穂村さんと川上さん

January 30 [Sun], 2011, 23:09
土曜に穂村弘さんと川上未映子さんの対談を聴きに行った。
聴きに行ったというか、感じに行ったというか、
なんというか、これが凄い体験だった。

お二人で「言葉の可能性と不可能性」というテーマで語る、という今回のこの対談。
もう、息するのを忘れるくらいの90分間で
頭をぐるんぐるん、想像力をぶわーっと広げられまくり。
改めて、言葉は凄いな、と感じると同時に、
言葉ってある概念や心の中で起きている現象を
表わす道具にすぎないんだな、と思った。
で、心の中に起こっているこの感覚を
共有できるこの人間の能力(人間だけじゃないかもしれないけど)
が凄いと思った。すばらしい。
そんで、それを言葉にする能力が人間にはある。
お二人はそれに恐ろしく長けていた。

二人の文章を読むと、
どうやらこんな風に感じているのは私だけではない、
ということがわかってとても安心する。
私は感じてはいるけれど、自分ではこの現象を言葉にすることが出来ずにいて
そう感じている自分はどうなの?って思う不安や
この感じているもの自体がナニモノか分からない不安から
救ってくれるような。

ま、それはさておき。

あこがれの歌人、穂村さん。
穂村さんの文章との出会いは高校1年生。
現代文の先生が授業でとりあげたことから。
そのときからずーっと気になる文章「ごーふる」
大人になったらこの文章がもっと分かると思っていたのに、
それから年を重ね、わかったと思っては、やっぱりわからなくなり。
なんだかんだで、ずっと忘れられない文章。

写真ではなく、動く、生の穂村さんの姿を初めてみた昨日。
高校生のときから好きなら、今までも講演とかいけばいったらよかったじゃんと
自分でも思うのだが、どうも私の中の穂村さん像を妄想しすぎて
実際に見たらどうしたらいいのか・・と、どこか避けていた。
思春期に好きな人が居て、もう見ているだけでいい、
むしろ見ているだけがいい、そんな心境だった。この日までは。
もしかしたら、穂村さんひとりの講演会か何かで、
自分で情報をみつけてしまっていたら、行こうと思わなかったかもしれない。
今回このイベントに誘ってくださった友人が居て
しかも川上美映子さんもいらっしゃって・・というところで
行こうと思えたんだと思う。友人に感謝。

動く穂村さんは、想像(妄想)以上にかっこいい人だった。
エッセイの中であれだけ容姿についての残念話を書かれているのは
大嘘だよ、と思った。
超猫背で、こちょこちょ歩く人だったらどうしよう、とか
動きが怪しかったらどうしようとか、
話し方がせこそう(どういったらいいの?)だったら、とか
色々心配していたのに、
オーラあるわ、姿勢はよいわ、喋り方はゆったりしているわで
もう、完全に恋をしている目で穂村さんを見つめてしまった。
加えて、話がとても分かりやすい。
もっと感覚で話をされる人かと思いきや
論理的に、人が頭の中でイメージしやすいように伝えてくれる。
わーそのセンスたまらんわ、状態。

そして、そのイメージを言葉にするセンスは
精神療法家か、とつっこみたくなるほどのものだった。
穂村さんが精神科医、もしくは精神療法家だったら
きっと沢山の人が治っていくだろうな、と思う。
現に穂村さんの本を読んで、そのような心境に至った人は多いはず。

サイン会では、ひとりひとりと比較的長く言葉をかわされていた。
丁寧な対応。
不特定多数の人と、あんなに喋れるなんて
どれだけ社会性ありまくりだよーと思う。
ベッドと壁の間にある靴下が拾えないほむほむとは
全然違うじゃないかー。
おそろしくただよう包容間の中、
緊張しまくりで私もちょっとだけお話させてもらった。
穂村さんは、会話しつつも私の大好きな歌の一部を
サラサラとサインと一緒に書いてくださった。
あー、どきどきした。
それにしても、その選んでくれたのが嬉しかった。
(まさに、私の“ボタン”の句)

そんな体験をして、もう“ほむほむ”とは
呼べない何かを感じてしまった。
ベッドでゴロゴロしながら穂村さんの本を読めないじゃない。
正座をして、お風呂にはいって身を清めてからじゃないと
読めないじゃない。

とはいえ、しばらくしたら、またベッドでごろごろしながら読むんだろうけど。

(つづく)

え?なんでそれ・・

January 18 [Tue], 2011, 0:22
どうやら世界は、すごい。

よく、「ご縁ねぇ」なんて軽く言うけれど。

この数年、知り合った人と話をする中で
「え?どうしてアナタがソレ(ダレ)をご存知で?」というような
事象に遭遇する。
って、わかりにくいねぇ。

例えば、私が
ある興味の“対象A”について、そのAの分野に同じく興味のあるZさんと知り合う。
Zさんのつながりで、同じように対象Aについて興味を持つYさんと知り合う。
私とYさんは、対象Aつながりで知り合いになる。
こういうことは、特に仕事の場面なんかでは良くあること。
こうやって人のつながりができていく。

そこから・・・・である。
Yさんと話しているうちに、Yさんの口からある人物Xさんの話がでる。
そして私「え。Xさんのこと、私知っているんですけど・・・というか・・・」と
いうふうなことに何度か遭遇!
私の中では、なぜYさんとXさんが知り合いなのか分からない。
それくらい私の知っている2人の間には接点がない。
Xさんは、対象Aにはまるで興味はなく、
私とXさんとのつながりは、別のところBで関連がある。

まだそれが、すんでいる地域が近いとか
同じような分野で働いているとか、
年齢が近かったりということなら別にそんなに驚きはしない。
世間は狭いのだ。あり得る。

でも、恐ろしく住んでいる地域も年齢も違い、
過去に接点もなければ、ましてや仕事でも関連はない。
私とYさんとの出会いだって、考えたらおそろしく低い確率。
私とXさんとの出会いも、おそろしく低い確率。
その上、YさんとXさんに関連があった。
そんな、稀!レア!なことに立て続けに遭遇。
確率を考えたら、それはそれはスゴイことで。

こういう、意思とは全く関連のないところでの
いろんなつながりに遭遇すると
もう、「宇宙すげー!」と思うしかない。
人の思いとかそういうのを超えて何か力が働いているような気がする。

2011年になり、そんなことを改めて考えていたら、
昨夜、またひとつ、凄いつながりが判明した。

ほんと、びっくり。
ワンダー。

危険な場所

January 13 [Thu], 2011, 0:33
空腹のままスーパーにいくと
とんでもなく沢山の食べ物を買ってしまうのと同じように
気持ち的に飢えた(笑)まま、本屋にいくのは危険だ!

お財布にあったお金の分だけ本を買ってしまった・・・。

とはいえ、お財布にはそれほど多くのお金がはいっていた
訳ではないので大丈夫。
いや、大丈夫じゃないな。
10日後の給料日までに使ってもいいお金を
全部使っちゃったさ!
明日からどうしようかな・・・。んー。

それにしても本屋は危険。
以前は「アマゾンは危険!」(すぐポチっとしちゃうから)だったけれど
レビューなんかが見れない分、
店頭で少しだけペラペラとめくったページで内容を判断したり
本の装丁だけで買ってしまったりすることも多い。
最近は幻冬舎からでている本の装丁が軒並み綺麗で惹かれてしまう。
やっぱり世の中見た目です!・・・ちがうか。

そんなわけで今日も装丁買いの私。
中身にも期待。

ところで、本といえば、この数年不思議に思うことがあり。
それは、なぜか自分でお金を出した本の内容というのは覚えていて
借りた本の内容は面白いくらいに忘れてしまうことがあるということ。
別に借りたからといって、その本の内容を軽視するつもりは
全然なくて、読んでいるときは同じようにいろんなことを考えているのに。

尊敬している先生は、
「よまなくても自分で買うだけで教養は身についていく」と仰っていて
“そんなわけない”と、思っていた私だけれど
どうも本当にそういうことありそうだなとも思うようになった。
“買うだけ”は、さすがにオーバーにしても
身銭をきったものはそれなりの意味があるってことかな。

さ。今日もあとちょっとだけ読もう。
穂村さんのエッセイが面白くてとまらない。くくく。

ここのところ

January 12 [Wed], 2011, 0:35
ここのところ

小説ではなく、
エッセイだとか、インタビューだとか
“人がどんなことを考えているのか”
が書かれた文章を読みすぎたせいか
ちょっと疲れた(笑)

いや、そういうの読むと、
「ははー」
「ほほぅ」
「そうそう!」
なんてとても元気付けられたり
新しい発見があるんだけど

“自分があまりにも無知なことがわかる”というおまけも
付いてくるので、なんだか単純に凹む、というのもある。
そして本当に努力をたくさんしている人に対して
自分はナマケモノなので申し訳なくなってくる。
世の中、すべてみんな凄い人に見えてくる。

そもそもそうやって比べること自体おこがましく
建設的ではないので、
とりあえずは、今日一日楽しく過ごそう!と思い直して
この凹みのループを終わらせることにする。

そんな毎日。

January 06 [Thu], 2011, 2:33
あけましておめでとうございます。
もう明けてからずいぶん経っていますが・・・。

今年はベートーヴェンが終わってからの幕開けでしたが、
大晦日のベートーヴェン全交響曲演奏会はそれはそれは名演で
その場に居られたことが、至福極まりなく、
2010年の締めくくりはとてもいいものになりました。
マゼール氏、80歳とは思えない、すばらしい指揮でした。
指揮台を降りるとたしかにおじいちゃんなのに・・・。
指揮台に乗った瞬間、それはそれは凄いオーラを発しておりました。
今だ3番と7番が頭の中で鳴り響き、
大晦日ベトベン症候群とも呼ぶべき後遺症、発症中のワタクシ。

症状癒えぬまま、現実生活と戦う私に(←おおげさ)
今日、思いもかけない方から年賀状がとどきました。
昨年興味をもった音楽家さん。
今年の演奏会のお知らせもかねたものでしたが、
きちんと直筆のメッセージも添えられていて感激しました。

この方、一度お話させていただいただけですが、
とてもこまやかな心遣いや考え、芸術的センスを持った方で
(と、私に言われたくはないだろうが。笑)
昨年の私はずいぶん影響を受けました。
この方の演奏のすばらしさはもちろん、
美術や文学にも精通してみえて
昨年の私が古今和歌集にはまったのもこの方の影響。

考えてみると、いつもこうやって自分の幅を広げてくれるのは
人との出会いからだな・・・と思います。
そして、できるだけ生でその人に会ってみる、
作品を見る、聴く、できればお話することを心がけています。
心がけています、というより、生で会ってみたくてしょうがない
そういう気持ちのほうが強いのだと思います。
よくばりです。

たまたま手にとった本に感銘をうけて・・・というのもありますが、
圧倒的に人のつながりによって新しい考えや
知らなかった世界を知ることができます、いつも。

おもしろいもので、同じように興味を持つ人が
同じところに集まってくる(あたりまえなんだけれど)
そして、そこで興味のあることを話しておくと
偶然か必然か、その人たちが引き合わせてくれたりする。
おしゃべりなのも、そういう意味ではいいのかもしれません(笑)

2010年もそんな出会いがたくさんあって、
新たに音楽家さんを知ったり、
音楽家さんを通して
普通に生活していたら出会うことは無かった人たちとつながりが出来たり、
アウトドアを経験してみたり、
ある集まりに呼んでいただいたり・・・。
たのしい思いをさせてもらってます。

このブログでも興味のある作家さんの話を書いたら
友人がいいイベントに誘ってくれました。
15歳のときに衝撃をうけた作家さん。
もうすぐ、初めて目の前で拝見することができそうです!
わくわくー。

2011年はどんな人たちに会えるかな?
そしていつかは私も
だれかとだれかをつなげるような人になりたいな。
P R
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いちごあじ が好きです。
いちご好きです。
いちごは野菜です。(しってた?)

いちごあじのように、私をしあわせにしてくれる人たち&ものたち↓

音楽は、スカ ロックステディ ダブ ジャズが好きです。
最近は、クラシックにどっぷり中。

カメラ好きですが、写真を頻繁に撮っているかというとそーでもないような。
一眼レフをもって三重のあるイベントに出没します。

家にテレビがなく、最近のお笑いには全くついていけてませんが、コント屋、ラーメンズの舞台は欠かさず見に行っています。

ライブ・コンサート・舞台などなど生もの大好きでお金と時間と体力がある限り、どこへでもまいります!

こんな“いちごあじ”たちを、一粒一粒かいていきたいと思います。
写真も載せられるといいなー
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