仙台市の人口が50万人を突破した年、昭和42年。
2009年02月21日(土) 21時50分
現在の仙台市は100万人を超える都市。
その半分の人口、50万人を突破したのは今から42年
前の昭和42(1967)年。
昭和40年代の青葉通
その年、東北大博覧会が苦竹で行われ、明治100年記念
事業として台原森林公園の開設が決定、八木山球場廃止、
市電ワンマンカー初運転、大手門隅櫓が復元した。
「ブルーシャトー」「世界は二人のために」が流行し、
「マイカー族」や「大きいことはいいことだ」、「バハハーイ」が
流行語になった。ツイッギーが来日しミニスカートがブームに
なったのもこの年。
その半分の人口、50万人を突破したのは今から42年
前の昭和42(1967)年。
昭和40年代の青葉通その年、東北大博覧会が苦竹で行われ、明治100年記念
事業として台原森林公園の開設が決定、八木山球場廃止、
市電ワンマンカー初運転、大手門隅櫓が復元した。
「ブルーシャトー」「世界は二人のために」が流行し、
「マイカー族」や「大きいことはいいことだ」、「バハハーイ」が
流行語になった。ツイッギーが来日しミニスカートがブームに
なったのもこの年。
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