最も嫌いな女のハナシ。3 

2005年03月29日(火) 7時30分
今日、母と久々に怒鳴り合いをした。

私があげた母への誕生日プレゼントが引き金。

どうしてこの女は文句しか出てこないのだろう。

まずはお礼の一言じゃないの?

本当にコトバの全てが気に障る。

挙句の果てに「出て行け」だって?

あぁ、出て行けるものならとっくにそうしてますよ。

公共料金の支払い、食費、食事、着るもの、お風呂、洗濯、掃除…
全てのことが一人になった家でちゃんと一人でできるならね。

私が出て行ったら、かえって不自由するんじゃないの?
私が月にいくら出して「あげてる」か計算してみたことある?

こんな歳にもなって一緒に住んでやってる娘の身にもなってみたら?



こんなにまで嫌いな女をそれでも切り捨てられない優等生の身に…


なれって言ってもできないですよね。


自分勝手な、末っ子のお母さん。



最も嫌いな女のハナシ。2 

2005年03月29日(火) 7時27分
放っておくと自分もこの母のようになりそうで
物心ついたときから常にそれだけを恐れて生きてきた。

それでもどうしてこの女に気に入られようと、
優等生を装って生きてきたりしたのだろう。


お母さん、

自分の後悔を子供に押し付けるのやめてくれますか。

言っていることのひとつひとつは確かにまともかもしれないけれど
アナタ、何一つ実践できていないです。

尊敬なんてまったくできません。

子供の頃からそんな価値観押し付けられて、
どんなにつらかったかわかりますか。

優等生だった私は、そんなアナタを心の底から軽蔑していたくせに、
どこかでアナタの期待に応えようと、
「自分」をたくさん殺してきたんです。

アナタの言うように「女でも自立するため」、「専門職」の道に進んできて、
アナタに負担をかけないように全て必要なものは自分で用意して、

アナタは多分、私がエライ専門家になるのを期待してたりするんでしょうけど、

気づいたらこの道向いてなかったかもしれないんですよ。

毎日毎朝毎晩、辛くて涙流しているんです。
アナタに迷惑かけないように、布団の中で声を殺して。

誰に相談したらいいんでしょうね。

他の道を選んでいたらもっと幸せだったんじゃないかと
思うのも当然ですよね。

でも、アナタはきっと全部私のせいだとか言うんでしょうね。

いつものようにヒステリック満開の醜い顔をしてさ。

ここまで私が落ちこぼれてしまった原因のひとつには
生活費を稼ぐためのバイトに時間をとられすぎていたからかもしれない
なんてことはこの際言わないでおきますが。

こんな歳になってこれから進路変えようだなんて、
今までの人生全て無駄にするようなことはさすがに私にもできなくて、
辛くてもどうにか、この山だけは乗り越える覚悟はしてるんです。

それなのに。

ノーテンキな顔をして

「そんなんだったら、ちゃんと就職したら?」

とかいうのやめてくれますか?

(はやくうちにお金入れなさいよ)

っていう魂胆見え見えなんですよ。



悪いけど。

ちゃんと就職したとしても私、アナタを養う気なんてありませんから。


最も嫌いな女のハナシ。 

2005年03月29日(火) 7時24分
楽しみな用事があっても家から出られない日が続いている。
家にいても母親の嬌声が私を苛むだけなのはわかっている。


昔からこの母とは何かにつけて反発しあってきた。
私に一番よく似ている母。

私が一番見習いたくない母。

けなしてばかりで褒めることができない母。

見栄ばかり張るくせにひがんでばかりいる母。

偉そうなことを言うくせに何も学ぼうとしない無知な母。

他人をうらやんでばかりいるくせに他人の言うことに耳を貸さない母。

結局なにも努力をしないで生きてきた母。

情けないほどけちでみじめな母。

一人では生きていかれないわがままな母。

何度も母に忠告して、
せめて人並みの常識は持ってほしいと懇願した。

帰ってくるのはヒステリックな怒声ばかり。

幼い私は涙を流して訴えた。
さすがに平常心で大人に意見できるほど
図太い神経は持ち合わせていなかったから。

図星をつかれるのがそんなに嫌なのだろうか。
ますますエスカレートした母のヒステリーの行き着く先は決まって

「あんたたちが生まれるから…」
「誰がこんなに苦労してお金稼いでやってるの…」

こんな母に「養ってやっている」なんて言わせたくなくて
中学卒業と同時にバイトを始めて学費も生活費も全て自分で稼いだ。

以来一度だってこの女からお金はもらっていない。

母のようにならないようにと勉強はしたし、自分で生きるため働きもした。
バカな男にだまされないように男友達をたくさん作って人を見る目を磨いた。

人の意見は聞くようにしたし、人の痛みもわかろうとした。

全て二十歳前までのこと。


大笑い。


気づいたら母への道まっしぐらかもしれない自分がいる。


大笑い。


外がコワイわけじゃない。 

2005年03月24日(木) 7時42分
家から外に出られない。


とにかくユウウツ。
とにかく億劫。
なにもかもが面倒。
ひたすら眠るしかない、そんな毎日。


「たまには休んだらいいじゃないか」
が積み重なって、気づいたら半年あまり
まともに仕事をしていない。


家にいたらいたで
自分を責めてしまうのは目に見えているのに
どうにも気が進まない。



私を外へ解放してくれる力がほしい。



出かけなきゃ。
とにかく外に出なくちゃ。



出かけるための準備は
始めてしまえば楽しかったりする。



バッチリ化粧して新しくおろした服を着て、
かばんの中には頼まれていた雑誌にビデオ。




でも。




なぜか引き返してしまう。
なにかに仕組まれてでもいるかのようだ。


暗い部屋のベッドの上で、
何度も化粧を直して、何度も持ち物を確認して、
何度も何度も迷った末に、



何度目かの挑戦をする。




そしてようやく。



なにかやましいことがあるかのように、
夕闇にまぎれて玄関を出る、私。



夏になっても続くのだろうか。



興味がないと逃げるコト。つづき。 

2005年03月17日(木) 6時13分
「私の興味のもてること」


それを求めて何度か環境を変えてみた。

でもどこでも同じことの繰り返し。

今ならわかる。

昔、
「この仕事が好きじゃない」と言って辞めたことの多くが

「好き嫌い」などではなく

単に
私に「向いてなかった」のだ。


何も努力せずに勝ち取れるものではないと、自分のものにはできない私には。


きっと、それは

多くのものはいくら望んでも手に入らないと知っていた
小さい頃の私がそうさせている。


だって、


お金がなかったから。


私のお財布には、少しばかりのお小遣いがあって、
もうちょっと足せば手に入りそうなものもあるにはあった。

だけど。

私は知っていた。



お母さんのお財布にも、私のお財布とほとんど同じくらいのお金しか入っていないことを。


私はものをねだることができなかった。
無邪気に何かを買ってもらうには、私はいろいろ知りすぎていた。


そこで私は言い聞かせたのだ。







あんなもの、私はほしくない。





興味ないんだから。




あの頃の私は、「合理化」と呼ばれるその心の働きが、
その後の人生の隅々にまで影響してくると知っていたのだろうか。


小さい頃にたくさん我慢ができるようになったと思うけれど、
「ほしい」という心の働きを殺すクセがついただけなのかもしれない。

「努力すればとれるもの」と「わがままでほしがっているだけのもの」との
区別がつかなくなった心の中では、
努力せずにあきらめる方がラクだという経路ができてしまったのかもしれない。

挑戦もせず「あきらめる」ことがいつの間にか普通のことになった私は
今、その罰を受けている。


今からでも「ものごとに挑戦する」訓練をしたほうがいいのか、
努力をせずに生きられる道が見つかるまでさまよったらいいのか


今の私にはわからない。

私は一体何ができるんだろう。





興味がないと逃げるコト。 

2005年03月17日(木) 6時07分
今、「生き方」に悩んでいる。


私は昔から優等生で
授業の内容は一度で覚えて
たいてい何でもできて

なにより何かを「覚える」ことが好きだったので
自分から好んで勉強をしていた。

それから試験の高得点で味わう、かすかな優越感。
家庭に負い目のある私には他では味わえない嬉しい感覚。

それで、迷いもなく「優等生進学コース」に進んできたけれど。

今ここで
こんなところまで来て

迷っている。


大人の世界には、どんな分野にも「専門」があって
その道で生きていくためには「マニア」にならなきゃいけない。

最新情報を常にキャッチしていかなきゃいけない。
自分でも何かを発信するような仕事だとなおさらだ。

なのに。


他人のことに興味がもてない。



人の仕事、人の経歴、世の中のこと…
知らなきゃならないことはたくさんあるのに、
大量の情報を前に足がすくむ。

私の「学習力」はどうやら高校レベルだったようだ。

「教科書」というマニュアルのない世界では、
どうやってモノにしていけばいいのかわからない。

私の後に入ってきた子達が、どんどん質問をして
どんどん私を追い越していき、
専門的な議論を楽しんでいるのを横目で見ながら、



あぁ、私の毎日はなんてつまらないんだろう、とつぶやく。



無知で初心者の私。いつまでも新人レベルの私。


できないのはきっと、興味のないせいだと自分に言い聞かせる。
劣等感が私を苛み、ますます取り組む意欲をそぎ落とす。

他人に興味がないのなら、自分のすべきことに没頭すればいいのだろうが、
そんな気も起きずに全てのことがだるく感じて、
ただいたずらに逃げ道を探すふりをする日々。


それでもなんとか時は過ごせて、
なにも生み出さない時間ばかりが過ぎていく。


私は一体何がしたいんだろう。




つづく。

はじめましての自己紹介。 

2005年03月12日(土) 5時59分
はじめましての自己紹介。

名前 sakia
年 ひみつ(25以上30未満)
居住地 東京
職業 いろいろ勉強中。(正社員ではありません)
家族構成 美人の妹二人を持つ。両親は離婚。現在母親と妹と暮らす。
将来の夢 見失い中。
ひとこと 出来損ない両親の出来損ない遺伝子の影におびえる日々。
アピール そんな中でも幸せな方だとは、思う。


物心ついたときにはすでに、他の子達とは違う家。違う日常。
会社に行かない父。頻繁に出入りする客。連れて行かれる大人の会合。
真夜中まで父を待つ母。広い屋敷。

突然訪れた転機。
引越し。
ボロ小屋のような家。
2LDK 5人暮らし 生活費月十万。
毎晩布団を噛んで耐えたののしりあい。

事情を知ったのは小学校も半ばを過ぎた頃か。
いままでの生活も全てが幻の上に成り立っていたことを知る。
気づかないふりをするしかなかった優等生の私。

「他の子とは違う」ことへの怒りは心の中にたまっていって、
その淀みすら気づかずに大人になってしまった私。

あの頃。
友達すら呼ぶことができなかった「みすぼらしい」家に閉じ込められていた
あの頃。

マトモな家庭で育たなかったことが悔しくて
恥ずかしくて、恋する勇気も出なかった。
自分には恋をする資格などないと思っていた
あの頃。

そんな青春時代を過ごした自分が、ひどく情けなかったりもする。
やり直せるものならそうしたいけど、
きっと同じ道をたどってしまうにちがいないという恐怖。

気づけばもう人生折り返し。

染み付いた貧乏根性が人生を狂わせて行く。

「何がいけなかったのだろう。」

などという疑問は
心当たりが多すぎて意味をなさない。

「この先どうすればいいのだろう。」

人生のやりくり下手は遺伝するものなのかどうなのか。

…違うと信じたい!

大人になりそこなった私が、マトモな人間に戻るため、
自分を見つめなおすために作ろうと決心した、

ココロのリハビリ雑記帳です。


全てが自分自身に対するコトバなので、自分ひとりで引きこもってみます。
2005.3.12

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