平成23年3月16日 

March 16 [Wed], 2011, 9:44
この度の東日本巨大地震に対してますます我国は食料基地として世界に貢献すべきと考える。この度の地震は地球の温暖化現象を経済優先で引き起こした全人類に対しての戒めの警鐘と考える。現在世界90カ国以上から支援の申し入れが来ている。特に最近外交問題でギクシャクしている米国、中国、ロシアからかなり想像を超える支援の申し入れがあることは災い転じて福となす方向になるものと期待する。阪神大震災の時は日本政府は米国へ支援要請したが断られた経緯を考えると、この度の米国の原子力船空母(搭乗員5000人)の支援は様変わりで沖縄問題も含め米国、ロシア、中国等世界各国と仲良くするきっかけになるものと期待する。世界からの支援に呼応する意味でニーズの高い日本産農産物の供給を考える。我国には農産物栽培に必要な資源がある。水・森林・四季である。日本が世界に対しの食料供給基地になることが私の夢で生涯現役としているところである。そのために日頃から体力増強に努めておりこの度のような地震が都内で発生したら事務所(五反田)から自宅(横浜市青葉区)まで約20km徒歩で5時間かける積りでいる。地震発生時の3月11日は2時半頃福島県喜多方町のアスパラガス栽培に納入した地中暖房を今年2月初めから開始した結果非常に良好なので今年更に6棟追加したいとの電話での見積設計依頼あって気分良くして設計開始した直後地震が起きた。約1時間の大きな揺れの時は5時間徒歩を覚悟したが震源地は東北方面のTVでの衝撃的報道であった。元々楽観主義者なのでおそらく電車が動くだろうと思い事務所の隣でとりあえず腹ごしらえしていたら9時半過ぎに品川駅から下りの新幹線が動くとの情報を得、五反田から品川向けて歩いた。五反田駅から品川駅までは3KM故15分位と思ったが道がまともでなく3-4人の方へ道順を聞いたが結果30分かかり品川駅では新幹線の切符を買うのに30分かかった。新幹線は普段より低速で30分かかり新横浜には11時頃ついた。地下鉄は動いていなかったが11時半ころに再開最終的に自宅に着いたのは翌日の0時半過ぎであった。貴重な経験であった。
我国は今度の地震を契機として東京一極集中を徐々に解消し地域主権に向けエネルギー、食料等の地産地消の実現を目指し頑張る積りでいる。
P R
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