雨季パート2 

2006年02月25日(土) 16時42分
今までは雨が降っても「濡れるのは同じだから」と、たいして気にしないでサーフィンをしていました。ところがある日、スランガンでサーフィン中、雨が降りそうになるとローカルの皆は「雨が降るよ、帰ろう」とすぐに出て行ってしまったんです。私は「あとちょっと」と入り続けていたのですが、雨と風はすぐに強くなって全く前が見えず、セットが来ていたのも気付かず、思いっきりくらってしまいました。違う日のスランガンでやっぱり雨が降って来た時、私は前が見えなくなるのが嫌だったので、すぐに上がって、ワルンから海を眺めていました。するとしばらくして、スキンヘッドの頭がパックリ割れた白人が、血をダラダラ流しながら上がって来たのです。聞くと板が風にあおられて、頭に当たったとのこと。それを見ていた私と友達は「雨のサーフィンもやっぱり危ないねぇ」と実感しました。

雨季 

2006年02月25日(土) 4時27分
 今回の雨季に突入した頃から何度かあった雷、もの凄かったんです。1回目は寝ていた真夜中、あまりの凄い音に飛び起きる程でした。日本では体験したことのないもの凄い音で、私が今までバリに居た中でも経験したことのないものだったんです。2回目はもっと衝撃的で、ゴロゴロと雷が鳴り始めたものの、「まだ遠いね」なんて友達と話していた時のことでした。ひとりの友達が帰ろうとしてバイクに股がり、私が自分の部屋のベランダでバイバイと見送っていたら、ドッカーンと大爆発のような音。私はてっきり自分の所に落ちたのかと思い、パニックでギャーギャー騒いでいると、友達皆に「トシ危ない! 外に出ろ!」なんて言われてしまったので、余計恐ろしくなって猛ダッシュで外に飛び出し、皆と無事を確かめ合いました。そしたらなんと、バイクに乗って帰ろうとしていた友達の1メートル後ろに落ちたらしく、ガソリンで線を引いて火を付けたようにアスファルトの上を火が走ったと言うんです。あとちょっとで…と、皆で驚いていると、消防車のサイレンとゴムが焼けたような臭い。野次馬根性で見に行くと、ウチの裏の椰子の木に落ちていたんです。今まで、日本でも雷が落ちてサーフィン中のサーファーが亡くなった事故などは聞いたことがありましたが、実際に雷が落ちたのを目の当たりにして、本当に雷は落ちる、恐ろしい! と実感しました。その後、サーフィン中にゴロゴロ鳴り出したり、光るのを見るとすぐに海から出るようにしています。



金メダル 

2006年02月24日(金) 19時51分
苦難を乗り越え、金メダル

荒川静香(プリンスホテル)の胸で輝きを放つ金メダル。2004年に世界王者に輝いた後、一度は引退を考えた。新採点法に悩まされた。だが、荒川はスケートを「楽しむ」と心に誓って苦難を乗り越えた。荒川の言葉を振り返る。2004年、荒川はミシェル・クワン(米国)やサーシャ・コーエン(米国)らを破って世界王者に輝いた。フリープログラム(FP)では、今回のトリノ五輪でも使用した「トゥーランドット」で、3回転−3回転−2回転の連続ジャンプを披露。166センチの長身を生かしたダイナミックなジャンプと高難度の技をいとも簡単に繰り出す姿から、海外メディアからは「クール・ビューティー」と称された。

 05年のシーズンは惨敗だった。ディフェンディングチャンピオンとして迎えた世界選手権も9位に終わった。だが荒川は、このシーズンの途中でトリノ五輪に向かう決心を固める。そして迎えた今シーズン。荒川を苦しめたものは? 日本での開幕戦となった「ジャパン・インターナショナル・チャレンジ」で本音を口にした。

五輪の日本代表選考の対象となるグランプリ(GP)シリーズでは、結果が出せずにランキング8位。GPファイナルの出場を逃した。中野由香里(早大)の急成長もあり、3人の代表枠争いは混とんとしていた。最終選考会となる全日本選手権直前に、荒川はロシア人コーチのタチアナ・タラソワとの師弟関係を解消する。新採点法の考え方の違いだった。国内では佐藤久美子コーチの指導を受けることにした荒川は、全日本選手権のショートプログラムで伸び伸びと演技する。

 迎えた決戦の日。メダルを目前にしたプレッシャーに押しつぶされることもなく、荒川はスケートを楽しんだ。構成に気をとられるあまりに動きがギクシャクするようなところはまったくない。体に染み付いた「トゥーランドット」をしなやかに、そしてダイナミックに踊った。会場中が荒川の世界に染まった。

日本脱出 

2006年02月18日(土) 1時25分








日本ではコートが手放せない季節にもかかわらず、バリ仕様に合わせて、薄手のまま家を飛び出し、そのままLET’S GO!











海の中は水温27℃とあったかく、雨季のせいか、透明度は低め。けれども、鮮やかな魚とサンゴがとっーても美しい^

イラン空爆計画 

2006年02月10日(金) 20時30分

イスラエル  強硬策のメリットとデメリット
ありえない話に思えるが、イスラエルは本気かもしれない。同国の軍事アナリストたちは、いざとなればイスラエル空軍が攻撃してイランの核計画を頓挫させられると考えている。

 彼らに言わせれば、重要なのはシステムの弱点に狙いを絞ること。「急所を特定する必要がある」と、あるイスラエルの高官は言う。「その数はそんなに多くない。そこをたたけば、核計画をかなり遅らせる」
元イスラエル軍高官のシュロモ・ブロムは、ナタンツのウラン濃縮施設やイスファハンのウラン転換施設など、重要施設を2,3ヶ所破壊すれば十分だろうと分析する。

 だが、口で言うほど簡単ではない。81年にイスラエルがイランのオシラク原子炉を爆撃したことを教訓に、イランはナタンツなど、標的にされる可能性がある施設の防御をしっかりと整えている。
 「重要施設は分散され、地下に作られている。防御も厳重だ」と、あるイスラエル軍高官は言う。
アメリカの専門家によると、施設に深刻な損害を与えるには複数の爆撃を命中させる必要がある。

 イスラエル側に言わせれば、その点は心配ない。何しろ、アメリカ製の貫通爆弾「BLU109」を100発以上も保有している。「あれなら目標を達成できる」と、軍時間は言う。


攻撃ルートはインド洋経由か
だが、実際に爆撃を成功させるには、むずかしい問題をクリアする必要がある。攻撃を担うのは戦闘機のF15やF16だろうが、それ以外にも、イランの対空レーダーを無力化するために電子妨害機をとばさなければならない。これを援護する戦闘機も必要だ。イランが、手ごわい戦闘機「ミグ29」を持っていることも忘れてはならない。「目標に到着し、爆撃するまでは簡単だ」と、ブロムは言う。「問題はどうやって帰ってくるかだ。われわれはカミカゼ攻撃をするつもりはない」

 イラクの原子炉を攻撃したときは、イスラエル軍機はサウジアラビアの領空を低空で通過した。米陸軍大学校が昨年後半に発表した研究の中でブロムは、インド洋上を大回りしてイランに到達することも不可能ではないと示唆している。このルートは、良好な飛行条件におけるイスラエルの新鋭機の作戦半径の二倍にあたる。


シスコ 

2006年02月09日(木) 15時00分
サンフランシスコ滞在二日目
サンノゼへ練習を見学に行くことに

米西海岸遠征中のサッカー日本代表は8日、当地郊外のサンタクララ大で地元日本人ユースチームと練習試合を行い、レギュラー組が出場した前半で5得点を奪うなど、徐々に連係の精度を高めてきた。

 宮崎合宿から取り組む3−6−1の布陣で臨んだ日本代表は久保、攻撃的MFに小野、小笠原が入り、守備的MFの遠藤、センターバックの宮本も攻撃参加。久保がこぼれ球を押し込んだほか、小笠原が2点、遠藤も2点を決めた。後半のサブ組も9得点を挙げた。
 日本代表は夜にサンフランシスコに移動し、10日(日本時間11日)に米国代表戦に臨む
ちなみにあの新庄がプレーしていたSBCパーク野球場です

午後からは観光へ
少し足を伸ばしサンタクルーズへ
サンフランシスコから南へ約74マイルほど。車だと1時間30分くらい。サンノゼからだと約30マイルで1時間弱のところにある観光地で、サーフィンで有名。気候は夏は涼しく(20〜25℃)、冬はまあまあ暖かい(日中は寒くてもせいぜい10℃くらいまで)。年中を通して雨は少ないが11月〜2月にかけて雨の日が結構ある。でも、日本のように一日中降っているのではなく、降ったり止んだりが続く。一年間を通して300日は晴れるらしい。



日本を出発するときに乗った飛行機で隣の席に座ったご婦人が、サンフランシスコでレストラン(サムライ・ニッポン)を経営する方だったので、その方のお店で夕食をとり、サンフランシスコのスポットをいろいろと教えてもらいました。「今日は珍しく空気がクリアーだから、ツィン・ピークスからサンフランシスコの夜景を見るといいわよ」とのお話に、ホテルに帰る途中に、ツィン・ピークスに寄りました。
丘の上は涼しいというより肌寒いくらいでしたが、満月にも関わらずサンフランシスコの夜景はスケールが大きく、美しいものでした

やはりシスコといえば
ケーブルカーです 映画などで有名
やはりキャラハン刑事ダーティーハリーですよね
 
 

クラブラウンジ 

2006年02月07日(火) 21時07分
ワールドクラブの入口。搭乗券を見せて入ります

出国審査を終えたところには免税品がいくつかありますが、特に興味がなかったので第2サテライトの出発ゲートの2階にあるNWのラウンジ「ワールドクラブ」へ。このラウンジはファーストクラス、ビジネスクラスの利用者とワールドクラブの会員が利用できます。
あと二時間なかでパソコンでもして時間をつぶすことにする。
奥にあるのが各種飲み物のサーバー。おつまみ類も豊富です

中に入ると左右に広がるエリアにたくさんの1人がけのソファがあり、出発を待つ人がくつろいでいます。できたばかりということもありキレイでした。ここでの飲み物(アルコール、ジュース、コーヒー等)とスナック(クラッカー、チーズなどのお酒のつまみ系のもの)は無料です。貧乏性なので、どうしても無料と聞くといただかないわけにはいきません。さっき食事したばかりで、機内でも食事が出るのについスナックをポリポリ…。
部屋の中が暑いので、生ビールがうまい





窓からはこれから乗り込む飛行機が見えます
19時ようやく搭乗可能とのアナウンスがあったので下に降りて機内に乗り込みました。
機内に入るとらせん階段を上ってアッパーデッキへ。ここには6席しかありません。前方はコックピットです。内装自体は長年使っている感じは否めませんが、座席の大きさはさながら高級マッサージチェアのよう。座ってみると前の座席との距離はかなりある感じがします。私たちはチビッコなので余計かも。座席にはアメニティセットが置いてありました。中身は、アイマスク、歯ブラシ・歯磨き粉、耳栓、リップクリームでした。
席に座ると、早速離陸前のドリンクサービス。二人ともカンパリをいただきました。その間にスリッパと靴下が配られます。機内が異常に寒かったので毛布をかぶっていたら、ハワイの人っぽいフライトアテンダントが「今は寒いけど、上空に行って水平飛行になったら暖かくなるわよ。」と言ってくれました。アッパーデッキには、私たち以外には年配の夫婦が1組だけ、ほぼ貸切である。

フライトどうよ! 

2006年02月07日(火) 6時25分
キター*・゜゚・*:.。..。.:*・゜(゚∀゚)゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*!!!!!

いよいよアメリカへ日本代表の応援に出発です。

今回は、一週間の旅なので成田まで車で行くことにしたのだが
あいにく空からは白いものが落ちてきている

果たして無事に飛び立つことができるであろうか

とりあえず空港近くの東急ホテルで友人と待ち合わせなのでロビーに
さすが、空港のホテル朝もはよからにぎやかである

このまま雪が降り続くとフライトキャンセルが出そうである

やばい 頼む晴れてくれ

伸二 

2006年02月07日(火) 0時33分
日本代表は5日、成田、関西、名古屋の各空港発の航空機で米国遠征に出発した。

MF小野伸二(26)は出発前のこの日午前、所属の浦和がさいたま市内で行った練習試合、浦和ユース戦に出場。復帰後初ゴールを決めるなど2点に絡む活躍で、シャドーストライカーとしても開眼。トップ下起用が濃厚な10日・米国戦(サンフランシスコ)で新たな姿を見せるつもりだ。

 単なる司令塔ではなかった。MF小野の浦和移籍後初ゴールは果敢な前線への飛び出しから生まれた。MFポンテが流したボールに反応して、右足を振り抜いた。鋭い弾道がゴール左隅に突き刺さる。「前に走ればボールは出る。走っていきたい」。天才MFが米国遠征直前にシャドーストライカーとして開眼した。

 前日に日本代表宮崎合宿を終えたばかりの小野はこの日午前、MF三都主ら代表組とともに浦和に一時合流。6時間後に米国に出発するタイトな日程の中、さいたま市内で行われた浦和ユース戦(30×4本)の1本目に出場した。

 宮崎合宿中の鵬翔高戦同様、3―6―1のトップ下に陣取った小野は1分、FKからMF山田の先取点につながるクロスを供給。15分にゴールを決めた後、18分にもFW永井のパスに走り込み、左足でミドルシュートを放つなど、点に絡むプレーを心がけた。

 この日つかんだ得点感覚を確実にする上で、ドイツW杯出場国では堅守を誇る米国戦は最高の試金石だ。

「できるだけ多く点を取りたい。
タイトなマークの中でどれだけできるかを試すいい機会」。

“影”の点取り屋としての完成を目指す。

yuki 

2006年02月06日(月) 16時21分
超がつくほど明るくて、元気一杯で、一生懸命で、子犬のようにカワイイ! 
しかも、全力で投げ込む直球一本やり。 
だから、時にはとんでもない所へボールが飛んで行きます。

たとえば、ある日のアナウンス部。
モノを数える単位について、ベテランが若手に聞く形で会話が盛りあがっていました。
「犬を数えるのは、匹?頭?」「イカは?」「テントは?」「屏風は?」「蝶は?」
そして、田畑アナが有紀ちゃんに聞きました。
「椅子は?」 「……えーっと……」
ヒントとして、自分の足をパンパンたたく田畑アナ。
すると有紀ちゃんは、目を輝かせ身を乗り出して叫びました。
「ふともも!」
一同沈黙、のち爆笑。
「オマエなぁ、イスを数えるのに 1ふともも・2ふとももって言うのか?!」

そーです。アナウンサーとしては、すぐに正しい答えが出てこないのは恥ずかしいことなんです。
ホントーは、先輩としてお説教のひとつも垂れるべきなんです。
でもね、この真っ直ぐさが有紀ちゃんなんです。

小賢しくゴマカシたりできない、ひたむきさ。
ねらいでは絶対できないリアクション。
しかも勉強熱心、練習熱心な“ういヤツ”です。
有紀ちゃんの魅力に、抗うことなんてできません。
うれしいなぁ、同じ職場にいられて。

ワタシが父親だったら、絶対ヨメにはやりません。

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