小沢をなぜ「民主」党に入れておくのか+オタク第2世代と第3世代
2010年03月21日(日) 4時26分
民主党・生方副幹事長、党の体質を批判
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1148690&media_id=88
民主党の生方議員が、小沢一郎幹事長を批判し、解任されました。
小沢は度量が小さい。
ついでにあそこも小さいかどうかは知りません。
私は小沢氏のカネの問題は割と許せるのですが、(最初からクリーンな人などと期待していない)彼の独裁的な政治手法と、ちょっと批判されると駄々っ子のようにすねる性格が嫌です。
彼の師匠、田中角栄は、自分の子分たちに、
「みんな、構わないからオレの批判をガンガンやって選挙で勝ちあがってこい」と言いました。
弟子の小沢もこの度量を少しは見習ってほしい。
「党内で批判するなら良いが、外に向かって言うのはけしからん」
との見方がありますが、党内の批判に耳を傾けないので、
「国民の皆さんはどう思いますか」
と外に呼びかけたのだと思います。
小沢氏は、党の政策調査会を廃止しました。
政策調査会は、政策を考えたり法案を話し合う場ですが、「そういうことは大臣・副大臣・大臣政務官が行う。何かあったらそっちに相談しろ」というjことになったのです。
何百人いる民主党議員の中で大臣・副大臣・大臣政務官はごく一部です。
他の議員はショッカ−の戦闘員のような扱いで、直接政策作りができないという異常事態。しかもこれは選挙後に急に言い出したことです。
1996年、民主党はしきりに「1人1政策」ということを言って何か1つのことに詳しい人を集めました。あの精神に戻ってほしい。いつの間にか「政策は大臣たちが考えるから1人1人は選挙だけ頑張れ」という風潮になっているのが残念です。
以前書いたことを復習しましょう。
自民党は1990年ころには飽きられていました。
小沢は自民党を倒すため、「新進党」という政党を作りましたが、鳩山さんや菅直人さんらが、「自民党も嫌だが、新進党の小沢の独裁的手法も良くない。第3の政党が必要だ」と言って民主党を作ったのです。
1996年の選挙では、自民党が嫌いな人の票が新進党と民主党に割れてしまったので、自民党が得をして勝ちました。
国語の時間に習った「漁夫の利」ですね。
そうこうするうち、小沢さんは身内からどんどん批判され、怒って新進党を解散。
気の合う仲間と自由党という小さな政党を作り、他の人は主に民主党へ。
やがて、自由党も民主党に合体。
このあたりから話がおかしくなりました。
自民党の金権体質とも、小沢の独裁的手法とも異なる第3の道を、たとえどんなに辛くとも作っていこう・・この結党の理念に感動して、今の30,40代くらいの人は熱い思いで民主党に集まったのです。
気がついてみれば、小沢が入ってきて、これでは新進党と同じ。
だったら、第3の道なんか作らないで、1996年に自民党倒せば良かったじゃん。
青春を返せ!
小沢のクズは元々ああいう人だったのであって、鳩山や菅は、なんであんな独裁者をのさばらしておくのか。
あいつが嫌で、わざわざ第3の道を作ったのだろう、その気持ちはどこへ行った。
あるいは1993年にもう非自民連立政権ができていて、自民党がボロボロになっていたのに、「小沢の独裁的手法よりは自民党の方がマシだ」
と言って、自民党と社会党とさきがけによる連立政権を作り、せっかく弱まっていた自民党を生き返らせたのはー、どこのどいつだーい。
鳩山や菅だよ。
実は自民党と小沢と鳩山はずっと裏で組んでいて、対立しているように見せかけながら、公明党・共産党・社民党をつぶすためにあれこれやっていたのではないか・・・とあえてデマを流したくなります。
マイミク申請は初めての人も気軽にどうぞ。
オタクのコーナー
全国1000万人の塩浜ファンの皆さん、こんにちは。
3月17日のザ ニュースでの塩浜をご覧いただけたでしょうか。
ディアステージでヲタ芸をやっていた人たちは、太っている人も含めて随分動きが速くてびっくり。
ヲタ芸グランプリ2008優勝の私より速いのはもちろん(この優勝は、ヲタ芸をよくわかっていない審査員たちが、技のキレよりも、声の大きさや「移動」その他に幻惑された面がある。)、本当にキレがある準グランプリのアイドルボンバイエチームよりも速い。
いくら何でも速すぎると思ってよく見ると、我々とは技の「型」が違う。
あまり身体をひねらず、腰を入れない代わり、上腕部だけはものすごい速さで動かしている。
ちょうど、空手の腰を入れた正拳突きよりもボクシングのジャブはが速く打てるようなものだ。
更に言えば、随分混んだ場所で密集してヲタ芸を打っている。
(ヲタ芸という目的語に対する動詞は、「やる」、「踊る」ではなく「打つ」)
混雑する中で小さく速く動くようだ。
そう言えば、「ファイス」というアイドル??の追っかけの人がこういう動きである。
この場合、「ヲタ芸」ではなく、「ファイス芸」という特別の呼び名がある。
「ドロップキック」をジャイアント馬場がやると、「32文ロケット砲」という特別な名前になるようなものだ。
アイドルオタク第2世代の我々と、第3世代のディアステージの皆さんと比べていろいろ違いがあって面白かった。
動きは断然第3世代が上。
大体、オタクは不器用で運動不足の人間が多かったのに、2004〜5年、「電車男」の影響で、運動神経が発達した若者がオタク世界に参入、突然ヲタ芸が高度化したのだ。
しかし、第2世代も良いところがある。
我々は、「まりえ!」「まりまりまりまり、まりえ!」
などと当該アイドルの名前を叫びまくるので、近くにいる人にも、テレビを見た人も、いつの間にか「まりえ」という言葉が頭にこびりついたはずである。
これに対して第3世代は、「ウォー、ウォー」とか、「タイガー、ファイヤー」とはよく言うが、肝心のアイドルの名前をあまり呼ばないようだ。
更に言えば、ヲタ芸を打っている間、あまりアイドルの顔を見ていないように見受けられるが、どうなのか。
放映されなかったシーンについて何回かに分けて解説。
塾
足利将軍15人をみんなで語呂合わせをいっしょに読みながら覚えるシーンは楽しいところだと思うが出なくて残念。
9代目 足利義尚は、「Qちゃんと言えば高橋尚子だからキュー代目は尚がつく」と教えたら。「かえって覚えにくい」と突っ込みが入った。
「土手でおえーっ、うまぐねえ」と違って覚えやすいと思うが・・。
(おっと、うちの塾出身者にしかわからないネタを使ってしまった)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1148690&media_id=88
民主党の生方議員が、小沢一郎幹事長を批判し、解任されました。
小沢は度量が小さい。
ついでにあそこも小さいかどうかは知りません。
私は小沢氏のカネの問題は割と許せるのですが、(最初からクリーンな人などと期待していない)彼の独裁的な政治手法と、ちょっと批判されると駄々っ子のようにすねる性格が嫌です。
彼の師匠、田中角栄は、自分の子分たちに、
「みんな、構わないからオレの批判をガンガンやって選挙で勝ちあがってこい」と言いました。
弟子の小沢もこの度量を少しは見習ってほしい。
「党内で批判するなら良いが、外に向かって言うのはけしからん」
との見方がありますが、党内の批判に耳を傾けないので、
「国民の皆さんはどう思いますか」
と外に呼びかけたのだと思います。
小沢氏は、党の政策調査会を廃止しました。
政策調査会は、政策を考えたり法案を話し合う場ですが、「そういうことは大臣・副大臣・大臣政務官が行う。何かあったらそっちに相談しろ」というjことになったのです。
何百人いる民主党議員の中で大臣・副大臣・大臣政務官はごく一部です。
他の議員はショッカ−の戦闘員のような扱いで、直接政策作りができないという異常事態。しかもこれは選挙後に急に言い出したことです。
1996年、民主党はしきりに「1人1政策」ということを言って何か1つのことに詳しい人を集めました。あの精神に戻ってほしい。いつの間にか「政策は大臣たちが考えるから1人1人は選挙だけ頑張れ」という風潮になっているのが残念です。
以前書いたことを復習しましょう。
自民党は1990年ころには飽きられていました。
小沢は自民党を倒すため、「新進党」という政党を作りましたが、鳩山さんや菅直人さんらが、「自民党も嫌だが、新進党の小沢の独裁的手法も良くない。第3の政党が必要だ」と言って民主党を作ったのです。
1996年の選挙では、自民党が嫌いな人の票が新進党と民主党に割れてしまったので、自民党が得をして勝ちました。
国語の時間に習った「漁夫の利」ですね。
そうこうするうち、小沢さんは身内からどんどん批判され、怒って新進党を解散。
気の合う仲間と自由党という小さな政党を作り、他の人は主に民主党へ。
やがて、自由党も民主党に合体。
このあたりから話がおかしくなりました。
自民党の金権体質とも、小沢の独裁的手法とも異なる第3の道を、たとえどんなに辛くとも作っていこう・・この結党の理念に感動して、今の30,40代くらいの人は熱い思いで民主党に集まったのです。
気がついてみれば、小沢が入ってきて、これでは新進党と同じ。
だったら、第3の道なんか作らないで、1996年に自民党倒せば良かったじゃん。
青春を返せ!
小沢のクズは元々ああいう人だったのであって、鳩山や菅は、なんであんな独裁者をのさばらしておくのか。
あいつが嫌で、わざわざ第3の道を作ったのだろう、その気持ちはどこへ行った。
あるいは1993年にもう非自民連立政権ができていて、自民党がボロボロになっていたのに、「小沢の独裁的手法よりは自民党の方がマシだ」
と言って、自民党と社会党とさきがけによる連立政権を作り、せっかく弱まっていた自民党を生き返らせたのはー、どこのどいつだーい。
鳩山や菅だよ。
実は自民党と小沢と鳩山はずっと裏で組んでいて、対立しているように見せかけながら、公明党・共産党・社民党をつぶすためにあれこれやっていたのではないか・・・とあえてデマを流したくなります。
マイミク申請は初めての人も気軽にどうぞ。
オタクのコーナー
全国1000万人の塩浜ファンの皆さん、こんにちは。
3月17日のザ ニュースでの塩浜をご覧いただけたでしょうか。
ディアステージでヲタ芸をやっていた人たちは、太っている人も含めて随分動きが速くてびっくり。
ヲタ芸グランプリ2008優勝の私より速いのはもちろん(この優勝は、ヲタ芸をよくわかっていない審査員たちが、技のキレよりも、声の大きさや「移動」その他に幻惑された面がある。)、本当にキレがある準グランプリのアイドルボンバイエチームよりも速い。
いくら何でも速すぎると思ってよく見ると、我々とは技の「型」が違う。
あまり身体をひねらず、腰を入れない代わり、上腕部だけはものすごい速さで動かしている。
ちょうど、空手の腰を入れた正拳突きよりもボクシングのジャブはが速く打てるようなものだ。
更に言えば、随分混んだ場所で密集してヲタ芸を打っている。
(ヲタ芸という目的語に対する動詞は、「やる」、「踊る」ではなく「打つ」)
混雑する中で小さく速く動くようだ。
そう言えば、「ファイス」というアイドル??の追っかけの人がこういう動きである。
この場合、「ヲタ芸」ではなく、「ファイス芸」という特別の呼び名がある。
「ドロップキック」をジャイアント馬場がやると、「32文ロケット砲」という特別な名前になるようなものだ。
アイドルオタク第2世代の我々と、第3世代のディアステージの皆さんと比べていろいろ違いがあって面白かった。
動きは断然第3世代が上。
大体、オタクは不器用で運動不足の人間が多かったのに、2004〜5年、「電車男」の影響で、運動神経が発達した若者がオタク世界に参入、突然ヲタ芸が高度化したのだ。
しかし、第2世代も良いところがある。
我々は、「まりえ!」「まりまりまりまり、まりえ!」
などと当該アイドルの名前を叫びまくるので、近くにいる人にも、テレビを見た人も、いつの間にか「まりえ」という言葉が頭にこびりついたはずである。
これに対して第3世代は、「ウォー、ウォー」とか、「タイガー、ファイヤー」とはよく言うが、肝心のアイドルの名前をあまり呼ばないようだ。
更に言えば、ヲタ芸を打っている間、あまりアイドルの顔を見ていないように見受けられるが、どうなのか。
放映されなかったシーンについて何回かに分けて解説。
塾
足利将軍15人をみんなで語呂合わせをいっしょに読みながら覚えるシーンは楽しいところだと思うが出なくて残念。
9代目 足利義尚は、「Qちゃんと言えば高橋尚子だからキュー代目は尚がつく」と教えたら。「かえって覚えにくい」と突っ込みが入った。
「土手でおえーっ、うまぐねえ」と違って覚えやすいと思うが・・。
(おっと、うちの塾出身者にしかわからないネタを使ってしまった)
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