7/11課題 

July 17 [Tue], 2007, 21:28
NHKの「大地はどこまで人を養えるか」という映像を見て、「緑の革命」という言葉を初めて知りました。開発途上国の人口増加による食料不足の危機を多収穫の穀類などを開発し、穀類の生産性が向上、結果大量増産に成功したという事でした。
しかし、緑の革命というのは、今になって多大な影響を残しています。多種の薬品を使い続けた事による副作用が土地に起き始めました。多量の肥料、多量の農薬で1時的に作量はあがって豊かになりましたが、それによる塩害が問題になりました。これにより農地が失われていっているという事も事実です。また、増産を成功させた為に大量の土と水が必要になりました。そこで問題になったのが、地下水を使っているという事です。増産のために本来砂漠のような場所に井戸を掘り、汲み上げた水を撒いて畑にしていました。この事を続けていると地下水が枯れていくのは誰しもが分かる事だと思います。するとその結果、水がなくなり農作物が作れなくなる。1時期の為に未来まで失ってしまうのは、私は愚かな事だと思います。さらに、この大量増産がわが国、日本に影響を与える事は容易に想像がつきます。
1996年の農作物輸出入状況から見ても分かるように、日本は他国よりも格段の差を持って輸入を行っています。反対に、輸出はほぼ全く出来ていないと言ってもいいでしょう。食料を他国に頼っているというのは、誰もが分かる日本の問題だと思います。土地が少ないというのが大きな要因ではないのでしょうか。アメリカやインドのように広大な土地がある訳でもなく、砂漠のような場所を変え大量増産する為の砂漠もない。日本はこれ以上自給率を上げるのは、とても難しい事だと思います。またこの問題は日本だけでなく、隣の国、中国にも影響を与えているのでは無いのでしょうか。莫大な人口の増加により中国も輸入国に転じる可能性があると思います。そうなれば輸出国のアメリカ等は生産を更に増やしていかなければなりません。その事による問題も新たに出てくると思いますし、生産が追いつかない場合輸出をやめるという事になりかねません。そうなると輸入国は存在すら危うくなってきます。まさに日本だけの問題ではなく、世界規模の問題だといえると思います。以前から人口の増加に伴い、食料の増加は追いつかないとしばしば警告されていた事ではありますが、徐々にその問題が現実のものとなってきているのではないかと思います。お金で解決出来る事ではないという事は誰にでも分かる事なので、この危機に対する自覚を顕著に受け止める事が大事だと思います。

タクシードライバーの課題 

June 27 [Wed], 2007, 11:56
毒々しい夜の色彩と光の洪水に飾りたてられたその『闇』をじっと見つめる虚ろな、しかし熱っぽい感情をこめたトラビスの視線があった。夜と光という真逆の、しかし現代では都心はどこもそうなっている景色だと思う。タクシーの運転手だ。彼は他の運転手のように仕事場をきめていない。客の命令するまま、高級地区だろうと黒人街だろうと、どんなところへも行く。そんなトラビスを、仲間たちは守銭奴と仇名した。ある日、トラビスは大統領候補パランタインの選挙事務所に勤める美しい選挙運動員ベッツィに目をつけた。数日後、彼は事務所をたずね、選挙運動に参加したいとベッツィに申し込み、デートに誘うことに成功した。だが、デートの日、トラビスはこともあろうに、ベッツィをポルノ映画館に連れて行き、彼女を怒らせてしまったのだ。以来、トラビスはベッツィに花を贈ったり、電話をかけても、なしのつぶてだった。

毎日、街をタクシーで流すトラビスは、「この世の中は堕落し、汚れきっている。自分がクリーンにしてやる」という思いにとりつかれ、それはいつしか確信に近いものにまでなった。この、トラビスの思いが、一般市民の持つ気持ちを描いたのではないかと私は思う。そんなある日、麻薬患者、ポン引き、娼婦たちがたむろするイースト・ビレッジで、ポン引きのスポートに追われた13歳の売春婦アイリスが、トラビスの車に逃げ込んできた。トラビスはスポートに連れ去られるアイリスをいつまでも見送っていた。「13歳の売春婦」というのも、ニューヨークの事実を描いて、見る者に「このままでいいのか?」という問題提起をしているような気がした。

やがて、トラビスは闇のルートで、マグナム、ウェッソン、ワルサーなどの強力な拳銃を買った。そして射撃の訓練にはげみ、やがて4丁の拳銃と軍用ナイフを身体に携帯し、それらを手足のように使いこなせるまでになった。ある夜、トラビスは食料品店を襲った黒人の強盗を射殺した。この頃から、彼はタクシー仲間から『キラー』と呼ばれるようになった。そしてアイリスとの再会。泥沼から足を洗うように説得するトラビスは、運命的な使命を信じるようになった。大統領候補パランタインの大集会。サングラスをかけモヒカン刈りにしたトラビスが現われ、拳銃を抜こうとしてシークレット・サービスに発見され、トラビスは人ごみを利用して逃げた。

トラビスはスポートの売春アパートを襲撃、重傷を負いながらもスポートをはじめ、用心棒、アイリスの客を射殺した。アイリスは救われ、新聞はトラビスを英雄扱いにした。
しかし、実際に射殺をしている。この事から、正義とは何か、悪とは何かという事がうやむやになっていると思う。この事は現代の社会にも言える事だと思う。だから、当時または現代の社会を問題にして、ニューヨークという誰もが分かる場所を使って、悪と善を描いているのだと思った。そして、トラビスは何事もなかったように、タクシー稼業に戻った事も、善と悪の連鎖を描いているのではないかと思った。



ロンドンの課題 

June 12 [Tue], 2007, 22:58


君主制政治というのは、君主が支配する統治体系である。これは日本でいう、行政権の最高権力は君主が持っているという事である。すなわち王や皇帝などが政治を行えるという事である。
次にヴィクトリア朝というのは、英女王ヴィクトリアI世(在1837年〜1901年)の統治時代の事である。また大英帝国の絶頂期をなす。
すなわち、当時は女王の絶対的な時代だったと言えると思う。

この上で、地図を見ていく。まず、地図の上部に街が繁栄しているというのが分かる。下部と比べて、主要な建物の数が圧倒的に違うことにも気付く。この地図の中には、当時を表す主要な建物や、現在としても歴史的な建物など多くの建物がある。バッキンガム宮殿はそういった中でも重要な部分だと思う。バッキンガム宮殿とは、1703年、バッキンガム公ジョン・シェフィールドがその邸宅として建てたものを、1761年にジョージ3世が譲り受けて私邸に使うようになり、1837年のヴィクトリア女王の即位のときに宮殿となった歴史深い建物である。簡単にいうと、イギリス王室の住居という言い方も出来ると思う。またセントポール寺院もあまりに有名だ。セントポール寺院とは、またの名をセントポール大聖堂ともいい、ロンドンの金融街、シティにある国教会の大聖堂で、聖パウロに捧げられている。1666年のロンドン大火の後、建築家クリストファー・レンにより再建されたバロック建築で、1710年完成。大ドームと正面に2つの塔を持つ。大聖堂前にはアン女王の銅像が建てられている。ロンドン橋も有名だ。ロンドンを流れるテムズ川にかかる橋である。この橋の架かる位置には古くから、何度も橋が架けられては倒壊しており、その回数の多さは「ロンドン橋落ちた」の俗謡からもうかがえる。

このような建物を権力装置といえるだろう。重要な建物を支配する事によって、君主が絶対的であるという事を市民に分からせていたのではないだろうか。このような建物も陰の力となって、イギリス帝国の絶頂期を築き上げていったと思われる。





レンガ造りの地図の課題 

May 23 [Wed], 2007, 12:13
レンガ建築の地図の課題から分かった事は

1、沿岸部にレンガ造りの建築物が多い
2、レンガ建築が多い場所は、当時の栄えていた部分だと思われる
3、また地図右部にはほとんどレンガ造りの家は見当たらない


地図との色の変わりが分かりやすいように青でマークしました。
よろしくお願いします。


課題出来ました。 

May 16 [Wed], 2007, 12:12
 18世紀といえば日本近海に外国船が出没し、中には難破する船も現れた時代である(イタリア人シドッチと新井白石の『西洋紀聞』(1709〜1715)。当時太平洋にはスペイン領のメキシコとフィリピンの間には通商路が開設されていました。メキシコ銀貨は南海(中国〜東南アジア)における国際通貨でした。18世紀の50〜80年代といえば平賀源内や解剖学の杉田玄白、農学の青木昆陽、海防論の書『海国兵談』(1790年代に寛政異学の禁に抵触)の登場する時期です。
 当時北米大陸の領有をめぐり英仏が覇権争いを展開しており、ブーケンヴィルとクックの活躍は七年戦争後の太平洋海域における西洋列強の覇権争いを予告する一つの事件であった。当時の地誌はそれに参加した科学的探険家たちによって担われていました。

 当時わが国は江戸は金本位制でしたが、大阪や博多・長崎はかつての南海交易との関係で、銀本位制(銀行・銀座)の下にあったのです。16世紀や17世紀における日本列島は鉱山開発ブームでしたが、これはこの南海(南蛮)交易との関係で、理解すべき内容を含んでいます。江戸初期における日本の貨幣制度は貴金属類の流出で何度か崩壊の危機に直面しています。

 わが国の伝統的地誌(図会類を含む)の編纂は17〜19世紀を通じて盛んに行われていました。その問題は別途検討してみることにしましょう。

 講義の中では西欧列強による初期資本主義のグローバルな拡大と海外情報のヨーロッパにおける関心の高揚、かかるブームを受けて地誌(旅行記や航海期を含む)形式のユートピア文学の流行、ユートピア願望が新大陸への彼らの移住を促したことにふれた。

 アダム・スミスの『道徳情操論』と新大陸における労働力調達を考えておこう。

 ユートピア文学との関係で18世紀の歌劇『フィガロの結婚』(モーツアルト)の荒筋を検索しておこう。支配者と被支配者の立場の逆転をおもしろおかしく描写しています。これは市民革命に繋がる思想の流行を取り入れた結果なのです。ロココ風―これがモーツアルトの時代の西洋社会(裕福な自営業者=ブルジョワジーが担う)の新しいムードだったと文化史の教科書は書いていますが、それを可能にしたのはアジア・アフリカ・ラテンアメリカの経済支配の進展でした。

 観察対象を詳細に捉え、それをデータ化する凄まじい情報。その片鱗は博物学者たちが残した動物や植物の挿絵(細密画)からも十分に感じられます。絵画の形式も聖書を題材とした歴史画に代わり、風景画や地図など写実的なもの(科学的なもの)が登場するのです。本来地図は地誌の挿入資料として作成されてきたものでした。

 Trivialism(細叙法。一種のレトリック=説得のための表現戦略)。ダニエル・デュフォー『ガリバー旅行記』はその典型をなす経済小説。ロビンソン・クルーソーの冒険というユートピア小説の同様

 当時の西欧の都市には植物園・動物園・民族展示館などが盛んに作られていますが、それは植民地経営と連動したことだったのです。民族展示館は異国の珍しいものを、植物園はプランテーション経営の栽培作物学的サポート機関だったのです。ブーケンヴィルの一行はあのタヒチ島でサトウキビの新品種を発見したと指摘しましたが、彼らの活躍は植民地経営における技術革新(旧大陸の労働力と旧大陸の生物資源とをユニークな形で結びつける=シュンペーター流にいえば「経済発展とは新結合を遂行すること」を文字通り)を実践することと直結していたのです。


 参考文献
 伊東光晴ほか『シュンペーター 孤高の経済学者』岩波新書
 川勝平太『文明の海洋史観』中公叢書1997.139-217頁
 R.A スケルトン『図説 探検地図の歴史』原書房 1992
 アダム・スミス『国富論』中公バックス 世界の名著37


Charlestonの空中写真


アメリカ合衆国の地図の課題 

April 29 [Sun], 2007, 0:01
講義で扱った画像を1/2のサイズにしました。
しかし、大きいようにも感じられます。このサイズで大丈夫でしょうか?
よろしくお願いします。

ギリシアのストリートアート(路上落書き) 

April 25 [Wed], 2007, 19:15
ギリシアに知る人ぞ知る「路上落書き作家」あるいはその集団Zapがいる。
アテネのPsiri地区を中心に彼の描く落書きを小まめに取材するserver pics' のAthens Street Art を紹介する。
童画風で、都会の若者の不安と憂いを含んだ独特のキャラクター、とても心に残るユニークなものだ。


P R
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