御中虫さんの最新の仕事

July 13 [Fri], 2012, 16:11
本日7月13日、「ー俳句空間ー豈」53号が発売になりました。
御中虫さんは巻頭〈新鋭作家招待〉欄に「俳(うた)だよ」12句を発表しておられます。
御中虫ファン必読の新境地、43字51音俳句などもありますが、
ぼくが一番衝撃を受けたのは、
  月といふのですか、巨きな石ですね。  御中虫
といふ作品、感銘を受けたとか、感動したとかは一切ありません。10屯級のハンマーでガツンとやられて、
感銘も感動もしてゐる隙はありません。。
この衝撃は、今世紀に入つてからだと明らかに2度目。
  来たことも見たこともなき宇都宮  筑紫磐井
を発見して以来の発見です。
「豈」53号は、送料込み1260円でお送りします。
younohon@fancy.ocn.ne.jp
までメールでお申し込み下さい。(邑書林)

田中裕明賞惜敗!

May 19 [Sat], 2012, 17:22
http://furansudo.com/award/03/furansudo.html
御中虫さんの第一句集『おまへの倫理崩すためなら何度でも車椅子奪ふぜ』が、田中裕明賞選考委員会(4月29日実施)で高評価を得ています。授賞は関悦史さんの『六十億本の回転する曲がつた棒』。面白い因縁ではあります。

関悦史氏、田中裕明賞受賞決定

May 04 [Fri], 2012, 17:41
関揺れる話ではございませんが、
今も揺れ続けておられる一方の主役、関悦史さんが、
第一句集『六十億本の回転する曲がつた棒』(邑書林刊)
http://younohon.shop26.makeshop.jp/shopdetail/001000000001/ で
第三回田中裕明賞(ふらんす堂)を受賞なさることが決まりました。
授賞式につきましては、後日ということですので、
またお知らせできると思います。
おめでとうございます。

松岡正剛さんの千夜千冊に載る

March 30 [Fri], 2012, 1:02
俳句とは、こういう使われ方をするのだなという典型のような引用法だと思った。
松岡正剛さんのブログ、千夜千冊番外編1461夜(2012年3月29日)に、
冒頭イントロおよび文末で『関揺れる』が引用されたのだ。
松岡さんへ句集を「乞ご高評」で送りつけたのは始めてだったかも知れない。
ぴたり当った。
松岡さんほどの書評家になると、日に何冊ほどの献呈を受けるのだろうか。
それを、瞬時に
読まねばならぬ本
話みたい本
読んでおいて後々生かせる本
今は読まないが留めておく本
読まなくてもいい本
などに仕分けるのは、今までの読書量が体内に構築した勘だのみであろう。
琴線と言ってもいい。それに触れるか触れないか。
送る側としては、明らかに賭である。
だから、逆に言うとむやみやたらに安い賭はしない。
ぎりきりの選択、
いや、たいていのぼくが出す本は、選択以前かな。
だから、僕の方にもそうした勘が働いたのだろう。
気になったのが、一年経った今だから松岡さんの琴線に触れたのだということ。
それは松岡さんの文章が証している。
虫もそうだろうと思う。
一年経った今だから、関揺れるが書けたんだ。
これも勘所。
あと数人、そういう人がいらっしゃる。
さて、どう動いて下さるか。
ところで、冒頭で書いた俳句の使われ方。
これは、松岡さんのブログを実際読んで下されば、みなさん、ほー、となるだろう。
左の評判リンクにリンクしてある。

ある私信

March 28 [Wed], 2012, 0:12
僕が関西旅行に興じている間に、
読者から熱いメールが来ていました。
もちろん私信だから細かくは触れられないし、お名前も出せないのは残念なのだけれど、
批評力に優れた文章を書かれる関西在住の方です。
先ず何より、書籍を語る態度に品を感じるんです。
『関揺れる』を真摯に三度読まれた上でメール下さっているんです。
句集って読み飛ばせるじゃないですか。
中には、
始めの5句か10句読んだだけで語ってしまってるんじゃないのというような鑑賞もあるくらいですけれど、
この方の、作品に向き合う態度に襟を正すんです。
句集に限らずだけど、そのように読んでもらえた本て、幸せですよね。
この方、その上で大切な事を伝えて下さったので、
ごく一部を引用しちゃいますね。
一回目 「とにかく天下御免に正直だ」とこの本を楽しまれました。でも、
二回目 「技巧が単純」と、俳句作品としての評価という部分で疑問を抱かれました。
で、一回目と二回目の自分の感想のギャップを確認する為もあったのでしょう、もう一度読まれる。
三回目 「買ってよかったですよ」となったようです。
版元へのメールですから、「買ってよかった」というのは最高の賛辞です。
お世辞を言わない人で、いつも電話等で熱い方だから、余計にうれしかったなぁ。
もちろんメールにはもっと具体的に、
どう正直なのか、
どう単純なのか、
なぜ買ってよかったのか、
も書かれているのですが、
「いいふらしておくね」と締めて下さっていたので、
これからどこかで書いて下さるでしょう。僕からはこの辺までにしておきます。
「技巧が単純」という部分については、ぼくも首肯出来ます。
いい句とへたな句の差があることは、高山れおなさんも昨日の朝日の時評で1行、
(書かなくてもいいものをと思ったのだけど)書き加えておられましたね。
だって、たった1日の爆発ですよ。
そのなかでも虫は、
それら「単純に作品として批判できる1句1句の出来」を補うに余ある技巧力で
125句を構成していますし、
なによりそれらを覆いうるパワーで書ききっているのではないかなと思います。
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なぜこの本が書かれたのか、なぜ刊行されたのか、
という、125句を貫通する思いの丈が読者に伝わるのかどうか、
版元としてはそこを問いたいのです。
そしてそれに対する一つの答として、
僕が信頼する高い批評力を持つ方が「買って良かった」と行って下さったのだと思っています。
ありがとう。
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そしてもうひと言書いておくと、
この125句、いい句が10も20もある。
つたない僕の見立てに過ぎませんが、
面白い句を探すのに苦労しないんです。
多くの句集よりもよほど確率がいい、
1句1句もすぐれてますよーー、と叫んでおきましょうか。
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関西の友人よ、ありがとー。

書き足らないぞ

March 26 [Mon], 2012, 19:17
下のブログで長谷川氏のあとがきが暢気だと書いたのですが、
どうにも書き足らない気がします。
長谷川氏は何故大震災を
「悠然たる時間の流れのなかで」「眺める」ことができるのでしょうか。
それは、自身が被災していないからです。
被災していない人が自身の句集に「震災句集」を名乗らせて、
暢気に〈眺め〉た句を125も並べておられる。
そういうことです。
子規逝くや十七日の月明に 虚子
を、飯田龍太さんが「冷徹」だと言いました。
(文章で残っているかどうかは知りません。学生時代に直接山廬で聞きました)
俳句には〈冷徹〉な目が必要です。
しかしそれは、
例えばこの句、子規への有情があつて始めて成り立つ、始めて可能な冷徹な目なのであって、
長谷川さんの言葉でいう〈非情〉とは相容れないものなのです。
僕はそれを、〈同情〉しただけで〈同感〉していない『震災句集』だと、
「里」という俳句同人誌で批判したのでした。
そもそも、〈冷徹〉な目というのは、
どんな芸術にも必要な大切な要素です。
長谷川さんがあとがきの中で何やら訳の分からぬ対比をなさっている短歌でも、
書くという行為そのものは実に〈非情〉なものだし、〈冷徹〉な目が要求されるものだと思います。
物を生み出すための目とは何かという共通項を無視して、
単純に短歌と俳句を較べる長谷川さんのあとがきは、
短歌を作る人たちからも批難の対象となるのではないでしょうか。

時評あり、フェイスブックでの紹介あり……

March 26 [Mon], 2012, 18:47
こんばんは。外はもう真っ暗な、6:50pmです。
ちょっと関西へ行ったり、戻ってきて村のいろんな役をこなしたりと、
PC環境に無かったもので、留守をしておりました。
ケータイはPC接続しない設定にしてましてね……。
先ずはなにより、
高山れおなさんが、「朝日新聞」本日26日付け朝刊「朝日俳壇・歌壇」欄「俳句時評」
にて『関揺れる』を取り上げて下さいました。
刊行後一週間での登場というスピードは嬉しいですね。
ぜひお読み頂きたく、お願い致します。
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さてここで、長谷川櫂氏の「一年後」と題されたあとがきについて私見を述べておきます。
長谷川氏は「俳句で大震災をよむということは大震災を悠然たる時間の流れのなかで眺めることにほかならない。それはときに非情なものとなるだろう」と記しておられるのだが、
あまりにも暢気だなと僕は思うし、「非情」などと記しておられるにも関わらず、『震災句集』に非情な感じが全くないのは何故なのか。
それは、『震災句集』125句がことごとく失敗作だからではないのか。
僕はあの125句が「悠然たる時間の流れのなか」で詠まれた句だとは思えない。
『震災句集』の一句一句、俳句として失敗しているという視点にこそ立ちたいと思う。
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閑話休題
右にリンクを貼らせて頂いたが、
大阪の應典院というお寺の行動するご住職、秋田光彦さんが、
ブログで『関揺れる』を紹介して下さった。是非読んで下さい。
こういう動きが、『関揺れる』が広い層の手に届くための一助となるのだろう。
有り難い。
紀伊國屋書店鹿児島店から店頭用5冊のご注文を頂いた。
焦りは無いが、火が着くかどうかは、向後1ヶ月の動向に掛かっているのだろう。
皆様の口コミが頼りです。
宜しくお願いします。
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関西で御中虫さんと会う機会があったのに、逃してしまった。
始めの目的がそこに無かったのが原因。
残念なことだった。

21日夜〜25日まで留守

March 21 [Wed], 2012, 15:09
さて、いよいよ1冊2冊ご注文の方々や、献呈先に、
本日より『関揺れる』が届き始めたようです。
BBSのほうにもお書き込みを頂きました。
有り難うございます。ただ、ここからが勝負。
原始読者とも言える皆様の口コミで、
この本を大いに御喧伝頂きたく、お願い申し上げます。
四方八方からのさまざまな反響を期待しています。
かく言う私、牙城は、申し訳ございませんが、
本日夕刻5:00より四日間、戦線離脱致します。
近所の中学の先生と3人で呑む→ちょっくら京都までドライブ→
村の寄り合い→村青年会の学芸会司会と続きます。
21日深夜
22日早朝
24日深夜
などにちょいとPCを開けるかも分かりませんが、
よほどの対処の必要性が生じない限り書き込む余裕はないと思われます。
BBSの方はちょっと心配なのですが、まぁ、しかたないですね。
皆様で盛り上がって頂けるとよいかと存じます。
宜しくお願いします。
週末発売の角川「俳句」に「関揺れる」広告を出しています。
見てやって下さい。

著者の手元に届く

March 20 [Tue], 2012, 17:35
御中虫著『関揺れる』を、
皆様の熱いご支援に支えられ、昨19日に無事刊行致しました。
出来映えは、うん、なかなかです。
装丁文字をあと一回り大きくすれば良かったかなとも思っています。
このあたりが、正直申し上げて素人装丁家の弱さです。
少々の冒険はやれるようになりましたが
大冒険への踏ん切りがつかないんですね。
でもまぁ、よく一ヶ月未満でここまでこぎ着けたものです。
昨日、発送すべきはすべて発送いたしました。
現在庫300冊です。
今朝、虫さんより到着メールが来ました。
ツイッターでも装丁について呟いてくれています。
今日は図らずも現代俳句協会青年部の
「句集のゆくえ」と題するシンポジウムがあるらしく、
首都圏在住のツイッターでお馴染みの面々の多くが池袋に集結しているのでしょう。
ツイッター上でこの句集についての話題はあまり出ていないようですね。
1部2部ご注文の読者各位へは明日着になるようですので、
明日以降話題になってくれることを期待しております。
そうそう、結局上製本にしました。
並製では束(本の厚さ)が出ないんです。
宇多さんに「凶器になるな」と呟かれそうですが、
「いや、実際この本は凶器です」とでも返そうかなと思っています(^-^)
今ひとつお願いしておきます。
御中虫を風変わりな自由律俳人らしいと思っていらっしゃる方々、
彼女を自由律俳人という範疇で捕えるのは危険です。
彼女の律文精神、律文作品としての「関揺れる」を考えることは
定型俳人にとっても大切な仕事だと思います。
御中虫を訳の分からない無季俳人らしいと思っていらっしゃる方々、
彼女を無季俳人という範疇で捕えるのは危険です。
〈関揺れる〉を「季語だ」言いきった彼女の有季精神、
有季作品としての「関揺れる」を考えることは
有季俳人にとって大切な仕事だと思います。
「御中虫は読まなくてもいいだろう」と高をくくっている方々、
俳句の今を読み間違える事になるかもしれませんよ。
是非、一冊、紙としての「関揺れる」を机上にお供え下さい。
BBSを開設させてございます。
様々な意見が戦わされる場となることを願っています。
ここぞ、というときには、御中虫本人も書き込むことと思います。
著者を引っ張り出すような意見をBBSに書き込むのは誰だろう、
というのも、現在の私の楽しみであります。
では、
刊行自祝、今日のブログのスキンは、桜にしませうかね。
紙の句集関揺れる開板です

待った無し。

March 18 [Sun], 2012, 23:00
皆様こんばんは。
昨日は、松本山雅FCがギラヴァンツ北九州を1-0で撃破、
Jリーグ昇格初勝利を挙げた記念すべき日
【日本の三月にあり松本山雅初勝利の日 牙城】
(原句=長谷川櫂……いや、ホント、これ、何にでも使えますよ。早い者勝ちですね)
だったことなんて、まあ、長野県人以外はほとんどご存じないんでしょうねっ、と。
あ、声を大にして申し上げておきますが、
「松本山雅初勝利の日」は5音です。
早口で読めばだれも気付きません。
僕は定型俳人ですので、その辺りは厳格なんです。
ってなことはまあいいとして、というか、
こういうことでも書いていないと、時間がなかなかすぎてくれないんですよ。
あと、12時間です。
我が家(事務所・倉庫兼)に700冊、紙の「関揺れる」が本当に到着するんです。
いや、正直ビックリしています。
僕が50年後に書く予定の回顧録に、必ず特記される1日となるはずです。
で、今日はつらつら献呈先を考えていました。
結局いつも通りに俳句ジャーナルと新聞各紙、
そして個人で7名の方々、
あと面白いところで、
食いついてくれる可能性は低いのですが、
週刊誌4誌に送ります。
勿論ですが、
国会図書館・俳句文学館・詩歌文学館には送りますよ。
(国会図書館は、定価の半額で買ってくれるのです。
だから、献呈リストには入ってないんですがね)
書店へは、
250冊ほど撒きます。
早いところでは、
紀伊國屋書店新宿本店へ15冊、20日に着ける予定でおります。
そして、
現状ご注文は81冊。これ、多いですよ。すごく多い。
ふつう、個人句集が刊行前にこんなに予約で出る事はありません。
有り難うございます。
でも、ツイッターの僕のフォロワーはだいたい550人。
まだ、ためらっておられる方や、
リアルにツイッターで読んだからと思っておられる方が500人近くおられますね。
その方々は、
本棚に紙の「関揺れる」を挿す事のオシャレにまだ気付いておられないのでしょう。
今年の春は、
バッグに「関揺れる」を少し覗かせて、
御堂筋を、銀座を、元町を、札幌大通りを歩く事がステータスになりますよ、きっと。
お重の上に「関揺れる」を乗せて出掛ける、これが今年の花見の定番となるでしょう。
まだご決断なさっていないあなた、
今晩ご注文分まで、明日発送いたしますので、
何卒宜しくお願い申し上げます。
ご注文お済みの方々、今暫くのご辛抱をお願い申し上げます。
明日、発送です。
僕はもう、石川遼君の18ホール目の最終パットの時のように、しびれ始めております。
おやすみなさい。うん、眠れるかなぁ……。
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  • アイコン画像 ニックネーム:sekiyureru
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生まれた
極私的震災俳句
125連発

創作契機は、
中央公論新社刊の
長谷川櫂『震災句集』だった。
余りにも馬鹿馬鹿しい句集が
世に出た。
ツイッターに
批難の声が集中した。
御中虫は、
私にとっての震災とは何か
を考えた。
 〈虫は
 関悦史の
 「揺れツイート」
 を通じてのみ、
 この震災に
 向き合ってゐる。
 それ以外は、
 ない。〉
この句集は、
御中虫が吾々に突き付ける
実弾です。
P R
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