彼氏J 

October 25 [Wed], 2006, 23:15

ウリ専用の出会い系で会ったその人は自称医者。

5万円くれることを約束してくれた。

会ってホテルに行って、本番を売った。

「じゃぁ、お金おろしてくる」と、銀行に入ったり郵便局に行ったり2時間くらい一緒に歩いてから、その人が無一文だったことを知った。


泣いても泣いても、私の”体代”はもらえなかった。





次に出会った人はちゃんとお金を払った。

けど私が見ていない隙に私の携帯からメールを送り、

「お前の娘は援助交際をしている
バラされたくなかったら50万払え」

と、お父さんを脅した。



なんとか「知らない」でとおしたものの、
ことごとく自分の運を呪った。


私、高校2年生。
ギリギリで進学できた時だった。

彼氏I 

October 25 [Wed], 2006, 23:08


Yさんが私の事を本気で好きじゃないのは明白だった。

それでも私は、いつかきっと分かってくれることを願って「彼氏」に尽くした。


私達は月に5・6回のペースで会った。

会うと必ずセックスした。本当に大好きだった。



Yさんの誕生日が近づいてきて、私は何か特別高い物を買ってあげたくてまたウリを始めた。



一度本番を売ったしもう大丈夫だろうと思っていた。

 

私はこの時、自分の運が最上級に悪いことを忘れていた。

生い立ちH 

October 25 [Wed], 2006, 22:51

結局私から誘ってホテルに行った。

でもエッチを誘ったのは彼から。


私はこの時に初めて好きな人とセックスした。

1月15日、

この日が私の、本当の意味の処女喪失の日。

すごく、嬉しかった。


次の日の朝、起きると抱きしめてくれたりして、初めての感覚に私は最高に舞い上がっていた。

ずっと大好きだった人。

手が届かないと思ってた人。

その人が今目の前にいて、私を抱きしめてくれてる。

今までの苦しみが全部、消えていくようだった。


帰り際、Yさんは私に「セフレがいい?彼氏がいい?」と聞いた。


その言葉の意味を考えてから、「彼氏!」って答えた。




嬉しさと悲しさで、泣きながら家まで帰った。

生い立ちG 

October 25 [Wed], 2006, 22:21
新しい年を迎えて、私の家に一通の手紙が届いた。

大好きだったメンバーさんから。

メールアドレスが書いてあり、私の夢は叶った。


すぐに連絡を取り始めて、一週間後に初めて個人的に会った。


渋谷、雨、寒かった。


その日、私は親に友達の家に泊まると嘘をついて、友達にも話を合わせてもらっていた。
100%帰らないことはわかっていた。

バンドマンと繋がるというのはよく聞く話で、どこのバンドでもそのような話題はあがる。
バンドマン=女遊びが激しい と言ってもあながち嘘ではないだろう。
特にあの人は何人もの女と〜
あのバンドマンは飲み会で毎回お持ちかえり〜
なんてのはバンドの世界では当たり前のことだった。


私の好きな人はYさんといって、あまり良い噂は聞かなかったけどカッコイイ人。
会ってからバーに入って、私は初めてお酒を飲んだ。
仮にも「19歳」。
それ以外に選択肢はなかった。


「じゃぁ・・そろそろ帰ろっか。」


Yさんが言った言葉にわたしは戸惑った。



え?お持ち帰りしないの?

生い立ちF 

October 25 [Wed], 2006, 22:08

本気で好きな人と繋がるために体を売る。

今思えば、あれから始まったのかな。


私はもちろん処女、本番を売るのにはかなり抵抗があったし、ウリなんかで処女を失いたくなかった。
それでもお金しか見えてなかった私は下着を売ったり上半身だけで・・・などとあれこれ手段を使ってお金を作った。


溜まったお金はメンバーさんが好きなブランドの物につぎ込んだ。


5000円・・・1万円・・・私は競売にかけられたおもちゃだった。


こまごまと貯めていたお金もすぐ貢ぎ物に消え、私はやっぱり金欠だった。






12月24日 クリスマスイブ 4万円

私は処女を売った。



生い立ちE 

October 25 [Wed], 2006, 21:41

高校に行かなくなった私の成績は当然のように落ち始めた。
一学期に並だった成績は、二学期には学年最下位レベルにまで落ちていた。

帰りも遅くなり、髪の色もさらに明るくなった。

親は当然激怒した。
でも、私は学校をサボり続けた。






バンドに通ううち、私はそのバンド内のメンバーに本気で恋をした。


バカだなっていうのは自分でも分かってた。
でもバンドをおっかけてる女の子の中では普通にあることだった。

バンドマンとファンの関係ではなく、個人的な関係になるためにそのバンドに通いはじめたのは1年生の最後の方だった。
その時一番仲が良かった友達と、それぞれ違う人を狙った。


エクステを付け、髪を巻き、19歳と偽り、可愛い服を着てそのバンドに通い続けた。
手紙や高価な貢ぎ物を毎回ライブ後に手渡しして、顔を覚えてもらおうと必死だった。

それでも2人は高校生。

当然お金が足りなかった。

友達の周りでは「ウリ」をやってる子が多いらしく、私達は安易な気持ちでそれに手を出した。



15歳、 12月だった。

生い立ちD 

October 25 [Wed], 2006, 21:24

高校1年生。

新しい環境、新しい人。
転勤族で「転校」には慣れていた私。

だけどなぜかこの時は周りになじむことができなかった。
中学の頃つくっていた明るい、にぎやかな性格は消え、私は静かな反抗児になっていた。


その反面通っていたバンドではたくさん友達ができて、私は学校よりもそっちを優先するようになっていた。
バンドが地方公演をやると必ずそこへ出向いた。

そこでできた友達はほとんどの人が中卒、または高校生だけど学校はサボりがち・・のような子たちばかりだった。
ほとんどの子が家庭に問題をもっていた。
タバコも吸っていた。
お酒も飲んでいた。
でも悪い子たちではなかった。

家庭環境も問題なく、酒もタバコもしない私を珍しいような目で見ながらも皆私と仲良くしてくれた。




気付けば私は学校へほとんど行かなくなっていた。

生い立ちC 

October 22 [Sun], 2006, 23:28

中学3年生。
クラスも変わって私は少し最低教師の重荷から解かれた。
学校生活もあの頃とはうってかわって楽なものになり、以前のように病むことはなくなっていた。

この時、私は何故かヴィジュアル系バンドに興味を持ち始めた。
きっかけは、テレビでたまたま流れていたプロモーションビデオ。

近くであるライブに行ったり、CDを買い始めたのもこの頃。
世間一般でいう「おっかけ」のようなことをやりはじめてしまった。

仮にも教育ママのもとで暮らす受験生であった私は、塾にも学校にも休まず行っていた。
どちらかというと、かなり忙しい生活をしていた。
塾の模試でも学校のテストでも、常にクラストップを取っていた私。
顔はどう見てもブサイクだったが、頭だけは、他人に何も言われないほどよかった。
目立ちたがり屋・負けず嫌いのおかげで、塾内の誰にも勉強は負けなかった。
ある月の模試で点数が負けても、翌月には必ず追い返した。

無事は中学を卒業。
中学の卒業アルバムは捨ててきてしまったけど、お陰さまで忘れられない中学生活となった。

高校入学。
世間様の言う、”有名進学校”に入学。



過去を忘れ、デビューできると思った。


生い立ちB 

October 22 [Sun], 2006, 23:07
私は、とことん運の悪い女だった。
自殺未遂は見事に失敗。通りかかったクラスメイトに助けられた。
「下にね、お金を落としちゃって」
私は学校では担任以外に誰にも涙を見せたことがないほど強がり、そして目立ちたがりだった。

茶髪・化粧、でも学年トップで有名だった私の高い高いプライドは、
生まれ持ったこの汚い容姿によってすべて崩れた。

特に、目。
私の目は生まれつきとても細い一重で、私は毎日朝早く起きてアイプチをしていた。
毎日担任に馬鹿にされ、私はついに親に「整形したい」と告白した。
もちろん、「何を言ってるんだ」と軽くかわされ、私はさらに悩んだ。
がむしゃらになって家中の鏡を割り、過去の写真をすべて破り捨てたこともあった。

それでも止まなかったコンプレクスとストレス。
私は何を思ったかカッターで自分のまぶたを思いっきり切り開いた。
中学2年生の、夏だった。

さすがにこれ大惨事だった。
見かねた親は私に二重整形をさせてくれた。
手術は成功、線が一本増えただけで特に変わらなかったが、その時の私にとっては劇的な変化だった。

生い立ちA 

October 22 [Sun], 2006, 22:39
中学2年生。
クラス変え。
運が悪い私。
新しく担任になったのは私のことが大嫌いなあの教師だった。

だが私はここで、一生の大親友、Nに出会った。
Nは不登校で、一年に一度の始業式以外は全く学校に来ない子だった。
その一年に一度の時。たまたま座席が近かった私達は担任の悪口で意気投合。
頻繁に連絡を取り合ったり、遊ぶようになった。

極度の強がりだった私はその担任にいびられていることすら言わなかったものの、
日ごろ溜まってたストレスを全部彼女に話した。
まともに私の話を聞いてくれたのは、彼女だけだった。

学校帰りに遊んでよく遅くなったりはしたものの、門限も親も厳しい私は学校を休むことはなかった。
どれだけ辛くても、変に休んで親に心配をかけたくはなかった。

それでも担任から受ける毎日の「いじめ」は耐え難いものだった。
「整形したら?」一番傷付いたけど、正しいと思った。
私の容姿は誰からどう見ても下の下、つまりブサイクだった。
茶髪にしてもピアスを開けてもスカートを短くしてもブサイクはブサイクだった。
日々のストレスは私にカッターを持たせ、そのカッターは私の手をズタズタにした。
ただ勇気がなかったのか何なのか、私の場合は”手首”ではなく”手の甲”だった。
5年経った今でも、その傷跡は残っている。

ある日、帰りの会が終わって鞄を整理していると、たまたま通りかかった担任が私の手の傷に気付いた。


「心配してほしいの?笑」


私はカバンも持たずに学校を飛び出した。
下に高速道路が走る鉄橋によじ登って、泣きながら身を乗り出した。

1回目の自殺未遂だった。
P R
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