大切な友達の大切な仲間
伊藤剛さんが編集長の季刊誌
『
ジェネレーションタイムズ』より
伊藤さんのことば
「愚かな人にはこの世界は見えない」と、誰かに言われて
私は、愚かな人だと思われたくなくて
見えてもいないのに、見えているふりをした。
そのうち、ふりをしていたことも、疑うことも忘れて
少しずつ、でも確実に、その世界に馴染んでいった。
ある時、小さかった頃の私が、目の前に現れた。
「世界なんて見えないよ」。力強く言って、消えた。
いつからだろうか、虹の色は、七色なのだと思い込み
不確かな愛のカタチを、赤いハートのマークに変えて
アメリカは正しくて、イスラム教徒はテロリストで
いつからか、私は「はだかの大様」になっていた。
私が、「見ている」こと
私が、「聞いてきた」こと
私が、「知っている」ことから
どれくらい遠くまで、私は離れていけるだろう。
「世界」はひとつ。では、ない。
「世界」はふたつ。でも、ない。
私の世界には、私が生きていて
あなたの世界には、あなたが生きていて
彼の、彼女の世界には、彼らが生きている。
きっと、私にとって喜びに満ちた恵みの雨は
どこかの世界の、深く刻まれた傷を打つ。
私は、敷かれたレールを走る列車から降りて
自分の足で、ゆっくりと歩き出す。
そこでは、触れ合うことのなかった人たちと、出会った。
気づくことなく、道端に咲いていた一輪の花。そっと、摘む。
転んだから、怪我をした。信じたから、裏切られた。
自分で選び、歩む道は、いいことばかりとは限らない。
でも、なぜだか満ち足りている。
この世界の「主語」は、逃れようもなく「私」だから。
記号化されたカタチなど忘れて
不自由ならば、先入観など脱ぎ捨てて
誰の色にもそめられていない「私」をとり戻す。
そうして、私は「私の世界」に、もう一度生まれる。
目を開けて、すべてが自分の見えるがままに輝くとき
雨あがり空に架かる虹を見て、私は何色を見るだろう。
ここは、私。世界そのもの。