星彩開花(1−7) 

2008年06月24日(火) 17時16分
「荷物まで持っていただいてすいません」
「いえ、これぐらいは何ともないですよ」
「まったくだよ。それに比べて私の扱いのほうが問題だと思うのだが」

 野菜を少しだけ持っている遼華に比べて顔がかろうじて見えるほどの量を持っている蘭州は文句をいいながらも顔は笑っていた。
 仕事も終わって帰りに夕食の材料を買って屋敷に戻った三人は台所に入っていた。

「母様もまだ戻ってないみたいだから少し待っていてください」
「かまわないよ。尚香殿の手料理を頂けるのならばいくらでも待っているさ」

 調子のいいことを言っているが悪い気分にはならない。
 しばらくしてお茶の準備ができたので二人を客間に通した。
 質素感漂う中で花瓶には色鮮やかな花が添えられていた。

「しばらくの間、待っていてくださいね」

 お茶を出して一人台所に戻っていく尚香を見送ると、男二人は息を漏らした。

「ばれるかと思ったよ」
「氏はともかくとして名前をそのまま使うのはどうかと思いますよ、公子」

 誰がどう見てもその名前を名乗っているのはこの国では唯一人。
 尚香ですらそれに気づいているのに平然と名乗っているのだからある意味では馬鹿そのものだった。

「それで感想はどうですか?」
「今までの中で一番素晴らしい娘だ」
「お妃として迎えたいですか?」
「うん」

 何の躊躇することなく即答に蘭州もわずかに驚いた。
 継ぎはぎの着物を着ていて高貴な姫とはかけ離れているが、それは表立ったことであり内面は遼華からすれば及第点のようだった。

「しかし本人は後宮にも入らないし、王位にも就くつもりはないですよ」
「そうなのか?」

 朱家の落ちぶれようはここにきたときに想像を越えていた。
 使用人もいない、屋敷は今にでも壊れそうな壁や痩せ細った庭。
 高価な物など見渡す限り、何一つ見つけることはできなかった。

「私の妃としてではなく王としていればこのような苦しい暮らしをしなくてもよいのに」

 王が望めば国中のすべてが手に入る。
 美酒に美味しい食べ物、美しい着物、何から何まで今の生活では手に入れることもできないものを簡単に手に入れられる。
 誰にだって苦しい生活よりも豊かな生活を望むものだ。
 宮廷でも美しい着物を身にまとっている女官も大勢いる。
 それなのになぜ王位に就くつもりがないのか理解できなかった。

「彼女の母君、つまり今の朱州州牧であり朱家当主の麗華様をお一人残していくことができないらしいですよ」
「母想いなのだな」
「それと自分が王になっても誰も従わないだろうとも言っていましたよ」

 それについては遼華は即答しなかった。
 彼の母であり今の王である利扇でも時には反発を受けることもある。
 民草の為にと思っていてもすぐに利益を求める者達からすれば十年、二十年先のことまで考えることを僅かばかりでもいることを遼華は知っていた。

「確かに女王を戴いてから表面的には争いはなくなった。しかし水面下では毎日のように争いがある。醜い権力争いだな」
「はい。私もこの歳で王家直属の軍である禁軍右将軍の位を戴いていますから何かと陰口はありますね」

 蘭州は直接何かをされたわけではないが、影では青家の次期当主が約束されており家柄のおかげで出世していると言われているがそれはまったくのでたらめだった。
 国試を首席で突破して、人並み以上に努力をしている。
 今の将軍職もその実力からすれば当然の結果だと誰が見てもわかることだが、人の醜さというものはいつの時代も変わることはなかった。

「蘭州」
「はい?」
「もしも尚香殿が王位に就くと望んでくれたときは、君に彼女を守ってもらいたい」

 もしかしたらはじめて見るかもしれない真剣な表情の遼華に蘭州は笑みを浮かべる。

「噂通りの公子の妃になるのだから私にできることはあまりない。だから任せられるのは君を置いて他にいない」

 近くでいることのできる者であれば遼華が噂通りの凡庸な人物とは思えないはずだった。
 蘭州でさえ、その噂の真相に触れていくうちに誰がそんな噂を流したのかと飽きれるほど政に対しても的確な意見をもっていた。
 本当の姿を見ればもしかすれば尚香の気持ちも多少の変化があるかもしれないが、それでも王位に就くことはないだろう。
 それでも彼女ならば良き女王になれると蘭州も思っていた。

「遼華様、私は王の臣下でいることを望んでいます。もし彼女がその気あれば忠節を捧げますよ」
「そうか」
「まぁその前に王になってくれるかどうかわかりませんがね」
「そうだな」

 ここで将来を語っても仕方ないことだが、それでも望むことは誰にも咎めることはできない。
 遼華と蘭州は必ず王位に就いてほしいと願いことを話の中で溶け込ませていった。