ハサンケイフからミニバンに乗って15〜20分ほどの奥地に小さな村がある。
そのミニバンは町から通う先生たちの通勤バスだった。
こちらが校長先生、こちらが国語の先生、こちらは数学・・・ぼくは戸惑いながらも狭い車内で握手を繰り返した。
バンが学校の前に到着すると、既に生徒たちはグラウンドで整列して待っていた。
規律を重んじるのがトルコの教育スタイルらしく、その挨拶や先生への敬意は実に徹底されている。
心地よい朝礼が始まった。
規律で張り詰めた空間に子どもたちの声が響き渡る。
そして朝礼も落ち着いた矢先、数十人の子どもたちのまなざしは一人規律のなく立っていた日本人に注がれた。
彼ら彼女らの興味の眼差しを一身に浴びて、ぼくは本当に学校に来てしまったことを実感していた。
教員室に招待された後に、1時間目はSerdarの教える英語の授業だった。
中学生の英語の授業は、簡単な会話が交わされるほどのもの。
外国人としての僕の存在は、まさに英語授業のモチベーションを高めるものだっただろうか。

みなが恥ずかしそうに、でも笑顔でいきいきとしているのが、なんだかとてもうれしかった。

そしてとうとう、僕も教壇に立つ。
かつて塾で2年ほど授業を担当した経験があるため、チョークも黒板も違和感はない。ただ、バカンスで訪れたこのトルコでチョークをにぎりしめて、生徒たちのまっすぐな眼差しに囲まれるとは思いもよらなかった。
思わず照れ笑い。

彼ら彼女ら一人一人と実際に英会話をすることにしてみると
「My name is・・・」
「I am from Japan」
「My father's job is.....」
みな、すらすらと教えられた表現を口にした。
先生としての僕に当てられると、生徒たちはすっと起立して、一生懸命に質問に答えようとしていた。
この一生懸命さがまた僕にはうれしかった。
壁に掛けられた地図に、小さく描かれた日本。
その場所を指しながら、ぼくは日本という場所の良さを簡単な単語をつなげて説明し、
そして同時に、この短期間でトルコのどんなところが好きになったかも説明した。
その一言一言に彼ら彼女らは笑顔で応えてくれた。
45分はあっという間に過ぎ去った。
その間、ぼくはこれまで感じたことのない自分の中から湧き出てくる想いを感じ取っていた。
これまで大きなプロジェクトを手がけることを通じて、新興国にベネフィットを与えることに楽しさと誇りを持ってきた。
けれど、それとはまた異質の楽しさがある。
この小さな一人一人の将来に、日本人の僕が小さく関われていること、そしていつかその種が日本とトルコの間で花開く可能性があることに、小さな架け橋になれたような気持ちになった。
そのミニバンは町から通う先生たちの通勤バスだった。
こちらが校長先生、こちらが国語の先生、こちらは数学・・・ぼくは戸惑いながらも狭い車内で握手を繰り返した。
バンが学校の前に到着すると、既に生徒たちはグラウンドで整列して待っていた。
規律を重んじるのがトルコの教育スタイルらしく、その挨拶や先生への敬意は実に徹底されている。
心地よい朝礼が始まった。
規律で張り詰めた空間に子どもたちの声が響き渡る。
そして朝礼も落ち着いた矢先、数十人の子どもたちのまなざしは一人規律のなく立っていた日本人に注がれた。
彼ら彼女らの興味の眼差しを一身に浴びて、ぼくは本当に学校に来てしまったことを実感していた。
教員室に招待された後に、1時間目はSerdarの教える英語の授業だった。

中学生の英語の授業は、簡単な会話が交わされるほどのもの。
外国人としての僕の存在は、まさに英語授業のモチベーションを高めるものだっただろうか。

みなが恥ずかしそうに、でも笑顔でいきいきとしているのが、なんだかとてもうれしかった。

そしてとうとう、僕も教壇に立つ。
かつて塾で2年ほど授業を担当した経験があるため、チョークも黒板も違和感はない。ただ、バカンスで訪れたこのトルコでチョークをにぎりしめて、生徒たちのまっすぐな眼差しに囲まれるとは思いもよらなかった。
思わず照れ笑い。

彼ら彼女ら一人一人と実際に英会話をすることにしてみると
「My name is・・・」
「I am from Japan」
「My father's job is.....」
みな、すらすらと教えられた表現を口にした。
先生としての僕に当てられると、生徒たちはすっと起立して、一生懸命に質問に答えようとしていた。
この一生懸命さがまた僕にはうれしかった。
壁に掛けられた地図に、小さく描かれた日本。
その場所を指しながら、ぼくは日本という場所の良さを簡単な単語をつなげて説明し、
そして同時に、この短期間でトルコのどんなところが好きになったかも説明した。
その一言一言に彼ら彼女らは笑顔で応えてくれた。
45分はあっという間に過ぎ去った。
その間、ぼくはこれまで感じたことのない自分の中から湧き出てくる想いを感じ取っていた。
これまで大きなプロジェクトを手がけることを通じて、新興国にベネフィットを与えることに楽しさと誇りを持ってきた。
けれど、それとはまた異質の楽しさがある。
この小さな一人一人の将来に、日本人の僕が小さく関われていること、そしていつかその種が日本とトルコの間で花開く可能性があることに、小さな架け橋になれたような気持ちになった。
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