サン達は喫茶店で食事を取りつつ、クロードと会話をしていた。
喫茶店の中は兵士ばかりで、一般客は居なかった。
クロードはかつての革命戦争を振り返る。
「1132年のティムキタン・ラントルキ境界線防衛戦。
あの戦いで本部を防衛した事が、レジスタンス『イリス』を勢い付けたといっても
過言では無いでしょう。
当時イリスは、国内最大級の反政府組織と言っても、
まだ百人ほどで、帝国からしたら吹けば飛ぶような存在。
そこへ、帝国軍の大将軍ウルフェンがイリスに降り、その後数人が続いてイリスに降った。
この数人の内の一人が、サン殿、貴女だったと聞いております」
サンは静かにうなずく。
「……ああ」
「この後、様々な戦争に勝利し勢力を増したイリスに帝国は危機感を覚え、
徹底的に叩き潰すために、本部へおよそ二万人の兵で攻め込んだ。
ですが、結果は帝国軍の惨敗に終わり、わずか百十数人のイリスに対して
帝国軍は五千人もの死傷者を出した。
イリスは半数の約五十人の死傷者が出たが、帝国軍とは比べ物にならない程の少なさです。
これほど圧勝できたのは戦線の最前線に、大将軍ウルフェン殿とサン殿がいたからとか」
「……あの戦いでは、殆どがウルフェンのおかげと言っても良い。
私のカウンターを主とする戦い方では、多人数を相手にするのは、
余程実力差がなければ勝てないからな。
私は前線に出ながらもウルフェンの後方支援に回った」
サンはしみじみと語る。
「ウルフェン殿の武勇伝は多々聞いております。
三大剣流が一つ藍漸流の創始者。
その腰に差した蒼い剣から繰り出される剣技は、目にも留まらぬ神速の太刀筋で、
その素早く数多と繰り出される剣の残像の為、周りには蒼い川が流れているように見えるとか。
まさに天下無双の大剣豪。
ウルフ族最強とも謳われ、百二十年ほど前にオトマルガ地域に出現した第九等級の悪魔五体を
かすり傷一つ負わずに討ち取り、悪魔狩りとも呼ばれたそうです」
「悪魔を倒したりしてたのか」
サンは意外そうに聞く。
「ええ、そうですよ。とにかく滅茶苦茶強かったらしいです。
今何しているのでしょうかね。まだ亡くなってはいないでしょう。
ウルフ族は二百年は生きると言いますので……」
「……たしか、ミトラス教国※で神官になっていると聞いたぞ」
「そうですか。ウルフェン殿は信心深いお方と聞いておりますから、
神官になっていても不思議ではないでしょう」
「向こうでも結構な役職についているそうだ。たしか管区大司教※だったと思う」
「ほう……」
そこへクロードはサンがウルフェンに詳しいことに疑問を抱く。
何故これ程詳しいのだろう。いくら革命軍で共に戦った同志とはいえ、
アレからもう百年にもなる。
「……つかぬ事をお聞きしますが、サン殿はウルフェン殿と親しいご関係で?」
クロードの問いに、サンは静かに答える。
「……ウルフェンは私に剣術を教授してくれた師だ」
クロードは驚く。
「何とそうでしたか! それで色々と詳しいので。今も親交が?」
「いや、いま私は旅をしているしな」
「そうですか。……ウルフェン殿が共和国に入らなかったのは何故か聞いておりますか?
サン殿と一緒にイリスへ降った、ティキ殿は初代大統領、
マーク殿は初代行政官と政府に入りましたが、
ウルフェン殿は帝国では将軍として多くの師団を纏めていらしたお方。
実力や経験、リーダーシップは十分兼ね備えていると思うのですが……。
私はこれが不思議でなりません」
サンは少し考えると簡潔に答える。
「……それは、私の口からは何とも……」
「サン殿も存じないので?」
「理由は知っている。だが、師の邪魔はしたくないし名誉のためにも答えられない」
サンは教えたくないようだ。
クロードは少し視線を落とし、考える。
そして、
「……イリスが勝利できた事と関係が?」
そう問いかける。
「それは関係無いが……。もしかして、それで私の名が軍でさえ知られていないのか?
ペネムが私の名を聞いても、何とも動じなかった。
僅か百年足らずで全く知らないというのは不自然じゃないか?」
サンは話をすりかえる。
クロードはこれ以上言及する事を諦め、サンの問いに答える。
「……まあそうですね。サン殿の名と功績は、政府でも議員になれるほどの上部の者、
軍部内では大将以上でなければ全く知りません」
「秘密にしてるのか?」
「そうです。革命戦争が謎に包まれているのはそのせいです。
あの戦争は、とても表沙汰には出来ない事が多いですからね。
サン殿も心当たりがあるでしょう?」
サンは少し考えると理解する。
「……あの事か」
そう呟くように言うと、クロードは「そうです」と返事し、
ここでステイラーに話を持っていった。
「そして、実は今回のステイラーの事も関連があるのです」
ステイラーと関連があると一体どういう事なのか。
サンは聞き返す。
「ステイラーが?」
「はい。あの革命戦争では、とてつもなく巨大な組織が少なくとも二つ裏で関わってましたが、
今回のステイラー騒動ではそのうちの一つの組織が、関わっているのではないかと」
なにやら怪しげな方向に向かっている。
サンはクロードの言いたい事がいまいち分からない。
「そのステイラー騒動というのは具体的にどういったものなんだ?
ステイラーは架空の魔物の筈……」
そう聞くとクロードは同意する。
「その通りです。ステイラーは実在しません。
ですがここの所、奇妙な魔物が姿を現しているのです」
「奇妙な魔物……?」
奇妙な魔物とは。クロードは説明する。
「はい。普通にしている時はその姿は人と全く変わらないのですが、
何かの拍子に突如魔物に変化し周りの人に襲い掛かっていくのです。
これにより、いくつ街が壊滅したか計り知れません」
「それでステイラー…か……」
「そうなんです。しかもこの魔物は街の中に入っては、周りの人達を殺すのです。
いったいどういう目的で町に入るのか分かりませんが、かなり奇怪な魔物です」
非常にステイラー伝説と酷似している。
その上とある共通点をサンは見つける。
「……ソレイユと似てるな……」
サンの指摘に、クロードは話を繋げる。
「……そうですね。ソレイユも何故街を壊滅させるのか分かりません。
そしてこの事でソレイユとも関連して、
ステイラー騒動は国際問題にもなりかねない事態に発展する可能性もあります」
国際問題。サンはそう聞くと、表情が厳しくなる。
「……国際問題とは……?」
クロードはゆっくり話し始める。
「数日前、ココから東へ行った所にあるカンダラという街で、
アラレマス帝国の軍人が目撃されたんですよ」
「……別におかしい事は無いだろう。帝国と共和国は同盟国同士。
無断で入り込んできたというのなら問題だが、そんな事は有り得ないし、
暗部の人間だったとしても、軍事戦略上、一人二人居たところで不思議ではない。
共和国も送り込んでいるだろう?」
「確かにその通りなのですが……、
実は同じ時期にアルマイヤ地域のパタルキアという村にソレイユが出現した際、
そこにルナと名乗る女性がガンマ・アラルドルク・クリエイトと共に現れたと、
アルマイヤ地方政府から報告が入っています」
「何……!?」
サンは驚きの声を出す。ルナという人物を知っている。
「ルナといったら……」
「そうです。アラレマス帝国の暗部を代表する人物です。
彼女はとてつもなく人脈が広く、国のトップはもちろん、あのウルフェン殿や、
世界的に影響力の強いオーラン王国の重鎮、アルフォンヌ・クレナレーデ書記官。
更には大犯罪組織『黒龍』のボス、レイ・カンツォとまで交流があるとか。
しかも武芸も達者で、ウルフェン殿にも負けないほどの剣の使い手の上に、
スナイパーとしての一面もあり、超一流の狙撃の腕を持ちます」
サンは手元を見つめながら語る。
「……彼女には、何度か会った事がある。かなり独特のオーラを持つ人物だ。
傍に居るだけで、全てを見透かされているかのような感触を受ける」
そして視線をクロードに移す。
「……で、本当にパタルキアに現れた女はルナなのか?
ルナがソレイユの連中と接触する理由がよく分からないんだが。
しかもガンマと一緒というのが腑に落ちない」
「恐らく本人でしょう。銀髪のショートカットに白い皮製のブリガンダイン、
肘まである白い手袋、チェック柄のミニスカートに長いブーツ。
彼女が普段着ている服装そのままです」
クロードはそこで一呼吸を置くと、さらに続ける。
「それと、このルナが現れた時に黒龍のナンバー三、ルドルフが居たそうです」
「……ルドルフ………」
サンはそう呟くと、ステイラーの事に言及する。
「まあ色々と言いたい事はあるが、結局の所ステイラーと、どんな関係があるんだ?」
「カンダラで帝国の軍人が現れた後、ステイラーらしき魔物が現れたんですよ」
「………」
サンは腕組みをして顔を伏せ、考え込む。
「実は同じような事例はいくつもありまして、ステイラーで何度も街を滅ぼされていますが、
その際、必ず一ヶ月以内に帝国の軍人の姿が目撃されています。
これらを鑑みると、少なくとも何らかの形で帝国が関わっているのではないかと、
そう思わざるを得ません」
サンはそこまで聞くと、クロードにゆっくりと顔を向け、一言、
「………面白い」
意味深長な微笑みを向けた。
クロードはその微笑の意味する所を気にかけ、サンに問いかける。
「……面白いとは?」
「なかなか鋭い所を突いている。ステイラーの現れるところに必ず帝国の者が現れ、
更にソレイユや黒龍と接触をした。状況的に関係が有るとも言えるが、実証は無い。
この程度の事で国際問題にするのもどうかと思うな」
「確かにその通りです。疑いを掛ければ限(きり)がありません。
ですが、先ほども言いました様に前例があります」
「………革命戦争か………」
そうサンは呟くと、机に身を乗出してクロードに語りかける。
「お前は何処まで理解している」
「……何処まで……とは?」
「あの戦争を理解するには戦争に関わった全てのものを知り、理解する必要がある。
お前はそれらの何処までを理解している」
クロードは少し黙り込むと、答える。
「……名はココでは出せませんが、二つの組織がイリスに対して
軍事兵器や資金を提供をしていたと……。
それ以上深い事は一端の地方の長では教えてはくれません」
サンは背凭(もた)れに凭(もた)れ掛かる。
「……その程度の知識なら、今回のことは目を瞑るべきだ。
お前は何も知らないに等しい。余り深追いすると知らなくても良い事を知ることになる。
したらば、お前の身に不幸が訪れるやもしれない」
「という事は、サン殿は全てをご承知で?」
サンはクロードを鋭く見つめる。
「当然、私はイリスに属していたのだからな。
それに、戦後闇の世界を生きてきて戦争の真実も知った。
だからこそお前に忠告する。知らない方が良い。知れば抹殺される。
私が今まで殺されないでいたのも、黒龍と繋がりが有るからこそ。
無ければとっくに消されてる」
サンの忠告に、クロードは問いかける。
「では私の推測は事実なのですね?」
「事実だが真実ではない。これは国云々の問題ではなく、非常に狭く深い問題だ」
サンは机に肘を突く。
「もうここで止めろ。地方長官如きが口出しできる問題ではない。
せめて中央政府に申し付けろ」
クロードは厳しい顔つきで答える。
「もうしてます。ですが中央政府は動きません。
サン殿が言う事は、つまりこのまま放置しろという事ですか?
ステイラーによって多くの人民の命が奪われているというのに!」
後半、クロードは思わず口調がきつくなる。
サンはクロードの意見も分かる。確かに放置して置く訳にはいかない。
そこで色々と思考を巡らし、鑑み、サンは答える。
「……なら私が対処する。これで文句無いだろ」
クロードは問いかける。
「どのように対処するのですか?」
「ステイラーがどんな魔物なのか分からないから何とも言い様が無いが、
とりあえずステイラーを退治、そして背景を調べる。
断っておくが、調べて判明した事の全ては教えられない。
もしもの事があった時に責任は取れないからね」
「それは構いません」
クロードは了承する。
そこへサンは注文をつける。
「だが、私も暇じゃない。
私は今、共和国各地を渡る旅をしている。
だから退治や調査をしていると、徒歩で旅をしている為、旅の予定が大幅に遅れてしまう。
そこで注文なんだが、何か旅の足となる物を譲ってはくれないか。
そうすれば、今後のたびもスムーズに進められる」
そのサンの注文にクロードは、少し考えて、迷いながらも承諾する。
「……分かりました、用意させます」
クロードは厳しい顔で答える。
するとサンは、
「それじゃ早速準備に取り掛かるか」
そう言って立ち上がる。
そしてレイナとファルに話しかける。
「食べて済んだか?」
レイナとファルは言葉を返す。
「ハイ、済みました」
「あ〜食った食った」
ファルの緊張感の無い返事にレイナが噛み付く。
「アンタねぇ、もうちょっと真艫(まとも)な返事は出来ないの?
あんなに真剣な話しをしてたのに、緊張感無さ過ぎ」
「まあまあ、良いじゃねえか。マイペース、マイペース」
「フフ、じゃ出よう」
そしてサン達は外に出る――
――外に出ると、サンはファルとレイナに向かって腕を突き出し、親指を立てる。
「これで足が出来たな」
そう笑みを浮かべて言った。
なんと、サンは最初から旅を迅速に勧める為、足を確保出来るように話しを進めていたのだ。
ファルとレイナは、サンのその巧みな話術に驚嘆する。
「今までの件はその為か!?」
「凄い話術……」
解説
『ミトラス教国』
ミトラス教国は、マントゥア半島にあるミトラス教を国教とする宗教国家である。マントゥア半島は、この世で最初に生まれた人間アリドスが生れ落ちた地とされている。また、主要国議会が開かれる地でも有る。その為、中小国家の中では発言力が大きい。元首の名称は教皇。
教皇は、主要国議会において議長の役を任ずる。これは主要国議会の中立性を保つ為と開催地を提供するミトラス教国への配慮の為である。ただし議長の為、議論には参加できない。
『管区大司教』
管区大司教は教会管区の裁治権を持つ司教である。ミトラス教国において、知事に匹敵する重要なポストである。
あとがき
大変遅れまして、申し訳ありません!
個人的に忙しかったものですから。
その上、ステイラーに関しては本当に複雑で、キチンと理解するのに結構頭を使うんですよ。
基本的に利害関係ですけど、その関係が理由と共に複雑なんです。
組織だけでなく人物も関わってきますからね……。
↓応援よろしくお願いいたします↓
