【 更新情報 】

スポンサードリンク

仙台四郎って、どんな人?

この人物は、明治時代に、仙台市に実在した人物である。取りたてて、何か大きな仕事をした訳でもなんでもない。しかし今、その人の肖像画が、家運上昇、商売繁盛に御利益があるとして、飛ぶように売れ、その人形さえ作られているというから不思議である。

そもそも四郎さんは、少々知的障害を持った人物だったようである。
最初は、何となく、人のうちに来ては、愛想の良い笑顔を振り撒いて、何となく帰っていく、ただそれだけの人物と思われていた。…ところが、である。不思議なことに四郎さんがやって来た家は、運が次第に向いてきて、良いことばかり起こる。やがてそのことが町中の評判となった。

ある時などは、事業がうまく行かず、死ぬことさえ覚悟した人物の家の前に、ふらっと現れると、四郎さんはこう言い放ったという。「そんな恐い顔しないで、俺みたいに笑ってけさいん」(仙台弁で笑ってください)四郎さんに、そう言われて、ふと鏡で自分の顔を覗いて見ると、そこには鬼のような形相の男がいたのである。


これでは他人相手の商売はできるはずもないと、はっとして目が覚めたというのだ。

玄関に戻るとそこには四郎さんがいなかったが、自分がこんなに落ち込んでいるにも関わらず、自分を支えるためにがんばってくれている妻と、若い長男が立っていたのである。「今、四郎さんがきていたろう。みんな見たか、どごさいったべ」(どこにいっただろう?)

「さー、しゃねちゃや」(さーわからないな)と長男が答えたのであった。主人は、なぜ自分の商売がうまく行かなかったのか、その原因が、何となく理解できたような気がした。すると商売もうまく行くようになり、見る間に、元のような元気さを取り戻したのである。そればかりではない。なぜかは知らないが、幸運がその家めがけて押し寄せてきたようだという話である。

今でもその家の家宝は、小さな額に入った四郎さんの写真であるという。そんなこともあり、仙台四郎という人は、その界隈では何時の間にか、福の神さまではないか、という噂が立つほどの評判を呼んだのである。

このように四郎さんが立ち寄る家や人々には幸運をもたらし、「四郎さん、四郎さん」といくら招いても見向きもされない家には、福は来なかったというのだ。四郎さんは人を見抜く力があり、ずるい人やいじ悪い人間は大嫌いだったらしい。四郎さんの荒唐無稽な話を、信ずるも信じないは、もちろん人の勝手である。

最後に四郎さん自身の運命であるが、人に幸福を与えて、47歳という若さで、この世を去ってしまった。

明治といえば、坂本竜馬や西郷隆盛など豪傑や大人物ばかりが目立っている。しかしこの仙台四郎のように、何となくではあるが、人々を不幸から救うために、天から降りてきたような地味な人物がいたことも忘れるべきではない。

福の神になった少年―仙台四郎の物語 のレビュー

仙台四郎が立ち寄る店は繁盛する。
逆に仙台太郎を迫害する店は繁盛しない。やがて潰れる。
知的障害者の仙台太郎を笑顔で迎える店。
健常者にも笑顔で迎える店。
勿論、お客さんにも笑顔で迎える店。
当然、繁盛します。

お客さんにしか笑顔を見せない店。
お客さんが来たときだけ笑顔を見せる店。
当然、客足は遠のきます。

仙台四郎を利用して、商売で大成功して、豪邸を建てたが、
豪邸と財産を火事で失っただけで、人生が終わったと感じる人。

がむしゃに金だけを追いかけて、大金を手にして贅沢三昧。
しかし、振り返ると友達が一人もいない。

こんな教訓がちりばめられた良書です。

福の神になった少年 仙台四郎の物語

「福の神になった少年 仙台四郎の物語」

整体の先生から仙台四郎のことを教えてもらったわたしは、色紙を注文したのはもちろんですが、もう少し仙台四郎のことを知りたくなったのです。

そこで、アマゾンで「仙台四郎」で検索してヒットしたのが「福の神になった少年 仙台四郎の物語」です。

どちらかといえば、小学生を対象としたもので読みやすく、当時小学生だった息子のために何度も朗読してあげたものでした。

読後感はなんともいえないほのぼのしたさわやかな感じがしました。仙台四郎さんが生きた時代というのは四郎さんはいわゆる知恵おくれの人だったのですが、こういう知的障害者を世間というか世の中が温かく受け入れられた時代といってもいいと思います。

現在のわれわれの時代はどうでしょうか、一流の会社といえども障害者を受け入れられるような余裕がありません。実は法律では一定の障害者を雇用しなくてはいけない法律があるのです。ところが世間で言う一流会社でさえも罰金を払ってでも、法律を破っているのです。

いったい、仙台四郎さんの生きた時代と現在ではどちらが豊かといえるでしょうか?
P R