岡山城パートA 

2005年11月30日(水) 11時13分
城門

岡山城には数多くの櫓や城門がありましたが、明治初期に取り払われました。現在、不明門(写真)、廊下門が復元され、往時を偲ばせます。

多様な石垣

岡山城の石垣は、宇喜多時代の「野面積」、小早川時代の「算木積」、池田時代の「打込萩」が見られます。中でも古式の野面積は、全国的にも珍しい貴重な文化遺産です。

堀割の城下町

岡山城は北面に旭川を配し、本丸を囲む内堀、中掘、外堀そして西川と、水の豊かな掘割の町ですたぁ。いまわずかに内堀が水をたたえ、往時を物語っているんだってぇ

岡山は有名なトコが結構あるよぉ↑↑

岡山城パート@ 

2005年11月30日(水) 11時00分
歴史を伝える名城
慶長2年(1597)、豊臣五大老の一人・宇喜多秀家が築城した岡山城。三重六階の堂々たる天守閣は織田信長の安土城天主閣を模して築かれたと伝えられ、全国的にも珍しい不等辺五角形の天守台をしています。関ヶ原合戦以前の古式を伝える貴重な天守です。

また、当時は築城技術の発達が著しい時期で、岡山城は豊臣秀吉の大坂城、毛利輝元の広島城と並んで近世城郭の魁となりました。その建築は8年にわたる大事業で、旭川の流れを変えて本丸の北面〜東面を巡らせ、堀の役割を持たせました。黒い下見板張りの外観から別名「烏城(うじょう」)と呼ばれ、また金の鯱を挙げていたと伝えられるため、「金烏城」の名もある名城です。

月見櫓

第4代城主・池田忠雄が建てた隅櫓(すみやぐら)。最上階に廻縁をつけた楼閣風で「月見櫓」と呼ばれます。幸いにも戦火を免れており、創建時の姿を今に伝えています。国指定の重要文化財です。

いちようパート@は終了!!
パートAもぜひ見てネェ(≧∇≦)ノシ

岡山紹介!!v(≧∇≦)v イェェ〜イ♪ 

2005年11月29日(火) 23時15分

 岡山後楽園(岡山市)
日本三名園の一つ。優美な回遊式庭園で、園内に植えられた四季の花々が、季節ごとに美しい表情を見せてくれます。

岡山後楽園は、岡山藩主池田綱政公が家臣の津田永忠に命じて、貞享4年(1687)に着工、元禄13年(1700)には一応の完成をみました。その後も、藩主の好みで手が加えられましたが、江戸時代の姿を大きく変えることなく現在に伝えられてきました。
 また、江戸時代の絵図や池田家の記録、文物が多く残され、歴史的な変遷を知ることのできる、地方では稀な大名庭園となっています。
 後楽園は、かつて藩主の静養の場、賓客接待の場として使われましたが、日を定めて藩内の人々にも観覧が許されていました。
 明治17年(1884)岡山県に譲渡され、一般公開されました。
 昭和9年(1934)の水害、昭和20年の戦災では大きな被害を被りましたが、池田家の絵図に基づいて復旧をおこないました。
昭和27年には文化財保護法による「特別名勝」に指定され、後世に伝える歴史的文化遺産として維持管理にあたっています。


2005年11月
« 前の月  |  次の月 »
1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30
最新コメント
プロフィール
  • プロフィール画像
  • アイコン画像 ニックネーム:sendou
読者になる
Yapme!一覧
読者になる