近ごろ見た生物とか見なかった生物とか

September 10 [Thu], 2015, 12:50
わんこの散歩に行くようになって、けっこう色んな虫や生物に出あう
ことが多くなった。

近ごろ、ヤブガラシの花に大量にアゲハ蝶が集まっているのを発見した
ばかりで、アゲハ蝶の種類が何かと気になっていた。

後から調べたところ、ナミアゲハ、キアゲハ、クロアゲハ、アオスジアゲハ、
たぶんモンキアゲハなどが、スズメバチやアシナガバチ、その他のハチ
や蝶にまじって、たくさん集まってきていた。

車道の水たまりで近ごろカラスアゲハも見かけたし。

こちらは台風も過ぎ去り、天気もやや良くなったのでまた蝶がたくさん
みられるかと出かけてみたが、なんと、アゲハ蝶はほとんど見られず。
風雨でやられてしまったのだろうか?

かわりにアキアカネと思われるトンボが大群で飛んでいた。

一匹だけ、庭の白い彼岸花に、モンキアゲハとおぼしき蝶が。


近ごろみかけた虫では

タマムシ(尻が重たそうに空を飛んでいた)、
カマキリ(お腹の大きなメス)
ナナフシ(茶色くて大きい、なぜかいつも同じ場所にいる)
アシダカグモ(家の中。手のひらを拡げたところから少しはみだす
くらいの大きさで、ゴキブリを獲ってくれるので大好きなのだが
子どもに見つかると叩かれてしまうので泣くなく外に逃がす)

が目立っていたかな。

昨年秋には近くの田んぼにこんな足跡があった。

これはイノシシ。近くの休耕田をヌタ場と決めてしばらく
遊びに来ていた。

今年に入ってからは、私がわんこ散歩させている頭上、
電線をサルが伝っていたらしく、後から近所の人に教えて
もらったことも(私も犬も気づかず)。

そしてまさに今朝早く、家を出た高校生の小僧さんから
間もなく電話あり。家から1キロくらい下った県道沿いで
「イノシシが出てきてさ、山に逃げた〜」
と。
襲われなくてよかったです。

色んな生物と共存しているんだなー、
と毎日思いますわ、はい。

かなり久々な記事はローカルスポット・能満寺とか

August 30 [Sun], 2015, 9:14
長らくごぶさたしておりましたが、
管理者かつどんはほどほどに元気に
くらしております。

おさるなガーデンは本来、自宅の庭を
うつくしく保つ際のモチベアップとして
開設したのですが、
わんこを庭で飼い始めたこともあったり
なんだりで、庭作りはほぼ、あきらめて
しまいました。

おでかけ情報でもまあ、いいか。

てな感じで、遠州のちょいと素敵な史跡
ご紹介です。

まずは能満寺。
弘長(こうちょう)2年(西暦1262年)に
開かれた由緒あるお寺だそうです。
臨済宗妙心寺派。



くもり空のもと、独特のしっとりした空気に
満ちた、静かな境内でした。

こちらが日本三大ソテツのひとつ。
能満寺の大蘇鉄。
大正13年(西暦1924年)、国の天然記念物に
指定され、それから枝の剪定や手入れをしては
いけないらしい。
支えは一杯ついていましたが。



逸話が色々と残されているらしく、一番驚いた
のは、植えられたのが長徳(ちょうとく)元年頃
(西暦995年)、安倍晴明により、という説が
あるということ。

なんと、今から1010年も前!!

しかも、大井川を流れてきた大蛇を拾い上げて
葬り、その上にこの木を植えたのだと。

能満寺が建立されたのが、ソテツが植えられて
から270年後くらいなので、その頃にはかなり
大きくなっていた木のもとにお寺を作ったのか
その頃すでに、その場には由緒正しき建物が
あったのか、なのでしょうか。
または、清明が植えたという話自体が後付け
なのか。
歴史の謎は考え出すとついつい夢中になります……

徳川家康がこの寺を訪れた際、ソテツの見事さ
に感心し、駿府城に移したが夜な夜なおかしな
つぶやきが聞こえたので、ソテツが寺に帰りた
がって泣いている、とまたソテツを寺に返したと
いう話も。

現代にも何かと不思議な話があるらしく。

ここまで参考にさせていただいたサイトなど。

しずふぁん
遠州七不思議「能満寺のソテツ」の謎

吉田町 ようこそ吉田町へ 文化財・能万寺のソテツ
国道150号線〜沿線の史跡を訪ねて〜
吉田町


ありがとうございます。

思いのほか長くなってしまったので今回は
ここまで。

東北のようすその8・かんぽの宿郡山に車椅子で宿泊

August 27 [Tue], 2013, 16:31
 写真をほとんど撮ってなかったので、パブリックのものが多くすみません。
 
 6人で男性3名(和室)、女性3名(車椅子専用ツインにエキストラベッド1の洋室)
夕食はセット、朝食はバイキングで大人1人8800円というコース。
 しかも介護用の貸切浴槽を1時間単位で借りることができる(無料)。
 当初は19時半からとお願いしていたが、夕食に間に合わなくなるので相談したら
22時15分から空いてます、と。
 おかげでゆっくりとご飯がいただける。やや空いている時でよかった。

 私たちの入った洋室は、入口が車椅子用の引き戸、中のトイレ室も引き戸で中が
広々としている。
 前泊のホテルは車椅子で寝ることはできたが、トイレと洗面は入口が狭くて使え
なかったので、今度はトイレも洗面もひとりで気兼ねなくできる、とばあちゃんは
大満足。

これは和室。今回男性3人で泊まる。
前回10年前は広い和室に7人で入った。車椅子も段差を担いで出入り。
その頃はばあちゃんも、平たい布団に一人で寝起きができたからねえ。
車椅子も状況によって色々と変わるから対応がたいへんかもね。



こちらが女性3人が泊まった部屋のイメージ、ここにエキストラベッド1つ入る。
手前のベッドは頭が電動スイッチで上下するので便利、と思ったら手すりがあまり
なくて、ベッドと車椅子間の移動が少し大変だった。



こちらが1時間貸切にできる介護用浴槽。アプローチも広々しているし、浴槽も広い。
すぐ外側にはトイレもあるし。
車椅子から立って少し歩ける人ならぜひ入って欲しいなあ。
うちは無理なので外の浴槽椅子に移動してからバシャバシャ掛け湯したけど。

重度の人用に、車椅子ごと浴槽に入れる専用車椅子とレールもついている。
トイレから浴槽の上までレールが伸びていて、スイッチは出入り口についている。
ばあちゃんに聞いたら、「そこまでして中に入りたくない」というので掛け湯で我慢する。



それでも、前の晩にお風呂に入ってなかったのでかなり気持ち良かったそうです。
他に人がこないのもゆったりできていいよね。

私はその前と朝に大浴場にてのんびり湯に浸かったので、もう満足ですわ。
可愛い露天風呂もあったしね。

翌朝。夜半の雨も上がり陽射しがまぶしい。
食堂より背後の山を眺めながら朝食。





お土産物コーナーの人に聞くと、やはり震災の影響で直後1年は客足が遠の
いてかなり苦労したそうだ。
それでも近頃ではようやくお客さまも戻ってきて……と嬉しそうだったが、聞いて
いなかったのに「放射能ももうあまり心配ないし」と。
やはりそちらが実際、大問題なんだろうな。

宿についてすぐつけたテレビニュースでは「原発からの放射能汚染水が海洋に
大量に流出している惧れ」というのがトップで流れていた。
宿の人たちには本当に気の毒だが、心配ないどころか! というところだろう。

明日は我が身、という思いが常にしているのだが、今回は嫌と言うほどそれを
思い知らされました。

福島のばっちゃん宅で頂いた桃をここからゆうパックで自宅に送る。
窓口の人はとても親切に箱を組んでくれたり潰れないような工夫をしてくれて
発送してくれた。

朝、ふり返りつつ家路につく。

東北の旅は温かくて切なかったです。

(いったん終わり。この後、思い出した小ネタを載せるかもです)

 

東北のようすその7・懐かしの吾妻スカイライン

August 27 [Tue], 2013, 15:43
 福島市は10年ぶりだったが、ここ、吾妻スカイラインはなんと20年ぶり。
 昔は何度か、叔父、叔母、いとこ、家族とここに来たものだが。

  国道115号線を土湯温泉に向けて上り、そのまま温泉街を抜けて、と
思っているうちに長いトンネルを抜けてしまい、ようやくスカイラインの入り口
に到着したのはすでに夕方近く。
 去年から無料になっていたようで、とてもお得な気分。
 しかし、天気はどんどん悪くなって霧がまいてくるし、日は傾いてくるしで
他に通る車も少なく、子どもらも無口になってきた(車酔いしたらしい)。



 ようやく『浄土平湿原』脇の駐車場に着いた時には、それでも霧は晴れ、
すぐ脇の吾妻小富士山頂まで綺麗に眺めることができた。

 駐車場に車を置いて、車椅子のばあちゃんはまた車内で休憩。残りの
親子で山頂を目指す(という程大げさなものでもない)。



下に見えるのが左側に湿原、右側に駐車場とレストハウス。
登山路は噴火で発生した軽石がゴロゴロしているが、太い角材でしっかりと
足場を組んであるおかげで、非常に上りやすい。

これは山頂から駐車場をみた様子。
向うの山肌からは、蒸気が上がっている。



幼いお子さん連れ、ワンコ連れという人たちもいた。

山頂の様子。ふちをぐるりと一周できるがすでに次男がへばっていたので
ここまでとする。
(ホント、大した距離ではないのだけど、山をなめてはいかんね。)



ざくざくと登山路を下り、車に戻る。
それから先ほどとは逆、つばくろ谷を経て福島西IC方向へと進む。
こちらのコースの方が、硫黄の色をした地面から湯気が出ていたり、赤茶
けた山肌が続いたりと荒涼とした山を楽しめるが、『硫化水素ガスに注意』
と書いてあったり、自然の脅威を身近に感じるかも。

ひたすら『圏外』の山中をくねくねと降り、東北道福島西ICにたどり着く。
そこから磐越道を経由して磐梯熱海まで。

今夜お世話になるのは、『かんぽの宿 郡山』。
既に暗くなった19時過ぎにようやく到着。
ここは10年前、父も含めて家族7人で旅した時に泊まった宿。



こちらはパブリックの写真をお借りしました。
宿屋のスタッフはアロハシャツでお出迎えでした。ふう、疲れた。

(続く)

東北のようすその6・白石城、そして福島市のばっちゃん宅

August 26 [Mon], 2013, 15:24
ていしゅのリクエストで、東北道を途中で降りて白石城を見に。
これも全然調べずに突然行ってみる。

市役所の前に無料駐車場があったので、停めておく。
車椅子のばあちゃんは「お尻が痛いから寝て待ってる」とのこと。
バアチャンを置いて、目の前にのぞむ小山へと向かう。
天守閣までは、だらだら歩いて10分かそこらかな。

1995年に復元された天守閣、2011年3月の震災で倒壊等は
免れたものの、壁にひびが入ったり、かなりの修復は必要に
なったらしい(後で調べた)。

 

ほぼ同時期に復元された掛川城と雰囲気が近いが、こちらの方が
更にこじんまりと森に囲まれた、山城に少し近い感じかな。

ひとつだけ弱ったのが、自動券売機で天守閣への入場券を買った
のだが、療育手帳等の割引をしたい場合には、その手前にある
事務所に先に寄らねばならなかったらしく、その説明がしっかり
書かれていなかったため、結局正規の料金で入ったことかな。

事務所は平日だからか、あまり人がいる様子がなく少し静かでした。

天守閣の手前に車椅子用の駐車スペースもあって、途中までは
車椅子でも入れることが判明した。それも後で気づいたんだけど。

これは市役所の駐車スペースにあったのぼり。
このイラストは自販機の横にもついていた。ちょっとかっこいい。



小山の中に高校もあったり、地域に溶け込んだ、しっとりと趣のある
場所でした。

脇を流れる小川も水が清らかで、静かな城下町に相応しい清冽な
空気が流れていたような。

マンホールは白石市の花、ヤマブキだと。

 



ここを出て、とにかくまっすぐ福島市、福島西ICより南西に
約6キロ程度のばっちゃん宅まで。

私の父の、兄嫁になるばっちゃんはつい最近病気が治って
退院したばかり。
孫息子夫婦との3人暮らし。

前夜に突然伺います、と連絡入れていたにも関わらず、
とても温かく迎えてくれた。
他所に住んでいるばっちゃんの娘(私の従姉妹)もその時に、
家にいてくれた。
ばっちゃん、目がよく見えないので時々こうして様子を見に
来るのだそうな。

孫夫婦は仕事? と聞いたら実はまだ30代の嫁さんが
肺に影が見つかって、ちょうどその日から検査入院だった
とのこと。
孫息子も付き添いで1日出かけていたのだそうだ。

しかも、お仏壇には若い男の人の写真が飾ってある。
聞くと、従姉妹の息子さんが昨年の夏に30歳ちょっとで
亡くなったのだと。
「ちょうど1年になったのよ〜」と。
脳出血で突然のことだったらしい。
全く知らずにいた(外に息子さんがいるのも知らなかった)
ので非常にびっくりしながら手を合わせる。

桃や自宅の畑で孫息子が作っているというプリンスメロン、
ブドウなどを次つぎと出してくれる。
子どもらはつい先ほどSAでがっつり昼食をとったのも忘れ
大喜びで果物をついばんでいる。

「あっちゃん(孫息子)、畑すんの大好きなんだ〜」
と、ばっちゃん。
そう、我が父親の家系はなぜか土木や園芸関係が大好きな
人が多い。

私も幼い頃から何度か訪れたことのある場所ということもあって
ここに来るたびに、何かほっとしたものを感じる。
周りの空気は以前と全然変わりなく、いつも故郷に帰ったなあと
いう安心感がある。
10年前に寄った時と、全然変わりないしその前の頃ともあまり
変わってないなあ、と。

それでも、今回は何だか複雑な思いが。
「なんだか、落ちつかねえのよ、いろいろと」
と従姉妹。
やはり震災と原発事故の影は色濃く、人びとの暮らしを脅かして
いるんだろうなあ。

従姉妹とかたく手を握り合って、たくさんの桃をお土産に頂いて
第二の故郷を後にする。

(続く)

東北のようすその5・仙台に車椅子で宿泊

August 26 [Mon], 2013, 14:17
出かける間際になって仙台に一泊が決まり、ゆこゆこネットという
検索を使い
「一瞬立つだけしかできない車いすの人も泊まれて車が置ける」
という条件でどうにか探した
『ホテルモントレ仙台』。
ゆこゆこのセンターにも電話して詳しい条件を聞いてみると、
すぐにホテルに連絡を取ってくれて、
・入り口から手近なベッドまで車椅子で入れるか。通路幅は?
(85? だったかな)
・ユニットバスへの入り口の幅は?(60センチちょっと)
・車椅子専用トイレはどこに?(3階宴会フロアに)
などを確認してくれた。

6人でツイン2部屋にそれぞれエキストラベッドを入れて頂く。
部屋にはユニットでバス・トイレ付き。
朝食込み、子ども1人含む6人で4万8千円弱。



駐車場は建物内にある立体だが、車椅子専用に1台分くらいは
立体P入り口に専用の駐車場があり、そこに停めさせてもらう。

最上階の17階にはジャグジー付きの大浴場があり、今回の
予約では各人1回ずつのサービス券がついていた。
ただし、ここは途中で階段があったり中に段差があったりで、
車椅子では利用不可。

部屋のバスルームは入り口が狭く車椅子が入れなかったので
このホテルでは全く歩けない車椅子利用者の入浴は無理。

ただ、トイレについてはフロントに頼んでおけば、夜なかでも3階
フロアの照明を落とさずにおいておきます、と言ってくれたので
大変助かった。

夕食は駅ビルで買って部屋にて食す。

朝食は3階の広間にてバイキング。
ここは車椅子でも介助がいれば特に問題なし。

朝は早めにチェックアウトして、次なる目的地、福島市へ。
その前に、折角なので仙台城(青葉城)跡を見学に。

下調べをしていなかったので、駅方面→青葉通り→仙台城址入口
にたどり着いたものの、車両通行止めだったので仕方なく大きく
迂回。東北大学のキャンパス内を見物しながら回り込むように南口へ。

車椅子でも無事に降りられて、まずは神社に参拝。



隣には大きな土産物屋。
ずっと女声の張りきった宣伝が流れ続けている。
「だて・まさむねさまとかたくらこじゅうろうさま」と呼んでいたので
この地域では『様』付けでないと非難されるのかと思っていたら、
ただ単に、アナウンスの人物が
「奥州・仙台おもてなし集団 伊達武将隊」のくの一という設定
だかららしい。



建物入り口にはこのように「クマ注意」の看板も。
よく見ると、とてもこわい。



それから城址公園から仙台の市街地を一望する。



鳶の像というのがあったが、先端に据えられていた鳶は先の
震災で落下したとのことで、台座の足下に横たわり、トタンで
囲まれていた。

どこからともなく流れてくるのは「荒城の月」。

作詞したのが仙台出身土井晩翠。彼の像と「荒城の月」の歌碑が
あった。
小学生の子どもに「これなに」と聞かれ、父親らしき中年男性が
「は〜る〜こ〜お〜ろ〜お〜のお」
と歌っているのが印象的でした。子どもは聴いてなかったが。

歌詞のモデルは、ここ青葉城と会津若松城(鶴ヶ城)といわれて
いるらしいが、作曲した滝廉太郎は、出身地の大分県の岡城を
イメージしたらしく。

どちらにせよ、古の風を感じたなあ。

(続く)

東北のようすその4・石巻A

August 25 [Sun], 2013, 9:10
子どもらは楼蘭の冷やし中華、私は右側の店でご飯105円とみそ汁(サービス)
車周辺で待つていしゅと母には中華飯600円と穴子丼630円持ちかえり。



みそ汁の中に入っているのはケガニの脚。熱々でうんまかったです。
味にうるさい長男いわく、「今まで食べた中で一番おいしい冷やし中華だった」と。



プロショップまるかと中に入っているお店の情報はこちら

プロショップまるか

お腹一杯になって、また車まで戻る。先ほどの河口近く。

 

三階建の二階と三階あたりに何かが当たった痕。
津波直後から片付けが全然済んでいない写真も何枚も見たが
よくぞここまで前に進んだものよ、と感慨ひとしきり。

それでも、まだまだなんです。

家族連れで呑気に遊びまわっていてはいかん、と思いながらも
少しでも見て、見せて、地元で買い物してこうして他の人に触れ
回るくらいしか、今の自分にはできないかな。



「ちょっとずつ、ちょっとずつ」
食堂のテープルにあったことばを思い出しながら石巻を後にする。

(続く)

東北のようすその3・石巻@

August 25 [Sun], 2013, 6:43
雨の南三陸町を後にして、ひたすら南下。
復興に向けて、ダンプが行ったり来たり。



石巻で休憩。キノコのような建物は石ノ森章太郎の業績を
たどる石ノ森萬画館。
残念ながら、我が家では亭主のほかに興味をしめす者が
おらず、寄らずに外観のみ眺める。

旧北上川の河口近く、中州に位置している。
夏休みと言う事もあるのか、沢山の家族連れが訪れていた。
子どもより、パパたちの目が輝いていたのが印象的。




子ども三人と私は市街地に少しだけ入って昼飯がとれる所を
探す。



これは川沿いの道。もちろん津波の被害は尋常ではなかった
場所だろうな。



壊れたままの建物、更地、何とか片付けた家、修理が済んだもの、
個々の事情でまちまちの家なみが並んでいる。

歩道や公共の施設部分はまだまだ整備されていない。
あちこち、雨が溜まっていたりひび割れがひどかったり。



これは他のブログから転載させていただきました。
「冷やし中華」ののぼりをみつけ、入ることに。

「プロショップまるか」という、プレハブ造りの店。
中は、鮮魚を売る、港町によくありそうな魚やさん。
何軒かの店がテナントとして入っているようだが、特に明確な
線引はされていない様子。
照明は暗いが、客もそれなりに入っている。
まん中には昔懐かしい長テーブルにパイプ椅子。

(続く)

東北のようすその2・南三陸町A

August 24 [Sat], 2013, 8:31
所どころ、骨組だけの建物が残されています。



雨にけぶる港のようす。



人はどこでも、生きて行かねばならないのだなあ、とつくづく感じました。
もちろん、我々も。

途中の国道沿いにこのような看板を見ました。





荒れた草地が拡がるのを見ると、簡単に復興ということばが口にできなく
なりました。



少し高台になった所には、プレハブの仮設住宅が固まっていたり、荒れ地と
なった平野には山のようながれきが処理を待って積まれていたり。

多くのダンプとすれ違い、私らのような観光客(?)は平日ということもあるのか
非常に少ない、という印象。

ここの人びとは懸命にがんばっているのがひしひしと伝わってくるのですが、
被害があまりにも大きかったせいでしょうか。
まだまだ震災復旧は全然終わっていないのを実感しました。

(続く)

かなり久々に。ようやく行って来られた東北のようすその1・南三陸町@

August 24 [Sat], 2013, 7:54
家族6人、車を使って福島の親戚宅へ行って参りました。

私はなんと10年ぶりの東北。
もちろん、震災後もずっと気になっていたので今回の旅はまた思い入れも多く
当初予定にはなかった所まで足を伸ばすことにしました。

一泊目は仙台に宿をとったので、もう少し北まで行ってみようということに。
本当は気仙沼まで行きたかったのですが、珍しく雨ふりということもあり、
家族も多いのでもう少し手前、東北道から仙台北道路を経由して三陸自動車道へ。



登米東和ICから国道398号を東へ向かい、まずは南三陸町へ。
道沿いに「南三陸さんさん商店街」という復興商店街があったので寄りました。





土産物屋ばかりではなく、電器屋、食堂、酒屋、文具店、写真展など、どこの
商店街にもありそうなお店がプレハブで並んでいます。

更に海岸近くまで進み、そのまま南下。

津波の被害に遭ったのでしょうか、ガソリンスタンド跡。



同じお店か不明ですが、近くに元気にやっているスタンドを発見。





(続く)
おさるなガーデン
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静岡県中部に
ひっそりとたたずむおサルな庭
そこは雑草木のパラダイス・・・
原発について考える
【署名のお願い】自然エネルギー100%と原発の段階的廃止を実現するため「エネルギー基本計画」を変えよう!
原発について自分なりに考えたい
時、ひとつの参考にしてください。
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