「SFマガジン6月号」私の注目記事
2011.04.29 [Fri] 17:01

『SFマガジン』6月号購入しました。

実は私は同誌の熱心な読者ではなく、興味ある特集があったら買うという程度。年に1冊買うか買わないかといったところでしょうか。その点、『ユリイカ』や『ダ・ヴィンチ』と同様な感じです。

今回、同誌購入の直接の動機となったものの一つは、「新海誠特集」。氏の最新作「星を追う子ども」公開を記念しての企画とのこと。表紙の「新海誠特集」という文字列に興味を引かれ、「何で文芸誌のコーナーに新海さんを特集する雑誌が置かれてんだ?」と、半ば疑問に思いながらて同誌を手に取った訳で、最初は『SFマガジン』だとは意識しませんでした。新海監督の作品は、ジャンル分けすれば「SF」といえる部分も多分にありますから、『SFマガジン』が特集を組むのも当然といえば当然といえるでしょう。

ですが、かつてSFファンとアニメファンとの間に激しい確執があったことを知っている者としては、『SFマガジン』がSF(的な)アニメを特集するたび、時代の変遷を感じずにはいられないわけです。

たとえば、第6回日本SF評論賞・優秀賞受賞作「玲音の予感――『serial experiments lain』の描く未来」が全文掲載されたのも、「新海誠特集」同様、本誌購入の直接的な動機となりましたが、同賞の募集要項に「(同賞の対象ジャンルとして)ファンタジイ、ホラーを含む」とあるのには、思わず突っ込みを入れてしまいます。ファンタジイはまだいいとして(というか、ファンタジイってかつてはSF最大の仮想的じゃなかったっけ?)、ホラーって・・・。

このように、SFとアニメの急速な接近や、いやしくも「"SF"評論賞」と名乗るコンペティションに於いてファンタジイはおろかホラーまでその射程としてしまう、昨今のジャンル意識の薄さには平行せざるを得ません。かつて、そのジャンル意識の極めて高いことから、周辺ジャンルのファンから一番疎まれていたのが、SFファンじゃなかったかなぁ?SFファンのそういうところ、私は嫌いではありませんでしたよ。まあかく言う私も、学生の頃はそんなにジャンル意識は高い方ではありませんでしたので、アニメファンとSFファンとの間を、あっちにフラフラこっちにフラフラと、適当に越境しつつ、双方の美味しいところだけ吸収するという根無し草でしたけれど。

そして、最後になりましたが(話の核心は最後に取っておくもの)、最終的に『SFマガジン』6月号を購入するに至った本当の直接の理由は、長山靖生氏の短期連載(表紙には"読切"となっていますが、実質的には前・中・後編に別れた短期連載)「僕がSFでマンガでアニメで、おたくと呼ばれた頃」が掲載されていたからに他なりません。

何故か。

それは、連載の副題にあります。「記憶の中の80年代前後SFファンダム史」がそれで、80年代前後の第一次アニメブーム期のファンダム(最近こういう呼び方をしなくなって久しいですが、「ファンの集まり」とか「ファン層」とかいったような意味になります)気質やその周辺事項は、私の「アニメ主義」に於ける研究テーマの一つでもありますから。

80年当時、私は積極的なアニメファンでもマンガファンでもありませんでしたが、長山氏は62年生まれで、80年前後といえば、丁度高校から大学に進学した辺りになるそうです(本分には81年3月に高校を卒業し、4月には大学生活を送っていたとあります)。大学受験で一時的なブランクがあるとしても(本職は歯科医師とのこと)、まあ大学に入ってからは様々なイベントに参加する暇はあったでしょう。

近年、氏のように当時の雰囲気を直接知る人々は、あまり当時の事を書いたり話したりしなくなって久しいわけです。その中で、「記憶の中の80年代前後SFファンダム史」はSFジャンルのファンダム史ではありますが、対岸の火事ではありません。当時のアニメファンダムの周辺事項を知る上でも、貴重な資料となり得ます。

以下、今回の原稿からアニメ界にも関係ありそうな要素をピックアップしてみましょう。

  • 1.「ぱふ」分裂騒動とコミケ・クーデター事件


  • 2. DAICONVでのオープニングアニメについて


  • 3. 「愛國戦隊大日本」の功罪とその背景


  • 4. 大きく変った「悪ふざけ」の許容度


  • 5. 戦争を描いた作品は全て「好戦的」と見られた社会背景(ヤマト、ガンダム等)


  • お題目だけではなんとも面白味に欠けますね。
    ただ、この時代に興味がある人には、一読をオススメしたいと思います。