黒猫2 

2005年12月13日(火) 13時07分
それから、私に猫のいない日々が続いたのだが、ある日のこと。
勝手に開いた玄関から入って、家の中を歩く猫が現れた。
またこれも黒猫だった。コイツは、前のミーコが食べていたエサを堂々と食べ、
ミーコの居場所であった私のコタツも知っていた。
母は、「きっとミーコの子だよ」と言ってすぐにかわいがった。
確かに先代のミーコとまったくそっくりな猫だった。
歳がまだ若く見える以外、私にはミーコとの違いがわからなかったくらいで、
性格も自由気まま。猫というのは、生来そういう生き物なのだろうけれど、
私にもこれはミーコの子供だと思えた。


あれから・・・うちの家にはオカメインコが2羽、それと犬猫アレルギーの子供が二人。
ベランダに待っている黒猫を家に入れるわけにもいかず、知らぬフリをしておくしかなかった。
 ガラスの向う側で座り込む姿が見える。たまに土間へ降りたりするのだけれど、
また濡れ縁に戻ってくる。こちらを向いて、「にゃー」と鳴いたりもする。
どうすればいいのだろうと思いつつも、妻の怒りを買うのも嫌だし、
子供のアレルギーで大騒ぎするのも嫌なので放置した。
外が真っ暗になってもまだ、猫はそこにいた。
妻がやっと帰ってきて、私たちの話を聞いた。
窓を開けてみると黒猫はすごい甘えるしぐさを見せた。
「6時間もなにも食べずにそこにいるから腹が減っているのだろう」と私は言った。
「なにか食べさせてやったほうがいいのかもね」と妻が冷凍庫にあったご飯を
電子レンジで温めだした。
私は娘と二人で鰹節を探し出して、ネコマンマを作ってやった。
かなり熱かった。娘は「猫は猫舌だから」といって私の作ったネコマンマを
フーフーしながらベランダへ出た。
「お父さん、この子すごくお腹減ってるみたい」 娘は猫にエサをやるのは初めてだ。
見ると、黒猫はベランダで熱いはずのネコマンマをガツガツと食っている。
「お腹減ってたんだね。お昼からずっとそこにいたものね」と話ていると、
妻が近所の猫好きなおばさんを連れてきた。
そのおばさんは猫を見ると目を輝かせて、エサを食っている猫を連れて帰った。

そのあと この黒猫がどうなったのかわからない。
その家で気ままに楽しく暮らせるなら問題はない。

ただ、思うことは私にはいつも黒猫がやってくる。
本当は、私が飼ってやればよいのだろうけれど。

黒猫1 

2005年12月13日(火) 12時06分
ずいぶんと放置したものだ。こういうブログという形式にはどうも慣れそうにない。
またこの「堕天使の葛藤」の性格上、ハッピーな話を創作するわけでもないので、
どうしても遠ざかりがちになる。まぁ読む人もないと思うのでどうでもいいことだ。

さて、この前の日曜のお昼こと。息子がベランダに猫がいると指差した。
ふと見るとガラス越しに黒い影が映っている。
どうやらノラネコが日向ぼっこでもしているらしい。
追い出すか!と窓を開けるとコヤツ、逃げるどころか「ニャ〜」と鳴声をあげて
甘えてきた。

黒猫だった。しかもチンチラのようだ。どこから来たのか、かなり汚れている。
私は少年の日にフラッシュバックする。
あれは、16歳の時だった。玄関を開けると黒猫が私に向って歩いてきた。
まるでソイツは挨拶するように鳴き、そこへ座った。
元来、動物好きの私だったので、「どうしたの?」と声を掛けると
黒猫はすくっと立ち上がり、横にあった門柱に体をこすりはじめた。
それはまるでクネクネとしたベリーダンスを踊っているかのようでもあり、
明らかに私に媚びているのがわかった。
私は腹が減ったのかと思い、キッチンへエサを探しに戻った。
少しの煮干とミルクを手にして玄関に戻ると、まだ黒猫はそこにいた。
自分でお客さまとしてこの家に迎えられたとでも思っていたのだろうか?
まったくずうずうしい猫であるのだけれど、
なぜかコイツが、私の飼った最初の猫になった。
名前は「ミーコ」。いつも私の部屋のコタツの中で眠っていた。
まるでコタツの中は自分の家とでも思っているのか、足を入れると
必ず自分のテリトリーを主張してきた。
彼女を奪う競争に負けて、傷だらけになったときや、
長い旅から帰ってきたときも、腹を出してゆっくり眠りにつく場所は、私のコタツの中だった。
5年くらい経った時、ミーコは帰ってこなくなった。
どこへ行ったのだろうと探しまわったのだけれど、1キロ近く離れたところの家で
たまにエサを貰ったり寝ていたという情報だけが最後の彼の便りとなった。

リフレイン 

2005年08月28日(日) 17時05分
幸せも不幸も自らが掴むもの。努力してそれを望んで捕まえなければ、得るものも得られない。こんな簡単なことを長い年月の日常に埋没することで忘れてしまう。
互いに感謝する気持ちとその表れの行動と言葉。

欲を失うとすべてがどうでもいい気になってしまう。気力の元は欲求なのだ。
「I MUST DO」気力を取り戻すには、自己存在に接する事象に対して、興味を持ち、関係を維持するようにがんばることだ。そして何事にも〜しなければならない。と思うこと。

たぶん、あと2年後の私に贈る言葉。どうせまた落ち込んでいることだろう。
そう、おかしいのはソイツであってオマエではない。
負けないように努力は惜しまない。そう、努力。惰性で生きるべきではない。
忘れるな! 

 

2005年08月23日(火) 8時26分
北朝鮮へ旅行へ行った夢だった。タクシーに乗りうまいラーメンというのを食べに出かける。
このとき、嫁と二人だった。そしてラーメンを喰って支払いの段階になるとボッタくられそうになる。ピーンときた。タクシーの運転手と吊るんでやがるなと・・・。そこで、凄んでラーメンの女亭主に詰め寄る。店主はカラクリをゲロする。

これで気づいた。よくわかった。そうだ!この女が私を惹きつけた魅力とは、臆することなく誰とでも対等に話ができるということだ。私には凄い魅力だった。コイツがいれば強くなれる気がした。そうだったんだ。

しかし、彼女のこの特技(私が認めた)はいまや私からすべての友人を奪い取った。
私の四方八方を塞いだのだ。5年前に一度気づいてはいるのだが、この深く彼女によって考え抜かれて作られた罠の怖さにやっと今、気づいた。

深層心理の中ではきっと気づいているのだ・・・

ジグソーパズル 

2005年08月22日(月) 9時47分
また同じピースが最後に残った。このジグソーパズルをやる度に私が最後に手にするピースはいつも同じカケラ。
2年前にやったときにも同じだった。4年前にやったときにも、最後まで手元に残ったのはこのピースだった。
何度やってもコイツの答えは、このピースなのだ。
あとは私の決心だけ。先のことを考えるとあまりにも膨大すぎる事柄を処理できるのかと不安になってしまう。けれど、4年経っても答えは同じなのだから前へ進むしかないのだと思う。

4年前は、違う手を打ってみた。しかしながら、尊大なる神の意思か私は何かをまだやらなければならない、否尊大なる神のご意志においてやらされることがあると知った。

今、手元に残った最後のピース。何度繰り返しても最後まで私の手の中に残るピース
これをはめ込むしか進む手は、考えられない。

鈴木さんちの奇蹟 

2005年08月21日(日) 11時50分
あらすじ:この度の総内閣辞職により、新内閣が発足され「全国血統統一法」が決議されてしまった。これにより全国各地の同姓の人々は一つの墓に入るということが決議されたのだ。
つまり、鈴木さんという苗字の方は全国すべて、ある一つの墓に入るということになる。本家も分家もまたまた遠縁のものであろうが、見知らぬ者であろうが、「鈴木」と名乗るならば、すべてこの「鈴木家代々之墓」に入ることになったのである。

施行直後、互いに見知らぬ鈴木さん同士が「東京都葛飾区のXXの鈴木です」とか「北海道網走XXの鈴木」ですとか名乗りあって同族意識を高めて「鈴木会」や「田中会」などどんどんと懇親会などが盛んに行われ始めた。
しかし、これが彼岸や盆において恐ろしい事態を引き起こすことになった。
つまり一つの墓石をめぐり、日本全国いや、世界各地から同姓のものが一箇所に集まることとなったのである。永遠続くかと思えるほどの行列が1つの墓石をめぐり出来上がった。
このような事態は避けようとする家系では、東京ドームを3日間貸しきって法事を行ったりもした。

そのうち、このような混雑ぶりに嫌気がさした人々は墓参りを止める方向に向かい、彼岸、盆の混雑は皆、解消されるのかと思われた。
ところが、血族会なるものがこれに提議を出した。日本人の宗教感はどこへ行ったのか!無宗教の日本人でありつつも祖先崇拝だけは辞めるべきではないと。
そこで、彼岸、盆の墓参りを辞退するもの達には先祖代々への寄付金として1口50万円もの寄付を募ることを決定してしまう。

次第にこの事態は全国を巻き込んでいく。全国民総移動・・・巨大な墓の出現、古墳規模の墓の建設。名門をかけての他姓との争い。

さて、ここまでは浮かんだものの、どんなオチにすればいいんだろなw

地蔵盆の続き 

2005年08月21日(日) 9時06分
・・・「地蔵盆」の続きです

日本人の無宗教ぶりは特筆すべき地域性のなくなったところに所以するものなのか、それとも経済発展が地域性を失わせたのか、そんなくだらない研究は学者のバカどもにまかせておいて、いつもながら日本の未来を危惧する私である。危惧するといいつつも、堕天使と自称するからには私の存在ももちろん日本そのものなのである。
なぜなら、私は小さい時からこういった行事が大嫌いで、「地蔵盆」でもみんなが遊ぶ中、自分の見たいTV番組を必ず観ていた。そういう奴なのである。他人とは協調したくない、そして、吾が道を行くからこそ、堕ちていくのだろう。


PS:このblog 2000文字しか書けないというのが悔しい。
いつも最後の部分が書けない!苛立たしい・・・
たったの2000文字でなにが表現できるというのか!
これで満足している人たちは、いるのだろうか?

地蔵盆 

2005年08月21日(日) 8時37分
昨日、今日で「盆祭り」の行事が行われるところが今年は多いのではないだろうか?
我が腐れ町内でも「盆祭り」ならぬ「子供祭り」というのが、行われるのだが、今年は昨年に引き続き、昨日一日限りのものとなった。
町内会の役員宅にて子供がいなければ、それだけ「子供祭り」への興味も薄い。
また、モチベーションも元からないといっていいほどである。
まぁ今年のうちの町内では「ドブさらい」という行事があったため、町内費が余っていたわけでもないので、盛大に「子供祭り」を行う必要にもかられなかったというのが現実だろうが。

ところで、私が子供の頃には確かに京都中どこの路地でもこの時期には「地蔵盆」
が存在した。それが京都の風習であり慣習であり、風情であったものだ。
ところが、昭和50年代くらいから「地蔵盆」という言葉さえ薄くなりはじめ、全国共通のような用語である「盆祭り」という呼び名が多くなった。そして今では「子供祭り」や「自治祭り」といった名称となっている。
原因はというと、造成地による住宅街の出現に他ならないと私は思っている。
昔ながらの京の風情である路地の奥に長屋があるような通りではなく、全国共通の住宅地の景色の出現が「地蔵盆」の風習を風化させているのである。
なんせ新興住宅地に地蔵なんて代物はない。あったとしてもどこかの子供が事故で亡くなったとかで親族が置いた小さな地蔵。そんな地蔵には怨みや呪いの話が付き纏っても、本来の子供を守る地蔵の姿などはどこにも見えるはずがない。
本来、地域の地蔵さんには社が作られ、その世話を地域の誰かがしていたものだ。そして、「地蔵盆」になるとその本尊たる地蔵にお化粧をしてよいベベを着せて地蔵を奉ってやるのだ。そしてこういう。「オン カカカ ビサンマエイ ソワカ」。地蔵さまに心より帰依いたしまつる。
そして、子供好きとされる地蔵の前で子供たちを遊ばせ、子供たちの1年の無事を願う。
また、大人たちは地蔵=閻魔に対して、小さな悪事や煩悩を述べ、許しを乞うのである。

住所不定 

2005年08月21日(日) 6時47分
あらすじ:住所不定の橋の下生活者ヤス 日常の生活は空き缶拾いでなんとか生き繋いでいる。 彼の特技は、夢の続きを見続けることができること。 夢の世界では彼は現実とまったく違い、豪邸に住み、大好きなペットたちを数多く飼い馴らし、優雅な日々を送る。

ある日、事件が・・・(これが問題だ! さてどのような事件にするのか。)
ネタとしては、ねぐらにしていた橋の下を追われるとかでは小物過ぎるし、
飼っていた犬が小学生の集団に殺されるとか(←これなら心の衝動的なネタにはなりそう)
・・・とりあえず、今は思い浮かばない。

ヤスは、なんとかその事件を乗り越える。
このとき、ヤスの心情は・・・現実世界に目を向けるのか夢の仮想世界を現実とするのか。
この成り行きは、事件のネタがはっきりと方向性を持ってからしか決めることができないな。

さて、最後は、ヤスがねぐらにしていた橋の下が集中豪雨によって流される。
それはかつて、ヤスが経験しなかったあまりにも時間の短い出来事。
住所不定による単身生活者しか感じ得ない恐怖も含めての現実の自然の恐ろしさ。
神がヤスになせ!と命じたことは、ヤスは自然の偉大さを多いに語り(この辺りは誰に話しをするのかなどの設定はまだ考えていない)、彼の夢の中で完成させていた大きな船はこんな嵐や洪水などには負けないと力説する。つまり、彼が夢の中で飼っていたたくさんの種類のペットたちをその船に乗せ、まるでノアの箱舟のようになって彼はこの洪水に立ち向かう。

最後はどうすべきか?4日後、川の下流でドザエモンとして発見されて終わるのか、それとも夢の中のまま山の頂上へとヤスの箱舟は運ばれるのか・・・

蝉人間 

2005年08月20日(土) 15時29分
私のPCが壊れてから1ヶ月が経った。気軽にネットが出来ない環境に戸惑いながら1ヶ月。
イライラしながら息子のPCが空くのを見て時間を待つ日々。
やはり「インターネット依存症」なのだろう、我ながら笑いたくなる。
ところで、自分の頭脳がPCに乗っ取られていると感じたことはないだろうか?
いやはや、まったくもって本末転倒。スルスルテ〜ンのポッキンコである。
私は実はそう感じている。というのも、自分のPCが「ボムッ!」と音を立てて崩れ去った日から、私の脳みそたるものも多分、煙をアゲタノダ!
脳みそが回転しないということは、実に不思議な現象を引き起こす。
自分が次になすべきことも予想できず、仮定さえも想像できない。
極限に達するならば、自己存在さえも危うくなってくる。
去り行く夏と共に私の居場所も失われてゆくのである。
夏を謳歌し、蝉のように余生を送るというならば、まさに
私は、「蝉人間」と呼ばれるだろう
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