我が家のお正月

January 05 [Thu], 2012, 13:01
みなさん、遅ればせながら、

新年、明けましておめでとうございます

こちらもお正月三が日、最後の1月3日。本当に今年も最初から駆け足で時は過ぎてゆく・・・・・。

みなさん、お正月のお休みを楽しまれましたでしょうか

我が家は昨年、大晦日の2、3日前に、1台しかない私達の“足”である車の調子がおかしくなり、遠乗りをするのがちょっと怖いということになり、サンフランシスコへお正月の食材を買いに行くのを諦めました

いつもは、出来合いのおせち料理で好きなものだけ単品でいくつか買って、お重に並べて終わりなんですが、今年は仕方ないので無しにしようかな・・・と思っていると、意外にも娘がこの年に一度の“おせち”を楽しみにしていることを知らされ、心が揺らぐ

普段はすっかりアメリカンな娘が日本の文化に興味をもってくれるのなら、なんでも教え伝えたい。そう、言葉がだめなら、せめて文化のかけらだけでも、日本人であるなにかを持っていて欲しいもの。そんなささやかな母の願い(いや、野望?)から、こちらで手に入る材料で、なにか“おせちっぽいもの”が作れないか、ググッてみることにしました
メニューを決める前に、まずは、おせちのそれぞれのお料理の意味を知ってから選ぼうと、こちらから探してみると・・・・・

*黒豆  無病息災
*数の子  子孫繁栄
*田作り(ごまめ)  豊年豊作祈願
*昆布  喜び事
*伊達巻き  文化発展を願う縁起物
*きんとん  財産が貯まる
*蓮  見通しが聞く
*エビ  長寿
*金卵  金銀財宝
*紅白なます  お祝いの水引(平和)
*たたき牛蒡  豊年・息災
*橙(だいだい)  代々の語呂合わせで子孫繁栄
*八つ頭  人の上に立つ
*紅白蒲鉾  赤は邪気を白は清らかな心の意味。初日の出
*お多福豆  福を招来する
*鯛  めでたいの語呂合わせ
*ごぼう  放念と息災
*里芋(サトイモ)  子宝

知っているものや、想像のつくものもありますが、ちゃんと一品一品に意味があるところがスゴイ

うちは、もう子孫というか、子宝はいらないので、それ系のものはパス。

こちらのスーパーで材料が買え、意味合いも良いものということで、黒豆、伊達巻、蓮、エビ、紅白なますを選んでみました



蓮(レンコン)エビ天ぷらにし、黒豆メキシカンの缶入りBlack Beansを使ってメイプルシロップとシナモンで和えてみました。でも、やっぱり日本の“黒豆”とは全然違いますね。缶を開けて、開口一口に「なに!これ黒じゃない」と、思わず叫んでしまいました。Black Beansといっても、所詮、ダークブラウン。夫くんは、“黒”だと言い張るんですが、確かアメリカでも南部では、日本の黒豆ぐらい黒い豆を食べていたように思ったので、そう言ってみると、やっと私の言っている“黒”というのが理解できたようです。

そんな中で、おせちなどこの人生で一度も作った事のない私は、いくつもレシピをググリながら、なかなか興味深い発見(?)もありました。

今まで、いつもお店で買っていた、あの厚くて甘い“伊達巻”の作り方が、意外にも簡単そうだったのです。伊達巻があれば、少しはおせちらしくなるぞっと、さっそく材料を探しに走りました。 

卵はや、みりんはあるので問題ないのですが、“はんぺん”を探さなくてはなりません。

ああ、そういえば、おでんでいつも使わない紀文の白いはんぺんが2枚あったのにな・・・・。この間、ずっと使わないと勿体無いからと、無理やり何かに使ってしまった。この時ほど、はんぺんが愛おしく思えたことはありません。 レシピには“さかなのすり身”でもいいと書かれていたので、中華系の食材を置いているスーパーで“Fish Balls”を買って、それを使ってみることにしました。

材料と作り方は、クックパッドで見つけた、kebeibikoさんとおっしゃるアメリカ在住の方のレシピを参考にして作ったんですが、どうして、これが本当に簡単で、すっごくおいしいのです。ああ、こんなのだったら、これからも家で作ろうって、思います。kebeibikoさんのパッドには、クッキングシートで作る卵を流し込む容器の作り方も載っていて、目からウロコ。伊達巻は巻いたまま両端をゴムで巻いて立てて置いておくのですね。こうすると、きちんと巻け、崩れてこないようです

自家製伊達巻、作ってみたい方は、ぜひ下のリンクをクリックして、試してみたくださいね

Cpicon オーブンdeおせち☆伊達巻 by kebeibiko

その他では、“なます”にも初挑戦 そうなんです、今まで作ったことなかったんです

これもクックパッドで見つけた、シンプルなもの。こちらでは柚子が手に入らなかったので、家にあるウィスキーマーマレードを使ってみました。大根とニンジンをピーラーで薄くスライスしてから細く千切にするというアイディアが、不器用な私にはピッタリ。 漬けてから2日目ぐらいが、味がしっかり染み込んでおいしかったです

クックパッドにあった、☆オリーヴ☆さんの“シンプル紅白なます”の作り方は、下のリンクをクリックしてみてください

Cpicon 我が家の手作りおせち☆シンプル紅白なます by ☆オリーヴ☆



本当は、二重のお重を埋めるのに十分なおせちがないので、一重に全部詰めようと思ったのですが、なますが入らず、結局二重使うことになりました。 それでも二重目は、なますしかないし・・・・と思っていると、隣でずっと見ていた小猿嬢が、自分に詰めさせろと、しきりに聞いてくるので、とうとう根負けして、おまかせしました。

もう、この時点で、楽しければどうでもいいって感じになってしまい、娘のしたいようにしてもらうと・・・・

なんと、すごい形のおにぎりが詰められておりました

でも、本人大満足のようなので、これでよし。

しかし、気がついてみると、きんとんも、金卵も、福豆も、“お金を運んでくるもの”が一つもない

そこで、毎年同じ我が家のスペシャル おはぎ&きなこぼた餅を今年も作って、この“きなこぼた餅”を“金の塊”と勝手に解釈することにしました

わ〜お すごい 金卵よりも大きいぞ それに、いっぱいだ〜もう、完全に投げやりな私は、三重目のお重も自分に詰めさせろ言う娘に、簡単に引き渡す。

すると・・・・・



おはぎ&きなこが市松模様に並べられておりました

こんな、我が家のメチャクチャおせちではありますが、娘はこれがとても好きなようで、毎年楽しみにしている事がわかり、正直なところ、とっても嬉しい母であります。

お正月を祝う日本の伝統は、とても素晴らしいと、この頃つくづく思います

娘にも、これをずっと続けていって欲しいものです

行く年、来る年(2011年の終わりに)

January 01 [Sun], 2012, 5:27
みなさん、今年もとうとう今日一日となりました。

今年の初めに今年やってくる様々な出来事を、誰が予測できたでしょう。

3月の日本での大震災。併せて起きた原発事故。

海を隔てた、ここアメリカでさえ、毎日毎日、24時間体制でニュース報道されていました。 頑張る日本の人たち、各国の応援、実際に自分は日本にいなくても、ただニュースを毎日見続けているだけで、精神的に参ってしまったのには、自分自身、正直とても驚いてしまいました。


アメリカでも、そこら中に募金箱が

世界を見渡しても、ヨルダン、エジプト、リビアといったアラブ諸国のいくつかの国々では、市民運動を発端にして、今まで国民を苦しめてきた政治体制が転覆しました。


日に日に増える市民に世界中が注目

そして、私、個人の生活においては、今年の4月22日に最愛の母を亡くしました。あと1年で70歳のお誕生日に手が届くところだった母。でもその大往生は、残された私達に大切なものを教えてくれました。

今年は初めて、母のいないクリスマス、年末を味わっています。

ずっとこちらで暮らしているので、去年だって、一昨年だって、父や母と一緒に過ごしていたわけではないのですが、やはり母が今、私達のいる世界とは別の世界へと旅立っていってしまった寂しさは、いつも私の心のどこかに息づいているようです。

クリスマスには、子どもの頃大好きだったアンデルセンの童話、『マッチ売りの少女』のお話を思い出しました。貧困に喘ぐ少女が、クリスマスの夜、寒さを凌ぐためマッチを擦ると、色んな素敵なものが見えてきます。最後のマッチを擦ると、大好きだったお祖母さんが優しく微笑んで、自分を抱きしめようと両手を大きく広げています。少女はその腕の中に飛び込み、お祖母さんの暖かさに身を任せます。そしてその心の暖かさの中で、冷たく凍りつき、お祖母さんの元へと旅立ってゆく・・・・・。


悲しくはないけれど、とても寂しい母のいない世界

本当に幸いな事に、私は今までの人生で、一度も死にたいと思ったことがありません。

それでも、今年は、自分にその時がやってきたら、今の命にしがみつかず、自然にまかせて、また母と一緒に生きてみたいな・・・・と思うことがありました。

そう、ちょっとセンチメンタルです。でも、そういう思いを無理に変えようとするのをやめました。

みんな毎年一つづつ年を重ねてゆきます。

去年など、年をとるにつれて、あと何年生きられるのかな? それまでに悔いのないよう、一生懸命生きなくっちゃと思っていたんですが、今年は、なんか若者のように、“自分の人生の終わりを気にせず、今ある時間を楽しみたい”と思うことが度々ありました。 ひょっとしたら、今年起こった色々な出来事で、心が疲れてしまっていて、「頑張ろう、頑張ろう」と、自分に言い聞かせるのが嫌になってしまっているのかもしれません。
   

今年は、私にとっては、今までとは違った一年でしたが、それは決して私だけでなく、大切な人を亡くされた多くの方々にとっても同じ事なのではないかなと思います。

日本の震災や、原発事故からの復興、シリアなど今でも市民が血を流して戦い続けている国々、アメリカの経済問題、まだまだ来る年へと続いてゆく問題がいっぱいではありますが、それでも人間が生きている限り、必ず物事を良い方向、幸せな方向へと転換してゆく事が出来ると信じています。

みなさんにとって、2012年が素晴らしい、
実りある年となりますよう、
心よりお祈り申し上げます。


お世話になりました皆さん、本当にありがとうございました。


2011年の私のメモリアルソングは、私達の結婚式の時に、私の母と夫くんの亡くなった母の為に、友人達が歌ってくれた曲、Spice Girlsの『Mama』ですね。 これで2011年とお別れしたいと思います
  


Mamaになった彼女達の『Mama』も、なかなか感慨深いですね



世界中のママに幸せを

シベリア風ボルシチ:(今年のXmasディナー)

December 30 [Fri], 2011, 14:30
サンクスギビング同様、クリスマスの日もまた、朝4時から仕事のシフトだったので、今年のクリスマスは、できるだけ手間のかからないお料理でディナーを済ませようと、何日か前から考えていました。

今まで一度もクックした事がないせいか、今年は「ハムが食べたい、ハムが食べたい」と夫くんが、しきりにリクエストをするので、買って来ましたハーフハム

ハムと言うと、普通はスライスしたサンドウィッチとかに挟むようなハムを想像すると思うんですが、こちらのクリスマスディナーのハムと言うのは、スライスではなく、スライスする前の“ハムの塊”のことを言うのです。

これがまあ、デカイのなんのって

Whole(丸ごと)だと、小食な大人2人&お子様サイズさえも食べないような子ども一人には、あまりにも多すぎるので、Half(半分)にカットしてあるものを買ってきてみました。


今年の主役はハムのはずが・・・

切り口を下にして置き、周りをディージョンマスタードとマーマレードを合わせたグレーズをたっぷり塗って、焼く事3時間以上。表面が焦げてきたのと、元々“Ready for eat”(調理済み)と書かれていたのもあって、この辺で取り出してみました。

そして、メインが典型的なアメリカンなので、サイドディッシュも、マッシュポテト、グリーンビーンキャセロール、ヤムマシュマロという定番に。


アメリカの典型的な付け合せ


焼きあがるとこんな感じ

ハムはスライスし、サイドディッシュを少しづつプレートにとってみたんですが・・・・


なんか全然おいしそうじゃない

やはり予想通り(???)、これが、全然おいしくな〜い

まあ、ハム以外のものは殆ど手間も時間もかからない、まあ仕方ないか・・・・といった感じのものなのですが、ハムはちょっとショックでした

どうも、あの調理済みというのがミソで、きっと安いハムを長持ちさせるために、かなりの食塩を使って調理してあったみたいで、まあ、塩っ辛いのなんのって・・・・。おまけに3時間以上かけて焼いてみたものの、あまりに大きな塊のせいか、なんとなく中の方まできちんと焼けていない感じがして、ちょっと不安に。

結局、みんな2、3スライス食べただけで無言に。。。。。

それでも、蒸しておいたヤム(オレンジ色のサツマイモ)にブラウンシュガーとブランディーを振って、上にマシュマロを乗せ、オーブンで焼いた“ヤムマシュマロ”は、ほんのり甘くて娘も気に入ってくれたんですが、なんとも残念なメインミールでありました。

そんなディナーで、唯一、ヤッターとグッドサインを出しちゃいたくなったのが、『シベリア風ボルシチ』であります

これは、クリスマスの何日か前に、昔つくっていたお料理のスクラップノートをペラペラめくっていて見つけたもの。なんと2002年の1月の日曜版新聞“San Francisco Chronicle”のお料理のページの切り抜きに載っていたレシピだったのです。いくつかのおいしそうなボルシチのレシピが載っていたのですが、その中で一番手軽そうなものを選んでみました。

あまりのヒットだったので、ちょっとレシピを残しておきたいと思います

もしビーツが手に入るようでしたら、ぜひお試しあれ

お肉など使わなくても、十分いける味です。


一番おいしかった『シベリア風ボルシチ』

【CINDERELLA'S SIBERIAN BORSCHT】
(シンデレラのシベリア風ボルシチ)

サーブ: 6〜7人分
−−−−−−−−−−−−
材料: サラダ油 (大さじ2) 
     ピーマン (1個)
     セロリー (1本)
     にんじん (1本)
     玉ねぎ  (1個)
   −−−−−−−−−−−
     ガーリック (3片)
     ビーツ (2、3個)
     トマトペースト (大さじ1)
     酢 (大さじ1、or 2)
   −−−−−−−−−−−−
チキンブロス (8カップ)
     キャベツ (1個)
     じゃがいも (1、2個)
     塩 (大さじ1)
     ドライパセリ (小さじ1)
     砂糖 (大さじ1&1/2)
     ガーリックパウダー(小さじ 1/2)
     コショウ (少々)
   −−−−−−−−−−−−
     パセリ (飾りに使う程度)
     ディル (飾りに使う程度)
     サワークリーム(飾りに使う程度)


 
作り方: 1)大さじ1のサラダ油を中火で熱し、
       切ったピーマン、セロリー、
       にんじん、玉ねぎを炒め、
       フタをして10〜15分
       ゆっくりと混ぜ合わせます。

      2)大さじ1のサラダ油を中火で熱し、
       ガーリック、ビーツ、トマトペースト、
       酢を入れてサッと炒めます。
       そのあと弱火にし、ビーツが
       柔らかくなるまで(30分ぐらい)
       フタをして火にかけておきます。

      3)大なべにチキンブロス(スープ)
        を入れ暖めます。
        暖かくなってきたら、キャベツと
        じゃがいもを入れます。
        火を弱くしてフタをし、野菜が
        少し柔らかくなるまで煮ます。

      4) 3)のスープに1)の野菜と
        2)のビーツミックスを入れ合わせ、
        塩、ドライパセリ、砂糖、
        ガーリックパウダー、コショウ
        で味付けをし、10分ぐらい
        煮込みます。

      5) 4)を火から降ろし、味を調え、
        スープボールに注ぎわけ、
        パセリ、ディル、サワークリーム
        乗せて、出来上がり 
 
   
 
* 新聞には、この1)、2)、3)の作業を同時にすると時間がセーブできて簡単で良いと書いてありました。

スープは翌日とか、翌々日とかの方が味が馴染んでおいしいと言われているので、私もクリスマスの前日、イブの夜にコトコトと作っておいたのですが、これだと当日は何もしなくていいので助かりました。       
       


そして最後に、ディナーまでに散々甘いものを食べ尽くすクリスマスとは言え、やはりデザートがないと寂しいもの。

実は前々から、ぜひチャレンジしたかったのが、『ログ(薪)ケーキ』なんです

まずはロールケーキを作って、全体を生クリームで覆い、その上におろし器で削ったチョコレートを振りかけ、なんとなく、木片というか、薪のような見てくれにできたらな〜と思い、作り始めました。

でも、最初のチョコレートスポンジでこけました

薄いスポンジにクリームを塗り、切ったストロベリーを乗せて、クルクルと巻き込むつもりが、スポンジが所々でボソボソとちぎれ始めるではないですか

あああああ〜、せっかくのログがボロボロに砕けてしまったぁ。もう、あまりのショックで、ボロッと崩れたスポンジを両手で無理やりログの形にして押し付けました。

すすす、するとどうでしょう。 なんと、スポンジケーキは、手で形をつけたとおりに止まっていてくれて、“ログ(薪)”になっているではありませんか

今だ!とばかりに、周りにクリームを塗りつけ、チョコを削って振りかけました

最後に、毎年同じサンタさん&ポインセチアを飾って、出来上がり

スポンジで失敗したせいで、小さなログになったため、みんなで全部食べきる事ができ、これは結局、最後には大成功に終わりました。YAY


いつものサンタさん登場

失敗したかに見えたログケーキが復活です

毎年同じテーブルで、毎年パジャマのままで、家族3人で頂くクリスマスディナー。

ターキーも、ダックも、そして今年のハムも、あんまりピ〜ンとこなかったので、来年はお魚でメイン料理を作ってみようかな。毎年色々チャレンジしてみて、おいしかったものだけレシピを残して、娘に教えようと思っています。


PJにサンタハット、いつも同じ写真だ

来年は、だれかゲストが来るといいな〜。また、おじいちゃんを呼んでみようかな

私達の奮闘をよそに、ただ一人テーブルの下で眠っている人(?)がおりました


いないと思ったら、こんな所に

あまり静かなので、どこに行ったのか、つい忘れておりました
チェスちゃんは、ハムもボルシチも、そしてケーキも、何にも食べないですが、それでも、私達と一緒がいいようで、ちゃんと空いてる席に座って(眠って?)いたんですね

やっぱり家族っていいな〜

Extordenary Merry 『GLEE』 スマス!!

December 28 [Wed], 2011, 15:21
みなさん、クリスマスを楽しく過ごされされましたでしょうか
一昨日は、こちらも待ちに待った(???)クリスマスでした

実はサンクスギビング、クリスマス、ニューイヤーズデイ(お正月)の“前日”は、うちの職場は地獄の忙しさになるんです普通の日よりも早めに閉店するんですが、みんな明日から世紀末が来るとでも思っているのか?と思うぐらい狂ったように食料品を買いあさる。駐車場は朝の9時から満車状態。

毎年同じことの繰り返しなので、さりげなく、イベントの“前日”に有給を取るというワザを身に付けた私は、24日のイヴは、お休みで、明日のクリスマスの準備をすることにしたのでありました。

まずは、超手抜き市販のクッキードウを買ってきて、娘と一緒に焼くことから開始です。普通のシュガークッキーとジンジャーブレッドクッキーの2種類用意しおていたのですが、これが、型抜きしてみると、かなりの量。最初は嬉々として作っていた娘も、最後には「マミー、もうあとは自分でやって」とGive up。終わりのない作業に思えたクッキーを全部焼き終えると、大きなプレート2つ分になりました。

このうちの何枚かをサンタさん用に小さなお皿に乗せ、ミルクと一緒にクリスマスツリーの下に置く娘。

今年は、レインディア(トナカイさん)用にも、リンゴとニンジンを切って小さなボールに入れて置いておいたのですが、これは娘がまだ起きている間に夫くんがムシャムシャ食べて、しっかり夢を壊してくれてました。


甘いものは、もう見たくないかも

クリスマスの当日は、昨日の会計の締めを全部する仕事なので、朝の4時から出勤です。仕事に出かける前に、夫くんから預かったサンタのプレゼントをラップしてクリスマスツリーの下に置き、娘の置いたクッキーとミルクを食べて、準備完了。あとは、娘が朝起きて、サンタさんからのプレゼントを見つけてくれます


サンタはクッキーとミルクを頂き、プレゼントを置いていく

職場に着き、自分のオフィスへ入ると、昨日の激しさが伺われる、形跡があちらこちらに

いつも中毒患者化したお客さんが、何枚も何枚も買ってゆく『スクラッチャー』(インスタントの宝くじのようなもの)の自動販売機は、思ったとおり、$10のチケットが何枚か残っているだけで、あとは全て売り切れ。

なんとこの小さな自動販売機の一日の売り上げが、10万円ちかくになっていました


1日でほとんど売り切れてました

今日は、朝の会計のペーパーワークだけで終わりなので、仕事が終わってから、買い忘れた食材を買って、10時には職場を後にしました。

家に着いてみると、律儀にも娘は私が戻ってくるまで、プレゼントを開けずに待ってて、ビックリ

昨日からのシュガー攻撃で完全にハイパーなのか、キャンキャンキャンキャン、小猿と言うよりは、子犬のよう。服を着替える暇もなく、みんなでプレゼントをオープンすることになりました


パジャマのままで待ってました

今年、娘はクリスマスのプレゼントを買うために、お小遣いからいくらかを引き出して、その予算の中で、私や夫くん、そして何人かのお友達へのプレゼントを買うという快挙を成し遂げました

大人でも何人ものプレゼントを予算内でうまく賄うのは、なかなか大変なもの。

人数が多くなる分、一人当たりのプレゼントは小さくなってしまうんですが、それでも、『プレゼントをあげたい』と思ってくれる、その気持ちだけでも嬉しいものですよね。

娘もクリスマスにプレゼントをもらう楽しみだけでなく、プレゼントを渡し他の人に喜んでもらえる楽しみを知ったようで、それがまた心を暖かくしてくれました

そんな娘がプレゼントしてくれたのは、ターコイスブルーの“お花のイヤリングと、私がGLEEの大ファンなので、“Gleeの携帯チャーム”を選んできてくれました

夫くんと私にと言ってくれたのが、靴下で作った“手作りスノーマン”なんでも、学校で作り方を教わったのだそうです。なかなか可愛いので、今度靴下を買ってきて、ぜひ一緒に作り方を教えてもらおうと思います


小猿ちゃん、ありがとう大切にするね



そしてまたもや、クリスマスにもちょっとした事件(??)が・・・・
実は何を隠そう、iPhoneのアプリ、“Glee Karaoke”に結構ハマッてしまっている私は、歌の上手なGleekさん達の使っている『iRig Mic』という、iPhone用のマイクに密かに憧れていたのであります

でもきっと誰もプレゼントしてくれないだろうと思って、こっそり自分サンタになって、Amazonで自分用のクリスマスプレゼントとして買ってしまったのでした。一応ラップもしてツリーの下に置いていたんですが、やっと今日こそ箱から出せる時が来たと喜んでラップをビリビリ。

続いて、夫くんが下さったプレゼントも、小猿嬢に開けろ!開けろと!とせかされ、ビリビリ・・・・・

そして、出てきたプレゼントは

そうです、なんと、

『iRig Mic』であったのであります これでデュエットでもしろと????

夫くんは、自分が買ったプレゼントを使って、私が買ったのは返品しろとか言うし・・・・。 どちらにしても2つもいらないし、まだ箱も開けていないので、夫くんの言う通り、私の方を返すことにして、夫くんのプレゼントを大切に使わせてもらうことにしました。

なんか、2つ同じマイクを見た時の、みんなの顔が滑稽で、フッと昔読んだO・ヘンリーの小説『賢者の贈り物』が頭をよぎり、思わず顔が綻んでしまった私でした。


同じプレゼントが2つ。こんなこともあるのだ。

そして律儀な(?)夫くんサンタは、マイクだけでなく、最近発売されたばかりのWiiの『Glee Karaoke Vol.3』まで一緒にプレゼントしてくださり、私はもう完全に娘同様、小猿の世界であります


ちょっと記念に

ちょっとおかしな今年のクリスマスですが、みんなでプレゼントを開けた後は、ゆっくりとディナーの準備に取り掛かりましょうと、重い腰を上げました。

そうそう、そう言えば、私はお料理とアイロンかけには、BGMがないと作業が捗らないというジンクス(?)があるんです。

今年のクリスマスBGMは、やはりGLEEですね

2枚のGleeのクリスマスCDから好きな曲を10曲ぐらい選んでiTunesで買い、自分だけの『Glee Christmas CD』を作ってみました

中でも、Gleeのオリジナル曲『Extraordinary Merry Christmas』が、とっても可愛くって気に入っています。

今年は、これを聞いてクリスマスの記事を終わりにしたいと思います

メリークリスマス



クリスマスツリー雑談(???)

December 23 [Fri], 2011, 6:00
みなさん、ていたらくなブログが、やっと現時間に追いつきましたYAY

私達一家は、サンクスギビングが終わったあたりから、実に悪い風邪をひいてしまい、家族3人ともがすっかり元気に復活するまでに3週間ぐらいかかってしまいました

そのせいもあって、ブラックフライデーと呼ばれる、サンクスギビング翌日の超特価セールにも行けず、クリスマスのデコレーションとかもなさずじまいのまま、気が付けば早12月半ばということになっておりました

いやぁ・・・この時期は、本当に1日が5分ぐらいの感覚で過ぎてゆくのが恐ろしいです。

娘にせがまれ、やっとガレージから引っ張り出してきたクリスマスツリー。待ちきれない娘が一人で飾り付けを始めました。まだ体調が本調子でなく部屋で横になっていた私ですが、階下に降りて行きツリーを見たら、案の定、リボンやチェーン、ライトをつけないうちに、キラキラのボールやオーナメントだけがいっぱい付けられておりました

小猿ちゃんクリスマスツリーにも飾り付けの順番というものがあるんだよね
ということで、せっかく頑張った娘には悪いのですが、オーナメントを全部外して、最初からデコレーションを始める事にしました。


うちのツリーの定番:赤&ゴールド、そしてリボン

うちのツリーはイミテーションなので、

1) まずは箱から出して、本物の木のように枝を一本一本広げます。

2) クリスマスライトを巻きつけます。

3) 幅広リボンとチェーンを巻きつけます。

4) オーナメントを枝に引っ掛けて飾ります。

5) 枝の先にリボンをつけます(これは、うちだけかもしれません)

6) ツリーブラウンケッとをかけて底を隠します。

ざっとこんな感じで出来上がり


今年もこんな感じでおしまいです

今年は風邪でクリスマスショッピングもしないままだったので、全く去年と同じものを飾りました。

ただ、今年はクリスマスライトにカラーのものを足してみたのです。普通の色なしライトだけの時よりもポップというか、ガチャガチャと子どもっぽい雰囲気になりますね。

リボンも去年使った、赤のタータンチェックとゴールドのシースルーの2本。両端に細いワイヤーが入っているので、形が作りやすく重宝します。安くて簡単で、見栄えもそこそこにする。リボンは強い見方であります

そんな中、今年の新しい試みとして、“ツリーフレグランス”なるものを買って試してみました


森に来たような香りがします

これはイミテーションのフェイクツリーに、本物のパインツリーも香りを添えるためのもので、ツリーと同じダークグリーンの細い棒状オーナメントになっています。これを普通のオーナメントと同じようにツリーの枝にいっぱい引っ掛けると、ツリーが本物のパインツリーのように素敵な香りを漂わせてくれるのです


細いグリーンのスティックなので目立ちません

ちょっとお値段が張ったわりには、強烈な香りがした初日から、たった3日ぐらいでかなり香りが激減したのがショックですが、せめてクリスマス当日までは、どうにか香っていて欲しいものです。



そういえば、クリスマスツリーのオーナメント(飾り)というのは、本来(昔)はキャンディや、クッキー、ポップコーンなど本物のお菓子を使っていたのだそうです。

今ではお店で売られているツリーオーナメントは、陶器やプラスティックで作られた物が殆どですが、それでも昔のトラディションの名残が所々に残っています。

まず、この時期、どこのスーパーでも売られている、赤と白のシマシマのキャンディー『キャンディーケイン(Candy Cane)』

 
赤と白のストライプが可愛いキャンディーケイン

$1ぐらいで何本も箱に入っていて経済的な上、硬いキャンディーで上が杖のように丸くなっているので、そのまま簡単にツリーに引っ掛けられ、おまけに色がとってもフェスティブで可愛いんです


ツリーにいっぱい引っ掛けます

キャンディーケインの箱の裏に、その始まりというか、歴史のような説明書きがされていて、こんなキャンディーにも、なかなか興味深い歴史があるのに、少し驚きました。

このケインの形、杖の上の丸くなった感じからも想像がつくかもしれませんが、キャンディーケインは、実はキリストが生まれ時に居た、3人の羊飼いたちが持っていた杖を象徴しているのです。


箱の裏には歴史の説明が・・・

それでも、それがなぜキャンディーなのかというと???

元々は、1670年、ドイツのケルンにある教会で、いつも静かにしているのが難しい子ども達に少しの間、静かにしていてもらおうと、先の丸く曲がった白いキャンディー(キャンディーケイン)を配ったのが始まりだそうです。

ただ、子どもを黙らせるためにお菓子を配るというのでは聞こえが悪いので、ただのキャンディーではなく、枝の先を曲げて杖(ケイン)の形にし、子ども達にこのキャンディーケインから、キリスト誕生の時のお話(3人の羊飼いがお祝いにやって来た云々・・・・)を思い出してもらうという、特別な意味を持たせたのだそうです。
この先の曲がった形は、羊飼いの杖の象徴であるんですが、アルファベットの“J”でもあり、キリストの名前の頭文字とし、キリスト生誕のお祝いの意味も含めていると、一部では言われているそうです。

この頃のキャンディーケインは、白一色で、その色がキリストの神聖さと、その生誕の神聖さを象徴していたのだそうです。そしてまた、このキャンディーのミント味も同様に、キリストの神聖さの象徴とされています。

キャンディケインはドイツからヨーロッパへと広まり、1800年代の後半にアメリカへと渡ってきます。でもその時も、まだ真っ白なキャンディーケインだったのです。


2色になっても意味がある

キャンディーケインが、今の赤と白のストライプへと変ったのは、20世紀(1900年代)に入ってからだそうで、その“赤”も、“神の愛”の象徴の色なのだそう。そしてその赤いラインが細い3本ラインになっているのは、「父」と「子」と「聖霊」の三位一体を象徴しているとか、他方では、ローマ兵にキリストが鞭打たれ、飛び散った血の象徴だあるとかとも言われているそうです。

う〜ん・・・ちょっとこれは意味深させ過ぎるような気がしないでもないですが、そう感じるのは、私がキリスト教徒でないからなのかもしれませんね


キリスト教自体が長い歴史を持つように、クリスマスツリーのたかが1つのキャンディーケインにさえも、こんな歴史があるんですね。クリスマスオーナメントの歴史を一つ一つ調べてみたら、なかなか興味深いかもしれませんね

と、また話が大横綱(にそれてしまいましたが)

とりあえず、遅ればせながらもクリスマスツリーの飾り付けが終わってホッとしているところです

11月の出来事録: いつもと違うサンクスギビング

December 22 [Thu], 2011, 6:05
おおおお! やっと記事が現時間に近づいてまいりました

アメリカでは、9月(8月の所もある)に学校の新学期が始まってからというもの、ハロウィーン、サンクスギビング、クリスマス、ニューイヤーズイブ・・・・といった感じで、息つく暇もないぐらい、大きなイベントが続きます。もう少し、一年を通して均等にしてくれるとありがたいのになぁ・・・・とか、いつも軽くなった財布を見るたびに思いますね

アメリカ独特のホリデーイベントに“サンクスギビング”というのがあります。

正式には、“Thanksgiving Day”なのだそうで、日本語では一般に“感謝祭”と訳されているようです。

アメリカでは、このサンクスギビングデーは、クリスマスと同じぐらい大きなイベントで、学校なども1週間お休みになります。

一般にアメリカの小学校などでは、昔、宗教弾圧を受け、イギリスから植民地移住したピルグリムファーザーズが、その年、マサッチューセッツの厳しい冬、衣食住に困り果て、生き延びる事が大変だった時に、先住民であるインディアン達の助けのお陰で生き延びる事ができ、次の秋の収穫時に思いがけない豊作をえたピルグリムファーザーズが、神に感謝し、自分達の苦しい時に助けてくれたインディアンたちを招待し、一緒に食事を楽しみ、豊作を分け合ったと言われているようです。


大きな黒い帽子をかぶっているPilgrims

それでも実際には、マサチューセッツ植民地の統治者ウィンスロップがアメリカにはインディアンとの間の戦争や虐殺、略奪という暗い歴史しか無いので、「明るい話を広めよう」と使われたとも言われているらしい。

そして、そんなせいもあってか、200年近く 感謝祭は忘れられた存在であったと言います。

この忘れられた伝統を復活させ新たな役割を与えたのが、あのエイブラハム・リンカーン大統領でした。

父と息子が南軍・北軍に別れて互いに戦うほど悲惨であった南北戦争の終結後、リンカーンは国内の融和を図り国家としての団結を取り戻すために感謝祭を連邦休日と定め、“家族の集い”を奨励したのです。この試みは成功し、感謝祭は単なる「大型連休」以上に、遠く離れた家族・親戚が再会して絆を深め合うアメリカの伝統として根付いているのだそうです。子供たちも小学校低学年から、建国以前の入植者たちの困難とそれを助けた先住民の逸話に基づく感謝祭の意義を学ぶ・・・・・・(云々とWIKIにも説明が書かれたありました)。

そんな背景のあるサンクスギビングですが、今年は9月、10月と、短いけれど親族と過ごせたし、近くに親族が全くいない我が家では、今年のサンクスギビングは、私達3人家族だけで簡単に済ませることにしました。

同じように家族のいない友人を招いてディナーというのもいいのですが、なんせこの日、私は朝4時出勤なのもあって、仕事から帰って、パーティーの準備やお料理をしたり、そして後片付けをしたり・・・・というのが、ただただ面倒臭いのでパスしたかったのです

そこで思いついたのが、サンクスギビングデーの“ホテルビュッフェ”

まだ今までトライしたことがなし、なんといっても仕事で疲れて帰った後、あの大そうなスペシャル料理を作ったり、片付けたりしなくてもいいのが最高。スペシャルな日なんだし、たまにはこういう楽しみ方も有りだよねと、予約したのが、近くのフラミンゴ・ホテルのサンクスギビング・ビュッフェでありました

Webなんかで検索すると4つ星とかついていて、コメントなんかも良いものが多かったのと、車で何度も前を通った事があり、場所もわかっている手軽さから選んで見たのですが・・・・


なんでもWebの写真ではカッコよく見えるもの...

まず、ビュッフェをしているホールへ入ってビックリ。なんか、学校のジム(体育館)を思わせるホール。

そして、テーブルや、ステージのデコレーションが、またスゴイ

そう、ここで言う「スゴイ!」は、凄くキレイとか、凄くカッコイイとか、そういった意味とは、反対のスゴイ

入って、まず目に付くのが、風船で作られた巨大ピルグリムファーザー



そして、各テーブルには、まったく統制の取れていない色形のバラバラな風船が2つか、3つ飾られている。七面鳥は、まだわかるにしても、イルカや、ひまわりの風船が飾られているのがスゴイ。まさにこのセンスが田舎なのだ


このデコレーションと言い、風船と言い....


13年前に行ったワルシャワのホテルを彷彿させる



小さなテーブルには、食事に必要な全てのグラスとカトラリーが目いっぱい所狭しと置かれていて、テーブル番号は、なんと画用紙に番号をプリントしラミネートした、これもまた学校の生徒が作ったようなものが・・・。そしてホールの端っこの壁に、サーブをするヘルパーさんたちが並んでテーブルを見ています。

そんな第一印象に唖然としていてもはじまらない。さっさと食事を取りに行こうと、ホールの真ん中に長く一列に並べられたビュッフェへと向かいました。

伝統的なサンクスギビングのメインディッシュは、角切りにしたパンを用いた詰め物(スタッフィング(stuffing))をした大きな七面鳥(ターキー)の丸焼きで、それをスライスし切り分け、グレービーソースとクランベリーソースを添えて頂きます。

付け合せは、マッシュポテトとグレービーソース、マシュマロ・ヤム(小さく切ったオレンジ色のサツマイモにマシュマロを並べ、オーブンで焼いたもの)、さやいんげんのキャセロールなどで、デザートは、アップルパイやパンプキンパイというのが一般的なメニューなんです。


ところが、(毎回毎回同じことを書きますが)私は、このターキー(七面鳥)というのが、好きじゃないんですよね・・・。別に食べれない事もないんですが、食べたいと思わない。もともとパサパサなお肉なので、焼くときに表面をベーコンで包んだり、バターをたっぷり塗りつけたり、焼いている最中に出てきた油をまんべんなくかけたり・・・と、とにかくジューシーにするのに必死な努力をしなければならない。まあ、ダイエット中とか、さっぱりしたものが好みの人にはいいのかもしれませんが、私はチキンの方がよっぽど好きなのであります。



ということで、私は最初から、ターキー以外のものに注目。フルーツやベジ



シーフードなんかも、しっかりプレートにとって来ました

夫くんも、娘も、それぞれ好きなものを盛って来たようですが、娘のプレートを見て、思わず一言。


おまえはダイエット中なのか

「たったこれだけ???? これだけに$16も払いたくないよ、マミーはと、思わず超現実的なセコイセリフをはいてしまう私。いかん!いかん!楽しい食事 感謝の食事だろうが と自分に言いきかそうも、完全にいつものブツブツ母さん

気を取り直して、「せめてデザートぐらい、思う存分とって来ようね」と娘を励ます(いや、たぶらかす)。


こういうデザートがいっぱい

私の言葉に反応したのか、ただ単にデザートの為に胃袋を空けておいたのか、娘は、これでもかと言うほど、色んなデザートをお皿に盛ってきました

私もつられて、おいしそうなケーキや、色んなデザートをいっぱい選んではみたのですが、やはり食べきれず

これって、かなりショックですよね。もっと時間をおけば、また食べられるのに・・・・今の時点ではもう満腹。手を付けられないままプレートに残っているデザートをみて涙です。

普通のレストランなら、食べ残しのお持ち帰りは当然なんですが、ビュッフェとなると、やはり食べられる分だけを取るのが原則なので、当然まっさらなケーキはゴミ箱行き。まあ、食べられない分取って来る私が一番悪いんですが、それなりの料金を払っているので、どうせ捨てるのなら、せめてビュッフェとか、ホテルとか、そんなプライドを捨てて、ドギーバッグ(お持ち帰りバッグ)を出してほしかったです。


Happy Thanksgiving !!!!



帰りの車で、全員一致で決めたこと・・・・

「来年はうちでクックしようね
この言葉が、全てを物語るサンクスギビングのホテルビュッフェでありました




10月出来事録:怠け者のハロウィーン

December 20 [Tue], 2011, 5:13
10月最後の日といえば、皆さんご存知、『ハロウィーン』であります。

今年は週末ではなく、月曜日だったためか、あまり力が入りませんでした。

一応、トリック&トリートのお菓子や、いつものように何かグロスなハロウィーンディナーをと、それなりの材料は買い込んではいたんですが、結局、仕事から帰って疲れたのでグロいディナーは作くらずじまい
(こんなんだったら、色々買うんじゃなかった・・・・)

お家のデコレーションの方も、しなくっちゃ、しなくっちゃ、と思っているうちに当日になってしまい、結局、娘の彫り彫りした ジャック・オ・ランタン(Jack-o'-Lantern)だけ玄関に飾り、そのあと何やら娘が飾って終わりにしました(ということで、今年は写真もなし)。

ハロウィーン前にからサンクスギビングまでの間は、こちらではどこのお店にも、あのオレンジ色の巨大パンプキンが所狭しと散乱しております。それでもカーヴィング(彫り彫り)を早くしてしまって外に飾っておくと、いざ本番のハロウィーンにはカビがきてしまって、それこそ恐ろし過ぎるランタンになってしまう。なので、これはハロウィーンの2,3日前にすることにしました。

パンプキン専用の小さなカーヴィングナイフで目や口を切り抜くのも、昔は私や夫くんがしていたんですが、娘も今年は11歳ということで、全て娘にしてもらうことにしました。オレンジパンプキンは、皮が厚い割には、そんなに硬くなくって、思っているよりもずっと簡単にカーヴィングできるんです


種を取り出し・・・結構、真剣


中をキレイにし、デザインを書き、彫り彫り


耳をつけて『ネコ・ランタン』にしてました

肝心のハロウィーンのコスチュームは???というと・・・・

娘は今年は“ホットドッグ”になりたいと、いつものようにハロウィーンの3日前ぐらいに突然言い出し、そんな頃コスチューム探しをしたって、もうどこのお店にも残っていない。

娘がいつもラストミニッツの土壇場で何かをしたいと言い出すのには、私達はホトホト疲れます。

「何でもっと早くから決めておかないんだ!」

と、何度言っても効き目なし。いったい誰に似たんだろう。

結局、ハロウィーンの前日にコスチュームショップで買って来たものは?

なんと“CRAYOLA”(赤のクレヨン)でした



毎年、毎年、今年こそは80sしたいマドンナ ボーイ・ジョージ と言っている私も、今年はもう何でもいいや・・・と投げやりで、結局、ほとんどの年に使っている、ウィッチのコスチュームを引っ張り出してきて、今年もこれでよし。

夫くんが娘を連れてショッピングモールへトリック&トリートをしに行っている間に、私は一人、バスルームで化粧に励む。顔を緑に塗り塗りしながら、だんだん自分の顔が恐ろしくなってくる。もうこれはウィッチというよりは、青光りした“がまガエル”。特に顎がダブダブでカエルみたいだ。恐ろしや、恐ろしや・・・

そして、夫くんは?と言うと・・・・・・



ピンクのピカチューって、何だよ?!もっとまじめにやれ

と、こちらも全然何でもいいって感じであります

今年は、コウモリ、スパイダー、ウィッチにパンプキン、こんな可愛い形をしたハロウィーンパスタを見つけ、思わず買ってしまったんですが、いまだにパントリーの棚で眠り続けております



お正月にでも食べたら、罰が当たる(?)かな??????


10月の出来事録: おじいちゃんがやって来る

December 17 [Sat], 2011, 5:23
9月の終わりの、あの義姉さん滞在事件から、何週間もたたないうちに、我が家に又ゲストがやって来ることに。といっても、それは私の父、(娘の)おじいちゃんであります
9月の終わりに母の納骨を済ませ、本当に独りっきりになってしまった父。どうにか少しでも元気になって欲しいとの思いから、1週間ぐらいこちらへ遊びに来ないか誘ってみたのです。それがちょうど出発の1ヶ月前ぐらいだったのですが、期限切れのパスポートの更新やら、航空券の手配やら、弟が全部面倒をみてくれたお陰もあって、話がスムーズに進み、夫くんと娘と3人でサンフランシスコ国際空港まで父を迎えに出向く事になりました。

そして、いつものごとく、どしょっぱつから、事件です。

到着の出口で父を待つこと約1時間。最初のうちは、入国審査が込んでいるのか、ひょっとしたら入国審査でトラブッているのか(それでも係官に見せるように我が家の電話番号など書いた手紙を渡してあるので、万一の場合は私達に連絡が入るだろうから)それでも大丈夫だと思ってはいたんですが、さすがに1時間近く出てこないと心配になる。

そして、ちょうど私達が心配し始めた頃、夫くんの携帯に自宅の留守電にメッセージが入った知らせが。メッセージは空港の係りの方からで、「お父様が1時間近くお待ちです。こちらにご連絡下さい」と言うものでした
1時間近く待っている?って、こちらもこの小さな出口の前で1時間近く待っているんですけど???

そこで初めて気がつきました

なんと到着出口が2つあったんです

父と私達は、別々の出口で、お互いに1時間も待ち続けていたという・・・・

さすがは親子いつもこんなです。

それでも、何ヶ月ぶりかで会った父は、長旅にもかかわらず、見るからに元気そうで驚きました。

ただ、父は日本での出国手続きの時に、あまりにも長く待たされたため、おトイレを我慢するのにとっても困ったそうで、私達に会ってすぐ、空港のお手洗いで、まずは服を新しいものに着替えてきました。

すぐに車でシスコに向かい、ジャパンタウンで昼食とお買い物などをして帰宅の途に。

ただそこでもすごい渋滞で、父は何度もおトイレへ行きたくなり、ハラハラさせてくれました

昔、母もそうだったんですが、高齢者の長旅は、やはりおトイレが大変ですね。家に着いたら、万一の為に、さっそくスーパーでオシッコをしても大丈夫な紙パンツを一袋買ってきて父に渡したんですが、穿いてくれたかどうかは謎であります

家に着き、まずは父の着ていた衣服を全部洗濯し、父には私の部屋でゆっくり休んでもらうことにしました。



父の滞在は、娘の学校の1週間のお休みと、私の1週間のバケーションに合わせてあったので、家族みんなリラックスし、できるだけ予定を詰めすぎないように、ゆっくりペースで過ごしました。

なんといっても、ちょっといつもの生活と雰囲気を変えて気分転換し、少しでも父に元気になってもらうためのお休みなので、父のしたいようにしてもらうことにしたのでした。


娘のキーボードで何やら弾いてた父

翌日も午前中はゆっくりし、午後に隣町の小さなOKTBER FEST(オクトーバーフェスト)に、みんなで行ってみることにしました。OKTOBER FESTといえば、やはりドイツそしてビールが、真っ先に頭をよぎりますが、まだアメリカに来て、このOKTOBER FESTというのを経験したことのない私は、父を連れて行くためと言うよりは、自分がすごく行ってみたかったのであります




初めてのOKTOBER FEST

でもやはり、期待しすぎていったのでコケました

小さな公園のステージにバンドの人たちが座って演奏し、テントでは地ビールとソーセージなどが売られているだけで、他には何もなし。フェスティバルのような遊園地も、コットンキャンディーやお菓子を売る出店も、な〜〜〜〜んにも無し。さすがは、ここら辺でも一番小さい街だけあるな。ドイツ人が見たらビックリするだろうな・・・。

ただ、この日の午後は、秋のさわやかな日差しが木々から漏れ、なんかメルヘンの世界を思わせてくれるぐらい美しかったのです。この自然の美しさがあれば、あまりガチャガチャとしていない田舎臭いフェストの方が、かえって趣があるのかもしれませんね。アメリカは秋が一番キレイで好きです


いつの間に?買いたてジャケットでポーズの父

毎日、午前中はゆっくりして、午後にショッピングモールへ行ったり、レストランへ行ったりしたのですが、父は私達のお供をしているようで、実はしっかりショーウインドーとか、お店に飾られているのもをチェックしていたようです。

一番大きなショッピングモールへ行った時には、「ちょっと行ってくるから、ここで待ってろ」とキャンティーンでお茶をしていた私達を残し、どこかへ姿を消してしまいました。

そして10分後ぐらいに、なにやらお気に入りのスウェードのジャケットを買って、さっそくそれを羽織って現われたのには、一同ビックリ

一体いつ、どこで見つけたのか?サイズも小さな父にピッタリなんです

やはりショッピングへ行くと、日本人ってすごいな〜って感じますね。

父の滞在中、色んなカフェやレストラン、もちろん自宅でもですが、父は好き嫌いなく、なんでも残さずキレイさっぱり食べてしまうのには、驚きました。これだけ食べれて、飲めたら、父はまだまだ健康だな・・・と安心。

そんな父のアメリカでのお気に入りは、『ドライプルーン』と『カラメルピーカン・コーヒー』。プルーンはお通じに良いと言って、おみやげに何袋も買って帰ったようです



日本へ帰る前日には、恒例の(?)近場ワイナリー、『KORBEL』ワイナリーへシャンペンを飲みに、ちょっと出かけることに。ワイナリーへ行くまでのブドウ畑とか、田舎の景色も、結構きれいだし、なんといっても車で10分ぐらいで行けてしまうので、疲れなくてちょうどいいです。


ブドウ畑をバックに、父ピース

今回の父の滞在は、5泊6日という短い滞在ではありましたが、あまり詰め込まず、ある程度ゆっくり出来て、これぐらいが丁度良いように思いました。弟が様子を見に行っているとは言え、ネコのミーちゃんが一人で家にいるので、そんなに長居はできないでしょうしね

今回は、父はカバンにいっぱい母の写真を持ってきて、毎日それを枕元においては一枚一枚眺めていました。写真を見ながら、4月の母の葬儀に帰省した時と全く同じセリフを、何度も何度も繰り返し言います。
「どうして逝ってしまったのかな・・・あと1年生きていてくれたら、俺はもっともっと、何でもしてやったのに・・・」

そして父の目からは、いつも涙がこぼれるのです。

5年間も、24時間付きっきりで全身麻痺の母の看護をし続けた父。

「お父さん、お母さんは本当に幸せだったんだから泣かないで・・・一生懸命、一生懸命頑張って、もう身体が疲れてしまったから、ゆっくり休ませてあげる時がきたんだと思うよ。お父さん程、お母さんの為に頑張った人はいないんだから、お母さんはそれをわかってる。お母さんの魂はそれを絶対に忘れないよ。世界で一番、幸せだったんだから・・・」

私も同じ言葉を何度も何度も繰り返します。

母が亡くなって今では半年以上時が過ぎていきましたが、父はこうして繰り返し、自分の思いを語ることで、この悲しみと喪失を昇華し、再び前を向けるようになるよう一生懸命つとめているのだと、父の滞在で痛感しました。
私はいつも父の傍にはいられないけれど、せめて父の傍にいる時は、父の心の葛藤昇華への役に立てたらな・・・と思うのです。

私に出来る事?それは父の話を聞き、一緒に涙し、癒しの言葉をかけること。それだけしか出来ませんが、百回でも千回でも、父が元気になれるまで、私も同じ言葉を何度も何度も、父に投げかけようと思います。


父と娘のツーショット

ああ、母がいたら喜んでいただろうな・・・・。

おそらく父も同じことを思っていたことでしょう。

私が今回、父に遊びに来てもらったのは、父の気分転換の為もあるのですが、本当は、私自身の為でもあったのです。

私は23歳で外国暮らしを始め、晩婚、高齢出産だったため、両親と貴重な楽しい時間を共有出来る機会が少なかったのです。

そんな私が母が亡くなって学んだこと。それは、絶対に自分を責めない事。後ろを向かないこと。後悔しない事。なぜなら、それをしたら、亡くなった母が一番悲しむのだから。

それでも、母が元気な時に、マイホームを持ち、夫婦で一生懸命働き、娘も元気で学校に通い、私達が(豊かではないけれど)それなりに頑張って生きている姿を見て安心してもらいたかった・・・・

その思いが、今でも私の心のどこかにあり、いつも引っかかっていたのです。

なので、今回、せめて父だけにでも、私達がアメリカで頑張っている姿をみてもらえて、心が少し安らぎました。

今度、父に会えるのは、いつになるのかわかりませんが、また一日でも早く、元気な再会を祈っています

9月の出来事録: 大人でも兄弟(姉弟)げんか

December 14 [Wed], 2011, 11:00
9月と言えば、我が家の場合、色々なスペシャルデーが重なり合う月であり、毎年アッと言う間に飛んで行ってしまう月でもあります。ただでさえ短いのに、もうマッハ級のスピードです

が、しかし、今年の9月は、ちょっとした事件続きだったのですが、最後の忘れられぬ事件となったのが、夫くんと義姉さんの兄弟(姉弟)げんか

我が家は、9月の後半は、まず22日の娘の誕生日に始まり、27日の結婚記念日、30日の夫くんの誕生日と続き、本当にゴチャゴチャと忙しい毎日。いつも1年のこの部分だけが早送りみたいになってしまいます。

そんな中、今年は娘の誕生日のある週末に、シアトルで暮らしている夫くんのお姉さんが、急きょ遊びに来て下さることになりました

夫くんと、お姉さんは双子なので、当然お義姉さんも30日がお誕生日。みんなで楽しもうと、シアトルから、わざわざ冷凍したワイルドサーモンを超厳重に梱包し、他の色んな食材やら、プレゼントと一緒に持って来てくれました



早速、バースデープレゼントを貰って大はしゃぎの小猿嬢。中でも、Pコートは、サイズもピッタリで、とっても素敵。いつも汚い服ばかり選んで着ているような娘なので、このコートには、娘よりも私達親の方が喜びが大きかったように思います



土曜日の午後に我が家へ着き、その日と翌日(日曜日)の2泊をし、月曜日に帰るといった、毎年恒例のスケジュールだったんですが、(今年は、バースデーパーティーをしなくてもいいと言った娘)何もバースデーにスペシャルな事をしなかった娘にとっては、ちょっといつもと違った週末になって、ちょうどよかったのです
お義姉さんとクッキングをしたり、ショッピングモールへ連れて行ってもらったり、アートプロジェクトに精を出したり、とにかく、シアトルのお義姉さんも、テキサスのお義姉さんも、親類で一番若いうちの娘を目に入れても痛くないほど可愛がってくれるのには、本当に感激です。この週末も、お義姉さんは常に娘の面倒を見てくれて、いつもなら任天堂とテレビ三昧で終わってしまう娘の週末が、“人間らしい”週末になって本当に助かりました







そう、ここまでは、全て順調で、みんなが超ハッピーだったのであります。

ところが・・・・・・

事件は、お義姉さんの帰る月曜日の朝に起こりました。


同じような旅程で、以前2回、うちで滞在した事のあるお義姉さんなので、私達も何も心配していなかったのです。その日は、まず娘を学校へ連れて行き、その足で(家から車で10分程の所にある)飛行場へお義姉さんを送り、夫くんは家に戻ってくるものだとばかり私は思っていました。

ところが、娘だけ学校へ落として、夫くんもお義姉さんも一緒に戻ってきたんです。なんでも今行くと、まだ出発まで早すぎるのだそう。みんなでお茶をして、くつろいでいたんですが、私はお義姉さんの飛行機の時間が何時なのか気になり、聞いてみたんです。が、まだ大丈夫のよう

3人でいろいろおしゃべりしていて、夫くんが、私達家族がハマッている、こちらのTV番組『GLEE』について話し始め、みんなで録画してあるエピソードを見始めました。飛行機の時間が気になる私は、もう一度時間が大丈夫なのか聞いてみたのですが、お義姉さんは何時には空港へ行かなければならないという時間を言わず。結局その後、私がカラオケにハマッているという話に話題が移り、wiiのGLEE KARAOKEで、みんな1曲づつ歌い始めました。

そこで、そろそろ家を出たほうが良いということになり、3人とも車へ、まず飛行場へお義姉さんを落とし、そのあと私を職場へ送り、夫くんは自分の仕事に出かける予定だったのです。

飛行場へ向かう車の中でもバカ話をして和気藹々としたムード。飛行場でお義姉さんに別れを告げ、私の職場へ向かっていると、夫くんの携帯が鳴り、お義姉さんの取り乱した声が・・・・

なんでも搭乗手続きを待っている間に、搭乗30分前がきてしまい、搭乗拒否されてしまったのだそう。「それでも飛行場に着いた時には30分以上前だったのに・・・」と言っても聞いてもらえず、その日にシアトルへ行く飛行機はもうないとのこと。一番早くシアトルへ帰れる方法は、午後にラスベガス行きの飛行機に乗り、ラスベガスからシアトル行きに乗り換える方法。それだと夜の8時にはシアトルに着くだろうとのこと。

それしか方法がないと言われれば、そうするしかないのですが、この日の午後3時にはシアトルに着くはずで、5時に学校の非常勤の面接が控えていたお義姉さんは、それもキャンセルせざるを得なくなってしまい、ダブルパンチ。

もう話を聞いただけで、そのショックが伝わってきました。。。。。

夫くんは夜にお義姉さんに電話したようですが、応答なし。

そして次の日にEメールが・・・・・

それには、

「・・・・私が飛行機に乗り遅れたのは、何度も時間に遅れると言っているにもかかわらず、『GLEE』なんか見せたり、カラオケなんかして、大切な家族を優先させなかったあなた達のせい。 飛行機変更の為にかかった$100を払って欲しい・・・・」
云々と書かれていました。

これを読んで、ただでさえ気の短い夫くんは激怒

私も、確かにお義姉さんの立場だったら、あの日の出来事は、あまりにもショックであったのは、十分理解できるんですが・・・・・それでも、言われていることは、事実と違う。

あの時お義姉さんは、決して時間に間に合わないからとか言わなかったし、車の中でさえ、バカ話をしながら、決して焦ってなんかいなかった。そう、実際に飛行場について、搭乗手続きを始めるまで、私達は、お義姉さんも含めて、みんな、まさか飛行機に乗り遅れるなんて思ってもみなかったというのが事実のはず。

夫くんが、それは私達のせいじゃないと言って返事を書くと、今度はお義姉さんの旦那さんまで出てきて、私達を非難し、お金を払えという始末。

これには、お義姉さんに同情はするものの、私も閉口。

最後には、キリスト教徒でない私達家族を可哀相な変人呼ばわりしてきた、お義姉さんの旦那さんと、そんなことを言っても止める事すらしないお義姉さんとに、夫くんはとうとう堪忍袋の緒が切れたようで、それ以来、お義姉さんが何を言ってこようと、完全に無視しているようです。


あんなに色んな物をいっぱい買ってきてくれ、いつも娘によくしてくれるお義姉さんなのに・・・・。

私は、お義姉さんが一言、お義姉さんの言ったことが事実と違う事だけ認めて、それをSorryと一言だけでも言ってくださったなら、夫くんを説得する気にもなるんですが、なんとも不思議というか、残念な話であります。


夫くんの話では、まだお母様が生きていた頃に、やはり同じような出来事がお義姉さんと、お義姉さんの旦那さんを相手にあったのだそうで、それを全部水に流して、仲良くしようと努めてきたのに、冗談じゃないとのこと。

大人ではあるんだけれど、兄弟同士仲が悪かったり、好きじゃなかったりすることって、世の中にはあるものなのかな・・・・・。

私自身は、自分の両親はもとより、弟も大好きなので、この年になって喧嘩したり、嫌い合うといった経験がないせいもあってか、この出来事は、ちょっとしたカルチャーショックというか、正直、かなり面食らってしまいました

9月の出来事録: ガレージセール

December 10 [Sat], 2011, 7:20
私達がマイホームとやらに引越して来てから、早いもので、丸2年が経ちました。引越してきた当時から、私達が、いつも「しなくっちゃいけないね・・・」と言っていたことの一つが、ガレージセール

この家に引っ越してくる時に、かなりの物を処分してきたつもりではいたんですが、まだまだある、ある、ジャンクの山。中にはイギリスから引っ越してきた時のダンボールに入ったままで、テープさへ切っていない箱もあるんです。いったい何が入っているのやら・・・でもここ8年近く必要とならなかった物であることは確かで、おそらくこれから先も必要とはされない物たちなのだと思います。

と言うことで、例のシラミ事件で疲れきったあとでしたが、思い切って週末の一日をガレージセールに当ててみることにしました。YAY


小猿嬢はプラカードまで作ってハリキッテおります

娘は、この日を密かに楽しみにしていたのか、自分でお手製のプラカードを作り、家の前に立ってお客さんを呼び寄せに。夫くんは、クレイグリストに宣伝を載せ、朝の10時からスタート!と書いたため、まだ準備も終わっていないのに10時前から、どこからとも無く車でお客さんが現われる

まだ、全部出してないに・・・・。おまけに、わざわざ車でやって来るほどの物など、ほとんど無い。さて、どんな展開になるのやら・・・と、ハラハラしながらガレージセールが始まったのでありました。


娘の赤ちゃん時代のIKEAのハイチェアーまであります

実は、このガレージセールなるもの、私達は過去に一度だけしたことがありました。

でもそれは、ここアメリカではなく、イギリスで。

ちょうどイギリスからアメリカへ移って来る時に、引越しで持って行けない物を極力処分しようというので、近所にビラを配ったりして頑張ってみたのでした。

その時も感じたのですが、やはり今回も、感じたことがあります。

それは、買い物の仕方に、国民性を見ることが出来る(人種によって買い物の仕方に特徴がある)ということです

イギリスの時に印象的だったのが、インド人

彼らは、決してこちらの提示した値段では物を買いません。彼らの希望価格を言うか、私達が値段を下げるまで、何度も聞いてきます。私達も物によっては、言われるままに値を下げて処分するんですが、『いい加減にしてくれ!』と思うような時には「NO」と言います。

そうすると、翌日ドアベルが鳴ります・・・。そして、その次の日も・・・。だから、何度足を運んでも、その値段では売らないのと言っても、なびく気配なし。確か、掃除機とテレビ&ビデオ/DVDだったと記憶しております。

なので友人が私達の希望価格でテレビセットを買い取ってくれた時には、別の意味でスッキリしました

「ああ、テレビセット売れちゃいました。ちゃんと希望価格で買い取ってくれる人がいたので」って、言ったら、次の日から来なくなりました

あとは、私の使った『母乳絞り器』を値切って買うカップルとか・・・別に良いんですけど、「お友達に赤ちゃんが出来たので、お祝いにしようと思って」と言われたときには、ちょっと驚いてしまいました

まあ、5人目の子どもぐらいだったら、こういう事もありなのかな・・・と思ってみたり。

お祝いぐらい、新品を!。いや、そうまでいかなくとも、せめて値切らないで買ってあげて欲しいよな〜とか、余計な邪念が入ってしまったのを今でも覚えております。


今回、アメリカでのガレージセールでは、やはり近所にメキシコ系の人たちが多いせいか、何組ものメキシコ系のファミリーが見に来てくれました

色々やり取りをしていて、なんとなく感じたのは、やはりインド人同様、彼らは絶対にこちらの言い値では物を買わない。インド人とちょっと違うのが、$1にしないと買わないところ。

ほとんどの娘の服や、おもちゃなどは、$1でも全然問題なかったので、笑顔でOKしていた私ですが、さすがに1度しか着てないパーティードレスとか、義姉がパリへ行ったときに買ってきてくれたドレスとか、それなりに元値の高価なものは、ちょっと$1にはしたくない。

「これはフランス製でかなり高価なものなので、$5です」と言うと、何も言わない。

でもちゃんと手放して、次の$1服を探す。

とってもアッサリとしているんです。決して何度も、何度も値切ったりしないところが楽でいいんですが、たまに拍子抜けしてしまったり

いや〜、なんか、こうしてお客さんを見てみるのも、結構楽しいもんです。

でも、やっぱり疲れる

午後の2時を過ぎたあたりから、お客さんもグッと減り、外が暑くなってきたので、あとは夫くんと娘に任せて、私はそろそろ家の中に退散したいな・・・なんて思っていると・・・・


アイスクリームおじさん登場

いつも自転車にアイスクリームを積んで、売りに走っているおじさんを、この日は呼び止めてみました。アイスクリームだけかと思ったら、お菓子なんかもいっぱい積んでいて、ちょっと感激


実に色んな物を持っているおじさん

ためしに、家族3人、みんな別々のアイスを買ってみました


仕事の後のアイスは最高

やっぱり、いつもとちょっと違った事をするのは、新鮮で楽しいもんですね

結局、この日のガレージセールの売り上げは、締めて$227

思ったよりも売れていて、驚きました。

本当は3人で売り上げを分けると言っていたんですが、急な車の修理でお金が飛んでいった夫くんが、車の修理費をまず差し引くと言い出し、小猿嬢はガッカリ

今回は準備やら、ガレージセールをずっと楽しみにして、接客も一生懸命頑張っていただけに、さすがに可哀相になってしまい、結局、その日は家族をレストランへ食事に連れて行くことになりました。そう、私が。まあ、3人の中では、一番働きが悪かったので、仕方ないか


プロフィール
  • ニックネーム:Name: Toppi /トッピ(子ども時代のニックネームです)
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アメリカ人の夫、娘と3人でカリフォルニアで暮らしています。今でも住み慣れたイギリスが大好き。この頃は子どもの頃の思い出のある日本にも帰りたいと思う事たびたびです。
80sポップや、世界のお料理も大好き! 特にインド料理、ロンドン、娘のおしゃべりは永遠に好きな物です☆
コメントの返事が遅くなってしまうことも度々ですが、どうか又遊びにいらして下さいね☆多くの方と知り合えたら嬉しいです。
どうぞヨロシク☆☆☆

Hi! My name is Toshimi (AKA: Toppi).

I'm living in California, U.S.A. with beloved husband, lovely daughter(10 years old), and a little naughty kitten"Chestnut",

I was born & brought up in Japan, and had lived in London for 15 years.

I still LOVE London sooo very much.

My biggest hobby is SCRAPBOOKING! I also love cooking(I'm a big CURRY lover), taraveling, films,music, and YOUTUBE ; )

Thank you for looking my blog ! Looking forward to seeing you again soon !!



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