『MATU☆KAZE』批評「花より花に伝ふる心」

2012年01月27日(金) 21時06分
笹塚ファクトリーにて開催の"SASAZUKA国際映画祭プレイベント「笹塚映像(フィルム)フェスティバル2012」"での『MATU☆KAZE』の上映も明日夜19:40~21:30のみとなりました!



以前、文芸評論家の青木純一さんが『MATU☆KAZE』について書いてくださった文章『花より花に伝ふる心』を転載いたします。

花より花に伝ふる心

             青木純一☆

 もしあなたが不意に気を失い、そして目覚
めた場所が満開の桜の木の下だったなら、そ
れから後のあなたの世界はどんなものになる
だろう……。

 上代人が和歌を生み出す、その言葉の定型
に向かう寸前の心の空白な瞬間。あるいは私
の眼が対象を(桜の花を)見つめ、意識的な
注意力を喚起する直前の、何も考えていない
ような空隙の時間。映像はその「待機」の時
間から発し、その待ち焦がれる「恋心」の中
で、エロスとタナトスの二本の糸が映画とい
う着物を織り上げてゆく。そしてゆっくりと
物語が、行為(アクション)が動き出す。

 トオコは眠っているのか、死んでいるのか
。いずれにしても彼女が意識を失っているこ
とに注意しよう。目覚めた後も、彼女が動い
ているのは「待機」の時間、心が生まれる間
際の空白の時だ。だが「待機」もまた行為、
いや行為の純粋なポテンシャルである。

 恋もひとつの行為である。取り返しがつか
ない。恋はすべて致命的なものだ。上代の歌
人はそのことを知っていた。それでもひとは
、はかない言葉とあえない行動によって「恋
心」を眼前に再現しようとする。なんのため
に? もう一度生きるため。もう一度意識を
取り戻すため。つまり、もう一度、恋をする
ために。

 たとえ徒事とは知っていても、行わねばな
らぬ行為がある−−男はいつもそう思う。だ
が、真に恋する女にとって、行為はいつも性
急に過ぎる。待つことを知らな過ぎる。この
映画は、待機と行動とが残酷にすれちがう「
恋の重荷」の時間のテンポによって縫い上げ
られる。ただ「うた」と身体的映像のフラッ
シュバックだけが、すれちがう時の間を交錯
する。その状況を切ないと感じるならば、き
っとあなたも「恋心」の致命性にどこかで気
づいているからだろう。

 満開な桜の花の下、私もまた開花しようと
するひとつの「心」だ。でも私はもうしばら
く夢を見ていたい。蝶のようにひらめく言葉
と映像に身をゆだねて、まだ見ぬ、あるいは
もう見えない恋人に命を捧げる、そんな物語
のかけらを紡いでいたい……。
            
  • URL:http://yaplog.jp/sekaikiroku/archive/1687
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