市清水区というのが正式な地名だそうだが、市内に東海道線の5駅があるという市も珍しいことではないだろうか。
 清水市にある外国人専用の旅行会社で話しを聞き、市役所で外国人に対する対策やケアを聞く。そして、再び東海道線に乗って、静岡経由で焼津市に向かい、ここでも同様な取材を続ける。今日に限っては単独の取材だから、タクシーもレンタカーも使わず、だだひたすら歩いた。
最後に訪ねた外国人専用の学校を訪ねたところ、誰一人日本語ができず、這々の体で学校を後にした。日本にいて日本でない場所に触れた。今回の取材テーマである「凶悪事件を通じて見た日本で働く外国人の現状」というタイトルを考えれば、貴重な体験だったのかもしれない。
 17時、駅前のドーナツ屋で原稿を書き上げ、コンビニからFAX送信。こうしておけば、帰りの新幹線で心おきなく独り宴会ができる(〜♪)。
 親切な駅員の薦めで、焼津から掛川駅経由で新大阪行きの「こだま号」。安くて早いのだそうだ。2駅ごとに数分停車するから、停まる駅ごとのキオスクで夕刊を買ったり、ビールを買ったり…。
 こうして書いていてふと思った。これから先、いつでもいいから、気の合うマイミクのどなたさんかと、飲みながら列車旅行をしたいものである。車窓と笑顔を見ながら…。

初登場。スーパー内歯科医の正体 

January 28 [Sun], 2007, 22:06
 7時30分起床。正確には7時に起きたのだけど土曜と知ってもう30分寝たのである。今日の取材はナシ。このところの疲れが出てたから、こんな日こそは仕事を忘れ、趣味の日曜大工日和だろうと思っていた。
 ところが、朝起きても、やはり胃が痛い。昨夜は飲んでいない。寝酒として枕元に置いたビールもそのままになっている。「こりゃあ普通じゃあねえ。ノロだかトロだか。それとも新種の胃腸風邪かもしらねーぜ」と判断して、さっさとスーパー歯科医の一階にある内科医を訪ねた。この院長だけど、スーパー歯科医の奥様のお姉さまのダンナ様である。それだけではなくスーパー歯科医とウリ二つのソックリさんで、結婚式には新郎と間違われたほどである。
 スーパー歯科医と同じ大学に通う歯科医だったが、スーパー歯科医が催した合コンで知り合ったスーパー歯科医の奥さんのお姉さんと結婚したばかりに…。いや、おかげで医師免許も取得した。お姉さん、いわゆる奥様が内科医だったからである。
 でも、さすがである。歯科医と医師のW資格を持つ男である。歯科医は内科治療をできないけれど彼にはできるのである。医師であっても抜歯できないけど彼にはできる。例えば、抜歯した歯が食道に入り、胃袋に刺さって大出血したとしても、歯科の診療台の上で開腹手術を施し、落っこちた歯を取り出しても問題ないというウルトラスーパー歯科医なのである。
 またまた、地元の市民病院では内視鏡の専門医で、胃の中でも大腸の中でも、カメラを使いくまなく観る術に長けている。さすが、ごく一部には有名な写真家のセンであっても、内臓を写すカメラを使ったことはないのである。
 そんな彼のことを私はスーパー内歯科医と呼んでいるので、間違えないようにしていただきたい。
 長くなったが、そんなスーパー内歯科医の診療をうけると軽い胃炎だそうだ。念のため、陰性だったはずのヘリコバスタービロリ菌の検査もお願いすることにした。
 胃の話しより、酒や私生活の話しが多かった問診で、この際、あらゆる検査をお願いしたがために半万円ほど治療費にかかったものだが、行って良かったと思っている。
 昼には、家族でホームセンターやスーパー巡り。なぜか母がビールをドドンと買って「胃が治ったら飲みなさい」。  −−−私にとってナニよりのクスリである。
 おかげでのんびりした週末。請求書を書いたり、データを整理しても、子供たちと遊ぶ余裕があった。
 胃のクスリの効くのは明日ごろだろう。今夜は軽くホットワインだけにして23時就寝。

楽しかったナガヤ氏との中華ディナー 

January 27 [Sat], 2007, 22:28
 7時起床。ガチガチに着込んで今朝も中学の校門に立つ。改造自転車は無くなった。私有地をショートカットしてくる生徒もなくなった。もちろん二人乗りは消え、アホウな制服の着こなしをする生徒もいなくなった。まあ、表面的にはおとなしさを取り戻したようだが、問題ある約8人の生徒のうち、朝のうちに登校して来るのは4人である。あとの4人はいつ登校すんだかと生徒指導の先生に尋ねてみると「あいつらも、給食時間までには来ますよ」とニコリと笑い、そして「いろいろな事情があっておうちで朝食を作ってもらえないんですよ」と付け加えた。
 昨日の朝刊に給食費未納の記事が大きくとりただされていた。共同通信が配信した都道府県別の未納率によると北海道と沖縄が多い。その次に多いのが、東京、名古屋、大阪といった大都市に近い府県である。一番少なかったのは新潟や富山といった過疎地というか、近所づきあいが大切な地方である。意外にも東京や愛知が少なかった。
 北海道や沖縄に未納率が多いというのは、所得の地域格差のソレかもしれぬが、払えるのに払わない。いわゆる身勝手な親のせいで未納率が高いと思われる県は、荒れた学校の数にも比例しているのではないかと思う。
 呆れた親の子供がどのように育つか。ウチの学校の荒れる生徒が未納かとどうかは知るよしもないが、人の迷惑も省みることなく勝手にふるまう姿は、荒れている生徒と同じ行動原理だと思うセンである。
 昼すぎまで原稿書いたりデータの整理。さあ、2時になったので名古屋市内の某大学へ。心理学の先生のインタビューだ。
 17時、インタビューを終え大学近くのコンビニ駐車場。温かいコーヒーを飲んだものの18時ごろまで車内でウトウト。やたらと眠けと疲れを感じる。
 18時半、大学からすぐ近くにある「超中華料理屋」。19時にはここにナガヤ氏が来る。まいどおなじみグルメ誌の覆面取材だ。この店は、三千と数百円払うと中華料理が食べ放題。それも、バイキング形式でなく、ズラリとメニューに並ぶ料理を「これも」「あれも」と頼むと、ちゃんと器に盛られテーブルに運ばれてくるのである。ふむふむ…。
 20時、覆面取材終了。食べてなんぼの取材のハズだったけど、私とナガヤ氏の組合せである。料理のことより、業界の裏話しや、「こんなプランはどうだろう」なんてばかり…。すまぬ、ナガヤ殿。
 21時30分帰宅。胃の上部か十二指腸の辺りに鈍痛を感じる。今夜は酒をクスリに代えてゆっくりしよう。23時就寝。  

唐突な朝から始まった大騒動の一日 1 

January 22 [Mon], 2007, 11:22
 午前7時、携帯電話の呼び出し音で飛び起きた。携帯に表示された電話の主は大阪のベテラン写真家のO氏である。「えーっす、おはよぉう、センちゃん。今日、行くんだろ。聖子とゆかりぃ。俺も行くからさ、8時ごろ岐阜駅でお茶でもしようぜ」。
 朝から唐突なモーニングコールである。このO氏はもうすぐ60歳というのに現役バリバリのカメラマンで、関西の巨匠。それもあの週刊○春の専属だ。ということは、金曜日発売の私の記事より早く発売される雑誌だから、聖子やゆかりだけでなく、私にとってもとんでもない男が岐阜に来たものである。エライことである
 出動の予定は二時間早まった。朝食もとらず、慌ただしく機材をぶち込んだ車輌を暖機運転もせぬまま高回転で走らせ、取材会場であるホテルに向かったセンである。
 まさか高級ホテルでO氏と共に朝食を摂るとは思ってもみなかった。取材するある団体の記念式典は10時30分から。まだ、2時間もあるというのに、さすがは巨匠のすることは違う。まさに現場の空気を読むとでもいうのだろう。朝日に輝く金華山を眺め、ホテル内で行われる結婚式の賛美歌の練習をBGMに、悠々と朝のコーヒーを楽しんでいらっしゃるのであった。
 コーヒーを飲みつつ、巨匠との話もユニークだ。これからやって来る二人の被写体のコトや撮影の手段や作戦などちっとも出ない。あろうことか巨匠はご自宅のリフォームの話しばかりである。駐車場を増やそうと庭を掘った残土(軽トラック2台分)を処理してくれるよう庭石屋に頼んだら3万円だと言われたとか。大きな石が邪魔だけど、動かないので割ってみようと思う、等など。
 ははーん、スルドイ巨匠のことである。東海地方でナンバー1のこの私の寝込みを襲うことで攪乱し、こうしてコーヒーで引きつけておけば、いざ撮影というときにも混乱するとでも考えているのであろう。それだけでなく、私を引きつけている間に、地下の駐車場とかに第二、第三のカメラマンを放って、ジッと息を潜めさせているに違いない。
 (その2に続きます)

唐突な朝から始まった大騒動の一日 2 

January 22 [Mon], 2007, 11:21
 (その1から読んでね)
 身を案じた私はO氏と別れ、第二、第三の刺客を探してみた。でも、そんなの「ぜーんぜんおらへんがや」(爆・名古屋弁)
 どうやら巨匠はマジでリフォームの相談を私にするため、大阪を早く出たようだ。このmixiを密かに読んで、私がリフォーム好きだということを知っていたようである(笑)
 さて、記念式典が始まり、聖子とゆかりが揃って一つのテーブルを囲んだ。昨年末から一ヶ月間、このペアが揃うシーンを待ち続けてきたんだけど、よくも、まあ、このセンのファインダーを交わしてくれたものだ。
 ストロボを最大光量でドカンドカンと放ってやった。巨匠もヒラコカメラも同じようにドカンドカンとやっている。功労者が表彰をうけていてもソッチのけで、広い会場の一つのテーブルだけが、煌々と照らし出されるそれは異常な光景だった。
 こうして、「聖子とゆかり退治」は無事終了。ご褒美に、柳ヶ瀬にある細長い味噌カツ屋。この味噌カツ屋。タカシマヤのすぐ南にあって、ヒラコカメラがいうには20数年前からこままんまであるという。
 カウンターだけの店で、お客の後ろがやっとのことで通れる狭い造り。それでも、有名人が訪れただろうサインや写真。そして、ご飯のお代わり記録などが掲示されていて、一目で人気の店であることがわかる。
 料理も写真のようにボリュームあって味もGoo。ただ、気になるのは今朝のニュースにもあった尼崎のカラオケ店火災。この狭い店は、入口付近にフライヤーやコンロがある。万が一火災になれば一番奥に座っていた私は最も逃げ遅れ、死に至りやすい客となる、おっかない店だと思った。
 夜、ヒラコカメラと「画像整理」と称した飲み会。ストロボの使い方などを話題にして、なかなかタメになったぞ。酔い酔いで24時就寝。  

バックミラーに入ったヘンな車の正体 

January 20 [Sat], 2007, 9:12
 7時起床。今朝も蛍光色のジャンパーを着て中学校の校門に立つ。勝手にやっている「声かけ運動」も、とりあえず今日でおしまいだ。全ての先生が校門に立ち、生徒の登校を見守った一週間だった。最初は、流行の言葉ばで「ウザイ」と思われただろう声かけ、服装や整備不良自転車のチェックなどの行動だった。でも、週も半ばを過ぎると子供たちから「おはようございます」と声がかかるようになった。荒れる原因とされる横着な生徒たちも、服装を正し、まだ小さい声だけど「ウッス」と声を返してくれるようになった。来週もまた行っていいんだけど、いちおう、先生の判断を見守りたい。
 9時に出動。まずは事件に巻き込まれたとされる男性の捜索が続く長良川と木曽川へ。愛、三、岐の各県警の車輌が一同に集結した珍しい現場だ。見たこともない特殊車輌や組立て式のボートも珍しい。ヘリやダイバーまで出た大がかりな捜索で、物々しい「絵」を撮ることができた。
 11時、とみっちの職場へCD−Rを届ける。そして「あけおめ」のご挨拶。
 12時、年末に壊したカメラとストロボの修理が出来たというので名古屋のニコンSC。ここでも「あけおめ」のご挨拶ですがすがしかったのだが、修理費の総額5万円というのは頭が痛い。
 そういえば、とみっちの職場からニコンに行くまで妙なクルマを見た。バックミラーに入った後続車だが、前列シート。いわゆる運転席や助手席に並ぶシートに3人が横に座っていたのである。速度を落として、その車の横や後ろを見てみると「3×2」というロゴ。今、ネットで調べてみるとこの車(http://www.honda.co.jp/Edix/webcatalogue/seat/index.html)だったようだ。いわゆる3人2列シート。前列真ん中の同乗者はどうなシートベルトをし、エアバックはどうなっているんだろう。すんごく不思議な車である。
 昼食はニコン横のセルフうどんの店で済ませ14時帰宅。15時、PTAの打合せ。夜はちゃんこ鍋で温まった後、接骨院で施術をうけた。
 さあ、週末からは忙しくなるぞ。充電完了までもう少しだ。