AMDの創業から30年を経た現在、半導体とソフトウェアは、世界のデジタル経済においてなくてはならない存在になっています。ハ イテク企業が世界を先導して驚異的な速さで技術の進歩をもたらし、その結果業界全体が、より多くの製品をより速く市場に投入 する方向に動いています。
しかし、「テクノロジのためのテクノロジ」を創り出すことは、AMDの企業理念に適っていません。創業以 来、AMDは常にお客様にとって本当に有益な革新に取り組んできました。テクノロジで他に一歩先んじたいと思う気持ちよりも、人 々の本当のニーズを満たすことを優先しているのです。AMDの創設者であるジェリー・サンダースのモットーは、「企業活動のあらゆ る段階で、お客様中心主義を徹底させなければならない」ということです。また、現CEOであるヘクター・ルイズも、その伝統を受 け継ぎ、次のように語っています。「お客様中心の革新こそ、最も優れたAMDの真価です。それがAMDの存在意義であり、成功へとつ ながる戦略なのです」
AMDは、これまでの歴史がそれを証明していると確信しています。
また、競争によって恩恵がもたらされるというAMDの信念も、創業以来揺らいだことがありません。自由 でオープンな競争がなければ、革新は起こりにくくなります。革新が起こらなければ、選択肢の減少、コストの上昇、成長の鈍化 など、お客様にとっての不利益が生じます。30年間に及ぶ歴史の中で、AMDは、活動分野をあらゆる新規参入企業に開放し、公平性 を維持することに専心し、本当に人々の役に立つテクノロジを半導体業界が創り出せるよう努めて参りました。
AMDが貫いてきたお客様中心の革新と競争重視の精神は、ICメーカーとして事業を興した当初から、マイ クロプロセッサ、コンピューティング・ソリューション、メモリ製品、コネクティビティ・ソリューションと幅広い製品ラインアッ プを展開する今日に至るまで、変わることなく脈々と流れ続けています。
1999年、初期のK7プロセッサである「K75」と呼ばれるAthlonプロセッサで、パソコン用プロセッサとしては初めて動作クロック1GHz(1000MHz)を突破した。続く、開発コード「Thunderbird」で商業的にも成功した。しかし発熱や消費電力の急増が問題であった、また当時は焼損防止機能がなかったため無理なオーバークロックにチャレンジする、自作機においてCPU-FANの取り付けに失敗する等により過熱破損の悲劇が生まれたが、正常なクロック、確実なCPU-FANの取り付け等を行った自作機においては、インテルのCPUでは手に入れることのできない性能が享受できることから、自作マシンとして人気を誇った。
その人気から、K7世代においてAMDはインテルから5%のシェアを奪取した。これは、1メーカが90%以上の寡占状態にある市場においては、奇跡と言っても過言ではないレベルの出来事である。
K7プロセッサでは、AMDのプロセッサでは初めて「Athlon」の商標が採用された。その後、インテルのCeleronに相当する低価格ラインには「Duron」の商標が付けられた。