March 11 [Tue], 2008, 11:03
ブログに来てくださってありがとうございます。
このブログは私が子宮体ガンになった記録です。
私と同じように子宮体ガンになった人の
お役に立てたらいいなあと思っています。
記録は日付の古い順になっています。
「手術前日」まで更新しました。 11/30
March 11 [Tue], 2008, 11:14
今までは順調に毎月、生理がありましたが
2003年10月から2004年2月まで生理がありませんでした。
11月辺りから足がむくみだし、
その影響なのか体重もトータルで10sも増えてしまいました。
2004年3月25日午後11時頃、大量出血。
夜用ナプキンが20分ももたないほど。
お腹も痛くなり、体も震えだす。
あまりにも多い出血に『子宮ガン?』と心配する。
夜中にどうにか出血量も少なくなり、どうにか寝ることができました。
次の日の朝、会社近くのMクリニックに受診。
結果は『機能性出血』とのこと。
ストレスなどでホルモンのバランスを崩していると言われた。
会社のストレスがたぶんにある、、、と思いました。
March 11 [Tue], 2008, 12:00
2004年9月から11月までまた生理がこなくなり、
12月にまたMクリニックに受診しました。
生理の来るホルモン剤を処方してもらい
2005年1月に無事、生理が来ました。
ホルモンのバランスを調べてもらうと
排卵のホルモンが弱いと言われました。
March 11 [Tue], 2008, 12:30
それから体調が悪くて会社も休みがちでした。。。
ある日、NHK教育テレビを見ていたら、
高木美穂さんが出ていたので興味深く見ていたら、
鬱のことは話していた。
自分の症状に似ていたので
さっそくインターネットでうつ病の事を調べ、
そして近くの病院を探した。
2005年5月31日に泣きながらバイクに乗り(今思うと危ない!)病院へ。
カウンセリングの時も話が出来ないほど大泣きをしてしまった。
診療室に入ったとたんも泣いてしまった。
やはり鬱病と判断されてしまいました。
しばらく仕事はお休みすることになりましたが
結局、会社は退職しました。
March 11 [Tue], 2008, 16:07
その後は生理不順ガ続き、
2005年10月3日、スーパーに買い物に行った帰り、
バイクに乗っていて大量出血。
バイクのシートまで汚してしまうほどでした。
それから、毎日大量に出血する時間がありました。
その時にわかったことは大量に出血する前は体が重たくなってしんどくなる事でした。
また、Mクリニックに行こうと思いましたが、
欝でMクリニックまで行く気力もなく、
近くのKクリニックに10月14日に行きました。
内診をしてもらうと子宮内膜が14〜15oあって厚いとの事でした。
一応、子宮がん検査をしてその日は帰りました。
10月25日に結果を聞きに行くと、
もっと詳しい検査が必要だということでした。
その検査はここではできないという事で
総合病院のN病院に連絡をしてくださって、
そちらで次の日に診てもらうことになりました。
N病院でも内診をしてその結果、がん細胞があるかもしれないので
『内膜全面掻爬(ソウハ)』をして、内膜の細胞を調べる事になりました。
March 14 [Fri], 2008, 15:47
内膜全面掻爬って一応手術です。
私の病院では日帰り手術になりました。
手術承諾書を渡された私はびっくりしました。
内膜全面掻爬ってどんなことするんだろう?
もし、ガン細胞が見つかったら・・・・・・・
鬱で寝たきりに近い生活をしていた私は
布団の中で不安で不安で堪りませんでした。
姉や兄だちに内膜全面掻爬することを電話で伝え、
もし、ガンだったらどうしようと弱音が吐きました。
今思えば、ガンを宣告された人みたいでした(笑)
2005年11月1日に内膜全面掻爬をしました。
手術着みたいなのに着替えて、内診台に乗り、麻酔を打たれて・・・・・
「ノアさん、ノアさん!」と呼ばれて、気が付いた時には終わっていました。
それから病室に運ばれて、ベッドでうつらうつら・・・・・(まだ麻酔がさめていない)
それから何時間経ったかわからなかったけど、
「身支度をしてベッドの上で待っていてください」と看護師さんに言われ、
そろそろと服に着替えて待っていると程なく看護師さんが来て
診察室に連れて行ってもらい、内診台に乗り、
中に詰めてあった止血用のガーゼをとってもらい、終了!
1週間後に結果が出ますので来てくださいと言われました。
午後1時30分に呼ばれて、病院を出たのは夕方の5時過ぎでした。
院外薬局で痛み止めと抗生物質をもらい帰りました。
まだ、お腹に鈍痛が残っています。
内膜全面掻爬とは・・・・・
スプーン状の器具で内膜を全部掻き出す手術です。
だから痛い
March 15 [Sat], 2008, 18:31
次の日もお腹が痛く、出血は2日ほど続きました。
そして内膜全面掻爬をして1週間後に結果を聞きに行きました。
その日の再診の先生はO部長先生でした。
先生はカルテとPCの画像を見て、
「異型性じゃあない内膜増殖症です」と言われました。
ガンじゃあなくて、ホッとしましたが、
この先生、全然、私の方を見て話をしないんです。
ずっーーと前を向いたまま・・・・・
患者の顔を見ないで話をするなんて、なんていう先生
と心の中で怒っていました。
私が「治療はしなくていいんですか?」と聞いても
『治療なんかしなくていい」
「定期検査はしなくていいんですか?」と聞いても
「しなくてもいい」と言われたので
「年に1回、子宮ガン検査をすればいいのですか?」と聞いたら
「それでいい」とぶっきらぼうに言われました。
なんかじゃまくさそうでした。
私は一応ガンではないけど『子宮内膜増殖症』という病名が付いているのに普通の人みたいに年に1回の検査でいいの?と腑におちない私は一番初めに見てもらったH先生の診察日に行って、
「O部長先生がこういう風に言われましたがそれでいいのですか?」
と聞いてみました。H先生はO部長先生の言われた事に対して言い訳をし、
「半年の1度、検査をしていきましょう」と言われました。
やっと納得のいく説明に安心しました。
姉や兄たちに電話でガンではなかったと連絡しました。
March 18 [Tue], 2008, 13:17
半年ごとに検査をするということになりましたが、
この検査が痛いのです。
子宮内膜を少し取るのですがこれが痛い!
体調にもよるのかわからないけれど、
体が震えるほどの痛さだっだりして
次の検査が怖かったりします。
この期間に生理は来ない月があったり、
来てもだらだらと長く続いたりで不順でした
検査実施日
2006年5月8日 内膜はまだ厚い
細胞の繁殖は早いけれども治療をする必要はなし。
また半年後に検査する。
2006年11月6日 検査結果は前回と同じ。まだ内膜は厚い。
2007年4月23日 検査結果は前回と同じ。まだ内膜は厚い。
2007年9月10日 検査結果は前回と同じ。
内膜が12o〜13oと少し薄くなってうれしかった
いつもは1週間後とか2週間後に検査の結果を聞きに行くのだけれど、
9月10日の時は結果は郵送で送ります。と言われ、
今度は3ヵ月後に検査しますと言われました。
『なんでだろう?』と思いました。
10日後に家を引っ越すので渡された封筒に新しい住所を書いて
看護師さんに渡し、会計に行くと通信費をして1050円取られてびっくり。
家から歩いて行ける距離なのにぃ〜・・・・
いつもと違うやり方に不信感を抱きました。
March 18 [Tue], 2008, 15:18
病院からの検査結果の手紙は私が引っ越してくるよりも
早く新居に届いていたらしく引越しの当日郵便受けを覗くと
手紙が入っていました。 その内容は、
以前とおなじで変わりないと書いてありました。
その内容にホッとしました。
次の診察は2007年12月10日だったのですが
体調が悪く診察日を変えようと思いN病院を電話をしました。
引越しで診察券がどこにいったのかわからなくなり、
ID番号がわからなくて手間取り、なぜが折り返しH先生から
電話します、と言われました。
しばらくするとH先生から電話が掛かってきて、
「9月にいくらお電話をしてもお出にならないので今度こられる時でいいかなあとおもったのですが、部長と相談して2年前にした内膜全面掻爬をしようかと思っていますので・・・・」と言われました。
私は、引っ越すことを言わなかったのは悪かったなあと思いましたが、
結果報告の手紙には異常なしと書いてあったし、なんで家に何回も電話かけるんやろ。
それに電話で内膜全面掻爬を急ぐんだろう、と思いました。
H先生と相談の結果、2008年1月29日に行なう事になりました。
March 20 [Thu], 2008, 11:37
2008年1月29日の午後から子宮内膜掻爬をしました。
一回しているので少し気分的に楽でした。
今回は主治医であるH先生にしていただき、
夕方の帰る頃にはお腹の痛さはなくなっていました。
出血も次の日にはありませんでした。
やっぱり、上手下手があるのかなあと思いました。
結果は2月8日に聞きに行く事になりました。