クリスチャンは一丁あがり? 

December 24 [Thu], 2015, 23:00
 クリスチャンは、信じて救われたら一丁あがりなのか。

 今日はクリスマスイブだから、多くの教会でイブ礼拝をもち、伝道的なメッセージが語られていることだろう。毎年多くの新しい魂が教会へ導かれ、イエスキリストに出会い、悔い改め新生体験をする。聖霊によってキリストにバプテスマされ、本物の神を神として崇めより頼み、そのぶどうの木にとどまり実を結ぶ「新しい人生」を歩み始める。

 つまり、神を信じてクリスチャンになることは、完成ではなく、スタートと考えた方がいいだろう。では、救われた者として、何を始めるのだろうか。それを理解するために、エデンの園のテキストを復習しよう。

 創世記2章15節で、神はエデンの園にアダムを置き、「そこを耕させ、またそこを守らせた。」と書いてある。このふたつ「耕すこと」と「守ること」を、クリスチャンは役割として与えられている。

 神は六日で天地を創造し七日目に休まれた。その七日目に最初に起こったことは、エバが蛇にだまされ、アダムが神との約束を破ってしまったことだ。そのため二人はエデンの園を追われる。神と人との間にけっして越えられない大きな溝ができてしまい、そのため神から与えられた役割、エデンの園を「耕すこと」「守ること」ができなくなってしまった。

 そこで問題。では今日私たちが生きているのは、神の物語の何日目か?

 正解。七日目ですね。

 神の物語の七日目は今も続いている。その日の初めにアダムが罪を犯し、神の領域「天」と人が住む「地」との間に大きな溝ができてしまう。それを、神の子が人となって地にくだり、私たちの罪のため十字架で死に、葬られ、三日目によみがえられ、最初にペテロそして十二弟子に現れ、天に昇られた。神の子が死からよみがえったことで、イエスは完全ななだめの供物だったことがわかる。そして、イエスが昇天したとき、罪の捕虜であった私たちも、共に天に挙げられた。こういう言い方をすると、時間が数千年単位で前後するが、神の目から見ると、同じ七日目の出来事だ。

 イエスキリストを信じて救われたクリスチャンは、もう一度エデンの園に置かれた、と表現することもできる。そこを神のみこころに従って、「耕し」「守る」役目を与えられ、そして、神がそうさせてくださる。エデンの園を新約聖書的に言えば、神の国ということになる。現在、その神の国は、教会に集うクリスチャンよって耕され、広がりつつあり、やがては、天のエルサレムが地にくだり、天と地が完全に一つとなり、エデンの園(神の国)が再創造される。その御国を私たちは、アダムが園を耕し守るはずだったように、王なる祭司として、「人々に仕える」ことでそこを統治していく。今、日本に暮らす私たちが、それをどう具現化するか、それが問題。少なくとも、日本の伝道文化を軽んじたり、人間関係を壊したりすることはみこころではないだろう。それはむしろサタンの仕業だと思う。また、信仰を無理やり押しつけることも、正しい方法だとは思えない。クリスチャンは、今こそ一世紀の使徒たちの教えに立ち返り、キリストの平和が、天にあるように地にもなさせたまえ、と求めていくべきなのだと思う。

 みなさん、良いクリスマスを!!


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