BorR03 

August 10 [Wed], 2011, 22:26
【Black Or Red?】03




どうも今日は騒がしかったように思う。何となく落ち着かない気分のままクラウドは自分に与えられたスペースを片付けると、締めていたネクタイを緩めた。

そういえば珍しいものを見たな、と思い返しながらバーの明かりを落としてプライベートルームに向かった。
今日はレオンはもう居ないのだろう。数時間前、セッツァーに宥め賺されて何処かへ行くのが見えた。

何があったのかは大まかに理解できていた。レオンを見初めたらしい男に彼は負けて、連れて行かれたのだ。

「ギャンブラーってのは怖いものだな」

く、と小さく笑いを噛み殺す。いくら賭けとはいえ、まさかレオン自身を欲しがるような男が居るとは。
まぁ何せ見た目だけは綺麗に整っているのだ。それにうっかりと魂を抜かれるものは少なくない。けれど実際は苛烈で、攻撃的。それなのに情緒が不安定で手に負えない。
まるで手負いの獣の様だとすら思う。

プライベートルームに入ると、其処にはもう誰もおらず、クラウドは緩慢な仕草で制服を脱いでいく。
バーの規模は小さいとはいえ翌日の仕込みなどがある自分はいつも決まって最後になる。
静まりきった一室で私服に着替えると、小さく欠伸を噛み殺した。既に東の空は青くなり始めているのが見えていた。

帰宅しようと財布を尻ポケットに突っ込んだ頃に、携帯端末が震えた。
この時間に、誰だろうか。まさか、レオンからの助けを求めるものでもあるまいとばかりに、クラウドは液晶画面に目を落とした。

果たして、着信は今助けを求めてきたレオン――ではなくセフィロスからであった。

彼はこのカジノのSPを務める立場にある。酒に酔って暴れる客の取締や、麻薬密売の温床になるのを防ぐなど、言わば何でも屋のようなことをしていた。
SPは総勢で4人、セフィロスはその筆頭として、治安の維持に努めていた。

「…もしもし」

「俺だ。そちらはもう終わったのか」

「今から帰るところだ。…乗っていくか?」

「…助かる。通用口で待っている」

そういえば、とふと思い出す。今日はオーナーの護衛についていたのでは無かっただろうか。セッツァーはカジノに居たし、セフィロスは今帰ってきたような口ぶりだ。
普段は車を使っているにも関わらず、こちらに電話をかけてきたという事は、電車を使ってきたのだろう。

「お疲れ、セフィ」

通用口まで来ると、夜明けの薄青い景色の中でセフィロスの銀髪が見えた。声をかけると、彼は幾らか疲労の色を滲ませたまま振り返る。

「あぁ。…悪いな、クラウド」

「構わない。それで、今日はオーナーと客人についていたんじゃなかったのか?」

気になっていたことを真っ先に口に出すと、クラウドのバイク――フェンリルに向かいながらセフィロスは頷いた。

「オーナーとの会食の後に、エスタの大統領閣下がカジノに来てな。…お送りして差し上げたところだ」

「あぁ、客はエスタの…」

国家要人であればセフィロスが駆り出されるのも判らないではなかった。この国に於いて、カジノの有するSPほど戦闘力の高さを誇るものはないと言われている。
故に政府からの依頼を受けることもあれば、セッツァー個人への来客が国家要人であったとしても、特に問題は無かったのだろう。

「おまけにレオンを連れ帰っていったからな。俺が護衛をするにはまぁ…十分だろう」

「レオンを?…成程な」

カジノ裏手にあるスタッフ専用の駐輪場へと向かうと、クラウドはフェンリルのキーを取り出して、ゴーグルを渡した。
最近は誰かを乗せることが頻繁にあるからと、常に予備のゴーグルを置いている。

「…レオンが賭けで負けるなんて珍しいな」

「全くだ。…だが、まぁいい薬だな」

奴は自分の腕を過信している、とセフィロスは嗤う。予備のゴーグルをつけたセフィロスが背後に座ったのを確認して、クラウドはキーを差し込んで、エンジンをかけた。
早朝、人通りのほぼ無い歓楽街に爆音が響いた。それが遠ざかって歓楽街の端にあるエッジと呼ばれる一角に向かう。

「…俺もアンタもカードどころか、賭けはさっぱりだもんな」

「趣味じゃ無いんでな」

弱い、――そう口に出すのは聊か不満らしいセフィロスは、趣味じゃないと逃げた。それをクラウドは小さく笑ってから、自宅への道を走っていった。
尤も、レオンやセッツァーの様に、それらを生業としている者というのは自分たちから言わせれば異常なのだが。





自宅に戻ると、既に空は青く、太陽が昇っていた。また夜明け前に帰ってこられなかったことを二人で反省しながら遮光性の高いカーテンを引くと、セフィロスはすぐさまベッドに潜り込んだ。
夜明けに帰ってこられるだけマシだと呟く彼はシャワーを浴びる余裕すら無い。何せ任務続きで多忙なのだ。よくよく考えると、歓楽街で本来の仕事をしている方が短いようにも思えた。

クラウドはそんな中、無休のわが身を呪う。セフィロスも含めてSP達は一応はシフト制であるし、カジノのスタッフたちも一応は同様であった。
足りないポジションにはオーナーが入ることもあるし、まぁそれなりに休みが取れていると考えていい。

だが、バーを任された自分だけは何故かそうでは無かった。
シェーカーを振れる人間は自分しか居なくて、募集しているにも関わらずロクな人材が入ってこないせいか、いつまで経っても一人でシフトを回すという状態であった。

「…どうにかならないものかな…」

温いシャワーを頭から被りながら、小さく嘆息を吐出した。5年前の自分であればこの時間には熱いシャワーを浴びて目覚ましにしていたものだが。

5年前、たった一人の家族を亡くしたクラウドは、行くあても無く街を歩いていた。
家財を売り払い、出張先で事故に遭った母親の幾らかの保険金を持って、故郷のニブルヘイムを出た。

街へ行けばどうにかなるだろうと思ったのは、聊か短絡的過ぎたかもしれない。だが、クラウドにとっては一人きりで日常を生きるにはニブルヘイムという場所はひどく億劫だった。
田舎の、閉鎖的な環境は非日常を嫌う。ただでさえ片親と言われて、蔑まれてきたのだ。これ以上、其処に拘る理由もなく、クラウドは一人、故郷を去った。

辿り着いたガルバディアでバーテンダーの職に就くと、元々寒い地方で幼い頃からアルコールに慣れていた自分には適職だと思えるほど、才能を伸ばした。
そう広くは無いバーはいつも常連の客が居て、騒がしくも無く、居心地のいい空間であった。

そこで偶然出会ったのが、トレノの歓楽街でカジノを営むセッツァー・ギャッビアーニという男であった。
彼の誘いを受けてトレノに来たのは2年程前の事だ。それ以来、ずっとあのカジノのバーを一人でやってきた。

思い返してみるとそう長い時間では無かった様に思えてしまうのは、毎日が多忙の為だろう。
一人で納得しては、ベッドに潜り込んで意識を手放したのだった。






翌日の事である。
既に陽が高く昇っているにも関わらず昨日の疲労が残っていたクラウドは惰眠を貪っていた。
隣で眠っていた筈のセフィロスは既に出勤したのだろう、実に仕事熱心な事だと思案しながら、もう一眠りしようと携帯端末の時計を見てクラウドが枕に顔を埋めた瞬間、端末のコールが鳴り響いた。

「…誰だ……」

ぐったりと呟いて画面を見ると、昨夜助けを求めてくることの無かったレオンからだった。
電源ボタンを連打したい衝動に駆られたものの数少ない友人を大事にしろと言ったオーナーの言葉を思い出して、渋々クラウドは通話ボタンを押した。

「……どうした…」

「クラウド……済まないが…BJ台はくれてやるとユフィに伝えてくれ…」

「…オイ、どうしたレオン。昨夜何があったんだ?」

「…俺はもう駄目だ……」

どうしよう。レオンが物凄い死んだ声をしている。俺も大概面倒くさい奴だと言われてはいるが此処までじゃない。というか今日のレオンは面倒くさすぎる。
やはり電話など取らなければ良かったと心底後悔をしながら、とりあえずこれから行くからと、クラウドは一件のカフェバーを指定したのだった。






歓楽街から少し外れた場所にあるカフェバーは、クラウドの幼馴染が経営するものだった。
何年かそこでシェーカーを振っていた彼にとっては随分馴染みがある店で、辞めてカジノに行くようになってからも時折顔を出す気になる程、居心地のいい店であった。

バイクを店の脇に止めて、クラウドはドアを開いた。
そして、カウンターの隅にまるでフンゴオンゴを生やしそうな程ジメジメとさせているレオンの姿を見つけて、帰りたくなる衝動をぐっと堪える。――これは相当に面倒くさそうな気配がしている。

「いらっしゃい、クラウド」

「久しぶり、ティファ。…カフェオレをアイスで」

こういう時、無表情で良かったなと思う。何せもう寝不足のところに暑いと来ている。その上、呼び出してきた相手はこんな状態なのだ。
カウンターに突っ伏していたレオンが顔を上げたのは、ティファの声に意識を浮上させたからだろう。

目の下は薄らと隈が出来ているし、どうやら泣いたのだろうか。目元は赤く染まっている。
クラウドは仕方ないな、と呟いてティファに貰ったお絞りを目元に押し付けた。

「……どうした。何があった。掘られたのか?」

「ほッ…ば、莫迦な事言うな!」

何せ、あの胡散臭いエスタの大統領とやらの視線は熱が篭もっていたし、そういう風にとれた。だからそう尋ねたのだが、レオンの反応からして掘られた可能性は無い様だ。

「ならアイツと何があったんだ。…話したくて俺を呼んだんだろ?」

「……あれから、ホテルで何度もやったんだ…なのに、一回も勝てなかった…」

「は?」

予想外の言葉が出て、クラウドは首を傾けた。ティファから差し出されたグラスを受け取ってストローに口を付けると、漸く汗が引いたのを感じる。
相変わらずレオンは目元をタオルで覆っていて表情は判らないが、声から相当に切羽詰まった様子が窺えた。

「BJもポーカーも、それどころかBorRすらできなくなった……」

「…まさか」

うちのカジノでレオンといえば、カードに愛されてるとまで言われた魔術師なのだ。まるで表が見えているかのようにカードを扱う彼に勝てないのはオーナーくらいのものだと言われていた。

「…ユフィがBJを狙っていただろう。アイツにくれてやるしか無いんだ…」

はは、と乾いた笑いを零すレオンにクラウドはどうしたものかと思案する。ユフィもカードの才能はあるし、交代するとなれば彼女は喜ぶだろう。

「お前はどうするんだ?…あの男のお稚児さんでもやるか?」

お稚児さんなんて年じゃないが、とは思うものの似たようなものだろう。レオンはまだ19歳だ。それに玉の輿だし、悪くないんじゃないかとも思う。相手もレオンを気に入っていた様だったし。

「……死にたくなってきた」

レオンはひっそりと呟いて、またもカウンターに突っ伏したのだった。








自分がギャンブラーとして働きだした切欠をぼんやりと思いだしながら、レオンは一人、部屋のベッドに寝転んでいた。
あれからクラウドはオーナーにユフィを代理にしてレオンを休ませるように伝え、レオンを部屋まで送ってからカジノへと向かったのだった。

流石に年上と言うべきだろう、世話を焼く事にもなれているし、相談をしても厭な顔一つしなかった。
その優しさが心地好く思えて、ぼんやりと自分がこうなった経緯を思い出していたのだ。


子供の頃、両親がカードゲームに興じるのを見るのが好きだった。
もうハッキリと顔を思い出す事は出来ないが、優しい両親だったようにも思う。母は以前はバーを切り盛りしていたし、父は軍人だったらしい。
兵士の間で流行っていたらしいカードゲームでいつも母に負けていた父の姿を何となく、覚えている。

子供心に面白そうに見えて、自分にもルールを教えろとせがんだら、優しく父が教えてくれた。
そうして自分もカードゲームに混じると、不思議と、カードが見えるかのように相手の手持ちの札や、山に積まれたカードが判ってしまうのだ。

スコールは、強かった。一度も父に負けた事の無い母に、いつも勝った。

『スコールは強いなぁ』

そう、笑った父の顔はもうボヤけて思い出せない。
けれど、その笑った顔が大好きだった事だけは、思い出せる。それだけが、スコールに残っている両親の、家族の唯一の記憶だった。


【Black Or Red?】02 

July 06 [Wed], 2011, 21:54


手が、震えていた。
カードに愛されているとまでオーナーに言われた自分がBJで負けるなど、思いもしなかった。

スコールは、自分のたった二枚しか無いカードと、相手の6枚並べられたカードをもう一度見比べて、小さく息を吐きだした。

「……アンタ、何者だ?」

1から6までの数字が描かれたカードが綺麗に並んでいて、呆然と呟いた。
震える手でカードを戻してスプレッドを作る。

「俺?…別に、ただのオッサンだよ」

「…嘘だ、…どこかのカジノの人間か?」

自分を此処まで挑発するのだから、何処かのカジノの人間だろうか。それにしてはカードを持つ手は不慣れな様にも見えていた。
スコールは混乱したまま、黒、と呟いてスプレッドから一枚を引く。

そこに描かれていたのはスペードのAで、続いて赤、と呟きながらスコールはカードを引く。

「…まさか」

「名前を聞いても構わないか」

引いたのは、ハートのクイーンだった。続いて赤、と呟いて引こうとする手を、男が止めた。

「ラグナだ。ラグナ・レウァール。…黒だな」

掴まれた手首から熱が伝わる様で、スコールはビクリと肩を震わせた。
ラグナと名乗った男はそのままスプレッドから一枚を引いて、卓上に伏せたまま置いた。

「……エスタの…ラグナ、レウァール…?」

「そ。…引いてみ?」

エスタのラグナといえば、国家元首の名前だ。滅多にメディアに姿を見せる事は無く、スコールも名前しか知らなかった。
すましだろうかと、じっとグリーンの双眸を見つめると、その視線を外さないまま、言われたままにカードを捲った。

「…クラブの、…キング……」

「約束だぜ、スコール。今晩付き合えよ」

カードが自分を見放した事は今まで、オーナーの相手をした時だけだった。彼相手に勝った事はあるけれど、負けた事の方が格段に多い。
それでも他の相手に負けた事など無かったと言うのに。

「……俺、が…」

負けた事実と自分の本来の名前を知るこの相手と、混乱しきったままのスコールに、ラグナは何故か穏やかな笑みを向けた。
じっとクラブのキングを見つめているスコールに声を掛けたのは、目の前に居る男では無かった。

「…仕事ならもう抜けて良いぜ」

「…オーナー!?」

ハッとして顔を上げると、煙草を銜えたままの銀髪の男――セッツァー・ギャッビアーニが立っていた。
それに気付いたラグナは振りかえってスツールから腰を上げて人好きのする笑みを浮かべた。

「アンタが此処のオーナーか」

「エスタの大統領自らお出ましになるとはな。だが生憎と、うちは陰間茶屋じゃねーんだ、コイツを貸すのは今日一晩だけだぜ」

「勿論、俺もそんな悠長な事してらんねーしな」

「…アンタは一体、何なんだ……」

エスタの大統領といえば、あの、殆どが謎に包まれ、もう何年と鎖国を続けていた国だ。
国交をしている国は少なく、何故封鎖されているのかもよく判らない、そんな国のトップがこんなちゃらんぽらんな男だと言うのか。

「…んじゃ行こうか、スコール」

「………、…」

スコールは返答が出来ないまま、プライベートルームへと向かった。







着替えを済ませてから、未だ人の出入りがある従業員入口を抜けて、表に回る。私服だから目立つ事も無いだろう。
サングラスをかければ自分がレオンである事に気づく人間は少ないだろう。

入口まで来ると、黒塗りの車を横付けにしてラグナが待っていた。

「…済まない、待たせてしまった…」

「いや。…そんじゃ助手席乗ってくれ」

小さく告げると、彼は銜えていた煙草を携帯灰皿に潰してから運転席に乗り込んだ。

「行くか」

「…あぁ」

エンジンをかけてから、スコールは彼が護衛の一人も付けずに此処に来た事を知る。
全く、国のトップだというのはやはり澄ましだったのだろうかと思うけれど、彼の持つ独特の空気はそれが嘘だとは思えなかった。

「……どうして、俺なんだ……」

カジノに行けば、女なんて幾らでも居る。この歓楽街だ、引っ掛ける事なんて容易い事だろう。
おまけにこの男、見目もそう悪いワケでは無いし、エスタの大統領だというなら金に困っている訳でも無いだろう。

「……ホテルに着いてからな」

そう言ったきり、饒舌に見えた男は一切喋らなくなった。そうして黙したまま、そう遠くはないホテルに着くと、男は降りてキーをホテルマンに預ける。
その背中を追いながらエントランスに向かうと、男は部屋のキーを受け取って、そのままエレベーターに向かう。

エレベーターが止まったのは最上階のスイートフロアだった。
ドアを開けて男は中に入っていく。スコールはその前で足を止めたまま、動けなかった。この中に入れば、大事に抱えている自分の何かが壊れてしまう様な、そんな気がしていた。

ジャケットを脱いで質の良いソファに放り投げた男が、振り返ってスコールを見た。

「おいで、スコール」

「……ッ…」

スコールは、ひくりと喉を引き攣らせて、それでもその抗えない声に、室内へと足を踏み入れた。

どうして、逃げられなかったのだろうか。
賭けに負けたからか、それとも自分の名前を知る理由が知りたいからか。

混乱したままのスコールが来るのをラグナはじっと見つめながら待っていた。




「どうして、アンタは……いや、何を知ってるんだ、アンタは…」

ソファまで来ると、彼はテーブルに置かれたままのカードを手にとって、ケースから取り出した。
随分古びたそれはラグナの手にしっとりと馴染む様にスコールには見えた。

「賭けにしようぜ。お前が勝ったら何でも教えてやるよ」

「また、それか……」

スコールはうんざりと呟いた。自分に此処まで付き合わせておいて、またそうなるのか。

「勝てないと思うか?なら、お前はこのまま一晩俺に付き合う訳だ」

挑発じみた声で告げた男はネクタイを緩めて、ゆっくりとスコールに近づいた。
立ち尽くして動けないスコールのサングラスを外すと、ゆっくりと頬に掌を滑らせて首筋をなぞる。

「…っ触れるなっ!」

「お前にその権利はねーだろ、負けた癖に」

「判った、カードを寄越せ」

ローテーブルにサングラスを置くと、ラグナはゆったりとソファに腰を落ち着けて、向かいに座る様に促したのだった。

Black or Red? 

June 26 [Sun], 2011, 21:15




まるで群れの様だと思いながら、男は手元のカードを切る。
目の前に居るのは着飾った女が三人。台越しに彼女らへとカードを配りながら、彼は目を伏せた。

退屈だ。ゲームに興じる人間の相手をしながら、心底そう思った。
二枚目のカードを伏せて、自分の手元に置く。表にされた一枚はスペードのJだ。

「…HIT」

「私は此処で。」

「私もHITね」

それぞれに応じてカードを切ると、金髪の女性がこちらを見つめているのに気が付いて、顔を上げた。

「如何いたしましたか」

「名前を聞いても良いかしら?」

厚く口紅を塗った唇が薄く開いて、誘う様に向けられる。男は僅かに目を眇めてから、幾らかの躊躇の後に口を開いた。

「レオンです。…どうなさいますか?」

三枚目のカードを切った女性二人に声を掛けると、一人は軽く右手を閃かせた。

「STAND」

「…HIT」

金髪の女性が尚も、と告げてくるのに彼はカードを切る。その一枚でSTANDを告げた彼女らに、自分の手札をひっくり返して見せると、彼はそこで初めて薄く笑みを浮かべたのだ。

「…俺の勝ちですね」

手元にある二枚目のカードはスペードのA、それを見た女性陣が落胆した表情で軽く笑った。

「やだわ、勝たせるのも上手くて厭になっちゃう」

右手に持ったカクテルのグラスは既に空だ。金の巻き毛を揺らしながら、華やかに笑った女が立ち上がる。
賭けたチップを手元に寄せてから、男は腰を折って頭を下げた。

「どうぞ、またお出で下さい」

「またね、レオン」

金髪の女性が近づいてくるのに腰を折ると、軽く頬に唇を押し当てられる。
その開いたドレスから見える背中を見送って、小さく嘆息を吐きだした。つい今しがたカードを捌いていた指先が、キスを送られた頬に触れる。

ルージュの脂っぽい感触が指先について、もう一度嘆息を吐き出した。






プライベートルームから出てきた男は、細く、長い嘆息を吐きだして自分の持ち場へと付いた。
ブラックジャックの台を任されて、既に3年になる。カードを持たせたらまるで見えているかのように扱えるスコールに、カジノのオーナーは強く惹かれた。
その引きの強さは、長くカジノを営んできたセッツァーに一目置かれていた。

たった一度だけ、男はオーナーのセッツァーに買った。それだけでこのカジノの一角を任されているけれど、男にしてみれば自分が負けたのはそれ、ただの一度きりであった。

「…退屈、だな」

本気で勝ちたいと思ったのはオーナー以外に、誰一人として居なかった。
ここのカジノの面子はルーレットやビンゴばかりで、カードで相手になるのはオーナーただ一人なのだ。

偶には、本気で遣り合える相手と戦ってみたい。そんな気持ちばかり、持てあましていた。






「……そこのオニイサン」

手持無沙汰にカードを並べてピラミッド作成に興じていたところで、声を掛けられた。
つい指が滑って、ピラミッドはただのカードに戻り、深緑色の台の上に散らばる。その赤い紋様が、やけに鮮やかに見えた。

先程、女性陣にレオンと名乗った男は緩慢に顔を上げ、自分を呼んだらしい男の声の主を見上げた。

「…俺と勝負しねぇ?」

黒髪を後ろで一つにまとめた男が、翠色の瞳を向けてこちらに笑いかける。
仕立ての良いものと一目で判るスーツの胸元には着飾ったものではないドッグタグがついていて、それが軍の認識票である事が知れた。
その割には、荒んだ様な感じはしない。
軍の将校が来る事もあるけれど、彼らは皆、大体何かそういった空気をまとっているものだが、目の前の男からはそんなささくれ立ったものは感じられなかった。

「…どうぞ、席へ」

不思議な男だ、とレオンは内心で思う。見た目も、若いように見えるが、纏う貫禄が青さを感じさせない。
確かに何処かで見覚えがあるように思うのだが、それも思い出せなかった。
スコールは散らばったままだったカードを纏めると、長い指先で丁寧に切って山を置いた。

「ポーカーか?」

「いえ、BJです」

「了解。じゃあ、…全額BET」

じゃらり。そう音を立ててポケットから出されたコインを俺は積み上げた。

「…宜しいのですか?」

「OKだ。いつでも良いぜ」

全額と告げたのは本当だろう。まさかスーツのポケットにコインを溜め込んでいるとは思わなかったが、どうやら本気らしい。
小山を築き上げたコインを横目に、レオンは一枚目のカードを置いた。

それを見えない様にめくった男の手つきは、慣れていない様に見えた。珍しい――俺に勝負を仕掛けてくる奴は、大抵腕に自信を持つ者ばかりだと言うのに。
言われるままカードを切ったレオンは、そのまま二枚目のカードを渡す。

「…STAND」

「…畏まりました」

最初に配った二枚を見て笑った男が、そう告げる。レオンはもう一枚を手元に引き寄せた。
自分の手元のカードは合計で21、こんなものだろうと男は、カードをめくる様に促して、笑った。
最初の一手、二手は相手に勝たせてやる。そうしないと客が寄って来ない事を知っているからだ。

「…お客様の勝ちですね」

営業用の笑みを貼り付けたままレオンが口にすると、男はどうやら機嫌を損ねたらしい。僅かに眉を寄せて、じっと表に向けられたままのカードを見つめている。

「…成程な。お前、本気じゃねぇだろ?」

「………は?」

思わず耳を疑った。客からこんな事を言われたのは初めてで、レオンは顔にこそ出さないまま、戸惑っていた。

「良いぜ、そりゃカジノなんだし、俺に勝たせるのも仕事の内だもんな。…けど」

周りの客はこちらの様子には気付いて居ない様だった。何処か挑発的な笑みを向ける相手にどうしたものかと思案しながら、スコールは改めてカードを切る。
そうして冷静なフリを続ける彼に、男は続けた。

「次は本気で来いよ。…勝ったら、今夜お前、借りるぜ」

「……御冗談を」

まさか、と思った。男に言い寄られた事も無いわけでは無いが、こうも面と向かって言われた事は無かった。

「マジだぜ。お前が勝ったら…そうだな。欲しいモンを何でもくれてやるぜ」

「…欲しいもの、ですか?」

戸惑っている事に気付いたのだろう。男は畳みかける様に嫣然と笑う。

「お前、常勝のギャンブラーって言われてんだろ。最初は客に勝たせといて、引き込んでから…ってヤツ」

「……」

確かにそれはレオンのいつものパターンだった。気に入らない客に対しては最初から勝ちを取りにいくけれど、それだってセッツァーからそれでも構わないと言われている。
つまり、此処ではカードでの勝負が全てなのだ。

「…本気で来いよ、"スコール"」

「…ッ!」

名前を、呼ばれて愕然とした。
此処で自分の名前を知っているのはオーナーただ一人だと言うのに。

「それとも、俺に勝てる気はしない、か?」

「…判った、俺が勝ったら――」

レオン、否、スコールはその賭けに乗った。目の前の男は酷く愉しげな笑みを浮かべて、その口元を引き上げていた。




煉獄05 

May 22 [Sun], 2011, 13:45

【異変(仮タイトル)】




『知らないことが、多すぎたんだ』






セフィロスの屋敷に一室を与えられて暮らす様になってから、クラウドの生活が変わった。
朝になると眠り、夜になって起き、伽をする生活はまるで悪い夢の事だったのではないかと思うほどに。

セフィロスの寝室にベッドを置いて眠るようになってから、夢に魘される事も無く、悪い記憶を呼び起こす事も無かった。
その理由を一番よく知っていたのはクラウド自身である。

女王が式典で正装する際に身につける宝石は翡翠と決まっていた。
それはセトラの神を信仰する者にとっては唯一の宝玉であり、またニブルヘイムでは特によく産出される為でもあった。
故に、ニブルヘイムでのセトラ信仰では翡翠について伝承があった。

『危難ある時、翠の光 汝を救わん』

幼い頃から女王にそう聞かされていたクラウドは、自分が何を心の拠り所としているのかという自覚があった。







その日、雑用を押し付けられたセフィロスに誘われたクラウドは神羅の北方にあるとある小さな教会に来ていた。
あれ以来、事あるごとに外の世界に連れ出す様になったセフィロスは、クラウドの選択の余地を広げようとしていたのだろう。
ルーファウスはニブルヘイムの再興も考えていたようだったが、肝心のクラウドにその気がないらしく、それは難しい様に思えた。

重い扉を開けて中へと足を踏み入れると、外観は古びた教会の中は手入れがされており、とても綺麗だった。
久方ぶりに足を踏み入れる其処は神羅の家が代々守ってきた唯一のセトラ教会だった。

「…久しぶりね、セフィロス」

祭壇に花を生けていた少女が振り返って、その腕にある花束の様に可憐に笑うのを、クラウドは見つめていた。
セフィロスと同じ翡翠色の瞳と、柔らかな印象を受ける亜麻色の髪を結った、自分と同じくらいの年の少女だった。

「あぁ。ルーファウスから手紙を預かっている」

「…うん。それで、そちらは?」

セフィロスの隣に立ちつくしていたクラウドに先程から甚く興味を惹かれているらしい少女が歩み寄ってきて、クラウドの顔を覗きこむ。

「私、エアリス。あなたは?」

「…あ、…えっと…クラウド…です」

不思議な輝きを持つ翡翠色はセフィロスの物と全く同じで、クラウドは傍らのセフィロスを見上げる。

「…腹違いになるが、一応妹だ」

「道理で…似ていると思いました」

微かに表情を緩めたクラウドに、似ていると称された二人は僅かに目を見開く。お互い半分だけ血のつながった兄妹として、似ているなどを言われた事は殆ど無い。
顔立ちも優しげなエアリストは対照的に、セフィロスは整っているものの、見る者に冷たい印象を与える。
どこがだろうと顔を見合わせる二人に、クラウドは慌てた様に首を振った。

「あの、お気を悪くされたなら…すみません。でも…目の色が…」

「あぁ、成程な」

うん、と頷いたエアリスがクラウドの細い手首を取って、柔らかな笑顔を向ける。

「クラウド、良かったらお庭、見ていかない?」

年頃の少女らしい屈託のない笑顔を向けられてクラウドはたじろぐ。これまでそんな風に自分に笑いかけてくれる人など居なかったのだ。
返答に窮したらしく口を閉ざしてしまったクラウドの背中を押したのはセフィロスだった。

「俺は少し用がある。厭じゃ無ければ少し外を見てくると良い」

「あ……はい、それじゃお言葉に甘えます」

行きたいとは思ったが、そんな勝手な行動をしても良いのだろうかと迷ったのだ。それを察したセフィロスの言葉に頷いて、クラウドはエアリスと共に聖堂を抜けた。


明るく陽の光が降り注ぐ庭は神羅のセフィロスの屋敷よりは狭かったが、色とりどりの花が咲いていて、とても綺麗だった。

「……すごい…」

ピンクや黄色、水色と多彩な花が咲き誇っているのはエアリスの世話の賜物だろう。
クラウドは素直に感嘆の声を漏らして、その場にしゃがみこんだ。手入れの行き届いた庭に、ただただ圧倒されるばかりだった。

「お花たちに毎日言葉をかけてあげるとね、こんなに綺麗な花を見せてくれるの」

嬉しそうに笑うエアリスはずっと手にしていた花束を水の張ったバケツに入れて、クラウドの隣にしゃがみ込む。

「良かったら、また来てくれたら嬉しいな。お花達、喜んでるから」

「……でも、…俺は…」

勝手に出歩いて良い身分では無い。自分の身の振り方を早く考えて、神羅を出ていかなければ。そう、クラウドは思った。
あの地獄の様な日々から抜け出す事が出来たのだ。これ以上、セフィロスに迷惑を掛けたくないとクラウドは眉を顰めた。

まだ、自分は答えを出せていない。これからどうしたら良いのか、皆目見当もつかないのだ。

「…俺は……」

「大丈夫。…もう、クラウドは大丈夫」

不思議と、見透かす様な事を言われて、ハッと顔を上げた。この少女の瞳は何処までも透き通っていて、深い。
薄紅色のスカートの裾を捌いた彼女は咲いていた一輪の真っ白い花を摘み取る。

「…じゃあ、約束。クラウドが困ったら、此処に来て」

「え…?」

「それで、私が困ってたらクラウドは力を貸して欲しいの。いつか…多分、そういう時が来ると思うから」

クラウドには、彼女の言っている意味が理解出来なかった。自分にそんな力など無いし、今は自分の事で精いっぱいなのだ。
それでも、首を横に振る気にはどうしてもなれなかった。
困惑した表情で彼女を見つめて居ると、エアリスはふわふわとした笑みを浮かべたまま、クラウドの髪に手折ったばかりの花を差し込む。

「…俺に、…いつか、それが出来る日がくるなら…約束します」

「うん。それでいいの。…有難う、クラウド」









その日の夜、教会の直ぐ側にある部屋に泊めて貰ったクラウドは、なかなか寝付けずに居た。
多分それは窓から見える月の光がやけに明るかったとか、そういう理由だと自分の中で勝手に理由づけしていたのだが、目を閉じていてもなかなか睡魔は訪れず、結局ベッドを出てしまった。

(…一人で部屋で寝るの…久しぶりだからかな…)

神羅にあるセフィロスの屋敷に身柄を移されてからは殆ど毎日、セフィロスの隣で寝かされていたのだ。
あの体温は酷く自分には安らいで、心地好いと感じていた。
部屋に案内された時には一人で眠れるだろうと思っていたのだが、どうしても上手くいかなかったのだ。

物音をたてないように部屋を抜け出すと、そのまま聖堂の方へと向かう。
あの場所なら少しは落ち着けるような気がしたし、誰も居ないだろうと思ったからだった。

――だが、クラウドの当ては外れた。

ギィ、と軋む音を立てて扉を開くと、祭壇の前に居たのはセフィロスだったのだ。
物音に此方を振り返った彼は、意外そうに眼を見開いた。

「…どうした、クラウド」

「いえ、その…眠れなかったので…少し…」

口ごもってしまったクラウドを祭壇に最も近い椅子へと促すと、その隣にセフィロスも腰を下ろした。
二人の間に沈黙が降りた。だが、それは特に気まずい空気ではなくて、クラウドは何となく安堵しているのを自覚した。

この人の隣に居ると安心して、何もかもを委ねてしまいたくなるのだ。

「…俺……この先、どうしていいか、まだ…よく、判りません」

「…別に、今すぐ考える必要は無い。…お前の好きにしたらいいさ」

ニブルヘイムの復興は荊の道となるだろう。だが、それに関してもルーファウスの事だ。全面的に協力する事を約束するだろう。
あるいは、静かにひっそりと暮らすのも悪くはない。
例えクラウドがどのような道を選ぶのだとしても、それを受け入れる心算があった。

「…お前のしたいこと、欲しいもの…時間を掛けて、見つけるんだな」

くしゃり、と頭を撫でられて、クラウドは胸の内の何かが緩やかに溶けだすのを感じた。この大きく、刀を握る掌が今はただ温かく、心の安らぎになっている。
暫くの沈黙の後に小さく頷くと、クラウドはそっと隣の男へと身を寄せて肩に頭を預けた。
そしてセフィロスはまるでそれが自然な動きであるかのように肩を抱いて受け入れた。

「……時間はあるさ。焦らなくていい」

「…セフィロスさん……」







『神羅を出るの?』

『あぁ。此処は俺には…窮屈なんだ』

幼い少女が、兄である男に尋ねた。腕に抱いたままの花束をじっと見つめて、そう、と一つだけ頷いた。

『プレジデントは俺とルーファウス、どちらに家を継ぐべきか考えあぐねている』

このままでは神羅は二つの勢力に割れかねない。それは何としても避けたい事態であったし、自分は党首の座などこれっぽっちも興味が無かった。
ルーファウス自身は幼い頃から優秀だし、政にも向いているだろうが、自分は戦うばかりしか能が無いと自覚があった。

『…何処に、行くの?』

『さぁな。…世界中を見て回るのも悪くないだろう』

『そう。じゃあ…セフィロス。貴方に…』

――セトラの加護がありますように。

まるで自分がかつてニブルの幼い王子にしたように、そう静かに告げて、エアリスはセフィロスの額にキスを落とした。

『…それから、一つ約束をして欲しいの』

『約束?…何だ』

『いつか貴方は護る相手を見つけるわ。だから、そうしたら…何があっても彼を護って欲しいの』

エアリスの先視は酷く抽象的だ。古いセトラの民の血を引くという巫女イファルナの血を唯一引いたエアリスには不思議にも予知が出来た。
それは国の未来でもあり、また個人的な未来でもあった。
今までにもその先視で危機を回避した事のあるセフィロスにはそれがどうしも虚言だとは思えず、神妙な面持ちで頷いた。

『判った。お前も…息災でな』

妹の頬に唇を押し当てて別れを告げると、まだ青年というには若い男の背中は重い扉の向こうに消えた。
それをじっと見つめてエアリスは、腕に抱いた真っ白な花束を全て祭壇の花瓶へと生ける。

『…大丈夫。何が起きても、貴方は大丈夫』




Aa05 

May 04 [Wed], 2011, 22:43
【the Last Numbers】




ビルの屋上に、彼は立っていた。
夜の闇の中では紛れ込んでしまいそうな黒いコートは、同じ色のファーに縁取られていて、その裾は強い風に翻っている。

彼が、スクリーングラスを外すと、その奥にはまるで雷光を思わせる蒼い瞳が露わになる。
その虹彩に今回の標的となる人物を見据えながら、彼――スコール。レオンハートは飛んだ。

そう、文字通り飛んだのである。予備動作はほぼ無いまま、まるで落ちる様に屋上の柵から空中に身を躍らせ、仲間と連絡を取るために携帯で通話を始めた男の背後に降り立つ。

通信には予め傍受するべく回線に入り込んでいる。当初の推測では仲間は数人程度だと知っていたから、此処でこの男を押さえておく必要がある。
他の共犯者達には事前に自分の仲間が張り付いている頃だろう。
首謀者となる男さえ捉えれば瓦解する様な、組織としても形を成していないテロ集団だというのは事前に調査済みだ。


エスタ大統領の護衛官として任務に就くようになってから二年、これまでスコールは護衛の任務以外にも、現政権への不安要素を排除するべく動いて来た。
そして今回の任務――己自身に課した任務ではあるが――も同様で、旧アデル派の残党による報復テロが計画されていたからだ。
アデルは通称魔女といわれ、旧独裁体制のシンボルでもあり、その頂点に立つ人物でもあった。
民衆を恐怖に陥れ、自身の持つ強大な軍事力によって支配をしてきたが、それを打ち破った革命の指導者がラグナ・レウァールであった。

尤も、彼はそんな認識も無く、ただ祭り上げられていただけだと笑うのだが。
それでも彼のカリスマ性と指導力に心酔した革命派によって、エスタは恐怖政治から解放された。
そのまま、民衆による統治を望んでいたラグナ自身が、次の指導者として持ちあげられているのだ。

まだ、旧派の残党が多い中で、幾度も暗殺未遂事件が起きた。だからこそ、自分が護らなければならないとスコールは強く思っているのだ。





「ヒッ……!?」

降り立ったスコールが男の眉間に銃を押し当てるのと、男が携帯端末を落とすのは同時だった。
だが、通話しようとした男の相手からの声は聞こえない。それもその筈、既に通話相手の位置は特定し、キスティスとゼルがツーマンセルで制圧していたからだ。

「大人しくしていれば裁判くらいには掛けてやる」

――俺達はアンタたちのボスとは違うからな。そう笑ったスコールは酷く艶やかで、男である事を忘れさせるような笑みだった。
その威圧感に怯みながら、男はある事実に気が付く。かつて事故で死んだとされていたあの革命家の息子であると言う、その事実に。

「…ッ…貴様…大統領の息子か!?」

「…は。アンタ、余程死にたいらしいな」

その言葉に鼻で笑ったスコールが、手にしていた銃を相手に向ける。重い、35mm口径はその細い腕に不似合いな程、鈍い輝きを纏っていた。

「成程…キロスの読みは当たっていたな」

――今回のテロリストは碌な標的では無い。
キロスが下調べしていた情報はそう遠くは無かった様に感じる。確かに、作戦も杜撰、統制もろくに取れていないのだ。

乾いた音が一瞬で掻き消えた。膝を貫いた銃弾は地面に落ち、血が汚していく。

「ぐ、ぁ…ぁああああッ!!」

「…煩いな」

これで逃げる事は不可能だ。自分であれば痛覚さえオフにしてしまえば歩けるのだが。スコールはくつくつと笑いながら倒れ込んだ男の頭を踏みつける。
黙れと言わんばかりに踏み込みながら、暗号通信をオンにする。

『――キスティス、こちらは終わった』

『了解、ターゲットは?』

『確保している。警備隊を回してくれ。俺はこれから戻る』

通信回線をオフにすると、痛みで気を喪ったのだろう、男はぐったりと動かなかった。
とりあえず足をどけて見下ろしてから、スコールはそのまま警備隊が来るのを待っていた。





「…静かだな」

先程の喧騒が嘘の様に、此処は静かだ。官邸の屋上で星を眺めながら、スコールは小さく呟いた。
屋上はエスタ特有の冷たい風が吹いているが、自分には不快感も感じられない。
ただ、気温と湿度を把握できる事と、あまりに暑いと稼働率が落ちるくらいか。

ぼんやりと星を見上げていると、回線にアクセスがあった。――IDはこの官邸の護衛のモノでは無いようだ。
念のためにセキュリティレベルを上げて応答すると、その奥から響いて来たのは珍しい相手からだった。

『…スコールか』

『クラウド、…どうした』

『アンタに頼まれていた件だ。これから転送する』

――頼まれていた件、それはミッドガルで把握している国際テロ組織のリストだった。
どうも此処最近の動向がおかしいと、昨夜の内に頼んでおいたのだ。程無くして転送されてきたファイルに目を通す。

『確認した。…報酬は?』

『今回の任務のアンタの戦闘データだな』

――お互い、戦闘用モデルのラストナンバーであるがゆえに、これ以上、ラボのサーバーからはデータは得られない。
それが判っているからこそ、こうして遣り取りをする事がある。
クラウドはどちらかと言えば戦争に駆り出されているから戦術に長けているし、スコールは誰かがいてもツーマンセル、殆どが独自行動だった。

互いに分野の違う部分だからこそ、お互い補完しあってデータを蓄積している。
何があるか判らないからこそ、情報が欲しいのだ。

『報酬になってない気もするんだが…』

『気にするな。大した手間じゃない』

ふ、と笑った気配がしてスコールは口を閉ざした。確かに、自分もクラウドも情報戦は得意中の得意分野だ。
資料をまとめるなど、大した負担にもならないだろう。

『有難う。…データは後で転送しておく』

『あぁ。…じゃあな、スコール』

プツリと、通信が途絶えて急に静かになったように思えた。暗号通信に掛かる時間は口頭での会話よりも短いのだが、通信を終えるとどうにも時間の流れが変わってしまうようにも思う。
スコールは今日の任務で得たデータをクラウド宛てに転送しながら、自室へと戻るべく邸内に戻った。




エスタで把握しているテロ組織の一部の情報が欠落しているのは少し前から気にかかっていた。
今回の場合は大統領を狙ったアゼル派の残党である事は判っていたが、その背景組織も気になる。
自室に戻ったスコールがPCを起動すると、程無くして政務を終えたラグナが帰ってくる。

「ただいまー、スコールー」

今日は確か午後に会議、会見とあった上に会食があり、その後にデスクワークを行っていたからこの時間まで続いたのだろう。
既に日付は変わっている。スコールは立ち上がると、言葉尻が間延びしている父親の身体を抱き止める。

「お疲れ、ラグナ」

「あーもうー…無理、もう一歩も動きたくない」

抱きとめられて安堵しきったらしいラグナが全体重をスコールに預けてくるのを苦笑しながら支えて、そのジャケットを脱がせにかかる。
このまま放っておくと恐らくはソファで寝そべり、皺になるに違いなかった。会食用にスーツを着ているから、それだけは避けたかった。

「はいはい、取り敢えず風呂、入るだろ?」

「明日の朝で良い…」

「いいから、身体を温めてこい。…それとも」

ふ、と小さく笑ったスコールの気配にラグナは僅かに眉を顰める。

「…一緒に入るか?」

「………ヤだ」

「なら、さっさと入ってこい」

ジャケットとネクタイを手にしたまま、スコールはラグナを立たせてバスルームへと送り出す。
大人しく脱衣所へと入ったラグナを確認してからスーツをクローゼットにかけて、代わりにバスローブとタオルを取り出す。
多少世話が焼けるのだが、自分はどうも甘いらしい。つい何事も粗雑になりがちなラグナの世話を焼くのは嫌いでは無かった。

――他の奴なら御免だが。

バスローブとタオルを置いて、バスルームからリビングに戻ると、起動していたPCに向かう。
クラウドから入手した情報を整理しながら今後の対策を考える。その心算で居たものの、何となくその気分になれなくてリビングの椅子に凭れかかる。

お互いに親子であった頃の記憶を取り戻したのは一月ほど前の事だ。自分が知っている過去のデータを修復したクラウドから記憶を貰った時に、感覚は取り戻した。
それをラグナに話した時に、親子の関係だとしても今更別れる気は無いのだとラグナは言った。それが醜聞にならぬ様にと細心の注意を払いながら、過ごしてきては居たが――

「そう、親子だっていうのは問題無いんだ…」

自分がこんな作り物の身体だということも、先ず判らないだろう。知っているのはエスタではラグナと護衛を共に行っている仲間たちだけだった。
そして彼らは例え拷問にあったとしてもこの秘密を守りぬいてくれるだろう。そして他に知っている人物――クラウドとセフィロスはミッドガルだ。
神羅がエスタの敵国とならない間はこちらも問題は無いだろう。

「…だが…問題は山積している、な」

細く、長い溜息を吐き出すとずるずると凭れに体重を預けて、天井を見つめた。
だがラグナを護ると決めた以上、放りだす心算もなければ、逃げたいとも思わない。そう思わせる何かがラグナにはある。

そして、自分には特別な理由がある。それだけが、今のスコールの存在する理由であった。

ゆっくりと目を閉じたまま居ると、バスルームで扉が開く音が聞こえて、スコールは姿勢を正した。
振りかえると、ぽたぽたと滴を落としながらラグナが裸足のままこちらに歩いてくる。

「…お先、スコール」

流石に浴槽で眠った様子は無かった。幾分は落ち着いたのだろう、先程よりは目がしっかりしていた安堵した。
だが、肩に垂れ落ちている水滴だけは頂けない。スコールはいつもの事だと思いながら、椅子を立ってラグナをソファに促した。

「アンタな、いつまで経っても学習しないな」

「え?何が?」

「…この時期はまだ夜は冷える。風邪をひくぞ」

「あー……」

タオルドライをした後にドライヤーを持ってくると、指先で梳りながら乾かしていく。その手つきは驚くほど優しく、ラグナにとって心地好かった。

「…やばい、すっげぇ気持ちい…」

「……終わったぞ」

水気が無くなった髪はさらりと指を抜けて落ちていった。所々に白いものが混じっているのは年のせいもあるだろうが、それ以上に激務と心労の為だろう。
自分にどれだけ心を砕いて接しているのかよく知っているからこそ、その一筋すら愛しいと思ってしまう。

うとうとし始めたラグナに慈しむ様なキスを送ると、眠気を誘われたらしい。そのまま寝息を立て始めた恋人に、スコールはくすりと笑った。

「…子供みたいだ」

キロスからはよく、どちらが子供か判らないと言われるが、まさにそうだとも思う。
だが実際のところ、甘えているように見えてこの男の包容力は凄まじいものだ。結局自分もそこから抜け出せずに居る。

今はそれでもいいが――

「いつまでもコドモじゃないからな、俺も」

大きなモノを背負う細い肩を見つめて、ラグナの身体を抱えるとベッドへと向かうのだった。

煉獄04 

April 03 [Sun], 2011, 11:48

【異変(仮タイトル)】




『罪を償う方法なんて幾らでもあった』





机で転寝をしてしまっていたらしい。気が付くと自室の窓からは朝日が差し込んできていて、寝起きの目には痛いほど眩しく感じられた。
セフィロスは緩慢に身を起こすと、傍らにあるベッドで寝息を立てている少年へと視線を向けた。
白いシーツは穏やかに上下しており、どうやらあれから悪夢を見た様でもなさそうだった。

ここまで彼に固執する理由はたった一つ、亡き女王への敬意と、自分の罪を償う為だ。
セフィロスは、そう考えていた。だから、行く宛も無いクラウドの身柄を引き取り、自室に匿っている。

「ニブルを焼いたのが俺だと知れば、お前は俺を――」

それでも良いと思っていた。あの時、自分が正気で無かった事を知る者は誰一人として居ないのだ。
弁明をする機会どころか、ニブル制圧に加わろうとする自分を諌める者も居なかった。
かつてセトラの加護ぞ在れと願った自分を、セトラの神は見放していたのだろうとすら思う。

セトラと対の位置に在る神――ジェノヴァ。その信仰は浅くなく、また、その呪いとも言うべき擬態能力は一般には伝えられていない。
信仰は隠されており、弾圧を行う国もある。その中で、ジェノヴァの信者は信仰に対する研究を続けているようだった。

勿論、邪神などと、セフィロスは信仰して居なかったし、セトラの神に対してですら、国民の心の拠り所としての存在価値を認めてはいても、それだけだった。
――実際に、精神を乗っ取られたその時までは。

全く途切れる事のない声が精神を支配していく感覚を、今でも覚えている。忘れた事など無い、最悪の呪いだ。

「誰かの所為にする心算も無い。寄生された等と、信じる奴も居ないだろうしな」

革張りのデスクチェアから立ち上がると、鍛えられた身体ではあっても重く感じられる。寝付けないからと一晩中、報告書を書いていた所為だろう。
凝り固まった肩を解してからベッドに歩み寄り、クラウドが相変わらず寝息を立てているのを確認してから、椅子の背にかけたままだった上着を羽織る。
部屋に呼びつけた侍女に二人分の朝食を命じてから、洗面所へと向かった。


顔を洗うと、鏡に映る自分が酷く疲れているように見えて、嘆息を吐き出した。

「らしくないな…」

ジェノヴァを信仰の対象として見た事も無ければ、幼い頃は義務として課せられていたセトラへの信仰も薄い。
無神論者である自分があの女神の呪いをその身に受けるなど、思ってもみなかった事だった。
結局のところ、自分が信じているのは今も、そして国を出奔した頃も、自分の腕と仲間だけだった。

タオルで水気を拭き取ると、幾らか表情も冴えた様に見える。そうしている間に部屋へと来たのだろう、侍女の声が聞こえて顔を上げた。

リビングに戻り、入る様に命じると、王室付きでも特に口の堅い侍女が立っていた。
恐らくはルーファウスの配慮だろう、彼は部下の把握に長けている。それこそ、人の上に立つに必要な資質だとセフィロスは思っていた。
自分は特に近しい人間への理解は十分なものの、一歩離れてしまうともう判らなくなるのだ。
ジェネシス、アンジール、ザックス、ルーファウス、その程度が居れば生きていくのに事足りる。そう、思っていた。

侍女はリビングのテーブルに軽い朝食を二人分支度をすると、特に何を追求するでもなく部屋を辞した。
それを見送ってから、セフィロスは未だ寝室で眠る姫君を起こしに向かった。








セフィロスが外に出てみるかと誘ったのは、クラウドの肌があまりにも青白く不健康に見えたからだ。
一体どのような監禁生活を受けていたのか、肉の削げ落ちた身体は見ているだけでも不安になる。

人の身体は日光に当たる必要がある。それはセトラ信仰ではなく、医学的にも証明されている事で、セフィロスはまずそれが必要だと考えた。

「…あの、俺…そんな勝手に出歩いて…良いんですか?」

不安げに問い掛けるクラウドの衣類を見繕っていたセフィロスは、厚手の上着を手にとってクラウドの背に合わせている。

「…俺も居る。大体、此処は神羅の屋敷だ。賊がうろつく筈も無い」

既にベッドの上は軽く小山が出来る程の衣類の量だ。ルーファウスに頼んだモノもあれば、ザックスが何処からか買ってきたものもある。
だがそれらは全て彼の細い身体には少し大きいモノばかりだった。

「これならいいか」

黒が着たいとだけ希望を告げたクラウドに希望通りの色の着衣を支度したセフィロスは最後に黒い上着を合わせた。
クラウドが何かを言いたげにしていたが、それを許さないとばかりに身支度を終えて直ぐ、部屋から連れ出した。

クラウドがこの部屋を出たのはルーファウスに顔を合わせたただの一度きりで、此処に来てからはいつも部屋で本を読んでいた。
元々、大人しい性質なのだろう、これまでは外に出ても良いと提案しても、首を振るばかりだった。
体調の事もあるのだろうが、部屋の中に居る事を苦痛に感じない性質のようであった。



廊下を抜けて屋敷の中庭に出ると、外は雲一つ無く、真っ青な空が広がっていた。
木々の合間を抜けて芝生の植えられた場所に出ると、クラウドは既に息が上がっている。それに気付いたセフィロスがベンチへと促した。

「…本当に体力が無いな。」

「すみません…」

くったりとベンチの上で座り込んでしまっているクラウドを見下ろしたまま呟くと、彼は申し訳なさそうに俯いた。

「とりあえずは毎日外に出すからな。覚悟しておく事だ」

くつりと笑って見せると、彼はハッとして顔を上げた。
子供の頃に見た、あの空色の大きな瞳が見開かれて、零れ落ちそうにして、こちらを見上げている。

「どうした?」

「…良いんですか?」

何が――そう、問い掛けて辞めた。見開かれた瞳が、嬉しそうに、まるでプレゼントを貰った子供みたいにしているのだ。
成程、外に出るのが嫌いな訳では無さそうだ。そこまで思案してから、セフィロスは内心で苦笑する。

この子供の嗜好まで思慮したいと思うのは、どうした事だろうか。

「…構わない。お前がマトモに動ける様になるまで俺が鍛えてやる」

「……厳しそうですね。でも…有難うございます」

ふわ、と花が綻ぶように笑う姿が美しくて、セフィロスは思わずそれに目を奪われた。
そんな顔も出来るのかと告げるのは躊躇われて口を閉ざしたが、それでも、もっとこんな表情が増えれば良いのにとも、思う。







「ニブルの女王を喪った痛手は神羅にも大きいがな」

夜、自分の私室で机を挟みながら、彼は呟いた。ルーファウスにも幼い頃、彼の女王に可愛がってもらった記憶が鮮明に残っている。
また、自分が国の役職に就く事になってからも、ニブルヘイムという国はその立ち位置として、非常に重要なポジションにあった。

「完全平和主義――…夢の様な話ではあるがな」

「今のお前にそれを語らせるほど私は鬼では無いよ、セフィロス」

手にしたグラスには、琥珀色のキツイ蒸留酒が入っている。その氷を無意味に揺らしながら、ルーファウスは笑った。
彼は、自分の兄の犯した所業を理解している人間の内の一人だった。

「私は…あれを誰かの所為にする気など無い」

「判っているさ。だが…」

言い淀む彼に片手を上げて制したセフィロスは、静かに首を振った。

「もし俺が再びアレに乗っ取られる様な事があれば、今度はザックスが止めてくれるだろう」

「…お前を喪うのも神羅にとっては痛手なんだが?」

パラメキアを去ったセフィロスの傭兵隊を抱え込む時に、ルーファウスは確かに自分の兄に『お帰り』と告げた。
かつて出奔した兄を彼は家族として愛しても居たし、同時に彼が持つ戦闘力を高く評価していた。
だからこその言葉であったし、今も同じであると告げているのだ。

「…神羅を焼くよりは余程安いものだ」

グラスの中身を飲み干したセフィロスが小さく呟いて、ルーファウスは僅かに目を伏せた。






当時、まだ事務方の補助をしていたザックスには全てを話した事があった。
それだけ、副官として信頼しても居たし、同時に高い剣の腕と、真実を見極める目を持っているのが理由だった。
そして、何よりも彼にはこうと決めたら遣りとおす覚悟がある。

自分に何か遭った時は副官としての任を果たすようにと言い含めてある。

『アンタは、それで良いのかよ?』

自分を殺せなどと言った事は無いが、邪神の化身となった自分を放置しておけないだろう。ザックスの青臭い正義感も、気に入っていた。

『構わん。自由にならん身体なんぞ俺には必要無いからな』

そして、彼は任務の為に最良の選択をする事が出来る優秀な戦士でもあった。
だからこそ、自分が居なくなった時の保険を掛ける事が出来る相手に相応しい――そう、思っていた。

『そりゃ…アンジールとジェネシスには頼めねェからな』

また、ザックスも彼の精神をよく理解していた。
冷徹に見えて、情が深いのも理解しているから、その役目を負うのは自分になると言う事も。

ザックスは頷き、また同時に最悪の事態になった場合の行動を心に決めた。
それはセフィロスが気に入っていた彼の性質から来る――不本意な行動だった事を、後に知る事になるのである。



Report番外編:78 

March 13 [Sun], 2011, 15:38
Report番外編:78





「ふざけるな親不孝者、ジュノンの海に沈めるぞ」





今日も快晴、にも関わらず神羅新本社ビルの社長室では暗雲が立ち込めているように、スコールの目には映った。
前回の異世界での闘争が終わった折に何故かバラムに帰れず、ミッドガルに来てしまった彼はあれ以来、帰る方法を探しながらクラウドと共に過ごしていた。

ソルジャーとして働いているクラウドと共にあちこちの任務に就いて食い扶持を稼いでは居たが、まさか自分にこんな任務が回ってこようとは――

「SeeDは何故と問うなかれ、SeeDは何故と問うなかれ、SeeDは…」

思わず現実から逃避しようとぶつぶつ故郷のバラムガーデンでの訓戒を呪詛の様に呟いているスコールの隣で、クラウドはバングルに嵌められたマテリアに手を翳した。
ファイガを全体化で連結させて辺りを焼き払おうとしたところで、傍らに居たザックスに止められる。

「こらクラウド。社長室燃やすとお前、また始末書だぜ?」

「アンタ程の枚数じゃない」

しれ、と言い放ったクラウドにザックスは肩を竦めるだけだ。確かに、単純に枚数だけで言えば自分の方が遥かに多いが、クラウドに関しては内容が問題なのだ。
その始末書のほぼ全ては社長に対する危害の件という、実にどうしようもないものなのだ。

「スコールを雇うと言っているのは私だよ、クラウド」

「アンタの目は節穴か?…コイツの何処を見てそんな任務をさせるって言うんだ」

「最も適任なのは君だがね、生憎と君は面が割れている」

そう言って、黒革のデスクチェアに凭れかかったルーファウスは、机に書類を放り投げた。
その文面には、神羅電気動力株式会社の最も大きな取引先である会社からソルジャーに依頼された任務について交わされた契約の内容が記載されていた。

と、いうのが――

「君の方が適任だが、生憎と面が割れているからね。また、花嫁役をルードにさせる訳にも行くまい」

「イリーナが居るだろう」

「あれは先日の任務で負傷し、療養中だ。大体、嫁入り前の女性にそんな危険な任務は…」

「スコールも嫁入り前だ」

クラウドが思わず、といった風に突っ込みを入れる。
それについては華麗にスルーしたらしい社長は、スコールの方へ向き直って端整な顔に甘やかな笑みを浮かべる。

「君の意見も聞いておこうか。この任務に成功した暁にはこれだけの額を払うが、どうだ?」

カタカタと手元のノートPCに何かを打ち込んだルーファウスは、ディスプレイについていた黒いシートを外してスコールに内容を確認させる。
その額を見たスコールは僅かに眉を顰めては居たが――

「その任務、引き受ける」

一言、そう告げた。









まだ不満らしいクラウドがそれから何やらグチャグチャ言っていたのにも気にする事無く、社長室を後にする。
スコールはクラウドの愛車の後部座席に跨ったまま帰路に就いた。

神羅本社ビルを出てからクラウドは一言も言葉を口にしなかったから、当然怒っているのだろうと思っていた。

「ただいま、ティファ」

「あ、お帰りなさいスコール、クラウド………クラウド?」

ムスッとした表情のまま、自室への階段を上っていくクラウドを訝しげに見つめるティファに事情を話すべきだろうか。
そう思案したスコールがカウンターのスツールに腰を落ち着けると、小さく息を吐き出す。

「俺が社長の任務を受けたのが気に入らないんだ」

「あ、成程。スコールの事、溺愛してるものね、クラウドは」

「…そんなんじゃない」

目の前に出されたグラスを見ると、淡い色をしたものが注がれていた。氷の浮かぶそれはどうやらミルクティらしく、ふわりと芳ばしい香りが経ち上っている。
ティファに礼を告げてそれに口を付けると、何だか不思議な味がした。スパイスが入っているようだ。

「何だ、これは?」

「ユフィに教えて貰ったの。チャイっていう、ミルクティの一種なんだけど…どう?」

シンクの中身を片づけたティファがタオルで手を拭いながら尋ねてくる。
スコールはもう一度それを口にして、首を傾けた。

「…成程。…悪くは無いな」

「ホントはホットなんだけど、冷たくしても美味しいかなって思って」

神羅ビルの空調の効いた室内は乾燥しきっていて、乾いた喉には心地好かった。
スコールはその変わった風味を楽しみながら、どうやって拗ねたクラウドを宥めようかと思案するのだった。






「何で引き受けたんだよ」

その日の夜、風呂から上がったスコールがクラウドの部屋に向かうと、彼は開口一番そう口にした。

「いくらアンタが傭兵だからって、こんな任務まで引き受ける事、無いだろ」

「それはそうだが…」

ぽたりぽたりと髪から垂れ落ちる滴をタオルで拭き取ってから、スコールはベッドに腰を落ち着ける。

「そう、怒るな。…何もルーファウスの為に引き受けた訳じゃ無い」

ソファに座ったまま此方を見ようともしないクラウドへと言葉を投げかけながら、スコールは思う。
こちらの世界に飛ばされてきた自分の居場所をくれたクラウドとティファに何か返せるものを探しているのだと、どうして言えるだろうか。

彼らは、きっとそんな物は要らないと言ってしまうのだ。
それが当然であるかのように振舞うから、自分がとてつもなく非力な存在に思えてしまう。
――実際、他に何の役に立てるのかなど、考えられないのだが。

「じゃあ、何だよ」

「今は、言いたくない」

返しても居ないうちから、何も言える筈が無い。そう胸の内で呟いて、スコールはベッドに転がった。
果たしてクラウドがそれで納得するかどうかは判らなかったが、他に返答のしようも無かったのだ。

そうしたら、隣にある気配がふっと緩んだ気がして、スコールはそちらに視線だけを向ける。

「しょうがないな。…アンタが話してくれるまで待ってる」

クラウドが、琥珀色の液体を満たしたグラスを手にしたままソファを立つ。彼がベッドに向かってくると、強いアルコールの香りが鼻腔を擽った。
南方で作られるらしいその蒸留酒を一度だけ口にした事があるが、その度数の強さに噎せ返った事があるのを思い出す。
ストレートを平然とした顔で飲むクラウドの肝臓はどうなっているのかと一度だけ聞いた事があるが、ソルジャーという特殊な兵士となるべく生体実験を行われた身体では、アルコールの消化吸収が驚くほど早いのだという。
それゆえ、ろくに酔う事は無いのだとクラウドが笑っていた事を、スコールは今になって思い出した。

「…けど、危険だと思ったら直ぐに俺を呼べ。張り付いてるから」

「…クラウド……」

ぎし、とベッドに上がってきた彼が身を寄せてくるのに、漸くスコールの表情が緩む。
それを確認してから、クラウドはシーツを引き上げた。身を寄せ合っていると、どうしても衝動に駆られてしまって、その薄い唇を重ねてからクラウドはしまった、と思った。

「……苦い」

「悪い。…アンタが未成年なのすっかり忘れていたな」

文句を口にするスコールの頭を宥める様に撫でて、クラウドが漏らした。












ブリーフィングで決まった作戦には一切口を出さないクラウドに、ザックスやセフィロスは意外に感じていた。
あれ程に
スコールの作戦参加を厭がっていたのを、どんな手を使って説き伏せたのかという点にも興味を抱いたし、クラウドを黙らせるだけの発言権が彼にあるのだろうかと、ささやかな噂になっていた。

「終わりましたよ」

控室から出てきたイリーナが、廊下で立ち尽くして待っていた男たちに声を掛ける。
普段、ソルジャーと恐れられている男たちは何とも所在なさそうに、そわそわと落ち着かない様子で居た。皆、スコールの化けっぷりが気になるのだろうとイリーナは小さく笑みを零す。

「クラウド…」

「お前ら、誰も入ってくるなよ。いいか、絶対に見るなよ!」

「あの…俺らも警護の任務あるからそれ、無理じゃね?」

きつく言い渡してクラウドが扉の前に立つ。二度、ノックをすると落ち着いた声で入れ、と聞こえて安堵した。声だけ聞けば、いつも通りのスコールだった。
そっとドアを開けると、もどかしくも衝立が見えた。その隙間から、薄く装飾の施された白いレースが見えて思わずドキリとする。

「…スコール、入るぞ」

「あぁ」

衝立を回り込むと、クラウドは思わず眩暈を感じた。白いマリアヴェールに包まれたスコールは男とは思えない程美しく、まさに清楚であった。
肩幅を上手く隠す様にデザインされたそれは腰の細さを際立たせていて、長い裾が優美に広がっている。
美しい鎖骨のラインを飾る様につけられたアクセサリーはシルバーが主となっていて、白い肌を美しく見せている。

そうして、化粧が施されているのだろう、額の傷跡は上手く隠されていて、どこからどうみても完璧な花嫁だった。

「…、……」

「――おい、クラウド。何を呆けてるんだ」

思わず言葉を失くしたクラウドに、スコールは眉を顰める。その、淡いピンクのルージュに縁取られた唇からは、いつもと変わらぬ言葉が吐き出される。
それに安堵して、漸く我に返った男が凭れの無い椅子に腰かけたスコールに屈みこんで視線を合わせる。

「…そのまま…」

俺と式を挙げてくれたら良いのに。そんな言葉を呑みこんだ。今は任務の前で、コイツの隣に立つのは俺じゃ無く、標的にされている取引先の御子息サマなのだった。
その事実に無性に苛立ちが募ったが、全て胸に仕舞い込んだまま、クラウドはヴェールをそっと持ちあげた。

「…どうした?」

顔が近づいてくるのに、スコールは首を傾ける。さらりと、頬にかかる髪も後ろは纏められて整えられていた。
それを崩さない様にしているのだろう、いつもと違う香りがしていた。

警戒心の欠片もないスコールのそれに唇を重ねると、クラウドのキスは触れるだけに留まらなかった。

「…ンッ……!!」

舌が触れた。そのまま角度を変えて深く口付けられるのに何の抵抗も出来ないままスコールはきつく目を閉じて、甘受していた。
何せ、いつもの様に動くのが躊躇われる程の装飾なのだ。普段見に付けているレザージャケットがこれ程頼もしく思えた事は無いと、スコールは感じていた。

振りほどく事も出来ないまま、長いキスが終わると指先に摘まんでいたヴェールを下ろしてからクラウドが間近に笑う。

「…ッアンタな!」

「例え偽装でも、他の男のモノになるんだ。これくらいは良いだろ」

ルージュが落ちた事に気付くと、直ぐ傍らのドレッサーにあるルージュを手にとって色を確かめる。同じ色を確認してからブラシを取ると、スコールの手にヴェールの端を渡した。
柔らかな唇を再び桜色に彩りながら、黙り込んでしまったスコールに怒らせてしまっただろうかと、何となく不安になってその双眸と視線を重ねる。

「アンタ、…流石だな。化粧の心得もあるのか」

女装をかつて経験した事を何度ネタにされただろうか。何となく遠い気分になりながら、クラウドはブラシとルージュをドレッサーに置く。
何と返そうか思案している頃に、ドアの外からザックスの声があった。

「おいクラウド、もう良いだろ。お嬢さん連れて出て来いっての」

「あぁ、了解した。――…行こう、スコール」

白い手袋に包まれた指先を取ると、立ち上がったスコールはいつもよりも目線が低い様に思えてクラウドは思わず足元を見る。
どうやら動きやすいようにとヒールの低いモノを用意して貰っている様だった。いつもは重いブーツをはいているからだろう。

「…護身用のナイフは持ってるな。何かあれば遠慮はするなよ」

「判ってるさ。俺を誰だと思っている」

――伝説のSeeDだ。そう言い放ったスコールは何時も通りの冷静さで、緊張の欠片も見られない。
その不敵な笑みをヴェール越しに見てしまったクラウドはゾクリと背筋が粟立ったのを自覚した。どうしようもない程に、美しく強い獣が目の前に居た。

白い手をとったまま部屋を出ると、そこにはもうスコール・レオンハートという傭兵はおらず、ただ一人の花嫁がいるだけだった。







「お疲れ、スコール」

引きちぎれたレースは無残になっており、白いドレスは所々が焼けた跡が残っていた。それでも肌には一切の傷は残っておらず、ドレスが血に染まっているのは相手の返り血だった。
最後の最後までか弱く清楚な花嫁を演じていたスコールが囮になった結果としてまんまと騙されたテロの一味は、残らず捕縛された。

あれは壮絶だったな、とクラウドは思い出す。

念のため腰に下げていた剣は、いつも自分が使っているバスターソードとスコールのガンブレードだった。
降り注ぐ銃弾をプロテスで防御し、花婿役の男をザックスに放り投げた後はセフィロスと二人で全てを片づける心算だったのに。

スコールが人質に取られる可能性は想定の範囲内だったし、だから護身用にとナイフを持たせていた。
クラウドとのキスには抵抗すら出来なかったスコールが繊細なレースがちぎれるのも構わずに振りほどいた腕はナイフで切り飛ばされ、さらに向けられてきた銃弾には。

「まさか、本当にガンブレードを使うなんてな」

「だから持って来いって言っておいただろ」

腰に提げていたガンブレードを奪い取ったスコールが善戦したのだ。お陰で負傷者は一人も出ず、またテロ組織は残らず捕縛が出来た。
関連する組織や複数流していた情報を何処から取得したかはこれから調査課でじっくり調べられる事だろう。

取り敢えずは任務終了だと笑って、クラウドはポーションの瓶をスコールに渡した。

「それで、アンタがコレを引き受けた理由はなんだったんだ?」

「あぁ…いや。大した理由じゃ無い」

誤魔化そうとするスコールに視線を向けると、教会の長椅子に腰かけたままの彼はどうやら言いにくいらしい。顔ごと背けたまま、視線を合わせようとはしなかった。
何処を見ている訳でもないだろう。既に教会内にはタークス、ソルジャーも撤収し、残っているのは自分たち二人だけである。
銃弾の撃ち込まれた祭壇や倒れた燭台が無残ではあったが、高いステンドグラスは綺麗に残っていた。

言い淀む彼にもそれなりの理由があるのだとすれば、それでも良いかとクラウドが諦めかけた瞬間、スコールが口を開いた。

「…この世界で、生きていくのに…自分で稼がなきゃ、って思ったんだ」

「…アンタは、十分それをやってると思うが」

「違う」

あちこちが破けて外してしまったヴェールを指先で弄りながら、スコールは首を振った。

「アンタと、この世界でずっと…生きていく為だ」

小さく告げられた言葉は、まるで誓いの言葉の様にも聞こえた。横に座っていたクラウドは立ち上がると、スコールに手を差し出して立つように促す。

「…クラウド?」

「来い」

短く告げられた内容は有無を言わさないモノがあって、スコールは大人しくそれに従った。
立ち上がって、祭壇の方に歩いて行くと矢張り裾の長いドレスは歩きづらく、よくこんなもので戦闘が出来たものだと自分でも不思議だった。


促されたのは銃弾の撃ち込まれた祭壇だった。目の前に大きく掲げられた十字架は無事で、それがやけに美しく見えた。

「俺は、どんな世界だろうとアンタの側に居て、アンタを護りたい」

「…ッ!」

じっと見据えられた瞳が不思議な虹彩をしている事に今更ながら気付いた。そう言えば――これを魔晄の目と言うのだったか。
吸い込まれそうな色のそれをじっと見つめていると、ふっとクラウドの顔が緩んだ。

スコールが無意識に手にしたままだったヴェールを持ち上げると、ふわりとそれを頭に乗せる。

「…健やかなる時も病める時も、戦う時も。俺はアンタと一緒に居る事を誓う」

頭が沸いたのか。自分を伴侶にする気か、とか。俺は男だとか、あの幼馴染はどうするんだとか、全て色んな疑問と文句を頭の中で巡らせたまま、それでもスコールはつい頷いてしまった。
それは否定したい、笑って流してやりたい理性の部分よりも、その言葉が純粋に嬉しいと思える心の奥底の気持ちだった。

「…アンタの背中は俺が護ってやる」

「最高の誓い文句だな」

何処までも不敵な笑みに笑みを零すと、クラウドは自分の耳についているピアスを外す。それに倣う様にしてスコールが自分のそれを外すと、お互いの耳に付ける。
それは所有の証でもあり、また互いの誓いの印でもあった。

「俺はアンタと一緒に生きる。どんな世界でもだ、…クラウド」

腰を抱き寄せると、見た目以上に細い感触が判って、この細い体の何処からあの重いガンブレードを操る力があるのだろうと不思議になる。
それでも、彼の強さは熟知しているし、だからこそ護りたいと心の底から思った。

抱き寄せると、そっとヴェールを持ち上げて、まるで隠れる様にして唇を重ねた。
柔らかな感触に安堵する、触れるだけのキスだった。

何の因果か、帰る世界を間違えたスコールの、帰るべき場所が出来た瞬間だった。


煉獄03 

February 12 [Sat], 2011, 0:24






「それが、ニブルの末裔の王子か」

セフィロスに連れられてやってきたのは、神羅の君主であるルーファウスの執務室だった。
広い窓からは眩しい程に光が差し込んできて、クラウドは目の前に立つ背中に垂れ落ちる銀髪を綺麗だな、などとぼんやり思う。

「そうだ。――コイツが神羅の現当主、ルーファウスだ」

さっと左足を引いてクラウドに向けた視線が常のそれよりも柔らかい事に気づいて、若き当主はおや、と眉を上げた。
この腹違いの兄がそのような顔をしたのを見た事など、幼い頃に城を出てからは一度も無かったからである。
いつもは冷酷、冷静といった言葉をそのまま具現化したような表情をしている。
勿論、時折笑う事もあるが、それは挑発や冷笑、あるいは――戦闘を楽しむ様な表情だ。

だから、何かを慈しむ様な瞳をしている事に違和感を覚えつつ、ルーファウスは黒い革張りのデスクチェアを立った。
同時にクラウドがその場に膝を付き、臣下の礼を取った事に二人は戸惑ったのだ。

「…ッ、この度は俺の様な身分の者をお助け頂き、その寛大な慈悲の御心に感謝致します」

淀み無く告げられた内容に、セフィロスとルーファウスはどうしたものか、と顔を見合わせる。
ルーファウスは、セフィロスが何故この少年を助けるに至ったかを聞いていた。
だからこそ、それは当然とも思えたし、出来うる限りの待遇をしてやる心づもりであったのだ。






『おひさしゅうごさいます、へーかっ!』

生まれたばかりの我が子を胸に抱いたままの女王に駆け寄ると、金髪の少年がその場に膝をつく。
まだ、たどたどしい舌っ足らずな言葉に、女王は破顔すると、赤子を抱いたまま中庭のベンチから立ち上がった。
そうして、膝をついた幼い異国の王子――ルーファウスに歩み寄るのだ。

『ご機嫌麗しゅう、ルーファウス様』

『お久しぶりにお目に掛かります、女王陛下』

ルーファウスの後に続いたのは、銀の髪を持つ彼の兄だった。彼も礼儀正しい所作でその場に膝を折ると、挨拶の言葉を口にした。
女王は穏やかな笑みを浮かべながら、腕に抱いた赤子を彼ら兄弟に見せる様にして、身を寄せた。

『…貴方がたは初めてでしたね』

『お初にお目に掛かります、王子殿下』

腰を折って一礼したセフィロスの肩から垂れ落ちる銀髪に手を伸ばした赤子を、自分も、というようにルーファウスが覗きこんだ。
大きく開かれた蒼い目が零れ落ちそうにしていて、まるで空の滴の様に見えた。

『ふふ、この子に祝福をしてやってくれるかしら』

『私で宜しければ喜んで――クラウド様に、セトラの祝福があらん事を』

『へーかもだ!セトラのしゅくふくがありますように!』

幼い王子達の祝福の言葉に、女王は柔らかく微笑んで、腕に抱いた我が子の額にキスを落とす。
国を統べる以上は多くの困難が我が子に待ち受けているだろうと覚悟をしていたが、幸せであれと願っていた。


その女王の、そして当時幼かった彼らの心からの祝福が無に帰す事など、思いも寄らなかったのだ。









「クラウド、…顔を上げてくれないか」


ルーファウスは立ちつくしたまま、小さく告げた。あの時子供ながらに祝福を授けた相手は仮にも一国の王子であり、自分は侵略の王でも無いのだ。
だがクラウドは頑なに首を振って床を見つめたままの姿勢で跪いていた。

「私は幼い頃よりニブルにも足を運んでいてね、女王陛下にも随分と目を掛けて頂いた」

視線を合わせようとしない少年の前に膝をつくと、ルーファウスはその肩に手を伸ばして、辞めた。
その首筋に見えた赤い痕跡に、触れる事を躊躇ったのだ。

「取り敢えずは君が落ち着くまで此処に居て良い。今後の事は、もう少し後でも良いだろう」

先ずは身体を休めたまえと声を掛けてから、ルーファウスは立ち上がった。
それでも顔を上げられなかったクラウドの背は小さく震えていて、見かねたセフィロスがその肩を抱いて立ち上がらせた。彼は、躊躇する事も無く。

「…おれ、を…抱いたり、なさらないんですか…」

震える声で小さく問うたのは、これまで長きに渡り受けてきた凌辱ゆえだろう。セフィロスは無言のまま細い肩を支えたままルーファウスへと視線を遣った。
白いハーフコートを翻して扉に向かった彼は、一度だけ振り返って、薄く笑みを浮かべた。

「君がどうしたいのか、ゆっくり考える事だな」

そのまま部屋を辞した彼の背中を見つめながらセフィロスは思案を巡らせる。
弟である神羅当主が何を考えているのかなど、10年離れていても判る事ではあったが、目の前に立ち尽くしている少年の考える事など何も判らなかったからだ。
ニブルヘイムの復興が最も在り来たりで、もっともらしいと言えばそうなるのだが――

だがしかし、脳裏に浮かんだそのどのどれもが、彼には当て嵌まらない様に思えた。








その夜、未だ止み上がりとも言うべきクラウドをベッドに寝かせた後、傍らのデスクで溜まり切った報告書に目を通していたセフィロスは、彼の声に気付いて顔を上げた。

起きているにしては随分と気配が薄く、訝しげにしながら薄くランプの光が灯る中振りかえると、クラウドは間接照明の灯りに照らされながらじっとベッド脇に立っていた。
立ち上がって近くへと歩み寄ると、

「クラウド、…眠れないのか?」

「……、…」

短い呼吸を繰り返すクラウドに屈み込むと、痩せた白い頬へと掌を滑らせる。
肌の手触りはあまり良いとは言えなかった。それがこれまでの過酷な環境からくるストレスであろうことは容易に判った。

触れた掌に反応したらしいクラウドが顔を上げる。そして、あまりいいとは言えない表情を向けてその掌にじぶんのそれを重ねた。

「…どうした、クラウド?」

「…ぁ、…あ…」

捕えられた指先が口に含まれ、紅い舌先がそのラインをなぞっていくのに背筋が震えた。
それでも振り払える気がしなくて、セフィロスは眉を顰めた。クラウドの瞳はどこか濁っていて、本来の輝きを失っている。

「う、ぁ……ちょ、…だい……」

「…ッ、……クラウド!?」

舌っ足らずに口にした言葉が何を意味するのか瞬時に理解して、思わず身を引いた。
一歩退いたセフィロスを、クラウドは酷く哀しげな表情をして見上げた。

まるで、置き去りにされた子供のように。

「……クラウド、…クラウド!」

不安を覚えて、セフィロスはその細い方を揺さぶった。正気では無い。
恐らく過去の記憶がフラッシュバックしているのか、そんなところだろうと当たりを付けて、セフィロスは軽くクラウドの頬を叩いた。

「…おい、クラウド!」

「…ッ…!!」

がくん、と身が揺れて、クラウドの揺れていた焦点が戻った。
頭が揺れているかのような感覚らしい、額を押さえていたクラウドが漸くこちらを見て、安堵した。

「……セフィロス、さん…」

「そうだ。…大丈夫か?」

背中をささえてやりながらベッドに座らせると、彼は荒い呼吸を整えるために深く息を吸い込んだ。
まだ細かく肩が震えており、セフィロスは抱きしめてやりたい衝動にかられたものの、あまり刺激すべきでないと身を離した。

「……すいません、おれ…貴方を……」

途切れがちに呟いたクラウドは、自分の両手を見下ろしたまま首を振った。

「……どうして、…俺は…貴方を間違えたんだろう…」

ぽたりぽたりと落ちる涙が両手を伝い、シーツに落ちるのをぼんやりと見つめていたクラウドは、それがまるで苦痛でしょうがないという様にきつく目を閉じた。
一体、自分を何と間違えたのか――それは考えるまでもなかった。

だが生憎と自分にはそんな感情は無く、クラウドを抱く心算など毛頭無かった。
万が一押し倒され誘われて居たとしても、記憶の隅に未だ残り続ける女王への敬意が、それをさせなかっただろう。

「疲れて混乱していたのだろう。…今日はもう休め」

「はい……」

まだ釈然としないらしいクラウドをベッドへと促して、自分は部屋を退室した。今日はもう部屋に戻る気にもなれなかったから、廊下を抜けてそのまま屋敷の外へと出る。

灯りが消えていく街並みの中に溶け込むようにして、セフィロスは姿を消した。


【Happy New!】 

January 03 [Mon], 2011, 17:32





新年会、と称して向かったのはミッドガルの片隅にティファが経営しているカフェバーだった。
セフィロスさんが内輪の連中しか居ないからと誘ってくれたのだが、多分それは今年も独りで過ごす俺への気遣いだったのだと思う。
今年も母さんはジュノン支社に缶詰で、戻って来られなかった。
年末に疲弊した声で電話が掛かってきていてた事を思い出す。
秋にも一度ミッドガルに戻る予定だったのが、全く休暇が取れずに居たのだ。

寂しく無いと言えば嘘にはなるけれど、むしろ疲弊しているであろう母を想うと寧ろジュノンまで行こうかと思う程なのだ。
きちんと食べているだろうか、眠れているのだろうか。部屋はあれていないだろうか――色々と心配にはなったけれど、まぁ大丈夫だろう。
俺が行ったところで余計な気を遣わせたくないという事もあって、メールだけ入れておいた。


そんな中、セフィロスさんは、神羅での新年会をソルジャークラス1st全員でサボるという宣言を出した。
それもその筈、年末年始の会社関連の行事は多く、あちらこちらに引っ張られて行くというのだ。
勿論それは護衛というよりも、接待などという、セフィロスさんに言わせれば『無駄』かつ『面倒くさい』ものであるとの事だった。

流石に離れられなかったらしい。
年末のカウントダウンイベントには出席したのだが、その後直ぐに会場を抜けた彼は、真っ先に俺の部屋へと来たのだ。
そのまま二人で俺の作った年越しそばを食べて、此処最近逢えて無かった分の会話を重ねて眠った。












だらだらと過ごした元旦、昼頃に起きた俺に、セフィロスさんは大きな箱を取り出して来た。

「…ワンピース?」

薄いピンク色の柔らかな素材のワンピースを手にして、俺は首を傾けた。箱には、VelvetRoomとある。
それはかつてセフィロスさんのジャケットを購入した店であり、セフィロスさん唯一のお気に入りの店だった。

「そうだ。冬の新作を是非試着して欲しいと言う事で、渡された」

「…?」

聞くところによると、以前俺が見た男性の店員には二人の姉が居て、女性物に関してはその二人が担当しているらしい。
何をどうしたか俺の話になって、それならば是非一度それを試着して見せて欲しいと言われたのだそうだ。

「試着って言われても…」

よくよく見ると靴から鞄から、コートに至るまで一揃い、である。あの店を思うと、値段が気になって仕方が無いのではあるが。
俺は困惑した表情のままセフィロスさんを見上げると、彼は俺の頭をふわりと撫でてから頷いた。

「まぁ、貰っておけ。気に入られたんだろう」

「あの…今日、新年会に行く前に寄っても良いですか?」

「判った、なら着替えたら出るぞ」

俺も着替えないとまずいしな、と私服のパンツにシャツをひっかけただけのセフィロスさんが頷く。

付き合いだして半年の間に、気が付いたらセフィロスさんは任務が無くデスクワークのみしか無い期間はよく俺の部屋に来ていた。
その間に何故か彼の服が俺の部屋に置かれたままになっている事もあった。
昨夜は礼服のまま俺の部屋に来たセフィロスさんは私服に着替えたけれど、流石にそのままという訳には行かない。






セフィロスさんの部屋に寄って、VelvetRoomに向かったのはそれから17時になってからの事だった。
多分、俺の部屋を出るのが遅かったのだろうと思う。二人とも出不精なものだから、あれやこれやとぐだぐだやっている内に時間が過ぎてしまった。

初売りなどと賑やかな事を行う訳でもない店は静かに、いつもと変わりなくそこにあった。
俺とセフィロスさんが連れだって店内に入ると、ブルーに纏められた内装に、静かにピアノの音が響き渡る。

「あけましておめでとうございます」

出迎えてくれたのは、俺が初めて見る女性店員だった。銀の髪をボブにした、俺とあまり身長の変わらない小柄な女性だ。

「久しぶりだな、ベス」

「お久しゅうございます、セフィロス様。あら…あらあら?」

セフィロスさんの背中に隠れる様にしていた俺は、直ぐに見つかって、ベスと呼ばれた女性が此方に歩み寄ってきた。

「貴方が、クラウド様でいらっしゃいますね?」

彼女は一見幼い様に見える風貌に大人びた笑みを浮かべて、彼女は俺に一礼した。
俺も慌ててセフィロスさんの背中から出て、頭を下げる。

「は、…初めまして」

「やっぱり思った通りでしたわ、お姉さま。とてもよくお似合いでいらっしゃる」

嬉しそうに笑って俺の姿を頭のてっぺんからつま先まで眺める彼女の声に釣られた様に、店の奥からもう一人の女性が出てきた。
二人は俺のコートを一度脱がせてから、再度距離を置いて何だか幸せそうに顔を緩めている。

「あの、…この様な物を頂いてしまって…あの、…有難う、ございます」

俺は深く頭を下げると、二人は一度顔を見合わせてから、くすくすと笑みを浮かべていた。

「良いんですよ、お嬢様。私どもも、セフィロス様には大変お世話になっておりますし」

お嬢様なんて呼ばれてしまう事に酷い抵抗があるのだけれど、テオドアさんはいつも通りだ。
三人揃って店に居るのを見るのは初めてだった俺は、何となく委縮してしまう。

「今年も、VelvetRoomをどうぞ、御贔屓に」

深く頭を下げて見送ってくれた三人に俺も頭を下げて、店を出た。約束は18時からだった。



「…何か、…良かったのかなぁ」

VelvetRoomの服はそう安いものではない事を、俺はよく判っている。だから、ひどく申し訳ない気分になっていた。
俺は歩いて行くセフィロスさんの傍らで、やっぱり自分の姿を見下ろしながら眉を顰めていた。

「気にするな。マーガレットもエリザベスも、お前を気に入ったみたいだからな」

「…何で俺の事、知ってたんですか?」

そういえば、とふと気になった事を思い出す。俺が逢った事があるのはテオドアさんだけで、あの二人とは今日初めてだったのに。
人通りの多い道を、セフィロスさんに手を引かれて歩いて行く。
俺は恥ずかしいとは言ったのだけれど、彼は一切気にした様子は無かった。
こんなちんくしゃの高校生を連れて歩いているのは、あの神羅の英雄だと言うのに。

ただ、手を振りほどけないのは、嬉しく思っていたからなのだけれど。

「テオドアが話したらしい。それで甚く興味をもったらしく、な」

「でも、俺のサイズとか…大体、似合うかどうかも…」

「あぁ、…俺が見せた」

「…え?」

何を、と訊くのが怖くて俺はただ首を傾げるだけだったか、セフィロスさんが、文化祭の時の写メを持っていた事を言われて俺は思い出した。
クラスの皆で撮った写メが周ってきた時に欲しいと言われて、送ったのだった。

「…見せたんですか」

思わず肩を落として呟くと、駄目だったか、と言われた。いや、別に駄目では無いのだが、妙に気恥ずかしくて俺は俯いてしまった。

「別に、厭な訳じゃないですけど……」

「まぁ、テオには散々揶揄われたがな」

笑って肩を竦めるセフィロスさんに、それはそうだろうと思った。
神羅の英雄が、こんな女子高生の写真を嬉々として見せるなんて俺だって想像が出来ない。
現に今も、街を歩いて行くと、女性たちが振り返ってセフィロスさんを見てはうっとりとしているのだ。

「俺は何も気にしていない。お前も気にするな

「…はい」

多分、俺がまたぐるぐると考え込み始めていたのに気付いていたのだろう、セフィロスさんは俺の肩を抱いた。
温かく包み込む腕が心地好くて、何の心配も要らないのだという気持ちが伝わってきていて、俺は安堵した。








「いらっしゃい、セフィロス、クラウド!」

貸し切りのプレートが下げられた店のドアを開けると、中は既に賑やかな声が響いていた。
カウンターから顔をのぞかせたティファが真っ先に声を掛けてくれた。

「久しぶり、ティファ」

「悪いな、毎年の事だが」

コートを脱いだセフィロスさんが俺の脱いだコートを一緒にカウンターに預けてくれている。
いつも思うけれど、女性みたいに扱って貰うのはひどく気恥ずかしくて、いつまで経っても慣れなかった。

見ると、数人は既に出来あがっている様で、手にはグラスが握られている。
その中の一人に見慣れた顔を見つけて、俺はそちらへと歩み寄っていった。

「あ、久しぶりクラウド!あけおめ〜!」

「久しぶり、ザックス。アンタ、もうそんなに飲んで…大丈夫か?」

既に何本か空になった瓶が置かれているのに俺は戸惑いながら声を掛けると、彼は全く平常と変わりない笑顔を向けて手を振って見せる。

「大丈夫大丈夫、ソルジャーは酔わねぇからよ」

「…そうなんですか?」

傍らのカウンターに腰を落ち着けたセフィロスさんへと振り返って尋ねると、彼も頷いて見せた。
確か、ソルジャーというのは神羅の科学で身体能力を強化されているという話も聞いているが、酔いにも強いなんて。

「個人差はあるが、概ねな。…クラウド、こっちだ」

ザックスさんの隣に腰を落ち着けているエアリスとセフィロスさんの間に座ると、目の前にグラスが差し出された。中身は、淡い白の半透明だ。

「クラウドにはこれね。ソフトドリンクだから、安心して?」

あぁ、と受け取ったグラスに口を付ける。やわらかな舌触りと甘味が程良い、リンゴのジュースだった。
あっさりとしたそれに、美味しい、と呟くと、背後からコレが聞こえる。

「バノーラの名産品だ。良ければ貰ってくれないか」

少し長めの黒髪と、セフィロスさんと同じくらいの身長の男が立っていて、俺は思わず身を強張らせた。
どうにもこの人見知りする性格は治らないらしい、それに気付いたセフィロスさんが右手を軽く掲げた。

「アンジール、お前も来ていたのか」

「あぁ。そちらのお嬢さんが?」

「そうだ。コイツは俺の同僚だ、クラウド」

ちら、と視線をこちらに向けてきた、『アンジール』と呼ばれた男性は、大きな身体には不似合いな程の穏やかそうな笑みを浮かべていた。
俺が口を閉ざしてしまっていたのを察していたのだろう、彼は身を屈めて俺と目線を合わせてくれていた。

「アンジール・ヒューレーだ。セフィロスとは同僚なんだ。宜しく、お嬢さん」

「よ、ろしくお願いします…」

小さな声ではあったけれど、伝わったのだろう、彼は破顔して俺の右手に紫色のリンゴを差し出した。
それを見咎めたセフィロスさんが苦笑を浮かべる。

「安心しろ、コイツは人畜無害だからな。…ジェネシスは?」

肩を竦めているセフィロスさんが口にしたのは、また俺の知らない人の名前だった。
よく見れば、周りは思ったよりも人が多くて、俺はやっぱり視線を外してしまう。
女性は俺とエアリス、それからフロアで談笑している何人かで、どちらかといえば男の人が多い。
神羅でも限られた人だけが参加する新年会だと言っていたから、そんなものなのだろうと、思う。

「アイツはラブレスの新年特別上演会に行った。終わり次第合流するとの事だ」

「…相変わらずだな」

「あぁ。それじゃお嬢さん、楽しんでいってくれ」

片手を挙げてカウンターを離れていくアンジールさんに頭を下げると、掌に収まったリンゴを見つめる。
不思議な色合いをしていて、そういえば、と思い出す。

「バノーラ・ホワイト…でしたか?」

「そうだ。アイツの実家の名産品でな。俺にも大量に送ってくるんだが…」

甘いものは苦手だと呟くセフィロスさんに俺は頷く。時々一緒に行くカフェでも、いつもブラックを頼んでいる彼は、甘いものを好まない。

「…美味しいよ。ジュースも良いけれど、私はパイが好きかな」

ふふ、と俺の隣で笑うエアリスのグラスにも、同じ色の中身が入っていた。

「…パイ…うん、俺も好き」

表情を緩めて頷くと、エアリスの手が伸びる。俺の頭をふわふわと撫でながら、しかしその目は何かを物語っている。

「……わかった、エアリス。今度作ってくるから」

「やった。クラウドの作るもの、美味しいんだもの」

「ならクラウド、うちに届いた馬鹿リンゴを使え。どうせ俺は食わないからな」

告げたセフィロスに、エアリスがくすりと笑みを浮かべる。その表情に何とも言えない顔をしたセフィロスさんがグラスの中身を口にする。
中身は琥珀色で、隣にいる俺にも判るくらいには強い酒だろうと言う事が知れた。

「ほんと、セフィロスはクラウドにだけは甘いのよね」

「その馬鹿リンゴはお前の口に入るんだろう、エアリス」

俺を挟んで応酬をしている二人に何も言えなくなって俺は、目の前にいる随分逢っていなかった幼馴染に視線を向けた。
小さい頃以来ずっと逢っていなかったから、こんなところでカフェを営んでいるなんて知らなかった。

「それにしてもクラウド、久しぶりよね。お母様は?」

「今、ジュノンに居る」

昔は苛められてばかり居た俺にも、他の子たちと変わりなく接してくれていたティファは、お姉さん代わりの様なものだった。
ニブルヘイムからミッドガルに引っ越してきて以来ずっと逢っていなかったが、彼女もこっちに来ていたなんて思わなかったのだ。

「なら一人暮らしか。ちゃんと食べてるの?」

「た、食べてる…」

何だろうか。昔と変わりなく優しく接してくれるのが妙に照れ臭かった。彼女はいつも大人ぶっていて、小さい頃から何かと世話を焼いていた。

「たまにはうちに食べに来なさいね。栄養が偏るわよ?」

「あ、あぁ…」

どうにも、エアリスといいティファといい、押しが強い。けして厭な訳では無かったが、押されてしまう俺はとりあえず頷いておいた。
傍らではエアリスとセフィロスが相変わらず応酬を繰り返している。どちらの方が俺に甘いかという何とも反応に困る話題で、俺は困惑した。
ただ。セフィロスは半分血の繋がったこの妹に弱いらしく、口で負けている。珍しいな、と俺は思いながらそれを眺めていた。






賑やか、というかそれぞれが思い思いの会話で新年の宴を楽しんでいると、時間はあっという間に過ぎた。
俺はセフィロスさんとザックス、エアリスといういつものメンバーの会話に相槌を打ちながら、出された料理を摘まんでいた。

そして、会話に花を咲かせていたから、俺はいつの間にか置かれたグラスが隣のエアリスのものだった事にも気付かずに居た。






何だか、ふわふわとして気持ちが良い。ちょっと、頭がくらくらしている。
俺はカウンターに肘をついてエアリスとザックスさんの会話を聞いていたのだけれど、段々相槌を打つのも忘れてぼんやりとしてしまっていた。

疲れているのだろうか。確かに、年末はバイトも忙しかったし、冬休みまでは期末のテストであまり眠っていない日もあった。
体温も少し上がっているからだろう、何となく頬が熱い様な気もしていた。

「…大丈夫か、クラウド?」

俺の顔を覗きこんできたセフィロスさんに首を傾けた。
大丈夫だ、何だか人の多い空間に長時間居たせいか、少し浮ついているだけのように、その時は思っていた。

「大丈夫、です……ちょっと、人に酔ったのかと…」

「少し風に当たってくるか」

「はい、………ッ!?」

セフィロスさんに促されて俺は席を立った。スツールから降りた瞬間足元がふらついて、バランスを崩した。
まずい、と思った瞬間に誰かの腕に支えられて、俺は床にダイブせずに済んだのだが――

「クラウド!」

「…大丈夫か?」

頭上から降ってきた耳に心地好い低温がセフィロスさんの物ではない事に気づいて顔を上げると、俺は自分が予想以上に悪い状態である事を漸く知ったのだ


目の前にいる、長身の男性が、ぼやけて見えている。

「…ジェネシス、クラウドを離せ」

「失礼、………これがお前への女神の贈り物か、セフィロス?」

足元が怪しい俺の身柄をセフィロスさんに渡した彼は、何処か謳う様な口調で告げている。
俺はそれをぼんやりと眺めながら居たから、セフィロスさんがまるで宝物を抱きしめる様に俺を腕の中に閉じ込めている事なんて、理解出来ていなかった。

「そうだ。…行くぞ、クラウド」

「あ、はい……」

セフィロスさんに支えられながら店の外を出る俺には、店内の様子を理解するだけの能力も無かったようだ。
だから、店内が俺とセフィロスさんの様子に騒然としていた事など、知る由も無かったのである。

神羅の英雄が一人の女子高生に熱を上げているという事情を知り尽くしている、僅か一部の人間を除いて。









「…酔っているな。誰に飲まされた?」

酔っている、と言われても俺には判る筈も無く、ただ夜風に辺りながら首を傾けた。
何だか喋るのも億劫で、ただ風邪を引かない様にと俺を抱きしめてくれているセフィロスさんに身を預けたまま、それが心地好かった。

「…えっと、リンゴジュースと、あの、オレンジの……」

舌っ足らずに応えると、セフィロスさんは漸く俺が間違えてエアリスが頼んだカクテルを呑んでしまった事に気付いたらしい、僅かに眉を顰めた。
俺はそれを間近に見てしまって、何だか急に不安に襲われた。

何か、彼の気に障る様な事をしてしまったのだろうと、思ったのだ。

「…あの、…ごめんなさい……俺……」

「…クラウド?」

何だか、急に泣きたくなって、俺はセフィロスさんの胸に頭を埋めて俯いた。

「…ごめんなさい……」

嫌われてしまったのだろうか。何を根拠にそう思うのかは判らなかったけれど、ただこの温かな場所を失くしたく無くて俺は謝った。
自分がどうしてここまで不安に駆られているのかも判らなくて、ただ、この人に呆れられたくないと思った。

「…お前が謝る必要は無い。…何を、泣いている」

ぽろぽろと零れ始めた涙に狼狽したセフィロスさんが、俺の顔を上げる。

「だって、…俺、…俺…貴方に釣り合わない…っ……」

「…何を莫迦な事を」

不安を吐露する事を、俺は本当に、上手く出来ない。
セフィロスさんと付き合うようになってから、何度も不安を感じて来てはいた。
それでも、いつか隣に堂々と立てる人間になりたいとだけ願って、何も言わずに過ごしてきていたけれど、一度外れた箍はそうそう、戻ってはくれなかった。
おまけに今は、随分と酔っているからだろう。自分でも何を言っているのかよく判らなかった。

「俺はお前を選んだ。そして、周りが祝福している。……気付かないのか?」

セフィロスさんはちょっと怒った様な顔のまま、俺から身を離した。そうして、ビクリと震える俺の手を引いて、歩きだした。
未だ騒がしい店の中へと戻ると、よく見える入口に立ったまま、俺の身体を抱きしめた。

「…セフィロス、さ…?」

まだ零れ落ちている涙の痕を拭った後、彼は俺の頤を掬いあげてから身を屈め――俺に、キスをした。

「…ッ…ん…!?」

「…俺はお前を手放す心算はない」

俺は、一瞬で酔いが醒めた。
ザックスやエアリスだけでない、神羅の人達が何事かと思ってこちらを見ている中で、何という事を。

「なっ…え、…え…ぇええ?」

「あらあらセフィロスったら、熱烈」

店内が、貸し切りで騒がしかった店内が一瞬にして沈黙する。
全員が注目する中で、彼は俺の足元に膝を折ると、左手を取って薬指に再度キスを落とした。

「…お前が卒業したら結婚してくれないか、クラウド」

左手の薬指。そんな意味が判らない程、俺も馬鹿じゃない。
静まり返った店の中、俺は困惑したまま顔を上げられずに、ただセフィロスさんの目を見つめていた。

――この人は、本気だ。
そう感じたのは、多分、セフィロスさんが俺に今まで嘘をついた事など無いという事実と、俺がセフィロスさんを好きだからだった。

「……はい」

ぎゅっと目を閉じて小さく頷くと、わぁっと店内は歓声に包まれた。
沸き上がる大きな拍手の中ですっかり酔いの醒めた俺は、顔を真っ赤にしたままセフィロスさんの腕に抱かれていた。

俺がいつも、拭いきれない不安を感じていた事を、彼は知っていたのだろう。

神羅の、セフィロスさんの知り合いである人たちが俺を祝福してくれている。それは、認めて貰えていると言う事だった。
俺は泣きたくなるくらい嬉しくて、先とは違う涙をぽろぽろと零していた。
それを指先で拭って頬にキスを落としてくれるセフィロスさんに、俺は小さく告げたのだった。

「…俺も、…愛してます」

不安を素直に言えなかった俺の、謝罪を込めた言葉は届いた様だ。
柔らかく微笑むセフィロスさんに抱かれて、俺はゆっくりと目を閉じた。

【Hear My Voice】 

January 02 [Sun], 2011, 21:44
【Hear My Voice】






秩序を司る女神に呼ばれたのはこれで何度目だろうか。
そしてその度に曖昧な記憶が自分の中で形になったり、朧気なまま霧散していく事もあったりした。

仲間すら、時に変わった。
以前に敵だと思っていた相手が今度は味方として戦っていた事もあれば、また逆も然り。

だが、自分はどの立場でも、代わりが無かった様に思う。
それは、SeeDとなるべく、戦う為に育てられた傭兵なのだ。
敵は敵、それ以外の何物でも無く、その存在に疑問を持つ事は存在自体の破綻に繋がるからだ。

だから、今回召喚された仲間に対しても特に何も思う事も無ければ、以前居た仲間の姿が無い事に対しても何を思うでも無かった。
初めて『仲間』としてみるジェクトやクジャに対しては信頼に足る人物か見極める心算だったし、初めて見るライトニング、カイン、またティファに対しても同様だった。

――唯一の、人物を除いて。






「何で、アンタまで此処に居るんだよ」

共に行動を初めてから暫く経った頃、周りの仲間が居ない状況で、スコールはそうラグナに尋ねた。
自分の知るラグナは、かつてはガルバディアの兵士であり、そしてエスタの大統領となり、魔女を倒す作戦で共に行動した事もある、父親だった。
自分の記憶にあるラグナ・レウァールはそんな人物であったが、目の前に居る彼は、自分がいつかエルオーネに接続させられて見た、若い頃の姿そのままであった。
彼を初めて生身で見たのは、既にエスタの大統領として施政を行って随分経つ頃だった。
エルオーネを探して辿りついたその場所に彼は居た。

だが、目の前の男は、その時に見た彼では無い。何度もエルオーネによって接続していた頃の、まだ、お互いの関係を知りもしなかった頃のラグナだ。

「お、妖精さんじゃん。うん、俺も何か喚ばれた、みたいな〜?」

へらへらと笑うラグナに、苛立ちが募った。
どうして、全てを知ってしまった自分と、これから起こる事を何も知らないこの男が同じ場所に存在しているのだろうか。

全てを知ったラグナは、こんな風に笑ってなど居なかった。
笑ってはいたけれど、自分が見たのは、強く、護るべきものを見据えた目だった。

だから、思わず叫んでいた。

「ッ…アンタは!何でそんななんだよッ!!!」

「……スコール?」

名前を呼ばれて、息が詰まった。召喚されてから今まで、名前を呼ばれた事など紹介した一度きりだった。
彼は俺を見て、接続されていた相手だと悟ったのだろう、いつも『妖精さん』と呼んでいたのだ。

一瞬にして、子供の頃常に抱いていた不安を呼び起こして、目の前が熱くなった。

「アンタはッ!!!」

――自分を、探し出してくれなかった癖に。
そう、喉まで出かかったのを、僅かに残った理性で飲み込んだ。そうだ、この『ラグナ』は何も知らない筈なのだ。

押し黙ったまま視線を外した。どうも、この男と居ると調子が狂うのだ。
俺はただ、命令されるままに戦う傭兵でありさえすればいい。今までもそうして生きてきたしこれからもそれは変わらない。
護るべきものを護り、戦う。例え独りになったとしても、元の世界にも仲間が居る。リノアが居る。そう、思った。

「…何か言いたい事があるならちゃんと言えっての」

ぽん、と頭に手を乗せられて、俺は思わず顔を上げた。
辞めて欲しい。その掌が思いの外温かくて、大きくて、忘れかけていた寂寥を呼び起こしそうになる。

「触るなっ」

「なぁスコール、お前はどうして何もかも我慢するんだ?いつもそうだろ?」

仲間と居る時も、俺はあまり何も言わない。内心で何かを想っていても、口には出さない、出せない。
それを簡単に見抜いてしまうのはこの男の本質故だと知っている。だが、今目の前に存在するラグナは俺の父親では無い。
既にレインと出逢っていて、エルオーネと出逢っていたのだとしても、これから起こる事を、彼は知らないのだ。




魔女を倒す――あの作戦が終わってから、俺はエスタに呼ばれて、向かった。
それはSeeDとしてではなく、個人的にとラグナに呼ばれたのだった。
キロスとウォードの会話からそれとなく気付いては居たが、自分があのレインとラグナの息子である事を、そこで初めて知らされた。
そうして、彼が本当に、ウィンヒルを離れたままで居た事を後悔している事を知った。

いつもへらへらと笑っていたあの男の真摯な眼差しを、今でも忘れた事は無い。
同時に思ったのだ。ラグナに、ちゃんと息子として育てられていたのだとしたら、自分はもっとマトモな人間で居られたのでは無いかと。

ラグナは強い。だからこそ、彼の子供として居られたら良かったのにと、何度も思った。

だからこそ、今自分の目の前で笑っているラグナに苛立ちと、悔しさと、泣きたくなるくらいの感情を覚えたのだ。


「…もういい」

そう告げて背を向けた俺を、彼は追わないまま見逃してくれた。
だから、俺は知らなかったのだ。ラグナがどんな表情で俺の背中を見つめていたかなんて。








旅を続けていて、今のラグナを見る内に、最初に感じていた苛立ちが薄れていく自覚があった。
まず何よりも、仲間を大事にする人間なのだ。
ふざけた、へらへらしたところは相変わらずだったけれど、彼は矢張りラグナだった。
何故キロスがああもラグナに心酔していたか、判る様な気がした。

戦う内に、彼が強い人間であることを再確認した。いつも、揺らがないのだ。
それは彼の信じるものが自分自身だという事だったのだろう。彼はいつでも、自分の選択に責任を持つ。
例えそれで失敗をしても、誰かのせいにしたりしない。常に自分に、自信を持っている。

あぁ、あんな風になりたかったんだな、と思い知らされた。
かつてラグナに接続し、ラグナに逢い、そしてSeeDの指揮官として任務で何度か向かったエスタで感じた事そのままだった。

だからこそ、もし、このラグナが自分の世界に戻った時に、あんな後悔の貌をさせたくないと、願う様になってしまった。

「……ラグナ」

野営の最中。今夜、寝ずの番をするのはラグナだった。俺は独り、起こした火の前に座り込むラグナに声を掛けた。
他の仲間は寝静まっている。俺は静かに側に歩み寄り、その隣、僅かに距離をあけて腰を下ろした。

「どうした、スコール。眠れないのか?」

「…アンタに、話したい事があって」

ラグナが元の世界に還ったとしても、多分俺自身の運命は何も変わらない。過去は変えられないのだと、エルオーネも言った。
アルティミシアを見ていても、そう思う。彼女が幾ら時間を圧縮しようとも、俺は護る事が出来ると信じていた。
けれど、だからこそ、この男に何を言ったとしても、変わる事は無いのだろう。

それでも、――だとしても、だ。

「…判った」

頷いてラグナは、ケトルに掛けていたポットを引き寄せた。マグカップに中身を注ぐと、ほっこりと湯気を立てるそれを俺に差し出す。
中身はお茶らしい。外は寒く、夜風が身に沁みるから、素直に有難いと思えた。

グローブを脱いでそれを受け取ると、俺はそれに口を付けた。ほんのりと甘みが、口の中に広がる。

「…この間は、悪かった。勝手に、…怒ったりして」

「あぁ、…いや。ちびっとビックリしたけど」

まぁ、お前にはお前の思うところがあるんだろうし。

そう言って笑った男は、いつもの飄々とした笑いではなくて、僅かに目を細めただけだった。
初めてみる表情に俺はじっとそれを見つめた。翠色の瞳が、揺らぐ炎を映していて、不思議な色合いをしていた。

「…アンタは、どこから此処に来たんだ?」

冷え切った指先を温めながら尋ねると、彼は首を傾けた。

「俺は、えーっと。セントラの遺跡でキロスとウォード、…あ、俺の仲間な。あいつらと一緒に居たんだけど、逃げ場が無くて海に飛び込んだんだよ」

それは俺も覚えがある。ちょうど、エルオーネが俺に接続していたからだ。

「知ってる」

「あ、そっか。妖精さん居たもんな。そんで、まぁその後ぶっつり記憶が途切れてるんだけど、その後気が付いたら此処だった、てワケ」

俺にしてみれば随分前の事の様な気もするのだけれど、実際このラグナにとってはついこの間の事なのだろう。
大変だったな、と笑う様子に、俺はじっとその身体を見下ろした。見たところ、酷い怪我は無い様だった。
記憶から呼び起こした、ウィンヒルで助けられたラグナは半年は動けない程の怪我を負っていたはずだった。

マグカップの中身を半分程飲んだところで、沈黙が降りた。
珍しく、目の前の男は俺の言葉を待っている。
いつも俺に何かを問いかける時は俺が応えるまで辛抱強く待っている男だが、今日は何時も以上に静かな様に思えた。

「…俺は、…」

一度、途切れた言葉をつい飲み込んでしまった。俺の悪い癖だと、父親であるラグナは笑った事がある。

「……アンタは、何があっても…大切に思った相手から、離れないでくれ」

この言葉は、届くだろうか。そして、この目の前にいる男が自分の世界に、ウィンヒルに還った時に、この言葉を覚えておいてくれるだろうか。

過去は変えられない。それはもう何度も繰り返して、判っている事だったけれど、どうしても、伝えずには居られなかった。
ここに居る、自分の過去を変える事なんて、アルティミシアにも出来ない。
けれど、それでも、もしラグナが、自分自身の世界に還った時に、まだその世界のレインが生きていて、何かが変わるのならば――


ラグナが、二度と後悔に苛まれない様に。


俺は夜気に冷めたカップの中身を飲み干して、それを持ったまま立ち上がった。

「…それだけだ。…お休み」

「それは…妖精さんからの忠告?」

背を向けた俺に、ラグナは尋ねた。そうだ、彼は俺が息子である事を知る筈も無いのだ。
俺は不思議な『妖精さん』でしかなく、血の繋がりなんて今は何の意味も持たない事を切なく感じた。

「…お休み」

俺は、何も言わないままテントへと入っていった。




この甘ったれた気質をどうにか押し込めて生きてきた。
そうしなければ、生きていけなかった。それは今でも否定する心算は無いし、今までの過去を否定する心算だって無い。

それでも、時折無性にあの腕に飛び込んで泣いてしまいたいと思う事があるのだ。

自分で、この気性が厭になる事が何度もあった。リノアが目を覚まさなくなった時もそうだった。
二度と目を覚まさないのだろうかと思ったら怖くて怖くて、ただ声を聞いて安心したくて、その為にエルオーネを探し回った。

自分は何処までいっても独りなのだと突き付けられた気がしたのだ。

今はこの世界にも、自分の世界にも仲間が居て、背中を預けられる、信頼できる相手が居るというのに。

俺は一つ嘆息を吐き出してから、静かに毛布をかぶったのだった。









『スコール、スコール!』

声が、聴こえた。直ぐに、足元を駆け抜けていく、小さな子供。
それを視線で追い掛けると、子供は髪の長い母親に飛びついて、甘えている。
傍らで、父親が笑っている。とても、幸せそうに。

『おいで、スコール』

ラグナが、子供に向けて両手を差し出した。子供は、屈託ない笑顔でそれに抱かれに行こうとする。
その光景が酷く眩しく見えて、俺は目が離せなかった。

俺は思わず手を伸ばして、遠いその光景に手を伸ばして――







「……ッ!?」

一瞬で霧散したそれを追いかける様に手を伸ばしたけれど、気が付いた。此処は秩序の聖域に設けられたテントで、俺は毛布の中。
急に突き付けられた現実に、頭が追い付かない。あれは確かに夢だったのに、あんなものは自分の錯覚でしか無いと言うのに。

だが、俺は何だか左手に違和感を感じて、そちらへと視線を向けた。
空を切った筈の手の、片方に、感じる筈の無い感触があった。温かく、包み込む様な大きな。

「……ラグナ?」

傍らにあったのは黒く、伸びた髪の毛と、いつもの青い上着の肩。
何だ。何がどうなって俺はこんな事になっているのだろうかと、首を傾けてから、身を起こした。

寝ていた訳ではないのだろう、男は顔を上げて、俺を見て安堵したように笑った。

「…悪い、起こしちまったか?」

「いや…アンタ、何してんだよ」

握り締められた左手は相変わらず、俺から離れようとはしなかった。

「…お前、魘されてるのが聞こえたから」

つい、と片手が伸びて来て俺の頬に触れた。それが何かを拭って離れていくのをぼんやりと見つめて、首を傾けた。
離れた親指が濡れているのが目に入って、俺は動揺した。――泣いていたのか。

「……不寝番は?」

「カ…カイル君と交代した」

「?…あぁ、カインか。アンタももう寝ろ、疲れてるだろ」

相変わらずこの男は名前も覚えられないし、頼りない。俺は思わずくすりと笑ってしまった。
握り締めた筈の指先をゆっくりと俺が解いて、腕をそっと毛布の上に置いた。

「…スコール」

何だ、と視線をそちらに向けた瞬間、肩を抱き寄せられた。そのまま背中に回した腕が、宥める様に擦ってくる。

「……何だよ」

「怖い夢を見たのか?」

俺は思わず押し黙ってしまった。あれを恐怖と言うならばそうなのだろう。俺は温かな人の体温や、触れられる事、そしてそれを喪うのが堪らなく怖いのだ。
けれど、あそこで抱かれていたのは俺じゃ無い。俺には有り得ない記憶だ。だから、あれはきっと自分の願望なのだろう。
だったらそれは、俺が制御出来る。我慢するのは得意だ。見なかったフリをして、いつも通りに振舞えば良い。
もうそれが出来る。この男が元の世界に戻って、その世界のレインとスコールが幸せに暮らせるのならばと、願うくらいは自由だ。

「何でも無い。手を離せ」

「厭なら自分で振り払えよ。お前の腕力なら出来んだろ?」

言い放たれて、俺は絶句した。そうだ。俺はそれだけの腕力がある。クラウド程では無いけれど、俺のガンブレードも相当な重量がある。
勿論、銃火器を扱うラグナもそれなりの腕力はあるけれど、彼はけして、強い力で俺を束縛している訳じゃないのだ。

俺は唇を噛み締めて、その腕を引き剥がそうと腕を持ち上げた。

――出来ない。出来る筈が無いのだ。
欲しがって止まなかった温もりを手放す事など、俺に出来る訳が無かった。


「……出来ねェンだろ」

「ッ…煩い」

図星を指されて俺は思わず悪態をついた。それでもラグナは優しい瞳のまま、俺の背中を撫でる手を止めない。
いつしか、涙は乾いて、頬が引き攣れて居た。

「お前、ホントは甘ったれだもんな。俺そっくり」

「……は?」

「俺の子供だもんな。強がりで素直じゃねぇ甘ったれで、結構似てるっつーか…」

「…何で…だって、アンタまだ…俺の事なんて……」

ラグナが俺の父親である事なんて、誰も知らない筈だった。調和の女神を除いては。
このラグナはまだウィンヒルでレインにも出逢っていない、俺を子供だと思う筈が無いのだ。

動揺して途切れがちに発した言葉にラグナは背中を撫でる掌を止めた。

「何でって…見たら判るじゃん。妖精さん?」

くつりと笑ったラグナが俺の額にキスを落とす。それも振り払う事が出来なくて、俺はただ呆然としていた。
俺の顔を覗きこんでくる柔らかな翠色の瞳を、いつかクラウドに見せて貰ったマテリアみたいだと思った。

「けど…過去は変わらない…」

「あ、そっか。お前は俺よりずっと未来からこっちに来てるんだっけ」

未来の俺はお前に、何をしちまったんだろうな。そう呟くラグナが浮かべていた表情に、俺は一瞬目眩がした。






『ごめん、ごめんなスコール。お前を見つけてやれなくて』

『お前に辛い思いさせちまったこと』

『ごめんな、スコール』



あぁ、と気付いた。俺は謝って欲しかったんじゃない。
ラグナに辛い顔をさせたかった訳でも無い。

俺はただ、子供みたいに、抱きしめて、ずっと側にいて笑ってくれる事だけを願っていたのだ。





「…アンタは、アンタが選んだ道を進んだだけだ。何も、悪い事なんか無い」

過去をやり直せたらなんて莫迦な事、何度も思って、何度も諦めてきた。
今目の前にいるラグナもきっと自分の未来を選んでいくのだろう。俺は、何も干渉できはしないのだ。

「けど…アンタがいつか未来で辛い顔をするのは…厭だ」

自分の身を抉られる様な苦痛を感じた。ラグナにあんな顔をさせたのは自分だ。
もしあの時レインを置いて行かなければと、独り、ひっそりと恨んだ事もある。

それでも、エルオーネは『過去は変わらない』と言った。

「何をしたって、俺の事は何も変わらない。でも…アンタのあんな顔、もう見たくない」

「馬鹿だなぁ、お前。俺の事ばっかじゃねーか」

「違う」

違った。ラグナの辛い顔を見たくない、置いて行かれたくない、独りにしないで欲しい。これはただの我儘なのだ。
そして、我儘で、未だ父親でも無い、仲間を振りまわしているのは自分なのだ。

「俺は…」

「俺も、お前の辛い顔なんて、見たくねぇ。でも、独りで辛い事抱えこんじまってる方が、もっと辛い」

すっと、ラグナの指先が俺の眉間の傷に触れた。この傷も無かった事にはならない。傷は癒えても、跡は残るのだ。
けれど柔らかな感触が触れる皮膚に、俺はそれを受け入れてもいいと思えた。

「俺も、お前に笑ってて欲しいってのは…これも我儘かな」

「それは、俺がアンタの子供だから?」

ひっそりと訊いた俺に、ラグナは笑って首を振った。

「お前が一人の人間として、大事なんだ」

何でだろうなぁ、と笑うラグナに泣きたくなった。俺の価値なんて、戦える事、SeeDの指揮官であること、そのくらいしか無いと思っていたからだ。
自分が悪い子だから、『お姉ちゃん』も居なくなったんだと思っていた。
一人でも大丈夫なくらい強くなったら、生きていけると信じていた。

それが、今、こんなにも嬉しく思えるなんて、この大人は本当に、卑怯だ。

「…アンタは、狡い」

「お前よりちびっとは大人だかんな〜、仕方ないだろ」

「最低だ」

あぁ、もう。何だか情けなくなって、無条件で甘やかしてくれるこの男が本当に嬉しくて、俺はラグナの肩に頭を埋めた。
顔なんて見せられない。多分泣いたから酷い事になっている気もした。

「…もう、大丈夫、だから…」

「ん。なら寝るか。…俺もやっぱ眠くなっちまった」

まだ皆が起きてくるまで少しは時間があるだろう。毛布に潜り込んでくるラグナに、俺は抵抗は無かった。
それが何故なのか理由は判らなかったけれど、この体温さえあればあんな夢も見なくて済むだろうと、そう思えた。

「お休み、スコール」

「…お休み」














ガーデンに戻った俺は次の任務に向かうよりも先に、エスタに呼ばれた。
異世界に行っていたせいで長くガーデンを空けていたばかりでキスティス達には申し訳無く思ったが、自分自身、ラグナに逢いたいとも思った。

ラグナロクを飛ばしてエスタに向かうと、俺は官邸に真っ先に向かう。
足早に最奥のラグナの執務室へと向かうと、キロスとウォードは俺の姿を見て直ぐに退室した。

「…ラグナ」

部屋の奥で机に向かうラグナはいつものくたびれたシャツに纏めた髪、紛れも無く自分の父親であるラグナ・レウァールだった。
けしてあの異世界であった事は夢では無いと判っていたが、まるで夢から覚めた直ぐの様に俺は、つい呆けてしまった。
多分、ずっと行動を共にしていた若いラグナを見慣れていたから、余計に新鮮に見えてしまったのだろう。

「お帰り、スコール」

「…ただ、い…ま…」

「ちょっと待っててくれな、直ぐ終わるから」

書類にまみれたPCに向かっているラグナはその後直ぐに黙って作業を続けた後、漸く顔を上げた。

「悪いな、待たせちまって」

「いや、構わない。…それで、どうしたんだ、急に呼び出して」

別に急ぐ訳では無かったが、珍しく呼び出して来たラグナに疑問は拭えなくて、俺は直ぐに本題に入ろうと急いた。

「ん〜、まぁちびっとな。お前の事で話しておきたかった事があってさ」

「?…何だ?」

珈琲を出してくれた秘書官に退室するように命じたラグナは、カップを手にして、ソファに座る俺の隣へと腰を落ち着けた。
その距離が何だか既視感を覚えて、俺は僅かに目を眇めた。

「お前さ、エスタに来ないか?」

「……は?」

何を言い出すんだ、と思って俺は言葉を失った。

「…いやぁ、お前が居ない間にシド学園長と話す機会があったんだが…」

訊けば、俺が異世界にいる間にラグナは、ドールとの会談に来た際に、バラムガーデンに寄ったというのだ。

「お前も任期があるだろ。指揮官だからって学園長はゴネたけど…そんなんでお前を縛って良いとも俺には思えねぇし」

「それは、…そうだが…何で…」

確かに、今の俺の立場はガーデンに利用されていると言っても良いだろう。
あの魔女討伐作戦の折に指揮官として強引に任命されてからもその役目は誰かに変わる事無く、俺が担っていた。
だからこそ、裁判にかけられたサイファーに対しても、監視付きではあるもののガーデンで保護する事が出来たという事もある。
そんな事をつらつらと思案しながら居ると、ラグナは首を振った。

「別にお前が今のままで良いって言うなら俺はいいけど…俺のとこに、居てくんねぇかなぁ、って」

頭をぽりぽりと掻きながら、ラグナは視線を落とした。珍しいな、と思って俺はその横顔を見つめた。
この男はあまり後ろを振り返ったり、俯いたりという事が少ないのだ。それは、あの異世界でのラグナも同じだった。

「…どうしたんだよ、急に」

問うと、彼は暫く間を置いてから、緩慢に口を開いた。

「お前が居ない間にさ、何かまた妖精さんに逢ったんだ」

『妖精さん』――その言葉に、俺は目を見開いた。エルオーネはラグナのところにいて、俺は異世界に居て、だが、今更何を接続したというのだろうか。

「エルオーネが?」

「いんや。彼女は何もしてないって言うんだけど…あれは確かにお前だった」

そんな事が可能なのだろうか。俺は思案しながら、いつもの癖で眉を顰めた。
仲間に、リノアに、ラグナに、何度もその癖をやめろと笑われた、俺の悪い癖だ。

「…それで?」

疑問は残ったが、話を促すと、ラグナは手にしていたカップをテーブルに置いて、俺の頭に手を伸ばした。

「うん、んでさ、妖精さんが言ってたワケ。『何があっても…大切に思った相手から、離れないでくれ』ってさ」

それは、俺があの異世界でラグナに言った言葉じゃないか。
俺は言葉を紡げないまま、じっとラグナの翡翠色の瞳を見つめていた。柔らかな色合いのそれは、穏やかに笑って、俺を見つめ返していた。

「レインを失くして、もう…大事なモンを離して置きたく無いなって、思った」

ぽつりと、呟いたラグナの言葉に、俺は、動けなかった。

『アンタは、何があっても…大切に思った相手から、離れないでくれ』
それはレインを喪うであろうラグナに向けた言葉だった筈なのに。それが、もし届いていたのだとすれば――

「それは、…俺…が…アンタの子供だからか?」

一緒に暮らしても居ない、辛うじて血が繋がっているだけの、家族とは言えない、歪な関係だけれど。
それでも、この男は俺を息子だといって愛してくれるのだろうか。

俺は、震える声で尋ねた。

「違う。俺が、お前を愛してるからだ。あれは…お前の願った事じゃないのか?」

『俺から離れないでくれ』――そういう意味に、俺は思ったんだけど。
ラグナにそう言われて、俺は目の前が真っ白になった。

「……レインだ」

「え?」

「レインから離れるなって言ったんだッ!!」

どうしようか。その誤解がとてつもなく嬉しいだなんて、口が裂けても言えやしないのだ。
けれど多分俺の顔は真っ赤になっているだろう、熱いし、ラグナの目を見る事が出来ない。

「…いやぁ、だってレインはもう…って、やっぱアレ、お前だったのか」

首を傾けているラグナをよそに、俺は頭を抱える。こんな顔、絶対に見られたくない。

「…頭ん中に居るような感じだったけど、お前目の前に居たし…変だよな」

「……もういい、判った」

流石にこれ以上墓穴を掘る気にも慣れなくて俺は小さく呟く。ラグナにとっては夢でしかないのだ。
俺はこれ以上恥を曝したくないし、何よりも本題から幾らかずれてしまった様にも思う。

「学園長とは、話をしてみる」

「え?」

「アンタが言ったんだろ、エスタに来いって」

俺は恥ずかしくて、まだ顔を上げられなかった。俯いたまま、ぼそぼそと告げる。

「…いいのか?お前が厭なら良いんだぞ?」

「…………厭なら、断ってる」

それだけ絞りだすと、ラグナは嬉しそうに笑って、俺に飛びついて来た。
正直、俺にここまで言わせられるのはラグナだけだと思う。――素直じゃない俺から、いとも簡単に本音を引き出してしまうこの男は危険だった。

俺はこのどうしようもない父親の腕の中で、思うのだ。
過去は変えられないけれど、未来なら変えていけると。

「…スコール、愛してる」

「……うん」

俺も、とはやっぱり素直じゃないから言えないけれど、俺は静かに頷いて、携帯端末から仕事の呼び出しがかかるまで、そうしてラグナの腕の中に居た。

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