【四国旅行】坂の上の雲ミュージアムと子規堂
November 09 [Sun], 2008, 13:43
秋山兄弟生誕地の後は、坂の上の雲ミュージアムへ☆

何と評していいのか、な3人のパネルがお出迎え★
撮る前に赤ちゃんが顔ハメで写真撮らされてたから
つられて1枚撮っちゃった…集団心理って怖ろしい!(違
これと同じシリーズでリフト乗り場にも坊っちゃんバージョンがあったらしいのに見逃した〜
ちょう残念
のぼさん、いくら禿髪の写真が有名だからって
ここまで坊主頭を前面に出す事ないと思うんだ!

何と評していいのか、な3人のパネルがお出迎え★
撮る前に赤ちゃんが顔ハメで写真撮らされてたから
つられて1枚撮っちゃった…集団心理って怖ろしい!(違
これと同じシリーズでリフト乗り場にも坊っちゃんバージョンがあったらしいのに見逃した〜
ちょう残念

のぼさん、いくら禿髪の写真が有名だからって
ここまで坊主頭を前面に出す事ないと思うんだ!
ミュージアム内は、歴史展示の他に
松山市民&全国の人の『坂の上の雲』に関する作品が展示されていて、
いわゆる歴史資料館って感じじゃないのに驚きました!
スペシャル大河で真之役のモックンの筆も飾られてたんだけど
(生誕地にもあった)、書道三段の腕前らしく、とても達筆!!
お習字レベルでしか書道には親しんでいませんが
そんな私でもすごい手なのがわかりました
いいなぁきれいな字が書ける人。
モックンすごいね!って感心して『おくりびと』も見たくなった(笑)
スペシャル大河がますます楽しみ☆
筆の他にも、句がひねってあったり絵もあったり漢詩もあったり。
全国の老若男女の力作が沢山展示されてて、心が熱くなったよ。
『坂の上の雲』の意思は継がれてるんだな!みたいな。
あわよくば私も混ぜて頂きたい…!
しかし小さい頃からこういう作品の制作に携わってたら、
文学の街ってのも伊達じゃないね、松山。
すごく学習レベル高いんじゃないだろうか…(゜o゜)
秋山兄弟に関して特に知識のない連れも
勉強になったー!って言ってたので、
生誕地に行った後にミュージアムに行くコースがおすすめです
胸いっぱいになった後は、子規堂の見学に行きました。
お寺の敷地内にあったよ。


正岡子規が上京するまでの住居を再現した場所です。
「旅だち」の像は、元になった写真が中に飾ってありました。

のぼさんが増築してもらった離れの書斎。
これちゃんと『坂の上の雲』にも叙述あったよ〜っ

こちらは離れができるまで勉強していた居間の再現部分。

死の前日に残した絶筆三句の色紙。
「をとゝひの へちまの水も 取らざりき」
「糸瓜咲て 痰のつまりし 仏かな」
「痰一斗 糸瓜の水も 間にあわず」

これは誰が書いたのか…清さん(高浜虚子)かえ?
誰か子規周辺をよく絵で描いてた人がいたと思ったけど忘れちゃった
他にも子規関連の諸々が沢山展示されてました!

向かって右が子規居士髪塔、
左が鳴雪先生髯塔。
内藤鳴雪も俳人です。子規が学生の時学生宿舎の舎監やってました。
ヒゲかー確かに立派だ(笑)
手前の句碑は与謝野晶子のでした!
「子規居士と 鳴雪翁の 居たまへる
伊予の 御寺の 秋の夕暮 与謝野晶子」

こんなのもありました。
野球と自分の名前「升」をかけて
「野球(のぼーる)」という雅号も持っていたとか
何かかわいい☆
勘違いしてたのですが、
Baseballを野球と訳したのはのぼさんじゃないんだけど、
打者、走者、四球…等の言葉を日本語訳したのがのぼさんなんだって!
のぼさんに言わせたら
「ベースボールほど愉快にみちたる戦争は他になかるべし」
だそうな。

これにて松山での充実した観光も終了の時間と相成り、
近くの三越でソフトクリーム(大きいのに150円!!)食べて
空港までバス乗って、おみやげ見ながらうろうろして
三越でこっそり買ってくれていた大判焼きをおみやげにもらい、
お連れさんとお別れ。
夜のフライトだったので、
滑走路とか夜景がとってもきれいだった事を胸に刻みつけて、
東京に帰りました。
久し振りに一日中一緒にいたx3日だったので
さすがにちょっと寂しかったけど、また来るんだぜ(´・ω・`)ノシ
松山市民&全国の人の『坂の上の雲』に関する作品が展示されていて、
いわゆる歴史資料館って感じじゃないのに驚きました!
スペシャル大河で真之役のモックンの筆も飾られてたんだけど
(生誕地にもあった)、書道三段の腕前らしく、とても達筆!!
お習字レベルでしか書道には親しんでいませんが
そんな私でもすごい手なのがわかりました

いいなぁきれいな字が書ける人。
モックンすごいね!って感心して『おくりびと』も見たくなった(笑)
スペシャル大河がますます楽しみ☆
筆の他にも、句がひねってあったり絵もあったり漢詩もあったり。
全国の老若男女の力作が沢山展示されてて、心が熱くなったよ。
『坂の上の雲』の意思は継がれてるんだな!みたいな。
あわよくば私も混ぜて頂きたい…!
しかし小さい頃からこういう作品の制作に携わってたら、
文学の街ってのも伊達じゃないね、松山。
すごく学習レベル高いんじゃないだろうか…(゜o゜)
秋山兄弟に関して特に知識のない連れも
勉強になったー!って言ってたので、
生誕地に行った後にミュージアムに行くコースがおすすめです

胸いっぱいになった後は、子規堂の見学に行きました。
お寺の敷地内にあったよ。


正岡子規が上京するまでの住居を再現した場所です。
「旅だち」の像は、元になった写真が中に飾ってありました。

のぼさんが増築してもらった離れの書斎。
これちゃんと『坂の上の雲』にも叙述あったよ〜っ


こちらは離れができるまで勉強していた居間の再現部分。

死の前日に残した絶筆三句の色紙。
「をとゝひの へちまの水も 取らざりき」
「糸瓜咲て 痰のつまりし 仏かな」
「痰一斗 糸瓜の水も 間にあわず」

これは誰が書いたのか…清さん(高浜虚子)かえ?
誰か子規周辺をよく絵で描いてた人がいたと思ったけど忘れちゃった

他にも子規関連の諸々が沢山展示されてました!

向かって右が子規居士髪塔、
左が鳴雪先生髯塔。
内藤鳴雪も俳人です。子規が学生の時学生宿舎の舎監やってました。
ヒゲかー確かに立派だ(笑)
手前の句碑は与謝野晶子のでした!
「子規居士と 鳴雪翁の 居たまへる
伊予の 御寺の 秋の夕暮 与謝野晶子」

こんなのもありました。
野球と自分の名前「升」をかけて
「野球(のぼーる)」という雅号も持っていたとか

何かかわいい☆
勘違いしてたのですが、
Baseballを野球と訳したのはのぼさんじゃないんだけど、
打者、走者、四球…等の言葉を日本語訳したのがのぼさんなんだって!
のぼさんに言わせたら
「ベースボールほど愉快にみちたる戦争は他になかるべし」
だそうな。

これにて松山での充実した観光も終了の時間と相成り、
近くの三越でソフトクリーム(大きいのに150円!!)食べて
空港までバス乗って、おみやげ見ながらうろうろして
三越でこっそり買ってくれていた大判焼きをおみやげにもらい、
お連れさんとお別れ。
夜のフライトだったので、
滑走路とか夜景がとってもきれいだった事を胸に刻みつけて、
東京に帰りました。
久し振りに一日中一緒にいたx3日だったので
さすがにちょっと寂しかったけど、また来るんだぜ(´・ω・`)ノシ
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