エジプト流人との付き合い方
May 15 [Sun], 2005, 9:38
日本では相手のことがどんなに嫌いでも一緒に仕事をしている以上、「あなたのことなんて嫌い!」とは言えません。それは仕事を円滑にさせるために、毎日作り笑顔を顔に貼り付けて職場へ行きます。しかしエジプトではこんなことはありません。エジプト人は嫌なら「あなたなんて嫌い」とはっきり言います。エジプトでは仕事云々の前にまず人間関係を良くしよう、という思いがあります。そして同僚や上司と合わないとその仕事もやめてしまうとか。
それは子どものときからこのように教育されています。たとえば日本では、自分の子どもが友だちに「あなたブサイク」と言われたと訴えてきたとします。たぶんほとんどの日本人のお母さんは「ではもうあの子とは遊ばないようにしなさい」と言ってその子のことを避けるように言います。でもエジプトではもし「あなたブサイク!」と言われても親は「ウェンティ・カマーン・ワヘシャ!(あなたもブサイク)」と言い返しなさいと教えます。自分の考えをはっきり言葉に表すのです。お互い本当に嫌っていると分かったら徹底的に避けます。でも心の中でのもやもやは残りません。日本のように「あの子とは遊ばないようにしなさい」と言って、その子のことを避けますが、お互い心の中ではどろどろしたものが残るのは当たり前です。
日本では大の大人がけんかするなんて恥ずかしい、という思いがあるのか、大人が道端などでけんかしません。しかしエジプトではけんかけんかけんか、いたるところで大声を張り上げてけんかしています。ええ、大の大人が。それはこの教育があるからなのです。いやだ、変だ、おかしいと思ったら、すぐにはっきり言います。そして相手にも相手の考えがありますから、反論します。そこでけんかがいたるところで発生します。けんかが始まるとあっという間に野次馬が集まってきて、仲裁に入って双方の意見を聞き、最終的には野次馬のみなさんが勝敗を決めてけんかは終了します。でもけんかの後は握手したりハグしたりしているのです。お互いに自分の意見をガンガン言うと想像以上にすっきりするもので、恨みは残りません。日本人はそれができないので、後で刺殺したなどということは最近のニュースのネタではめずらしくないことです。
日本では言葉数が少ないのが一種の美徳と評価されますが、外国では自分を主張しない者は「あの人はばかだ」と思われて、周りからはまったく相手にされません。でも日本人が自己主張しないのは、相手のことをまず最初に考えているからだと思います。でもエジプト人はまず相手に自分の意見、希望を伝えます。ときどき自己主張ばかりして人の意見を全く聞かない人がいるのですが、どうしたらそんなに図々しくなれるんだと不思議に思いますが(笑)。
謙虚さも大切ですが、ときにはドーンと自己主張することも大切ですね。
日本では大の大人がけんかするなんて恥ずかしい、という思いがあるのか、大人が道端などでけんかしません。しかしエジプトではけんかけんかけんか、いたるところで大声を張り上げてけんかしています。ええ、大の大人が。それはこの教育があるからなのです。いやだ、変だ、おかしいと思ったら、すぐにはっきり言います。そして相手にも相手の考えがありますから、反論します。そこでけんかがいたるところで発生します。けんかが始まるとあっという間に野次馬が集まってきて、仲裁に入って双方の意見を聞き、最終的には野次馬のみなさんが勝敗を決めてけんかは終了します。でもけんかの後は握手したりハグしたりしているのです。お互いに自分の意見をガンガン言うと想像以上にすっきりするもので、恨みは残りません。日本人はそれができないので、後で刺殺したなどということは最近のニュースのネタではめずらしくないことです。
日本では言葉数が少ないのが一種の美徳と評価されますが、外国では自分を主張しない者は「あの人はばかだ」と思われて、周りからはまったく相手にされません。でも日本人が自己主張しないのは、相手のことをまず最初に考えているからだと思います。でもエジプト人はまず相手に自分の意見、希望を伝えます。ときどき自己主張ばかりして人の意見を全く聞かない人がいるのですが、どうしたらそんなに図々しくなれるんだと不思議に思いますが(笑)。
謙虚さも大切ですが、ときにはドーンと自己主張することも大切ですね。
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