あさって12日 塩浜修が講演+(再)オタク万歳 

2012年02月10日(金) 22時17分
「ジブリみて ツイッターおちてる 『バルス』コワッ」…オタク川柳大賞、最終選考作品を発表--一般投票も開始
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1910805&media_id=94

昨年の「握手券 買うとCD ついてくる」が良かった。
一般国民のために、あえて意味を解説しよう。
本来はCDこそが商品であり、ついでにおまけとして握手券がついていて、アイドルと握手ができるのだが、アイドルオタクにとっては、握手券こそが目当てであり、CDがおまけに見えるという気持ちをうまく詠った川柳である。

実際、握手券目当てに同じCDを何枚も買って何回も握手し、「おまけ」のCDについては、すぐに中古ショップに売る者が結構いる。

昔、おまけのライダーカード目当てにカルビーの仮面ライダースナックを買って、スナック菓子を捨ててしまう小学生が続出し、社会問題化したが、それと似た消費者行動だと思ってほしい。

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以下、過去のブログ「オタク万歳の再放送」
オタクとは、アニメ、プロレス、怪獣、鉄道、政治、歴史、アイドルその他、あることに集中的に熱意をつぎ込む人である。

私はオタクではないという状態こそが問題だと思っている。人は皆、何かの分野でオタクになった方が良い。

自分というものがなく、流行その他企業戦略に流される、そんな人間にこそなりたくない。
なぜ、韓国のドラマが流されると突然韓流ブームになるのか。
ばかじゃなかろうか。

「ゲッツ」「そんなの関係ねえ」「ちっくしょー」「残念」その他元々面白くもないギャグ???(あれがギャグか!)に、みんなが笑うから笑い、1年たったらみんなで見捨てる。
何なのだ。

笑いやドラマはまだしも、激辛ブームだの、イタメシ(80年代イタリア料理のブームがあった。)だの、本来かなり個人によって趣味が分かれるはずの味覚の面までブームがあり、大衆が振り回されているのを見るとなげかわしい。

そういうブームに振り回されず、自分が何をしようか、何に打ち込むか、ぶれずに自分で考え、自分の道を進むオタクたちにこそ、私は美しさを感じる。

思うに、オタクを嫌う人は、次のような誤解をしているのだと思う。

ア オタクは人と目を合わせて話せない
イ オタクは社交性がない
ウ オタクは分厚い眼鏡で顔が脂ぎっている
エ オタクはロリコン変態である。

以上のことは、メディアが捏造したステレオタイプに過ぎない。
アからエに当てはまる人もいるし、そうでない人もいる。

メディアというものは、オタクにことに限らず、上が下に「こういう絵をとってこい」と命じるのである。
私もアイドルオタクとしてよくテレビの取材を受けたが、毎回
「塩浜さんの周りにもっと、いかにも・・という感じの人いませんかねえ」
と言われる。

私がテレビ局の人をアイドルイベントに連れていっているのだ。「今、あんたが目にしているのが、ありのままのオタクなのだ」と言うのだが、連中は勝手にオタクの印象を「捏造」し、勝手に作り上げた印象にぴったりあてはまる「絵」を探し続けるのである。

それなのに、テレビ局の人は
「うーん、みんな普通すぎますねえ」
などと困った顔をしている。
そして、結局その中からテレビ出演を頼まれたのは私だけ。
どうやら私だけが普通っぽくなかったらしい。
良かった。

これと同じ手法を用いれば、どんな分野でも、たとえば「英語の先生は腕が長い人が多い」でも「旅行会社の人はほくろが多くて声がでかい」でも、そういう例ばかり無理やり探してテレビで流し続ければ、うそが本当になっていくのである。

オタクの圧倒的多数は会社員である。そして、メディアが「捏造」したステレオタイプ、それがもたらした偏見から自衛するため、見事にオタクであることを隠している。

そう、引用のミクシイニュースも含め、オタクの圧倒的多数はオタクであることを隠すことができるほどに、普通の人間と変わらないのである。

これを自分で言うとおしまいだが、私みたいに目立ちたがってテレビに出たがる時点で本来のオタクではないのであって、圧倒的多数のオタクは一般社会に紛れ、「普通の」人と共存して生きているのである。


では、前にも書いたオタクネタ。
仮面ライダーはライダーキックを中心に、キック・チョップ・パンチなどで怪人を倒すのが通常だが、なんと「電気ドリルで怪人の体にプスプス穴を開ける」というとんでもない方法を使ったことがある。
仮面ライダー1号がシードラゴン2世と戦った時のことである。

また、怪人トドギラーはなんとなんとマイナス300度の冷凍シュートを用いる。
ゼットンの1兆度の火よりもこっちの方がすごい。
詳しくは理科に詳しい人に聞いてほしいが、高い温度はいくらでも存在するが、低い温度はマイナス273度までなのである。

詳しくはDVDでご確認を。


あさって武蔵野で塩浜が講演
2月12日(日)午後1時半
武蔵境駅近くのスイングホールで、世界連邦運動協会武蔵野支部「新春の集い」があり、私=塩浜が15分だけ世界連邦について講演します。
講演後、懇親会参加は会費500円。
また、そこでプレゼント交換があり、500円程度のプレゼントを各自で用意とのことです。

全国の塩浜ファンの皆さん、武蔵境でぼくと握手!

(再)代案を出す必要はない3・4 

2012年02月07日(火) 20時47分
代案を出す必要はない ― 3
PKOのため自衛隊を初めてカンボジアに派遣する際、「戦いに行くのではない。戦後処理に行くだけだ。万一、停戦合意が崩れ、紛争が始まったらすぐに自衛隊を呼び返す。」などと言っていた。

 ところがどっこい、またドンパチが始まり、中田さん高田さんが殺されたら、今度は「危なくなったからといって日本だけ帰るわけにはいかない。ここは悲しみを乗り越えて・・・。」などと言い出した。

 ここで替え歌。「帰ってきたウルトラマン」の節で歌おう

  君にも見える 政府のウソ 戦後処理だけと だまされて
  地雷撤去の 使命を受けて 燃える街に あとわずか
  とどろく銃声 耳にして 帰ってこない 帰ってこない 自衛隊

もう1つ、似たパターンの替え歌。松村和子「帰ってこいよ」の節で

 きっと帰って 来るんだと 停戦合意が崩れたら
 首相は大きく うなずいた 国民の前で誓った言葉
 いつもの調子で 忘れたか 帰ってこいよ 帰ってこいよ 自衛隊

 賛成と反対が対立しているときに「条件づき賛成」という代案を出すと、かっこよくは見えるのだが、騙されてはいけない。結局、その条件は無視されるのがいつものパターンなのだ。

 「AならばBに賛成。」とやった場合、Aという条件が満たされなくなった場合に、Bが自動的に消えるわけではないのだ。「大量破壊兵器を開発しているならばイラクを攻撃して良い。」と言った場合、大量破壊兵器が見つからなかったとしても、イラクの民衆を殺した事実は消えないのだ。

次回はプロ向けの話。付帯決議について。

代案を出す必要はない ― 4
今回はちょっとプロ向けの話。反対だけでは能がないというので、「付帯決議」というのをつけることがある。が、次の事例を学び、こんなものに騙されない様になってほしい。

 凶器準備集合罪というものがある。(刑法208条の2)二人以上で、トンカチやノコギリを持って集まっただけで捕まりかねない。一応「害を加える目的をもって」という条件はついているが、こんなのは仲間のうち誰か気の弱い奴が警察で調書に拇印を押したらおしまいである。この凶器準備集合罪は、労働運動、思想運動の取り締まりに使われたら危険極まりない。

 そこで、この罪は暴力団などの取り締まりだけに使うこととし、労働運動・思想運動には用いないという付帯決議がなされた。ところがどっこい、結局後には「付帯決議には拘束力がない」として、労働運動や思想運動の取り締まりにも凶器準備集合罪が用いられるようになった。挙句の果て、旗ざお持って集まった人達が凶器準備集合罪で捕まったりした。

 こんな現状を考えれば「代案」「条件づき賛成」「付帯決議」などに惑わされず、反対すべきものには徹底的に反対すべきである。


オタクのコーナー
和泉元やや、レイザーラモンHGやインリン様がハッスルというプロレスに出た。どうせ、ど素人ども、いい加減にやっても知名度だけで、キャーキャー言われるのだと思ってDVD見たら、面白い。和泉選手にすげえバックブリーカーやニードロップやっちゃっているよ。最後はインチキくさいけれど、まあ許す。試合前に和泉選手をマザコンだ何だ、と挑発するのも面白い。
HGのドロップキックはプロよりうまい。さすが、学生プロレス出身。雪崩式フランケンシュタイナーという難しい技までやって、彼はお笑いのときより面白い。
高田や小川は、重要な試合で他の格闘技に負けてプロレスの地位を暴落させた罪が重いが、まあ、ハッスルについては評価したい。ちなみに、私は、大学時代、プロレス同士の試合は客受けを狙ったが、柔道や空手など、他の格闘技にはプロレスの名誉のためにも負けないようにしたものだ。

平和を守ろう・9 

2012年02月06日(月) 19時29分
今回は身近な話
わが愛する母校、獨協大学の学生はやたら外国へ行く人が多かった。参考に言うと、今は知らないが、獨協の語学の授業は上智より多かった。
さて、アメリカに行った学生がよく言うセリフ。
「向こうの人は日本人と違って誰にでもオープンでフレンドリーなんだよね」
それがいいと思ったら、自身もそう生きれば良いではないか。

私の主催する勉強会には環境問題で知り合った人、どこかの会合で名刺交換した人、ミクシイで知った人、プロレスで知り合った人、野良猫かまっていて知り合った人などいろいろいて、一々「この人とどこで知り合ったの」と聞かれても思い出すのが面倒である。
私に連絡先教えてくれた人は、向こうはどう思っているか知らないが、私は仲間だと思っている。
よりあえず、政治ネタでも環境ネタでもアイドルネタでも情報流すので、来たい人がくれば良いし、「環境には興味あるが、政治には興味ないのでその情報はいらない」というのも効率アップでありがたい。

こういうやり方が中々良いので他の人にもすすめたい。
同じクラス、同じゼミ、同じサークルの人とカラオケに行ったり居酒屋に行ったりして親睦を深める、というのは、一見人づきあいが良いようでいて、かえって相対的に外部に壁をつくることにならないだろうか。
違うクラス、違うゼミ、違うサークルの人に声をかけよう。いろんな職業、いろんな民族、身体障害者に精神障害者に健常者、ウヨクにサヨクにオタクといろいろ知り合い、生きているうちに、いろんな考えに触れ、いろんな出会いをし、この世を楽しもう。社会は予想以上に幅が広く、ふところが深い。
「似たものの狭い社会でベタベタして、何が社交だ」と思っている。

「民族・宗教を超えて地球市民として手をつなごう」
それが、世界連邦の考え方だ。だが、それを条約やら世界憲法やら、制度だけに任せておいて良いだろうか。否。
まず自らが、世界連邦的な心を持ち、世界連邦的に生きよう。
小さな枠組みの中に閉じこもる島国根性からの脱却が求められる。違う価値観との共生を図ることこそが平和への一歩である。

オタクのコーナー
アニメのタイガーマスクには、なんと、ジャイアント馬場が覆面をかぶって出てくる話がある。グレート・ゼブラと名乗る。ジャイアント馬場が覆面かぶっても、正体ばればれだと思うが、みんな気がつかない。
私は次のやりとりが好きだ。
「私の名前はグレート・ゼブラ」
「な、何、グレート・ゼブラだと。」
「さよう。立派なシマウマ。」
訳すな。

塩浜修 ドラえもんの泣ける話 

2012年02月05日(日) 2時30分
恋に悩んでいるとき勇気をくれる『ドラえもん』のセリフ9パターン
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1902416&media_id=75

では私はドラえもん泣けた話
ネタを先に知るのが厭な人は読むのをお控えください。
2の題名は「おばあちゃんの思い出」だったと思うので、私の文章を読まずに原点を読もう。

記憶だけで書いているので間違いがある可能性は高いです。

1 ドラえもんが何かの都合で未来に帰ることになった時の話
ジャイアンにいじめられると、いつもはドラえもんに頼るところ、
「ぼくが自分の力でやらないと、ドラえもんが安心して帰れないんだー!!」

ここで私は涙ボロボロ。

2 おばあちゃんの思い出
のびたが、タイムマシンでおばあちゃんに会いにいく。
未来から来たなんて、みんな信じず、過去の自分からも警戒されるのだが、おばあちゃんだけは
「のびたの言うことを疑うわけないでしょう」

泣けた。

3 のびたが、タイムマシンで小学校の入学式の前日の自分を見る話
小学校に行くのが楽しみで楽しみで、ずっとランドセルを背負っている。

泣けるし、子どもの時の夢・希望を思い出し自分に気合を入れるきっかけになる名作だ。


笑えるものでは、童話「金の斧 銀の斧」のパロディがある。
見て笑っただけでなく、思いだすたびにどこでも笑ってしまう。

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2月12日午後1時半
武蔵境駅近くのスイングホールで、世界連邦運動協会武蔵野支部のイベントがあり、私が15分だけ世界連邦について講演。
全国の塩浜ファンの皆さん、武蔵境でぼくと握手!

(再)代案を出す必要はない 

2012年02月04日(土) 14時52分
代案を出す必要はない ― 1

政治の特定の争点についてではなく、考え方の道筋について今日から何回か語りたい。

「反対だけでは無責任だ。反対するなら代替案を出せ。」と言われるようになって久しい。
が、これはワナである。

あなたの子供の成績が上がらなくて困っているとしよう。
そこに「この教材を10万円で買えばきっと子供の成績は上がる。さあ買え。」と言われたとしよう。
代案なしに反対してはいけないものか。売る側の方で、この教材が10万円の価値があることを全て証明すべきであろう。反対する側で「いや、こちらの教材が有効だ。」などと代案を出す必要はない。
薬だって手術だって、それを必要とする側で全ての証明をすべきであって、反対する側が「いや、こうやった方が早く直る」などと代案を出す必要はない。

ところが政治の世界では、日本新党やら民主党やらが「反対するだけでは無責任だ。代案を出す。」
などとカッコつけているうちにムザムザ自民党のペースに乗せられていると思う。もっと反対に徹すればつぶせた悪法が多いはずである。
→ 次回に続く

代案を出す必要はない ― 2


 小選挙区制は大政党に有利な制度である。

 自民党は、まず

小選挙区で300人、比例代表で200人の「並立制」案・・・ア

を出し廃案になった。常識的には、次には、より野党が飲みやすい案を出すべきだが、ここからがうまい。「事を荒立てず、足して二で割るのが好き」な日本人の性質を利用した。自民党は、

500人を小選挙区制だけで出す・・イ

という恐るべき案を出し、「反対するだけでは無責任だ。反対するなら代案を出せ。」と大合唱をした。

 この挑発にまんまと乗り、社会・公明・民社は

小選挙区制200人・比例代表300人の「併用制」案・・・ウ

を出した。代案など出す必要はないのである。代案を出したとたん、「少なくとも今のままにしておくのは無責任だ」という誤解が生まれたのである。

 その後、日本新党とさきがけが

「小選挙区で250人、比例代表で250人の並立制・・・エ

ではどうか。」と言うなどあれこれあって、結局は以前自民党で出したとおり

小選挙区制300人・比例代表200人・・・オ(アと同じ)

に落ち着き、やがて比例が20人減らされた。

小選挙区制300人、比例180人・・・カ(現在)

 後になって(時期は違うが)社会党や公明党が「中選挙区制の方が良かっ
た。」などと言い出した。過ちを改むるにはばかることなかれ。

 ともあれ、そもそもの作戦ミスは挑発に乗って代案を出したことである。代案を出さずに反対することも「今出された提案よりは現状の制度のほうが優れている。」という立派な意見表明であり、責任ある態度なのだ。

→次回につづく。

外見から内面はわかるか+(再)立法過程 

2012年02月03日(金) 15時09分
浅野忠信と仲里依紗が16歳差愛、大阪白昼デートで“抱擁&キス”。
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1900829&media_id=84

オタクのコーナー
仲里依紗さんを初めて知ったのは映画「ゼブラーマン」の宣伝。
えろい格好の人がいると思って注目した。

その時のイメージが私にとっての仲里依紗さんだったのだが、普通の格好していると、よくいるイモ姉ちゃんではないか。
これはこれで好きだ。

もっとイメージが変わったのは飯島直子さん。
バブル時代には、ゲジゲジ眉毛+厚化粧で、ディスコでイケイケ(当時の用語)の遊び女に見えた。

その数年後、ジョージアコーヒーのコマーシャルに優しそうな女性がほほえんで出てきて、こちらを気遣ってくれるのだった。

「ああ、こんな女性に癒されたい」と思った人は多かろう。
私もその1人。

と、なんと、なんと、この優しそうな女性が、あの遊び女、イケイケギャル、飯島直子さんだという。

同じ人には見えなかった。

「外見で内面はわかる」
などとほざく人がいるが、優秀なスタイリストがの腕で外見から来る印象など、いくらでも変えることができるのだ。

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ここから「立法過程」再放送

1.私が理想とする国会
議員は1人でも法律案を提出できる。
国民は、たとえば医療や薬害に関する法案ならば川田龍平さん、外国人の権利に関する法案ならばツルネンマルテイさん、日本の伝統を守ることならば平沼赳夫さんとか中川昭一さんとか西村真吾さん、NPO活動に関することならば辻元清美さんとか藤田幸久さん、福祉ならば山井和則さん・・・というように、最もふさわしい議員を選んで法案を提出してもらう。
(2007年に書いた文章ゆえ、亡くなった人や落選した人も入っています)

国会では、政党のご都合と関係なく、議論を通じてごもっともと思えば賛成、納得いかなければ反対する。与党議員が出した法案に野党議員が賛成したり、同じ政党の議員が出した法案に反対しても良い。
したがって、政党の数合わせではなく、本会議において説得力ある議論をすることで法案の成立・不成立が決まる。

選挙の際には、何党にいて、どんな役職についたかということよりも、どんな法案を出したかということを中心に報道される。
以上が私が理想とする状態である。

私は、個々の政策よりも、以上のような国会を作ることを最大の目標としたい。
私が道半ばにして殺されても、ここは重要なので、皆さんが引き継いでほしい。

私は個人的には原子力発電に反対だ。でも賛成派と手を組んでも良い。
私は核武装には反対だ。でも、賛成派と手を組んでも良い。
まずは、そういう政策を国会において議論して決めていくシステムを作ろうじゃないか。

2 現状・・法案は官僚が作っている
選挙で選んでもいない、顔も名前もわからない官僚が、法案も資料も、質問された時の答え方までも作り、与党は全員で賛成、野党は全員で反対、与党の方が人数が多いので、結局官僚が作った法案の通りに成立する・・・これで国会の意味があるのか。
これで「どうせ誰に入れたって変わらない。」と言って選挙で棄権する奴らに「けしからん!」と言い切れるのか。

官僚が作った法案は、今までほぼ100%通った。こんな状況ならば、ねじれ国会大歓迎だ。
議員が作る法案は少ないし、出しても中々成立しない。
なぜか。
議員個人のやる気や能力の問題もある。
しかし、それ以上の問題として、議員立法がやりにくい裏ルールが存在するのである。
この裏ルールは憲法にも国会法にも書いていない。

3 1人では提出できない
さて、何か法案を提出してほしいとしよう。
頑張れば、1人くらい相談に乗ってくれる議員はいる。
アメリカやイギリスは、1人でも法案を提出できる。小選挙区制なんか真似しないで、こういう点を真似てほしいものだ。
日本では、1人ではだめである。提出者1人以上の他に、次の数の賛成者が必要である。
衆議院の場合・・20名以上(予算を伴う場合は50名以上)
参議院の場合・・10名以上(予算を伴う場合は20名以上)
たいていは、予算を伴うので、( )の数を前提とした方が良い。
以上のことについては詳しくは国会法56条参照。

4 裏ルール・・機関承認とは
私の場合、1990年ころから国会をうろつき、選挙を手伝ったり、演説会で質問して目立ったりして少しずつ人脈を広げ、1996年ころから、とある決議を国会で通すことに挑戦し始めた。
アメリカには、政策を議員に実現してもらうために議会のロビーを駆け回っている人々がいる。これをロビイストと言う。
私は日本に珍しいロビイストを目指したのだ。
長年の努力で、国会法に定める人数分の賛成署名は手に入った。
が、国会法に載ってもいない裏ルールがあった。

「政党の機関承認」がないと、受け付けてくれないのである。
憲法や国会法で認められた法案提出について、どこにも書いていない裏ルールで制限するのは憲法違反、いや、もう民主主義の根幹を揺るがす大問題だと思う。
これについて問題だと指摘しているのは、私が知る限りでは、河野太郎さん、河村たかしさん、上田哲さんくらいのものである。よくみんな黙っているものだ。

「政党の機関承認」の方式は政党によって違うが、大体の政党は国会対策委員長と事務局長の承認印。
自民党だけは4人分必要だ。総務会長・政務調査会長・幹事長・国会対策委員長である。
提出者と賛成者だけなら、平日動ける人が1人か2人いれば何とかなるだろう。
しかし、この「機関決定の承認」を得るのが難しい。
しかも、現実的には自民党が賛成しない限り国会で成立しないのだから、自民党の4役の承認が必要である。

極端な話、国会の過半数どころか、90%の議員が賛成しそうな法案があったとしよう。
しかし、自民党の総務会長・政務調査会長・幹事長・国会対策委員長のうち、1人が絶対に承認しなければ、それ以外の全ての議員が賛成であっても、この法案は日の目を見ない。
本会議で否決されるならばまだしも、誰にも知られず闇に消えるのである。
私はこの仕組みを絶対に変えなければいけないと思う。(つづく)

(再)プロレスバカ1代・10 

2012年01月31日(火) 19時21分
パソコンや携帯で失って涙を流した事があるデータランキング
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1896466&media_id=45

別に涙なんか流さないが、20歳代の頃に自分がプロレスをやったビデオがいくつか消えてしまったのは残念である。

ビデオテープというのは、ある時突然切れたり絡まったりする。
今から思えば金をかけてでも、もっとダビングして友人に配りまわっておけば、安全保障になったのだが。

かっこよくはないが、自分がプロレスをしている姿には、無言のうちに私の生き方・考え方が濃縮されている。
「文は人なり」ということわざがあるが、「プロレスもまた人なり」

テレビ番組の録画ビデオもたくさんだめになったが、こちらはまだ何とかなるものである。
たとえば幻の作品、ウルトラセブン12話もネットで探すと見ることができる。


女性の電話番号がなくなり、連絡が取れないというのも多い。
その間に私の電話番号も変わったので、あの女性やあの女性やあの女性には、もう永遠に連絡が取れないのだろうか。

安全保障の観点から、ゆうこりんが「ぶーん、ぶーん、カーセブーン」とか言うコマーシャルは複数の記録媒体に録画してある。

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以下は2008年1月のブログの再放送だが、1か所だけたとえを変えた。昔からのファンの皆さんはどこを変えたかもご注目。

プロレスバカ1代
戦いにおける異文化 

ある年の4月の夜、ある女性から電話がかかってきた。
獨協大学の武道・格闘技関係の部が合同で新入生勧誘のためのイベントを主催する。
うちの部長も他の部の主将と戦うのだが、互いに意地を張りすぎ、本気になってしまって危険なことになるかも知れず、心配でならない。
いざという時は塩浜さんが止めてほしい・・・ということだった。
アトラス塩浜。第2代DWA(獨協大学レスリング・アライアム)チャンピオン。
読者諸君、この男は実在する。

ということで、そのイベントに出かけていった。
太極拳対ボクシングのかみ合わない試合に続いて、女性から頼まれた問題の対決。
が、女性の心配のようにはならず、むしろ両者が「負けない」ということにこだわりすぎて守りが堅すぎて面白くない状況のまま引き分け。
試合というのは、負ける危険を冒してでも攻めるために踏み込んでこそ勝つ可能性も出てくる。「とにかく意地にかけて負けるわけにはいかない。」と思い込んでしまうと、負けもしないが勝ちもしない。

静かに見ていていざという時だけ止めに入るつもりだったが、柔道部の部長が、私を見つけ、私も出ろと言ってきた。
まず、柔道部の主将と部長(あれ?部長と主将と違うのか。どっちが偉いんだ)が互いに投げ合う。その途中で私が乱入して対戦を挑み、試合になる・・ということになった。
最後は私がパワースラムで負ける。
今回は我々プロレスサークルの主催ではなく、武道や格闘技の部の主催なので、悪役の負け役で構わない。
地元ではヒーロー、他の地域では悪役というのはプロレスの伝統である。
ジャイアント馬場選手だって、アメリカでは下駄で相手を殴る悪役だった。

ということで、部長と主将の投げのパフォーマンス中にいきなりドロップキック、マイクを持って対戦をアピール。
以下、部長を山下、主将を小川とする。(仮名)

戦い始めたが、どうも気に入らない。
最後に負けるのは構わないのだが、それにしても、山下が全然私の技を食らってくれないのである。
私は山下ののろい技をちゃんと受けて、大げさに痛がったりしているのに、山下は私の技をかわす。
しかも、観客の反応も気に入らない。
かわされた私を嘲笑している。
これがプロレスファンならば違う。
たとえば、投げ技をかわすとしよう。投げられると見せかけて、空中で体をひねって足から着地するというかわし方ならば、ファンはそのかわし方を称える。
しかし、露骨にただ投げられまいとしてしゃがみこむようなかわし方は、それをやった方がバカにされる。
蹴りをかわすのも、ギリギリのところをスッと身をかがめてかわすなら良いが、大きく後ろに下がるようなかわし方はだめである。

よく、プロレスで「ロープに飛ばして戻ってくるのがインチキくさい。」という人がいるが、ロープに飛ばして戻ってこないで、「キーン」と右折したりしたら、卑怯だ。
「合理的な戦い方でないから八百長だ」というのは短絡的である。
戦国時代、「やあや、遠からん者は音にも聞け、近くば寄って目にもみよ。我こそは、越後の国、高田に生まれたる塩浜修なり、いざ、じんじょうに勝負」と名乗りをあげる方もあげる方、名乗りの最中にいきなり攻撃すれば良いのに、待っている方も待っている方だが、これを八百長とは言わない。
正々堂々とかっこよく戦いたいというこだわりがあるからと言って「合理的でないから八百長だ」などということはない。

しかし、山下はロープに飛ばしてもまっすぐ戻ってこないで右折するし、エルボードロップも稲妻レッグラリアートもかわす。で自分の得意技だけかけてくる。

まるで、野党の時には与党のスキャンダルを激しく攻撃したくせに、自分が与党になると身内の不祥事を隠すどこかの政党のようではないか。

ここまでで、かなり腹が立っていたところに、山下選手が火に油を注いだ。
いきなり畳の上にゴロッと仰向けになり、
「さあ、どこからでもかかってきなさい」
というポーズをしたのである。
まるで大人が子供と遊んでやるかのように。

しかも、このポーズ、見た目の割に隙がないのである。
よくわかっていない人が、待ってましたと上からのしかかっていくとどうなるか。
いろいろあるが、たとえば、私の膝をポンと蹴る。私が前のめりになったところを、腕が伸びていれば腕をひねり、首が伸びていれば首を締める。
山下選手はプロレスをなめていたようだが、大体プロレスファンは、他の格闘技のこともよく知っている。特に寝技・締め技・関節技は私は相当詳しい。仰向けのまま、上からの攻めを逆用するのは、むしろ私の得意技である。

最後は負けてあげて構わないが、このまま一方的に見せ場もなく負けるのは嫌である。
太平洋戦争だって、最後は負けたが、最初は勝っていたし、ゼロ戦による特攻にアメリカ軍がびびった・・・という話を聞くとちょっと嬉しかったりする。
見たか、これが大和魂だ。
(平和団体の事務局長が何を言っている・・・と自分で突っ込み)

この状況で腕を前に出したり、首を伸ばしたりして攻めるのは危険なのだ。
こういう時は柔道家が知らない攻撃に限る。私はアキレス腱固めに移った。

アキレス腱固め。
普通の人には足首を持ってストレッチでもしているようにしか見えない。
「あんな技効くの?」とよく聞かれた。

足首を引っ張っているのではない。
皆さんは手首の少し上の内側に、骨が表面近くにあって固いところがあるはずだ。この骨の固い部分を、相手のアキレス腱に当て、てこの原理を用いて折るような形で捻じ曲げる。

小説家・夢枕漠さんが、
プロレスを八百長と言う君に かけてやりたいアキレス腱固め
という短歌を詠んだが、数ある技の中でここにアキレス腱固めを持ち出したのが見事。
「こんなに地味な技だってすごく効くのだぞ」ということを示すにはアキレス腱固めがふさわしい。

この体勢から、もっと効く技として、「膝十字固め」と「ヒールホールド」がある。そっちにしようかとも一瞬思ったが、別の大学で膝十字固めで股関節脱臼になって病院送りになった人がいる。痛いけれど怪我はしにくいアキレス腱固めにした。
プロレスは平日にやっていたが、この日は土曜日、しかも武道部の主催ということで会場は私のファンはあまりいなくて武道の部員中心だったが、たまたま来ていた数少ない私のファンが、一瞬喜び、「(技のかけかたが)速い!!」と口にした。

それも束の間、主将小川が乱入、私の顔面にギロチンドロップ。(普通は顔面ではなく、首に落とす)私は両手で山下選手のアキレス腱を抱えていたので、手でかわせず、もろに食らった。おまけに顔面。痛いのなんの。
2人がかりとは卑怯な・・・と思ったが、観客はここもお約束のアトラクションかと思って大笑いしている。塩浜ファンだけ結構怒っていた。
最後は約束通りパワースラム。
パワースラムというよりもボディスラムだったが、多分これより大技はなさそうなので、これで負けておいた。
(ボディスラムは、ただ持ち上げて投げる。パワースラムは、右から走ってきた相手を持ち上げながら体をひねって左に投げる。しかし、途中で動作が止まると、ボディスラムと変わらない技になってしまう)

改めて武道とプロレスの違い、観客の反応の違いを痛感する戦いだった。
元寇で戦った武士も名乗りの途中で攻撃されたり集団戦法でやられたりして、戦いにおける文化の違いに驚いたに違いない。

主将小川が「すみません、すぐ乱入しないとアキレス腱固めで本当に決まると思ったので」と言ってきたことでわずかながら溜飲が下がった。


塩浜修の財政改革(不真面目編・1+2)+鈴木ふみ奈のすすめ 

2012年01月30日(月) 4時15分
先にオタクのコーナー
童顔で背が小さい女性には胸がきゅん。
が、人生いろいろ、会社もいろいろ、塩浜が好む女性もいろいろ。

ミスフラッシュ2011の鈴木ふみ奈さんは、身長167センチということで、女性アイドルとしては背が高い方だと思うが、これはこれで長い黒髪やセクシーなポーズと背の高さが素敵なハーモニーを醸し出している。

特に鈴木ふみ奈さんがすごいと思うのは、身体をくねらせたり、髪をかきあげたりする時である。
受験参考書流に書けば「ここで差がつく!!」

下手な人が振り返りのポーズをとると、不自然でギャグっぽくなってしまう。
また、顔を振り返ることに意識がいきすぎて、横向きになってしまい、背中やお尻が見えない人もいる。
顔と背中とお尻が同時に見える点が振り返りポーズの良さなのだが、中々うまくいかないものなのだ。

鈴木ふみ奈さんの場合、単に振り返るのみならず、独自のひねりが効いてものすごくきれいである。

また、髪をかきあげると、本人の腕で顔が隠れたり、せっかく髪をかきあげてもうなじが見えなかったりする。
これまた鈴木ふみ奈さんがやるとすごくセクシーなのだ。

セクシーかと思えば、笑顔になるとあどけないかわいい表情である。
ほっぺたの肉感が幼い子みたいで萌えー。
ぽってりした唇も萌えー。
96センチHカップの胸が柔らかそうに揺れるのもたまらない。

鈴木ふみ奈さんのブログはこちら↓
http://ameblo.jp/fuminyan-blog/



塩浜修の財政改革(不真面目編・1+2)

1 学校・図書館・公園・ダム・道路その他の建設にあたり、税や国債ではなく、寄付を大幅に活用する。
寄付者の名前を、石に刻むなど、長期間残りやすい形で称える。
寄付の額によっては、それらの施設に寄付者の名前をつける。
たとえば伊達直人が寄付して図書館を造った場合、本人が希望すれば「伊達直人図書館」という名前になる。

また、本人の承諾が条件で、他の人の名前を冠につけることも可能。
たとえば、吉永さゆりファンの金持ちが寄付し、吉永さゆりさんが承諾すれば、「吉永さゆり図書館」ができる。

提案のポイント
経済的にある程度成功すると、今度は名誉がほしくなる。
その気持ちを利用させてもらい、増税に頼らずに必要な事業を行う。
また、名前をつける以上は、無駄なダムに自分の名前はつけたくないはずである。
こうして、不必要な事業が淘汰されやすくなる。


2 税法で定められた額より多い額を納めることができることにする。
大幅に多く納めた人にはメダルか何か渡す。
税務署には、ホストやキャバクラ嬢からスカウトして、金持ちにおねだりするのが上手な人を多く用意する。
「すごーい!社長さんって、そこまで国のことを考えているのね、かっこいい」
「わははは、もう1000万納めちゃおうかな」
「かっこいい!!素敵!」


提案のポイント
1の方法だと、1千万とか、億と言った単位の寄付ができる人は名前を出せて自己顕示欲を満たすことができるが、10万円くらいの寄付を集める動機づけが弱い。
逆に10万円くらいで名前を載せてしまうと、名前でごちゃごちゃしてよくわからなくなる。(私だって、かなり大きく名前が出るなら、10万円なら出しても良いとは思う)

ということで、1の弱点を補い、10万円くらいの寄付を集めやすくするのがこの案。
そして、税務署は、「ごまかしていないだろうな」という疑い深い目で探ってくるから不愉快になるのであって、思わずたくさん納めたくなるような雰囲気に変えるのだ。

ただし、借金してまで税金を納めようとする者を防ぐため、債務超過者が法定額以上に納めるのは禁止。

この制度の今後の課題
通常、財産は世帯単位で使われている。家族の中のある者の勝手な納税で、他の者が迷惑するということをどう防ぐか。

次のような夫婦喧嘩も起きるであろう。
「あなた、また税務署に行ってきたわね!!」
お後がよろしいようで。

マニア戦隊ヲタレンジャー+(再)民主主義より自由主義 

2012年01月29日(日) 4時06分
12年ぶりに「レンジャー」封印 新戦隊は3人組の『特命戦隊ゴーバスターズ』
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1894158&media_id=54

マニア戦隊ヲタレンジャー

麻生太郎元総理や前原誠司民主党政調会長の口が曲がっているが、彼らも初当選直後の口はそれほど曲がっていない。
故・田中角栄総理も、口が曲がっていたが、初当選の頃はそれほどでもない。

やはり、政治家にはストレスがかかり、口が曲がるなどさまざまな影響が出るものなのだろうか。

などと思っていたら、どうも昨年末ころから、私の口の右上あたりが、ピクピクして気になる。
他人からは指摘されたことがないが、ピクピク動いているのが見えるのだろうか。

よく寝不足すると、目の上がピクピク動くが、他人には見えないようだ。
口の右上がピクピクするのが他人から見えるのかどうか、単純に興味あるので、会った人は教えてほしい。

私程度のストレスを国会議員の大政党の代表経験者のストレスと比べては申し訳ないが、それでも中々いろいろなことは起こるものである。
正直、私などより事務処理能力が上の人はザラにいると思うが、多分、たいていの人は、世界連邦の事務局長になったら、そのうちやめてしまうだろう。
そう思うと私もやめるにやめられない。

仮にこれから私の口がストレスで曲がったら、
マンガオタクの麻生太郎
鉄道オタクの前原誠司
アイドルオタクの塩浜修
でいい組み合わせだ。

ついでに口は曲がっていなくても、軍事オタクの石破茂、蝶オタクの鳩山邦夫も入れて、「マニア戦隊、ヲタレンジャー」
私は一番上でないとやっていけないので、オタレッドとしてリーダーになりたいが、他の4人もリーダーは譲るまい。
デルザー軍団のように各自が幹部ということで、では私はカレーが好きだから、オタイエロー。

あるいは、「女性がピンクという偏見をこわす」という政治目的で、私がオタピンクというのも良い。

マイミク申請は初めての人も気軽にどうぞ。



私は宿題をほとんど出さない。
小さいころから宿題というものが大嫌いだった。
たとえば中学1年生の時、アルファベットを大文字・小文字20回書いて提出するなどというばかな宿題が出た。なんというばかな宿題なのか。

私はとっくにアルファベットを全て覚えていた。その人間に無意味な作業をさせて何が面白いのか。5回書くと覚える人は5回書けばいいし、50回書かないと覚えられない人は50回書けば良い。どうして全員20回と一律にするのか。

こういう小中学生のころからの恨みもあり、私は基本的に宿題を出さない。
ところが、「個の自立」を重視する私の塾に来ていながら、次のような悲しいお願いをしてくる者もいる。
「先生、宿題を出してください」
「そこまで向上心があるなら、自分で計画を立てて勉強すればいいだろ」
「いや、宿題じゃないとついついやらないもので」
「それなら、自分で自分に課題を出せばいいじゃないか」
「いや、宿題じゃないとついついやらない」
「そこまで自分の弱さがわかっているなら、自分で自分に宿題を出し、終わるまでテレビを見ないとか、決めればいい」
「いや、宿題じゃないとついついやらない」
世代が違うが、こういう奴らのせいで、私までアルファベットを書かされたのか。く、くそう・・・などと、大昔のことを思い出して悔しくなる大人げない私。
「漢字だって見ただけで覚えられる人もいるし、5回書くと覚えられる人もいるし、10回書かないと覚えられない人もいる。それなのに全員に同じ宿題を出すのは間違っている。宿題は自分で自分に出せ」
と私は言い張っている。

さて、マイミクの中に「ここにいる塩浜さんは民主主義=命の人です」というように私を紹介してくれる人がいる。その一言でかなり雰囲気は掴めるし、主義や思想に殉じるという生き方はかっこいいと思っているので嬉しい。
ただし、正確に言うと、私は「民主主義よりも自由主義」である。

先ほどの例で、「宿題を出すべきか」と決を採れば「出すべき」という側が勝つかも知れない。
が、多数決という民主的な形で決めたからそれで良いのか。違う。
勉強というのは個人が自主的にやるべきものであり、自主性のない人間がたとえ多数決という民主的手続きを踏もうとも、自主性ある人間を巻き込んで道連れにすべきではない。

あるいは塾で「制服を定めるべきか」という議論をすると、毎年多数が「自由にすると何を着て良いか考えるのが面倒」などという理由で制服を支持するのである。
自由という状態は、現時点の制服も含むのである。そんなに私服を考えるのが面倒で制服を着つづけたいならば、自由になって制服が廃止されても現在の制服を着続ければ良い。
自主性のない人間が自由を愛する人間まで巻き沿いにするのはいい加減にしてほしい。
たとえ多数決をとろうがいかに民主的手続きを踏もうが、そんなことは許されるべきではない。

つまり、私は民主主義より自由主義なのである。
意に反して強制されるなんてことは最小限にすべきである。自由はなるたけ多く、政府だの権力はできるだけ小さくしたい。
が、そんな私ですら、政府や権力をゼロにしようとまでは思っていない。
政府とか権力という危険極まりない「必要悪」「劇薬」を用いる場合に、それをコントロールし、暴走を食い止めるための手段が民主主義なのである。
たとえれば、権力は番犬、番犬が暴れすぎないようにする鎖と首輪が民主主義である。番犬が守っている、もっと大事なものが自由である。

では、「ここにいる塩浜さんは民主主義=命の人です」という紹介はどうすべきかというと、このままでお願いします。民主主義より自由が大切なのだが、自由というと「利己主義」「自分さえ良ければ何でもやる」という意味だと誤解する人がいる。
塩浜学初心者には、とりあえず自由主義者・塩浜よりも民主主義者・塩浜の方がわかりやすくて良いだろう。自由と民主主義の関係は塩浜学上級コースで・・・。

私の生き方−F 神は子供の心の中に 

2012年01月27日(金) 20時13分
私の生き方−F 神は子供の心の中に

自転車が倒れた時、私はまだ数歩も歩いていなかった。
(まあ、いいか。倒れたままにしておけば、これ以上倒れることもない。)
と面倒くさがり屋の私は自転車をそのままにして木に登った。
天気が良いとセミはうるさい。めあてのクワガタムシも中々みつからなくなった。

小学校2年くらいの女の子が2人。
「あれ、自転車が倒れている。誰のかな。」
「知らない。元通りにしてあげようよ。」
「うん。」
中学生だった私の自転車は小学校2年生くらいの子には重い。2人で力を合わせて立てる。

無意識の中で見せた子供の優しさ。
誰かが見ているからということでもなく、お礼がほしいということでもなく、見返りを求めない無意識の優しさ。
こんな美しい心をいつまでも持ち続けてほしい。

子供の心に悪魔がいる。
あどけない顔でトカゲに爆竹つけて吹っ飛ばしたりする。
同時に子供の心の中には神もいる。
戦争放棄・公害反対・・・そんな難しい言葉はわからなくとも、人が死ねばかわいそうに思うし、川から魚が姿を消せば寂しく思うのだ。

大学4年生の時、テレビでディズニーのピーターパンを見た。

最後のシーン。
ピーターパンのことをペラペラしゃべるウェンディを見て、ウェンディのお父さんは「ああ、またそんなつまらない夢物語を・・・」となげく。
そしてふと窓の外の月を見た。

するとどうだろう。
月の前を横切る雲が次第に海賊船のように見えてくるではないか。
ウェンディのお父さんは振り向くと感慨無量の表情で言う。
「思い出したよ。わしも小さい時、これを見たことがある。」

子供の時、どこかに置き忘れてきたものを私は思い出した。そうだ。私も小さい時、これを見たことがある!!

心の目を開いていた頃、私には今の私が見えないものが見えていた。
4才の時、ふと絵本でない本も読んでみようとして何気なく手にしたのがピーターパン。そして、10数年後、ピーターパンは再び私に道を教えてくれた。

自然に恵まれた高田育ちの私は、親からテストのことでギャーギャー言われることもなく、自由に野山を飛び回っていた。
秋になると金色の毛が抜け、赤光りするミヤマクワガタ。
飼っていたアオスジアゲハが死んだ時、私は泣いて学校に行けなかった。
産卵期に虹のように光るハヤ。月の夜はハヤが青田川の水面からジャンプした。

自然は私の友達だった。
小学生の時というのは、お人よしで面白い人がもてる。カッコいい人がもてるわけではない。だから私は今と違って文句なしにもてた。でも私は女の子に全く関心なく、自然とたわむれた。今はこうはいくまい。

私の「友達」は少しずつ姿を消していった。
護岸工事をしたとたん、川の魚は激減した。
クワガタのいた木が切り倒され、下がコンクリートで固められた時、私はまだ軟らかいコンクリートの上を何度も踏んで足跡をつけた。こうすれば工事を中止すると思ったのだ。

死んだ川を見つめて、奪われた林を見つめて、私は「これでいいのか。これでいいのか」と涙を流しながら叫んでいた。このまま自然界のバランスを崩していけば、人類は必ず滅び去ってしまうだろう・・・・子供心にもそう思った。

大きくなったら太平洋を探検し、無人島を見つけよう。そこで農薬を使わずに作物をつくり、公害も戦争もない動物王国をつくろう。−それが幼い日の私の夢であった。

ところがどうだろう。大きくなった私は小さなことしか考えられなくなった。
見栄のこと、金のこと、女のこと−。動物王国設立を夢見たあの自分はどこへ行ってしまったのか?アフリカの飢えた人々を救おうと燃えた自分はどこへ行ってしまったのか?宇宙の果てはどうなっているか、どうでも良いことを真剣に考えた自分はどこへ行ってしまったのか?

「子供の時はバカだったなあ。理想ばかり追い回して、ちっとも現実がわかっていなかったもんなあ」と笑うことは簡単だ。

確かに現実離れした理想を追い回 していたら社会でまともに生きていくことはできない。現実派きびしいものだ。
しかし、だからと言って、現実の上に眠り込んでしまうのは、理想の放棄ではないか。理想を追うことが現実離れならば、そのように「理想離れ」している現実をこそ、もっと理想に近づけていくべきなのではないか。

通常「子供っぽい」という言葉は悪口として使われる。確かに子供にも問題点はある。子供は判断力に乏しいし、責任感にも欠ける。だが、後の点は子供の方が大人より素晴らしい。子供の直感的な考えの中にこそ真実がある。
子供は全て詩人であり、発明家であり、学者である。子供の心の中にこそ神がいる。

子供が持つ大きな可能性を、大人がつぶしてはならない。
子供の夢を、可能性を守りたい・・・そんな思いで、私は塾という今の職業を選んだ。

私は責任感・判断力だけ大人になってあとはいつまでも子供でいたい。肉体的に大人になってもい つまでも心の目を開いて子供の夢を見ていたい。
皆さん、思い出してほしい。幼い日のあの夢を。現実離れはまずいが、現実にしっかり足をつけたまま理想に一歩でも二歩でも近づいてほしい。

私は数年前に書いた「タイムマシン」を読み、また少し心が汚れてきたことに気がついた。時々自分を見つめ、心を清めていきたい。私にとって勉強はそのためのものだ。



なぜだろう
小さい時は大きな夢を見ていたのに
大きくなると小さな夢しかみることができない
小さな時に誰でも見たあの夢を

もう一度ここに
心の目を開いてください
それはタイムマシンのように
あなたを子供の世界に連れていってくれるのです

もう一度見ませんか
あの夢を手を伸ばしてみませんか
届かぬ星に

冒険天使Nタイムマシン前書きより

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