今週の日程

December 05 [Mon], 2016, 0:00
今週の日程です。

5日(月)は、午前中が大学内で会議や相談対応、
18:30からは静岡サテライトキャンパス主催の講演会のため、
静岡市内のペガサートです。
さくら住宅の二宮社長とダブルです。

6日(火)は、学会主催の「人を大切にする企業の視察会」のため、
一日中、北九州市内です。
訪問する会社は「シャボン玉石けん」と「TOTO」です。
最終便で、福岡空港から静岡空港に飛び、自宅に帰ります。

7日(水)は、午前中がシェラトン都ホテル東京で講演会、
終了後、今度は北浦和に移動し、
16:00まで埼玉県看護師協会主催のセミナーです。

8日(木)は、午前中が都内で新聞社の取材対応、
昼は如水会館で会食しながらの打ち合わせ、
午後は越谷に移動し、税理士協会主催の講演会です。
終了後、再び都内に戻り、
夜は『さらば価格競争』という本の執筆者のご苦労さん会です。
ちなみに、売れ行きも好調で既に3刷りだそうです。

9日(金)は、午前中から午後にかけて静岡市内の「グランシップ」です。
相談対応や、障がい者雇用に関するシンポジウムの記念講演のためです。
パネルディスカッションは、研究室を巣立ち、
都立産業技術大学院大学で教鞭をとっている亀井さんや、
現在博士課程で研究している岩崎さん(警備会社の経営者)が参加です。
こうして研究室の関係者が社会で活躍してくれることが、
何よりうれしいです。
夜は、私が会長を務める「静岡県中小企業問題研究会」の
12月例会が焼津市で開催され、亀井さん達の慰労を兼ね参加です。

10日(土)は、ゼミなどのため、大学です。
今回も11月26日(土)に引き続き、特別ゼミで、
クラロンの会長さんと、アポロガスの社長さんを招いての
公開ゼミです。
会場は飯田橋駅近くの「NECネッツエスアイ」です。
終了後はお二人を囲んでの交流会です。
会場を提供して下さったNECの関係者の方々には、
心よりお礼申し上げます。

11日(日)は、日曜日ですが、大学院の入学試験の
試験官のため、大学内です。

では今週も前へ前へ…と頑張りましょう。

                    (坂本)



日本でいちばん大切にしたい会社が分かる100の指標 11/100

December 04 [Sun], 2016, 19:00
日本でいちばん大切にしたい会社が分かる100の指標 10/100

第一章「社員に関する指標」

11、過去5年以上、仕入先や協力会社に対し、一方的なコストダウンをしていない。



香川県丸亀市の「パワーネット」の谷渕陽子社長

December 04 [Sun], 2016, 16:34


社員は子育てママばかり・・・
なのに成果を出して定時に帰る

東京銀座の「ランクアップ」?

1.香川県丸亀市の「パワーネット」の谷渕陽子社長の事例発表
 事業内容は短時間で成果を上げる人財事業、
 女性を戦力化する育成事業、
 業務を効率化するアウトソーシング事業

2.「子育て」で起きた問題
 (1)仕事が完結できない
 (2)急な休みで業務に支障
 (3)両立が困難である

3.社員が働ける環境づくり・・・家庭と両立するための「社内活動」
 (1)食生活向上委員会
 (2)子どもが育つ委員会
 (3)ちょっと運動委員会

4.仕事と両立するための「3つの約束」
 (1)マニュアルを整備して誰でも仕事ができるようにしたこと
 (2)ファイルの置き場所を統一して誰にでもわかるようにしたこと
 (3)1つの仕事をチームで担当して、短い時間でも働けるようにしたこと
  多用な働き方で「残業ほぼゼロ、有休90%以上」を達成

5.バワーネットは設立18周年
 (1)育成事業(スキルをつける)→(2)人財事業(人財を提供)
    ↓
 (3)アウトソーシング事業(スキルを提供)

6.2009年9月のこと・・・弱みが強みに・・・

7.「再び働く」を応援したい

8.仕事も生活も充実した「パワーネットスタイル」を地域に!

昨日の法政大学大学院 坂本光司ゼミの情報提供で配布された資料の一部。
社員は13名でほとんどか全員が子育てママらしい。

11月25日に香川県の高松市で開催された「人を大切にする経営学会の四国支部の3回例会での講演資料だ。

これを見て、やはり「日本でいちばん大切にしたい会社大賞」は女性社長で女性社員・スタッフを主にした会社が取りやすいと思った。

11月28日に静岡県浜松市で開催された静岡県中小企業問題研究会で同じテーブルになった浜松市の「カクト・ロコ」の野末信子社長、
社歴が15年で、女性主の80名前後の社員・スタッフで障がい者雇用もされ残業はほとんどないとのこと。非価格で勝負できるサボテンが主商品、直感で大賞候補だ。

「日本でいちばん大切にしたい会社大賞」の応募基準は5つ。障がい者雇用、しかも5年間以上でほとんどの会社が応募できない。
次に難しいのは審査基準の月間一人当たりの残業時間が10時間以内。

女性は、家庭、両親、夫、子供等のための家事等の段取りがテキパキして仕事をこなす。
子育て、介護、家事等を大切にする。

人員を普通の1.2〜1.3倍採用し、各々の家事、子育て、介護をメンバー間でやりくりする。

仕事に集中するので、お客様の応対も女性らしくきめ細かさ優しさがあるのでファンが付く。
リピーターや紹介等により会社は社員の幸せと共に成長する。

凄いなと思った会社がいくつかある。63歳の私より年上のお姉さん方が10名ほどの会社、おしゃべりする時はうるさい(笑い)が、仕事のパワーがすごい。

年齢に関係ない女子力主の素晴らしい会社は知らないだけで結構ありそうだ。

主役は女性、障がい者、高齢者の時代に入っている。

ベトナム・ウルルン滞在記

December 04 [Sun], 2016, 9:09

坂本教授とゼミ生有志で向かったベトナムは、講演や企業視察、現地交流など、朝から晩まで予定を組んでいただき、貴重な体験をすることができました。

坂本教授の思いが国境を越え、ベトナムの人たちに届くのを目の当たりにできたことに感激しました。講演後にぜひにと、快く会社訪問の機会をくださったIT企業のコウェルさん。帰国当日の朝に訪問し、会社説明を流暢な日本語で受けました。その後、離職率を減らすにはどうすればよいかについて、経営者や経営コンサルタントを含むゼミ生1人1人から提案させていただきました。この会社のために何かできるか、という真剣で白熱した問答も、心が通い合い、とても印象に残っています。

それにも増して、特に深く心に残ったのは、ベトナムの農家を訪れた時間です。涙があふれそうになるのを何度もこらえ、笑顔で交流しました。やさしい人々。屈託のない笑顔。首都ハノイから車で2時間半、北東側の農村地域バクニン省。バクニン省の景色は都会のハノイとは打って変わり、どこまでも平坦な道、のどかな農村地域が広がります。ちょうどバナナ畑が一面に広がり、緑色の実をたわわにつけていました。とうもろこし畑や野菜も一面に植えられて見事でした。

私たちを歓待してくれたのは、来年2月から日本で勉強予定の、ハノイ工業大学出身の三男を持つご家庭です。

旧正月に食べるごちそうを朝からたくさん手作りし、手厚くもてなしてくれました。驚いたのは、すべての食材が自作したものでした。お米も、鶏肉も、川魚も、野菜も、バナナも、みかんも、すべて。そのごちそうを見て感激したのはもちろんですが、自然の中で、命と向き合って暮らすベトナムの生活に触れることができ、大切なことを学ばせていただきました。便利すぎる生活に慣れた自分を省みて、心がチクンと痛む、何よりも貴重な経験でした。


大歓迎してくれた、お父さんとお母さんは終始にこやかな笑顔が素晴らしかったです!もっと食べて、もっと食べてと、おもてなしの気持ちが伝わって、泣きそうになりました。一生懸命作ってくれた、ベトナムの料理、温かな味が口いっぱいに広がりました。

いい意味でカルチャーショックを受けた1日。ハノイのバイクレースの激しさや活気が嘘のような、まるでタイムスリップしたかのような農村地帯、バクニン省で現地交流が多くの気づきになりました。どこに行っても人の心は言葉を越えて通じ合えるものです。ベトナム人の丁寧な暮らしぶりを目の当たりにして、生きるとは、という根源を感じる貴重な体験になりました。


素晴らしい機会に感謝を込めて。

12月も笑顔の毎日をお過ごしください。
福満景子

日本でいちばん大切にしたい会社が分かる100の指標 10/100

December 04 [Sun], 2016, 6:27
日本でいちばん大切にしたい会社が分かる100の指標 10/100

第一章「社員に関する指標」

10、社員一人当たりの月刊平均所定外労働時間は10時間以下である。



坂本教授の本日の日程!

December 04 [Sun], 2016, 0:00
坂本教授の本日の日程!

日曜日は過ぎ去った一週間の戦いの整理と、
これから始まる一週間の戦いの準備です。



経営者の手帳 10/00

December 03 [Sat], 2016, 16:30
「経営者の手帳」 10/00

働く・生きるものさしを変える100の言葉 / 第1章・経営者

10、人財がもっとも嫌うのは、「管理」という名の刃物である。

「人材」が総じて好むのは、管理や指示待ちだが、逆に「人財」は管理や指示をもっとも嫌う。

管理ほど、創造の邪魔になる刃物はないからである。



杉原 千畝

December 03 [Sat], 2016, 15:29


昨年の映画で杉原 千畝を素晴らしさを改めて認識した。
記念館が、岐阜県八百津町にある。
HPがあるので見て欲しい。

杉原のクライマックスで長文になる。

1937年(昭和12年)にはフィンランドの在ヘルシンキ日本公使館に赴任する。
ソ連が最後まで入国自体も認めなかったために、千畝は行先を近隣のヘルシンキへと変更された。

1939年(昭和14年)にはリトアニアの在カウナス日本領事館領事代理となった。
着任直後の9月1日にナチスドイツがポーランド西部に侵攻し第二次世界大戦がはじまる。独ソ不可侵条約付属秘密議定書に基づき、9月17日にソ連がポーランド東部への侵攻を開始する。10月10日リトアニア政府は軍事基地建設と部隊の駐留を認めることを要求したソ連の最後通牒を受諾する。1940年6月15日ソビエト軍がリトアニアに進駐する。

杉原領事代理による手書きのビザ
ポーランドとリトアニアには、ミルやテルズなどユダヤ人社会に知られたユダヤ教の神学校があり、ヨーロッパ中から留学生が集まっていた。そのなかに祖国がドイツに降伏したため無国籍になった、オランダ出身のナタン・グットヴィルトとレオ・ステルンハイムがいた。
グットヴィルトは、オランダ領事ヤン・ズヴァルテンディク(オランダ語版)に出国の協力を求めた。ズヴァルテンディクは、今日でも有名なオランダ企業フィリップス社のリトアニア支社長だったが、1940年(昭和15年)5月、バルト諸国担当のオランダ大使 L・P・デ・デッケルの要請を受けて、ナチス共鳴者のティルマンス博士に代わりカウナス領事に就任していた。祖国を蹂躙したナチスを強く憎んでいたズヴァルテンディクはグットヴィルトらの国外脱出に協力を約束し、6月末グットヴィルトは、ワルシャワ大学出身の弁護士でユダヤ難民たちのリーダー格だった、ゾラフ・バルハフティクに対して、この件について相談した。ズヴァルテンディク領事は、「在カウナス・オランダ領事は、本状によって、南米スリナム、キュラソーを初めとするオランダ領への入国はビザを必要とせずと認む」とフランス語で書き込んでくれた。

ズヴァルテンディクによる手書きのビザは途中でタイプに替わり、難民全員の数を調達できないと考えたバルハフティクらはオランダ領事印と領事のサインの付いたタイプ文書のスタンプを作り、その「偽キュラソー・ビザ」を日本公使館に持ち込んだのである。

ドイツ軍が追撃してくる西方に退路を探すのは問題外だった。そして、今度はトルコ政府がビザ発給を拒否するようになった。こうして、トルコ領から直接パレスチナに向かうルートも閉ざされた。もはや逃げ道は、シベリア鉄道を経て極東に向かうルートしか難民たちには残されていなかった。難民たちが、カウナスの日本領事館に殺到したのには、こうした背景があった。

1940年(昭和15年)7月、ドイツ占領下のポーランドからリトアニアに逃亡してきた多くのユダヤ系難民などが、各国の領事館・大使館からビザを取得しようとしていた。当時リトアニアはソ連軍に占領されており、ソ連が各国に在リトアニア領事館・大使館の閉鎖を求めたため、ユダヤ難民たちは、まだ業務を続けていた日本領事館に名目上の行き先(オランダ領アンティルなど)への通過ビザを求めて殺到した。
「忘れもしない1940年7月18日の早朝の事であった」と回想する千畝は、その手記のなかで、あの運命の日の光景をこう描いている。「6時少し前。表通りに面した領事公邸の寝室の窓際が、突然人だかりの喧しい話し声で騒がしくなり、意味の分からぬわめき声は人だかりの人数が増えるためか、次第に高く激しくなってゆく。で、私は急ぎカーテンの端の隙間から外をうかがうに、なんと、これはヨレヨレの服装をした老若男女で、いろいろの人相の人々が、ザッと100人も公邸の鉄柵に寄り掛かって、こちらに向かって何かを訴えている光景が眼に映った」。

ロシア語で書かれた先の報告書にあるように、カウナスに領事館が設置された目的は、東欧の情報収集と独ソ戦争の時期の特定にあったため、難民の殺到は想定外の出来事であった。杉原は情報収集の必要上亡命ポーランド政府の諜報機関を活用しており、「地下活動にたずさわるポーランド軍将校4名、海外の親類の援助を得て来た数家族、合計約15名」などへのビザ発給は予定していたが、それ以外のビザ発給は外務省や参謀本部の了解を得ていなかった。本省と千畝との間のビザ発給をめぐる齟齬は、間近に日独伊三国軍事同盟の締結を控えて、カウナスからの電信を重要視していない本省と、生命の危機が迫る難民たちの切迫した状況を把握していた出先の千畝による理解との温度差に由来している。

ユダヤ人迫害の惨状を熟知する千畝は、「発給対象としてはパスポート以外であっても形式に拘泥せず、彼らが提示するもののうち、領事が最適当と認めたもの」を代替案とし、さらに「ソ連横断の日数を二〇日、日本滞在三〇日、計五〇日」を算出し、「何が何でも第三国行きのビザも間に合う」だろうと情状酌量を求める請訓電報を打つが、本省からは、行先国の入国許可手続を完了し、旅費及び本邦滞在費等の携帯金を有する者にのみに査証を発給せよとの発給条件厳守の指示が繰り返し回電されてきた。

杉原夫人が、難民たちの内にいた憔悴する子供の姿に目をとめたとき、「町のかどで、飢えて、息も絶えようとする幼な子の命のために、主にむかって両手をあげよ」という「旧約の預言者エレミアの『哀歌』が突然心に浮かんだ」。そして、「領事の権限でビザを出すことにする。いいだろう?」という千畝の問いかけに、「あとで、私たちはどうなるか分かりませんけど、そうして上げて下さい」と同意。そこで杉原は、苦悩の末、本省の訓命に反し、「人道上、どうしても拒否できない」という理由で、受給要件を満たしていない者に対しても独断で通過査証を発給した。

日本では神戸などの市当局が困っているのでこれ以上ビザを発給しないように本省が求めてきたが、「外務省から罷免されるのは避けられないと予期していましたが、自分の人道的感情と人間への愛から、1940年8月31日に列車がカウナスを出発するまでビザを書き続けました」とし、避難民たちの写真を同封したこの報告書のなかで、杉原はビザ発給の理由を説明している。

杉原の独断によるビザ発給に対する本省の非難は、以下のようなものであった。
【現代語訳=最近カウナスの領事館から日本を経由してアメリカ・カナダに行こうとするリトアニア人のなかには、必要なお金を持っていなかったり行先国の手続きが済んでいなかったりなどの理由で、わが国への上陸を許可できずその処置に困ることがあります。避難民と見なしうる者に関しては、行先国の入国手続きを完了し、旅費・滞在費等に相当する携帯金を持っている者でなければビザを与えないよう取りはからって下さい】

一時に多量のビザを手書きして万年筆が折れ、ペンにインクをつけては査証を認める日々が続くと、一日が終わり「ぐったり疲れて、そのままベッドに倒れ込む」状態になり、さらに「痛くなって動かなくなった腕」を夫人がマッサージしなくてはならない事態にまで陥った。手を痛めた千畝を気遣い、杉原がソ連情報を入手していた、亡命ポーランド政府の情報将校「ペシュ」こと、ダシュキェヴィチ大尉は、「ゴム印を作って、一部だけを手で書くようにしたらどうです」と提案。オランダ領事館用よりは、やや簡略化された形のゴム印が作られた。

ソ連政府や本国から再三の退去命令を受けながら一カ月余寝る間も惜しんでビザを書き続けた千畝は、本省からのベルリンへの異動命令が無視できなくなると、領事館内すべての重要書類を焼却し、家族と共に今日まで残る老舗ホテル「メトロポリス」に移った。杉原は領事印を荷物に梱包してしまったため、ホテル内で仮通行書を発行した。そして9月5日、ベルリンへ旅立つ車上の人になっても、杉原は車窓から手渡しされたビザを書き続けた。その間発行されたビザの枚数は、番号が付され記録されているものだけでも2,139枚にのぼった。汽車が走り出し、もうビザを書くことができなくなって、「許して下さい、私にはもう書けない。みなさんのご無事を祈っています」と千畝が頭を下げると、「スギハァラ。私たちはあなたを忘れません。もう一度あなたにお会いしますよ」という叫び声があがった。そして「列車と並んで泣きながら走っている人」が、千畝たちの「姿が見えなくなるまで何度も叫び続けて」いた。

なお、千畝同様に上司や本国の命令を無視して「命のビザ」を発行した外交官として、在オーストリア・中華民国領事の何鳳山や、在ボルドー・ポルトガル領事のアリスティデス・デ・ソウザ・メンデスがおり、ともに諸国民の中の正義の人に認定されている。

*6000人を救った千畝、手、身体は限界だった。

私はその愛までも得られると思う。

December 03 [Sat], 2016, 9:30


今日3日から9日までは
障がい者週間

導師は人間の究極の幸せは、

人に愛されること、

人にほめられること、

人の役に立つこと、

人から必要とされること、

の4つと言われました。

全国に広がった??

2008年4月1日に発売された
法政大学大学院
坂本光司教授の
日本でいちばん大切にしたい会社
の最初に紹介された企業
日本理化学工業

二番目は
伊那食品工業

三番目は
中村プレイス

四番目は
柳月

五番メーカーは
杉山フルーツ

働くことによって愛以外の3つの幸せは得られるのだ。

私はその愛までも得られると思う。

大山 泰弘

商業界の笹井編集長のブログから

December 03 [Sat], 2016, 9:00

価格で売るな、価値を売れ!

2016年12月03日(土) 06時00分00秒NEW !
テーマ:良い店、好い人



あなたはバターにどれだけのお金を払いますか?

「バターは高いから、同じようなマーガリンでいいよ」なんていう人がいるかもしれません。

そんな気持ちでこの店に入り、売場を見ると自分の目を疑います。

2580円!

しかもPOPには「グラスフェッド」なる、一般には意味不明な言葉か書かれています(ちなみにグラスフェッドとは自然放牧により牧草のみで肥育する飼育方法)。

しかし、この商品が売場に並べる端から売れていくといいます。



質問を代えます。

あなたは牛乳にいくら払えますか?

1リットルで198円というのが一般的な相場ですね。

しかし、この店でいちばん人気は720ミリリットルで1500円!

しかも商品名には、聞きなれない「生乳」なる言葉が書かれています。

この日もすでに売り切れでした。



この店を初めて訪れたお客さんは、みごとに二つの行動をとるそうです。

一つは、小さな店ながら長時間にわたって売場を回り、両手の買物かごに持ち切れないほどの商品を詰め込む人。

もう一つは、何も買うものを見つけられなくて空の買物かごのまま、短時間で店を出ていく人。

なぜならこの店には、テレビコマーシャルでよく見るナショナルブランド商品は一切ありません。

だから、そういう買物をしてきた人には何を買っていいかわからないのです。

「“教える”と言ってはおこがましいのですが、お客さまにほんとうに良いものを伝えることが商人の使命です。そして、そんな良いものを情熱を込めてつくる生産者の想いと価値をお客様に伝えること、それが商人の喜びです」と、店主は品揃えの理由を語ります。



「とりわけ食においては、売れるものが良いものではありません。コマーシャルに洗脳されたお客様が望む売るのではなく、お客様のためになるものを伝え、共感いただき、購入いただく。商人の喜びはそこにあります」



隣接地にある某大手チェーンのパートさんが仕事帰りに、この店で買物をしていくという事実。

駅前某百貨店の空のショッピングバッグを下げてお客さんがやって来る事実。

遠く軽井沢からやって来て、買物カゴをいっぱいにするお客さんの笑顔。

その店は、群馬・高崎にある「スーパーまるおか」といいます。

粗利は業界平均より8ポイントも高く、客単価も2倍近くあるのはなぜか?

その詳細は12月28日発売の商業界2月号でリポートします。


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坂本光司
法政大学大学院政策創造研究科教授。 同大学院静岡サテライトキャンパス長。 NPO法人オールしずおかベストコミュニティ理事長。 日本でいちばん大切にしたい会大賞」審査委員長。 他に国・県・市町・産業支援機関の公職多数。 専門は、小企業経営論・地域経済論・福祉産業論

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