ベンジャミン・バトン 数奇な人生
2009年04月12日(日) 23時46分
The Curious Case of Benjamin Button
老いて生まれ、そして年齢と共に若返ってゆく・・・奇妙な運命の元に生まれたベンジャミンの人生を正攻法で描く人間ドラマ。
時計じかけのオレンジが、逆転しても心は回転しない・・・時計回りの時間が、運命に抗って反時計回りに動き出す。
老いて生まれ、そして年齢と共に若返ってゆく・・・奇妙な運命の元に生まれたベンジャミンの人生を正攻法で描く人間ドラマ。
時計じかけのオレンジが、逆転しても心は回転しない・・・時計回りの時間が、運命に抗って反時計回りに動き出す。
久々に正統派のドラマを観たな〜という印象。
3時間近くもの長さを感じさせず・・・というのは嘘で、やっぱり長かったけど(おい)、きっちり丁寧に作られた良い意味での「重さ」がある、端正で見ごたえのある作品でした。
そしてそれが今までどちらかというとシャープな印象の強い作品を作ってきたデーヴィッド・フィンチャー監督作とは・・・彼の新たな一面を開拓した作品となったのでは。
そもそも私が興味をもったのはフィッツジェラルド原作というとこだったんですが。
とか言いつつ、この作品は知らなかったけど(・・・)でも短編だもん、ゆーるーしーてー。てか、ショートストーリーがここまで膨らみを持つ映画作品になるとは、だいぶ原作からイメージを膨らませたものなのかな。ちょっと原作読んでみようかしら。
話逸れまくりますが(たぶん誰も読んでないから良し←)、同じロスト・ジェネレーションの作家であるフォークナーがかなり好きな私ですが、フィッツジェラルドに関してはあまり惹かれるものがなかったんですよねえ。かの有名な『華麗なるギャツビー』すら読んだことがない。(堂々と言うな)
関係ないけどなぜフォークナーの南部貴族没落ドロドロは映画化されないのだろうか。まあ構成が独特な作品が多いので、難しいかもしれないけど・・・『響きと怒り』とか、もし映画化成功したらとんでもないますたーぴーすになりそうなのに・・・その際はキャディとクエンティンを誰が演じるのか気になる。
・・・って、考える必要すらない妄想に飛んでしまいましたが、私の中ではなんとなくフィッツジェラルドってさわやか(?ちょっと違うと思うけど、うまい表現が見つからない)で正統派な印象があって。多分彼の作品が好きな方々には蹴られそうですけど。
それが、この作品の舞台はニューオーリンズーーー!!!(単純だな)
欲望という名の電車が走ってるところですよ!(だから?)あの南部独特のけだるいムードの中で、生まれながらに捨てられ、老人ホームを営む黒人女性に育てられるベンジャミン。
肉体とは裏腹に、精神は年齢と共に大人になり、そして身体は逆にどんどん若返ってゆく・・・その狭間で生まれる痛み、葛藤を丁寧に描写していて、ストレートで文学的な作品だな、という印象を受けました。
ブラッド・ピットの老い→若さへの逆行が見れるのも大きなポイントではあるのだけれど、とにかくケイト・ブランシェットが美しいです。
惚れてしまうわー。(とても迷惑)
彼女の演じるデイジーはベンジャミンが生涯想い続けた女性で、なんかこういう、メロドラマじゃない作品(ここ重要)で「一人の女性を想い続ける」って設定良いよねー。『トゥルーマン・ショー』とか。どんなに「奇妙」な人生に翻弄されていても、心の純粋な部分は動かせないものがある。「キスしてくれた女性は初めて」とか、何気に素敵な言葉を語ってくれるベンジャミン。
まったく正反対の時間の流れで生きていく二人が、人生が交差する中で共有できた時間こそが、出会えた奇跡を示しているようで、心がじんわり温かく、そして切なくなってしまうのです。
3時間近くもの長さを感じさせず・・・というのは嘘で、やっぱり長かったけど(おい)、きっちり丁寧に作られた良い意味での「重さ」がある、端正で見ごたえのある作品でした。
そしてそれが今までどちらかというとシャープな印象の強い作品を作ってきたデーヴィッド・フィンチャー監督作とは・・・彼の新たな一面を開拓した作品となったのでは。
そもそも私が興味をもったのはフィッツジェラルド原作というとこだったんですが。
とか言いつつ、この作品は知らなかったけど(・・・)でも短編だもん、ゆーるーしーてー。てか、ショートストーリーがここまで膨らみを持つ映画作品になるとは、だいぶ原作からイメージを膨らませたものなのかな。ちょっと原作読んでみようかしら。
話逸れまくりますが(たぶん誰も読んでないから良し←)、同じロスト・ジェネレーションの作家であるフォークナーがかなり好きな私ですが、フィッツジェラルドに関してはあまり惹かれるものがなかったんですよねえ。かの有名な『華麗なるギャツビー』すら読んだことがない。(堂々と言うな)
関係ないけどなぜフォークナーの南部貴族没落ドロドロは映画化されないのだろうか。まあ構成が独特な作品が多いので、難しいかもしれないけど・・・『響きと怒り』とか、もし映画化成功したらとんでもないますたーぴーすになりそうなのに・・・その際はキャディとクエンティンを誰が演じるのか気になる。
・・・って、考える必要すらない妄想に飛んでしまいましたが、私の中ではなんとなくフィッツジェラルドってさわやか(?ちょっと違うと思うけど、うまい表現が見つからない)で正統派な印象があって。多分彼の作品が好きな方々には蹴られそうですけど。
それが、この作品の舞台はニューオーリンズーーー!!!(単純だな)
欲望という名の電車が走ってるところですよ!(だから?)あの南部独特のけだるいムードの中で、生まれながらに捨てられ、老人ホームを営む黒人女性に育てられるベンジャミン。
肉体とは裏腹に、精神は年齢と共に大人になり、そして身体は逆にどんどん若返ってゆく・・・その狭間で生まれる痛み、葛藤を丁寧に描写していて、ストレートで文学的な作品だな、という印象を受けました。
ブラッド・ピットの老い→若さへの逆行が見れるのも大きなポイントではあるのだけれど、とにかくケイト・ブランシェットが美しいです。
惚れてしまうわー。(とても迷惑)
彼女の演じるデイジーはベンジャミンが生涯想い続けた女性で、なんかこういう、メロドラマじゃない作品(ここ重要)で「一人の女性を想い続ける」って設定良いよねー。『トゥルーマン・ショー』とか。どんなに「奇妙」な人生に翻弄されていても、心の純粋な部分は動かせないものがある。「キスしてくれた女性は初めて」とか、何気に素敵な言葉を語ってくれるベンジャミン。
まったく正反対の時間の流れで生きていく二人が、人生が交差する中で共有できた時間こそが、出会えた奇跡を示しているようで、心がじんわり温かく、そして切なくなってしまうのです。
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