*見過ごす日々の回想
2007.03.12 [Mon] 02:40


テレビで都市伝説特集とかいう何やらおどろおどろしい番組がやっていて、のび太が実は植物
人間でドラえもんと過ごした日々は全て夢だったと言う。昔に聞いたことがあった気がするので
新鮮な驚きはないのだが、妙な感傷が胸をかすめた。

あんなこといいな できたらいいな あんな夢こんな夢 いっぱいあるけど

これがもし植物人間ののび太の心情を歌っているのなら悲しすぎる。しかもそれを全て不思議な
ポッケで叶えてくれるドラえもんは実在しないのだ。

「たつーテレビ消し・・・」

吐息のような抑揚のない声がぼんやりと薄暗闇に溶けた。一足先に就寝していたユッケがテレビの
明かりから逃れようと寝返りを打つ。おまえ寝てる場合じゃねえよドラえもんが夢だったかもしれねー
んだぞ、と喉まで出かかった声を、息を飲み込むことで降下させた。指先だけで静かな横顔に触れる。生々しく、あたたかい。この体温や、掛け布団の上に放り出された腕が今ここになかったら、と考えた。ふと目覚めて残念、全部夢でしたーと言われたら、さすがに死ぬかもしれない。

のび太も多分同じで、ドラえもんの青さや丸いフォームにそれなりの愛しさを感じていただろう。
それが実は虚構でしたーなんて泣いてしまう。とっても大好きドラえもんと思った気持ちは確か
なのに。幻影に想いを寄せたとて、その感情はもうまぼろしなんかにできないのだ。

戻ることができなくなってしまったという点で等しく同じだと思う。自分ものび太も。世界にすがるため
の存在なんて厄介なものをおれたちは見つけてしまった。眠ったままのゆっけの腕を半ば無理矢理
抱え込む。明らかに寝苦しそうな体勢になっているのに腕を振りほどこうとはしないので、あーつなぎ
とめられてるなーと思った。夢か現かなんてさして問題じゃない、こいつの体温がここになければ、
どっちにしろ目を覚ます気などないのだから。
 

*したいできないしたくない
2007.03.12 [Mon] 02:30


「苦い」

と声がした。寝返りを打つと、ユッケが眉間に皺を寄せながらで舌をちろりと出している。
不快な味を空気で融和させようという試みらしい。

「食いすぎっとそうなるよな」

呆れたように同意しながら、口内に意識をやる。約2時間前には安価の焼肉食べ放題を売りに
掲げた店で、やたらとタレの味が濃いカルビやらハラミやらホルモンやらを箸の向くままに口に
放り込んでいたのに、いまやその風味すら消えうせた。苦い、なんだこれ胃液の味かな。

「あれ、ねえの、ガムとか」

重い胃を保護するようにうつぶせになりながら尋ねる。ユッケは顔半分を枕にうずめたまま、そばに
脱ぎ捨てていたハーフパンツを荒い仕草でたぐり寄せた。ポケットをさぐる手の動きと同じリズムで
小銭同士がぶつかり合ってやかましい。もういいから金よこせと言いかけたところで、金属音は
止んだ。

「これは?ガムじゃないけど」

広げられた手のひらには、それぞれ違った味のチロルチョコが3つ乗っかっていた。

「なにこれ」
「えーバレンタイン?」

自分のことなのになぜ疑問系なのか苛立ったが、一息ついてから再度尋ねた。

「義理チョコだよな明らかに」
「や、本命チョコ、のおまけ」

あーそういうことかと頭を掻いた。もうすぐ入籍するのだというユッケの可愛い可愛いそれこそ
ふんわりいちごみたいな女の子が脳裏をよぎる。あの子ならやるだろうな、手作りチョコの
おまけにチロルチョコ。実はおれの納得はそういうことではなく、最近セックスしねえわけだと
いうところにある。おれはゆっけの手のひらにちょこんと居座るエッグタルトとふんわりいちごを
まとめて指ではじき落とした。

「食べないの?」

最後のホワイトビスは落とされまいと手のひらをむすんでしまったユッケが、丸めた手を眼前で
ひらひらと揺らす。おれはそのグーの手を自分の視界からばちんとはたき落とした。後で冗談
と言っても通じない程の派手な音と緊迫した空気が流れて、少しばかり後悔した。

ユッケは枕に鈍く叩きつけられた自らの拳を少しばかり眺めてから、遠慮がちの指先で包みを
ほどき、そして正四角形の白を、その味を確かめるようにゆっくりと口に溶かした。

セックスの相手だけじゃない、こいつが日々共に過ごす相手を、おれからふんわりいちごの彼女
へと、少しずつ照準をずらしていっていることに気付いている。やんわりと、何事もなかったように、
おれの中から少しずつトーンを落としていく。

やだな。

唇を重ねた瞬間、ホワイトチョコの香りが鼻をついて、久しぶりに正常な味覚が戻った。ユッケの
舌はどこの部分も嫌味なほどにチョコレートの味しかしなくて、息の限界まで続いた愛の口づけは、
分け与えられたビスケットのかけらを舌にざらざらと残しただけで終了してしまった。

ユッケは唇にチョコの白さを少し残して、丸くした目でおれを見ていた。おまえにそんな目で
見られるようなこと、おれ、してなくねえか。それともおれたちはもう、キスもできない仲ですか。

唇を力まかせに腕でこすってもしつこいカカオの風味が消えない。やりきれないものが奇怪な柄を
描き、混ざり合い、舌の細胞からじわじわと侵食をしている気がする。それは身体中を巡り、いつか
息の根を止めるのだ。

消化しきれない肉を抱えた胃を、引きずる思いで無理矢理上体を起こした。

「大丈夫?」

このタイミングの親切は白々しすぎた。無意識に乾いた笑みが口元に宿る。こうやって2人でいるこ
とがずっと続くのだと小指を絡めるだけの約束でもしておけばよかった。めんどくさい罪悪感や倫理
やらが、おれたちを臆病なものに変えようとしている。

「でも、苦いの消えたでしょ」

その変化が意外とおれにはこたえる。でもこいつがそういうものを望んだ。おれは今日も苦痛を
友に、心ばかりの偽りを吐く。だっておまえの望みにおれは、心からの協力など1つもしてやれない
のだから。

「うん、消えた」

愛の口づけなんて嘘。甘いものは溶け消えて、もうこんなに口の中が苦い。
 

*物語に学ぶ世界の道理について
2007.03.12 [Mon] 00:43


部屋で待っててよ、と言われたからこうして待っている。何もしないのもアレなので、さっきから
シータとパズーが鳩に餌をやっている様子を眺めているワケだ。内容は、実は頭に入っていない。
もう覚えてしまっているから必要ないのだ。ちらちらするテレビ画面を見ながら、ゆっけが帰って
きたら、待っていたことにどういう理由づけをしようかぼーっと考えている。

「たーだいま」

背筋がびくっと強張った。背後から頬を包んだ両手は身震いする程つめたい。外の空気の匂い、
タバコの匂い、それらが全て知らないものに思えて、顔を確認するまでそいつだと思えなかった。

「またラピュタ見てんの?」

寒さのせいで少し鼻が赤い。ニット帽もコートも脱がないまま、おれの横へ腰掛けた。テーブルに
置いたコンビニ袋からオロナミンCを1本取り出して、差し出される。こいつ、何気使ってんだ。

「君をのせてってラピュタの歌だよね」

そう言ってサビの部分を鼻歌でうたい始めた。小さなソファの上で並んだ膝と膝が、ときに触れては
ぴくりと反応して、距離を保とうと離れる。近づく程に知りたくないことを知ってしまうのが怖いから。

「あー歌詞思い出せない・・なんだっけ」

こちらに向けられた目と目が合って、膝に置いていた手を握られた。逃げたい、気を使われること
から、縋るような眼差しから。でも、預けてくる肩がそれを許さないだろうと思った。目をそらさない
まま、ねえ、歌詞なんだっけと聞いてくる。なんだか悔しくて睨み返していたら、指先が口に含まれた。あたたかいやわらかさにぞっとして、震えがきて、頭の奥が痺れた。逃れようともがけばもがく程、
そこは熱を帯びていく。うるせーよぼけが、おめーこそどこ行ってたんだ。そういう文句が咽頭で
旋回し続けているのに、指の又を舌先で舐め上げられて、1番出したくなかった甘ったるい声が
反射的に漏れた。重なって、しなだれるように、倒れた。

地球は回る 君をのせて いつかきっと出会う ぼくらをのせて

熱に酔った頭でもはっきりと思い出せる。だから言いたくなかった。おまえの世界は今、どこの
どいつをのせて回ってんのかな。素肌の肩越しに、パズーがシータと手を繋いで駆け出していく。
ここでパズーがムスカの手を引いたら、お話にならないだろう。きちんと正しい位置にあることが
あるべき形を成す、結局そういうことなんだと思う。ただおれはおまえと、どうにか例外になり得ない
かと、ほんの少しの悪あがきをしてみたかった。
 

*サンクチュアリ<前>
2007.02.08 [Thu] 11:52


ふと気付くと部屋が暗くなっている。部屋に映る影が濃い灰色になっている。ど
うりで見にくいはずだよと、ユッケはファッション雑誌のページを閉じた。6時
の夕暮れはオレンジ色と藍色が抱き合うように混じり、後に訪れる夜を待ってい
る。大してボロくも綺麗でもないこのアパートの唯一いいところはこの時間のう
つくしい光が差し込むことだとユッケは思った。

テーブル向こうの人物は、1時間程前からペディキュアを塗ることに没頭してい
る。珍しく手間取っているのはやはり部屋が暗いからだ。傍には奮闘した跡らし
き丸めたティッシュが5、6個転がっている。ユッケは立ち上がって電灯の紐を
引いた。

「見えにくかったでしょ」

逹瑯は口を尖らせて露骨に嫌な顔をした。今までの苦労はなんだったのと目が言
っている。それぐらい何かに没頭できんのは美徳だよ逆にとユッケも目で反論し
て、少し笑った。逹瑯は再び作業に戻った。10本の指のうち6本にはすでに黒と白
の市松柄が施されている。晩メシまでには終わらせっから、意地汚い声が飛ぶ。

「いやそれがさー大根がまだ煮えてないんだよね」
「1時間もやってんのに?」
「火は通ってるよ、だしが染みてない」

なべの中を菜箸でつつきながら、ユッケが言う。

「だから1口サイズにカッティングすべきだったんだよおれの言う通りに!」
「気持ち悪いじゃんおでんの大根が1口サイズって」
「おめーの髪型のが気持ち悪ィよ、カッティングしてこい」
「金がありまっせーん」

おれだってありまっせーん、と返る声はしりつぼみに消えた。そのうち、散髪に
行く費用など気に掛けなくていい生活がやってくる。逹瑯は2週間程前に、プロ
ダクトデザイン事務所への就職が決定していた。一方ユッケはファッションデザ
イナーの夢がいまだ実現しそうもなく、しかし捨てきれずに、渋々服飾専門学校
への進学を思案している真っ只中だった。おまえ大人しく家系にならって銀行員
に決めてりゃ楽勝なのによとエナメルのキャップを閉めながら逹瑯が呟く。最後
まで働きたくないとごねてたくせにさっさと就職してしまったやつに言われたく
ない。

「もう3年かー」

仕上がった爪をふーふー乾かす合間に逹瑯が呟く。完成したペディキュアは完璧
に綺麗だった。生きるのが器用なやつは手先も器用なんかな、ユッケは嫉妬とさ
さやかな羨望をこめて小さく舌打ちをした。

「そうだね、3年」

おれら一緒に住んだら楽しいって絶対、と新入生合同コンパのときにたまたま横
にいた逹瑯がそう言って、もう3年。元々他人と生活するのが苦手で、1人でそ
こそこ良いマンションにでも住もうと考えていたユッケの計画はそこでおじゃん
となり、六畳一間での共同生活が強いられることになった。おれが金出すから、
と言っても頑なにこのアパートから動こうとしなかった逹瑯に今は感謝すらして
いる。この窮屈な部屋で、互いの温度を確かめながら暮らすことが楽しかった、
それは何にも変えがたかった。

卒業を来年に控えて、針に刺されるような痛みがもうずっと治まらない。全てが
思い出になっていく。大根がうまく煮えない、そんなことも酒の肴になる日が来
る。それはきっと寂しいだけじゃないことなのに、おれたちはいまだに残り時間
の「1年」を口に出せないでいる。

「おれらヤッたのいつだっけ」
「・・びびったあ、今おれすげーセンチメンタルに」
「なあヤッたのいつ」
「1回んときだよ」
「そんな早かったっけ、なんでヤッたんだ」

黙っていたら、逹瑯がよいしょと腰をあげて、そのついでみたく酔った勢いで抱
きましたってはっきり言えよ坊ちゃんキノコと吐き捨てた。裸足のままぺたぺた
とトイレへ向かう背中をユッケは恨めしい目つきで見た。

はい抱きました、すんげー抱きました、しかも酔ってたっつってもほとんどシラ
フでした。普通にヤれちゃったからおれ前からこいつとこういうことしたかった
んだなと思ったら死にたくなりました。お父さんお母さん、無理言って上京した
のにぼくはデザイナーどころかホモになってしまいました。あーほんとすいませ
ん。
 

*サンクチュアリ<後>
2007.02.08 [Thu] 11:45


トイレから帰った逹瑯がふと窓の方を見た。いつしか夕暮れのオレンジ色は紺色
のマントにすっぽりとその姿を覆われてしまっている。夕食の時間だ。大根はも
ういいやとユッケは鍋の火を消し、布巾を水で絞り、テーブルを拭いた。そこで
やっと気付いて、溜息を1つ吐いた。

「たつーまた水流してねーだろ」
「ばっかおめーそこで気付かないフリしてやるのが芸人だべ」
「芸人じゃないんだよデザイナーなんだよ」

あ、こういうこと前にも誰かと言ったなあとユッケは頭を掻いた。名前何だっけ、
汚いよ逹瑯ゆっけくん繊細なんだよときれいな声で言ってくれた小柄で髪の長い、

「あ、あーあーあー名前思い出せない、最近どうしてんのあの子?」
「なに、UFO?ネッシー?あ、ツチノコか」
「いつの時代だよ、彼女彼女」
「あー別れたよ」

冷蔵庫からボルヴィックの1リットルボトルを取り出す逹瑯の手が一瞬、迷ったように
宙を掻いた。

「え、いつ」
「ついこないだ」
「言えよ!」
「言いたくなかったんだもーん」
「なんで別れたのさ」
「就職決まったんなら一緒に暮らそうよって言われて断ったらそのまま」
「断ったの?なんで?」

なんでなんでうるせーな、珍しくペットボトルから直に飲んだ。ごっくと音を立
て、喉仏が実にゆっくりと上下する様子をユッケは眉を八の字にして眺めた。頭
皮が汗ばんでいる。そういえば手も少し。自分はびびっている。今まさに捕食さ
れる小動物かのように怯えている。

「それ、おれのせいじゃ」

喉を割った言葉の意味を1度反芻して、唾を飲み込んだ。やばい、そうだよと言
われたら自分はこの場から逃げてしまうかもしれない。職も未来もないのに挙句
の果てにホモなんて親に見せる顔がない。

「生命科学のなー、酒井が言うのよ」

想定外の応答にユッケはおそるおそる逹瑯の顔を見た。身長差分少し高い位置に
あるその顔はむしろ平然としていたので、少しばかり安堵してなべの方をちらり
と見たりした。

「あぁ、太ったメガネの?」
「そうそうあの樽メガネ。おれ1番前の席で居眠りこいちって当てられたの」

そんでな、と逹瑯はまた一口水を飲んだ。

「岩上くん、人間はどうして性行為をするんですか?っつーから」
「っつーから?」

また水を飲もうとする逹瑯の行動を遮るように迫って聞いた。こいつなんか喉乾
きすぎじゃねえか。

「それはアイシテルからですっつったら鼻で笑われて。だから結局ヤんのも遺伝
 子を残すっつー本能行動なんだってよあのおばはんが言うには。うそくせえよな?」

っつかあいつヤッたことあんのかよ、と逹瑯は続いて悪態をついた。おれはいま
だに酒井先生の顔がどんなだったか思い出せないけど、とユッケは思った。だだ
っ広い教室で逹瑯が1人立ち上がり、みんなの視線を浴びながらまっすぐに手を
伸ばしてアイシテルからセックスするんですなんてことを堂々と言い放つシーン
は容易に想像ができた。

「なあゆっけ酒井嘘つきだべ?」

こちらに向けられた真摯で少し泣きそうな眼差しと大幅に減ったボルヴィックの
ペットボトルが交互に目に入る。こいつが喉を枯らす程緊張して言わんとしたこ
とを分かっている。なあゆっけ、おれは今問われている。今までに見たこともな
い逹瑯の露骨な感情が誰でもないおれに行き場を訪ねている。

うん、嘘だよと言い返してやりたかった声は息が詰まってきちんと言葉にならな
かった。胸の奥が熱で溶けて溢れ出す思いがする。答えてやらなくちゃ、おまえ
に肯定してやれるのはおれだけだから。そうだよ逹瑯、遺伝子保存が目的でない
セックスは紛れもなく、おれたちの間にちゃんとある。

「ゆっけ、酒井のメガネ卒業までにパクってこれたら1万円ゲームしようぜ」

あまりに喉が圧迫されるので、かわりに細い腰を精一杯抱きしめた。この3年間、
おまえがずっと好きだった。当たり前に彼女と別れて、おれと暮らして、へこん
でもしょげても何事もなかったみたいな顔して、おれをこの部屋で待っててくれ
たおまえが大好きだった。言葉にしたら冗談になってしまいそうなそういうこと
がまとめて全部おまえに伝わればいいと骨が軋むぐらい腕に力を込めた。

未来がないホモでごめんなさい。彼女よりこっちを選ぶぐらい愛し合っててごめ
んなさい。顔のよく分からない酒井先生に笑われたっていい。他は全部笑える思
い出になっていい。だからこいつだけはここに置いていって。
 

*世界の中心で真摯に生きたけもの
2007.02.04 [Sun] 02:38


お互い嫌気がさしてきたのはゆっけと初めてセックスをしてから3ヶ月を過ぎた頃で、
原因はおれらがそれぞれ違った場面で女を抱いたり好きだよ君だけだよとか真面目な
顔で言ったりしてるせいだと思った。元々好きだからヤッたとかそういう美しい段階
を踏んだ関係じゃなかったので嫉妬とか失望なんてのはなかったが、少しだけあった
信頼とか、大事にしていた言葉、角砂糖のように甘いそんなものがゆっくりと黒蟻に
貪られていく思いがした。

痛い、口の中が切れている。右頬がじりじりと痛む。

顔を背けていたら、背後から髪の毛を引っ掴まれてキスされた。含みきれない唾液が
顎を伝って首を濡らす、その感触が気持ち悪くて手で何度も拭った。窒息寸前で呼吸
を許されたが逃げることはできない。

「死ねよおまえやだって言ってんだろ」

緑茶のペットボトルや赤いクッション、近くにあるものを手当たり次第ブン投げた。生憎
ゆっけにダメージを与えたのはペットボトルだけで、他のものはストレートに壁にぶつか
り床に散らかった。

「ヤリたくないって言ってんだよボケ分かんねえのか」
「じゃあ口でやってよすぐ終わるから」

抵抗する間もなくソファに押し倒されて、跨られる。視界のちょうど真ん中にズボン
のジッパーが見える最悪の光景だ。ゆっけはいつそうなったのかもう既にガチガチの
ちんこを引っ張り出して、ん、と口元に押し付けた。だからん、ってなんだよ銜えた
くねえよそんなもんと口に出したいのに今そうしたら確実に突っ込まれるのでただ黙
って睨み返していたら更にもう2発手が上がった。そいつがあまりにも普通の顔をし
て殴るものだから、おれは一瞬自分の輪郭を見失った。

衝撃でぐらぐらとしている頭をゆっけはしっかりと両手で固定して、こじあけた口に
奥深く突っ込んだ。先端が容赦なく喉に突き当たり嗚咽なのか悲鳴なのかよくわから
ない音が漏れた。それでも歯を立てたりできないのだから情けなくて泣けてくる。ゆ
っけは構わず腰を振り、後半から角度を少し変えて手前勝手に入れたり抜いたりした
後、失速と共におれの口の中で果てた。それは本当にあっけない程早く終わった。

もういいかげん自由になってもいいんじゃねえかと思うのはおれだけじゃないはずな
のに結局お互いがそれを許さない。どちらかが忘れようとしたら、血ヘドを吐くまで
ブン殴って捕まえて思い出させる。その痛みだけが真実なのだ。お互いを分かりやす
い形で思いやる時代なんてとうに過ぎた。

口に残った精液と唾液は一緒くたになって頬肉の切れた部分を刺激し、音を立てて喉
へ流れこんでいった。殺意とか憎悪とかそんなものだけを心に、ジッパーを上げてい
るゆっけの顔を見上げる。そいつはおれの胸に跨ったまま、深爪の指でタバコを1本
取って火を点けた。

「根性焼きしろよ、そしたら惚れる」

口を開いたら、乾いた唇がパックリと割れて少し血の味がした。

「うそ、信用しないくせに」
「おめーだろそれは」
「おれらどっちもだよ」

脱力したその笑顔は何かを諦めたようにも見える。ヤニの匂いがする舌がおれの唇を
なぞるように舐めた。前髪で影になっている目元は優しい気がした。暖かい息が頬に
触れてくすぐったい。こいつが誰を抱いたって何も思わないのに、こういうこと誰に
でもすんのかなあと考えると不愉快でやりきれない。

「たつーがさあ」

くだらないテレビショッピングに意識を持っていかれているあほみたいな横顔が呟く。

「おれ以外のやつにさっきみたいなことされてたら、おれやだな」

頭の奥がしびれて眩暈がした。そしたらうるせーよと口に出た。ゆっけはすんなり黙
った。吐き気が込み上げる中、これは激情だということを伝えたらこいつはおれを馬
鹿にするかなと考えた。引っ掴まれた髪の痛みと、ぶたれた頬の熱と、飲み干した精
液の味に残るスプーン一杯分の執念が、馬鹿馬鹿しいおまえの言葉に誘発されて胸を
焼いているんだと。

世界にひとつの真実が本当にひとつかどうかを確かめるため、せいぜい殺さないよう
に傷つけて、その痛みでおれたちはちゃんと安堵した。それぐらいのことしかおれた
ちにはできなかった。信じてもらわなくていい、おれだっておまえみたいに不確かな
もの信じない。嫌い合っていがみ合って殺し合って死ねたら本望だ。触れられるもの
が全てで他は全部嘘っぱちだ。安っぽすぎてむしゃくしゃする、勘に障るんだよ、涙
とか嗚咽とか声とか愛とか。
 

*感傷ヒーロー
2007.01.26 [Fri] 21:48


予定より大分早くにインターホンが鳴ったので、焦って立ち上がったら
足首をテーブルにぶつけて痛くした。痛い痛いと言いながらドアまで
できるだけの速さで走る。ピンポンピンポン呼ばれている。インターホン
の音って耳障りだ。この恐怖心を掻き立てられる感じは、寝不足の朝に
鳴る目覚まし時計の音によく似ている。

「おっせーよ」

やっとのこと手に入れた静寂で、開口一番こう言われた。顔が白いので
酒は飲んでこなかったんだなと思う。逹瑯は玄関に座ってブーツを脱ぎ
始めたが、ひもを解いたところでピタリと動作をやめて、そろそろと固く
両膝を抱えた。その猫背の背中に手をかけようとしたら、いきなり癇癪
を起こした子供のようにうーっとかあーっとか言いながら両足をバタバタ
とさせた。長い足は遠慮なくドアと靴箱を交互に蹴り、しまいにドアに掛
けられていた靴べらをフックごとブチ落とした。

「ごめん、ごめんたつー、許して」

少しこちらを向かせて、ブーツを脱がせてやる。逹瑯は鼻をズズッと2
回すすってから、ソファにどっかと座った。おれは今日隣のおばさんに
貰ったゆずはちみつにお湯を注いで、それを逹瑯にはいどーぞと手渡し
た。彼の顔はただ白い。暖房の設定温度も少し上げてあげた。逹瑯が
マグカップに頬を寄せて、今日さ、と口を開いた。おれはうん、と耳を傾
けた。

呼ばれたじゃん、飲み会。おれ楽しみだったの、ブランドの店員らの集
まりに呼ばれるってなんか常連客って感じじゃん。こんなん初めてだっ
たし、好きなブランドだし。まあちょっと、これで交流深めたら次買い物
すんとき安くなんじゃね、みたいなのあったけど。そんでも楽しみだった
わけよ。

夕方出かけるときには、逹瑯の鎖骨でキラキラしていたはずの新品の
ネックレスが、今は見当たらない。

でもさ、つっまんねえの。おれ何言ってもウケないし。知り合いの店員
だけは喋れんだけど、他のやつらの話全然意味わかんねーし、おれの
話題悪かったんかなと思って服の話フッてもなんか反応悪いし。
まじつまんねぇ行かなきゃよかったゆっけと買い物行ってりゃよかった。

と言って、逹瑯はマグカップから目を離さない。おれは逹瑯から目を離
さない。多分逹瑯は誰にでもいいから、それこそマグカップにでもいい
から話がしたくて、おれは逹瑯の話しか聞きたくないという違いのせい
だと思った。それはかなしいことかもしれなかった。こっちを向いてほ
しくて、コート脱ぎなよと言ったら、うるせーよ話聞けよ、とくぐもった声が
返って、おれはすっかり温まった部屋の設定温度を元に戻した。なんで
さあ、と逹瑯はネックレスのなくなった鎖骨を指で行ったり来たりした。

「なんでおまえそんなにおれの思い通りなの」

語尾に「気持ち悪い」とでも付けたそうな言い方だった。指でなぞりす
ぎた鎖骨は少し赤く染まっている。

「おれはおまえが好きだからだよ」

そう言った途端、逹瑯はいつの間にか空になっていたマグカップをゴト
ンと床に落とした。投げたと言った方が正しいかもしれない。きっと、
ネックレスも道中で同じようにしてきたんだろう。

「おまえだけなんだよ、いっつも」

逹瑯は何かを止めるために目元に両手を押し付けた。指の隙間が濡れて
いたことは見ない振りをした。歪んだ口元から、押さえ切れない無声音が
いくつも漏れる。ついでに咳も出た。

答えなんて全部わかっている。答えっていうのは何が正しいとか間違って
いるとかそういうことだ。こいつを好きなのはおれだけど、こいつを救ってや
れるのはきっと店員さんのような人間だということだ。それを知りながらずっと
逹瑯をこんなにしている。これはかなしいことだろうか。おれはただ怖い。だか
ら今も、頭を撫でてあげるためのこんな手しか捧げられないでいる。
 

*葛藤の詳細<前>
2007.01.16 [Tue] 04:59


「おまえなら大丈夫だって!頑張れよ!」

と、サラリーマンが鏡の中の自分に向かってひたすら激を飛ばすあのCMは何だったかと
考えていた。ガム?缶コーヒー?あ、プリンターだっけか。上体をふらふらと動かしなが
ら記憶の糸を辿っていたら、長くなったタバコの灰がとうとう床に落ちた。それを除去し
ようと、腕を精一杯伸ばしてテーブル向こうにあるティッシュを取ろうとしたら、不幸に
も肘がぶつかり、水色のグラスがゴンと音を立てて床に倒れた。まだ半分も飲んでいなか
ったコーラは、染みひとつない絨毯に黒くアフリカ大陸を描いた。

ユーラシア大陸じゃなかったのが不幸中の幸いだなと思ったが、なんもうまくないので
自分に腹が立ってきた。このところ全てがうまくいかない。なんだよ、もっと、ちゃん
としたいのに。

「おまえはおれのことなんて好きにならなくっていいよ」

と言ってしまったのは、実際嘘じゃないけど本音でもない。逹瑯とヤリたい気もするが、
というかめちゃくちゃヤリたいのだが、実際事に至ったら萎えてもうぐだぐだになるかも
しれないといった不安と同じだ。別に片思いが趣味なわけではないが、何かを求めるには
もう自分は臆病すぎた。歳のせいかなと思った。そう、思いたかった。

いつも通り帰宅して、部屋のドアを開けた。同時に、背後から声と膝蹴りが起こった。振り
返ると、逹瑯が赤い頬をしてニコニコ立っていた。

「・・・待ってたの?」
「2時間ぐれーだな」
「それはないでしょ」
「いーから早く入れろよ」

はいはいとドアを開けてやったら、宅配便の不在届をポストからひらりと取ってズカズカ
と部屋に入って行った。その足取りとは裏腹に、きちんと揃えられた靴がいとしい。

「今日気分いいわおれー」
「酒入ってるだろ」
「わかる?」

逹瑯はさっき取っていった不在届で作成した小さな紙飛行機を、それーとかなんとか言って
飛ばした。それがあまりにも綺麗に弧を描いたので、おれは一瞬言葉を忘れてしまった。

「なんか、久々だねうち来んの」

気恥ずかしさに声がうわずった。しかし、応じる声は戻らない。地に伏した紙飛行機と同様に
逹瑯はソファにだらりと寝そべっていた。彼はそこまで酒を楽しめる体質ではないのだ。おれ
はいつものように氷なしのオレンジジュースが入った赤いグラスをテーブルに置いてやった。
逹瑯はだらだらと上半身を起こして、それをゴクゴクと飲んで、いいなこういうの落ち着く、
とニコニコした。3秒後に、ああさっきのおれへの応答かと気付いた。そして、その2秒後に
キスしたくなった。

「・・たつー、キスしたい」
「すれば?」

グラスから目線を逸らさずに即答するので、こいつオレンジジュースに向かって話してるの
かなと考えていたら、今度は間違いなくおれに目を向けて、しろよと言った。おれは、ああ
ごめん、となんだか情けなく彼の顔を引き寄せた。

指で梳かす髪の感触とか、頬のあたたかさとか、唇のやわらかさ、舌のなめらかさ。全て
が気持ちいいので、ああもしかしたらヤれるかもとうっかり考えてしまう。

だってちゃんと勃起もしてるし。

逹瑯もきっと同じだろうと分かっている。初めてキスしたとき、それ以上のことをしなか
ったらめちゃくちゃ怒られた。ひたすら謝っていたら、やり方わかんねーんなら教えてや
るよと馬乗りになられて、ちがうそういうんじゃないと声を上げて泣いてしまった。逹瑯
は予想通りにただ退いていて、挙句、おまえ何がしたいのと嘆息された。

ほんと、おれ何がしたいの。

でもおれは、その唇に軽く触れて、挟み込んで、舌を吸い合って、丁寧に絡め合って、互
いの唾液が糸を引くのを確認したらもうこれで十分と思ってしまうのだ。

口内を十分に弄られた逹瑯が、薄目を開けて、おわり?と呟く。おれは黙っている。

「おまえそれならそれでやめてくんないこういうこと。迷惑」

逹瑯はおれの頭を思いっきりはたいてベッドに潜り込んだ。気のせいか、頬の高潮は増し
ているような気がした。はたかれたせいか、頭の中がぐるぐるした。

おれだっておまえをこんな、壊れ物みたいに扱いたいわけじゃなくて、もっと真正面から
好きだって、抱けたらいいなって思ってる。でも怖い。すんげー怖い。おまえがおれだけ
を好きになって、おれとだけキスして、おれとだけセックスして、おれにしかイクとこ見
せないようになるなんてそんなん世界がひっくりかえったってないよ。
 

*葛藤の詳細<後>
2007.01.16 [Tue] 04:25


あれは夜中12時だったから、もうあれから2時間は経ったことになる。それでもまだ、キス
したことを思い出すと勃ちそうになる。やっぱりヤればよかったのか。

いいかげんにコーラの染みをどうにかしようと、洗面所に行って、棚から雑巾を1枚取った。
顔を上げたら、ふと鏡の自分と目が合ったので、励ましてみようかという気になったが、
頑張れでは寒々しすぎると思った。いやだって、頑張れって何をだよ。この感情の濁流は
どういう言葉に変換すればいいのだろうか。

「おまえ何がしたいの」

それは何も考えず口に出した言葉だったが妙にしっくり来たので、少しずつ声のトーンを変
えて5回程繰り返した。鏡の中の自分は何もしたくないような顔をしていた。おれってこんな
顔してたっけ。もしかしてこれって、おまえ誰だよって繰り返したらほんとに誰かわかんなく
なるんかなと思ったらとても恐ろしくなったので、おれはこっわーこっわーと言いながらベッ
ドの傍まで走っていった。逹瑯は布団を抱えるような形で寝ていた。おれは傍にしゃがみこん
で髪に軽くキスをした。

「何がしたいのかわからないのはおまえの方でしょ」

おれは何をしたいのか明確すぎて困るぐらいだけど、それは逹瑯が決めていいことで、だから、
おれのことなんてすきにならなくっていいよと思う。おれは決して聞こえないように、今度お
まえ鏡見ておれゆっけ好きって繰り返せばか、と笑った。それから、窒息寸前まで呼吸を止めて
みた。逹瑯の寝息だけを聞いていたかった。

 

*葉月のおわりの暑い日に
2007.01.07 [Sun] 04:16


夏のあいだ、時間さえあれば体を貪りあった。

「男同士でもさ、気持ちいーもんだよな」
「そーだな・・・・・」

おれはケツの穴をゆっけの指で支配されているという情けない状況の中、
力無く同意した。男なのに突っ込まれるというのは最初かなりの抵抗が
あったが、慣れると結構いいもんだ。隙間が埋まるような感じがしてこれ
以上ないほど安心する。

「たつー初めてしたの覚えてる?」
「・・・びみょー」
「おれすっげ覚えてるよ、今でもたまに思い出し笑いしちまう」
「それキモすぎだよサイテー」
「え・・・なんかお互い一生懸命でカワイかったべや」

下半身の圧迫を感じながら、おれは自分のあいまいな記憶の糸をたどった。
なんでヤることになったのかはよく分からないが、2人でベッドに倒れ込んだ
とき、ゆっけが上なことをひどく不思議に思ったのは覚えている。なんで俺が下、
と言ってもゆっけはにこにこするだけでどうしようもなくて、流れでそのままヤった。
すごく後悔した。とにかく痛かった。

「おまえへったくそだったよなぁー」

汗ばんできた顔を手で拭いながらおれは笑った。ゆっけは自分のがうまく入らない
らしく、ジェルを指にからめとっておれの穴に塗りたくった。つけすぎだろ、と
言いかけたところを遮るようにしてゆっけは、あたりめーだよ、おれ童貞だったん
だからと笑った。

ごめん、ごめんなどうしよ、おれ男とすんのなんてはじめてだしずっとこうしたか
ったんだけどなんも知識とかないし、もっとかんたんだと思ってたんだけどごめん
ごめんな、いたいよな。

「っ・・あははははははっ」

あのとき、虚ろげな意識の中で聞いていたゆっけの声だけが鮮明に甦っておれは思
い出し大笑いをしてしまった。笑ったせいで体に力が入ってしまい、いざ参ろうと
したゆっけが怪訝な表情でおれの顔を見下ろしてきた。

「なんだよ」
「・・・思い出し笑い」
「は。さっきキモイって言ったくせに」
「るっせばか、出っ歯」

キノコ頭を小突いてふと気付いた。5本の指ともネイルがハゲている。ゆっけの家で下
らない話をしながらも丁重に塗っていたのはそんなに前のことだったろうか。

「爪、ハゲてら・・・塗んなきゃ」
「うん」
「あ、そいや昨日ぐっちゃがさー」
「・・たつー?あんね、おれ、もう限界なのさ。動くからちょっと黙って」
「あっそ」

ゆっけがおれの腰を強くつかんで引き寄せる。おれは唇の端をキュッとつむんで下腹部
に襲いかかる重い圧迫を感じていた。気持ちいいなんてとんでもない。やっぱりおれは
男だから、突っ込まれて気持ちいいなんてありえねぇって、もう夏のはじめに知ってし
まっていた。だけど、おれらは今深いところでつながっているという実感がどうしよう
もなくおれを安堵させる。苦痛に勝るその感情のせいで身体の逃げ場がなくなってしまう。

「んっ、はぁっっ!!たつぅ・・っっ!」
「んぅっ、なっん・・っっ」

なんだかゆっけは今日絶好調らしくいつもより何倍も動いた。もちろんおれの苦痛も比例
して普段とは比べものにならないほどだ。いてぇよ・・くるしーよバカ、早くイッちまえ。

「はっぁ・・・っ!」
「んんっ、っはっやっ、ぁっ・・・?」

ゆっけがいつもより深い深いところに沈みこんで暴れている、それがなんだか初めての
感覚だった。期待に似た予感が確信に変わったのは、自分のあげた声の変化に気付いたとき。

「んっぁっ!?はぁぁっ、んっ、やっ、ゆっけぇぇっ!!」

熱い圧迫も鋭い痛みもない
きもちいい

「やぁっ!んぅあっっ、ゆっけぇっ!もっっとぉっ、もっとぅっ!」

深く深く深く。快感が自分の変化への戸惑いなんて掻き消してしまう。これからなんてもう
なくていいから、今だけでいいから。もっともっと。

「たつっ・・!っはっ!イくよ・・!」

意識が混濁する。脳がホワイトアウトしてしまいそう。
自分の叫び声が聞こえる、自分の叫び声しか聞こえない。

「んーっ、やぁぁっっ!ぁんっ、ゆっけぇぇぇっ・・!!」

絶頂。
急に静かになった部屋でふたりの呼吸音だけが大きく聞こえた。肩で大きく息をしながら
ゆっけが居なくなって急に広くなった天井をまっすぐ見ていた。下半身はいまだ熱く甘く
痺れ、体中が重かった。今目を閉じたらきもちよく眠れんだろうなぁと思ったら、あくび
の涙が頬を伝った。

どうしようとキョドって優しかっただけのゆっけになんも言えなかった、初めてヤッたあの日。
今ならわかる、あぁずっとずっとこうなりたかった。

ふと目をやると、キノコはもう完全に復活していて、妙な微笑を浮かべながら寝転がっている
おれの顔を見下ろしていた。おれは条件反射でキモイ、と言った。初エクスタシー後ぐらい浸
らせろと報告ついでに軽く言おうとした刹那、目の前に小さな小瓶を置かれた。中はおれの爪
と同じ黒の液体で満ちていた。

「初めてイッた記念、と誕生日おめでとう」

コイツはおれのマニキュアが切れていることも、今日がおれの誕生日だということも、もしか
したらおれが今までイッたことがないということも気付いていたのかと思うとぞっとした。
でもなんだか妙に感動してしまって、頬を伝う涙はとうとう本物になってしまった。