神さまになる

March 18 [Mon], 2013, 1:01
自分は今日、バイトで神さまになった。


細長く平たいスティック状に焼きあげられたクッキーを、5本1組として袋詰めしていくだけの簡単な作業。
しかし、ただ機械的に詰めていくのではない。
大規模工場大量生産ではない、小さな田舎の洋菓子屋で焼き上げられたクッキーにはすべてに個性がある。大きいもの小さいもの、焼き色の綺麗なもの少し劣るもの、それらをバランスよく1つの袋に構成する。


まず、一番始めに入れてやるクッキー:一番下になるクッキー、は形も良く、少し大きいものを選んでやる。
この1つの袋を調和のとれた形に保つのはなんといっても端の二者:最初に入れるものと最後に入れるもの、なのだ。それ故比較的形の良いもの、またその後に入るクッキーたちを受けとめバランスをよく保つだけの大きさが必要とされる。


それから真ん中に挟まれる3つを入れてゆく。全体的にバランスを重要視する、例えば少し小さいものを入れたら大きいものを入れるといった具合に。
それは客の為に袋詰めされた製品に個体差をつけない工夫ではない。それぞれの個性、長所短所を補い合う1つの集合体を構成することが重要なのだ。
この世に個性をもつ生き物を産み落とす時、創造主はそれらのその後の人生に直接的干渉はしない。その代わりに創造した者として責任をとり、彼らが生きてゆけるための施しを予め仕組んでおく。それが、まさにこれである。小さすぎるという短所をカバーしてくれるものを隣に添える。創造主の最低限にして最高の責任のとり方。

また、一見形が歪んでいるものも、ひっくり返せば真直ぐな直線が現れたりする。小さすぎるものは実は他のどれよりも美しい琥珀色に焼きあがっていたりする。どの個体にもそれぞれの良さがあるのだ。それらが表向きに引き立つように揃えてやる。


そうして4つを入れ終わると、一番大事な場面だ。それは一番目立つポジションに入るクッキー。客がその袋を手に取るか否か決定するのはそれの美しさだ。私はそれをこの集合体の長:リーダーと呼ぶ。いわばこの袋の個性を決定する存在と言っても過言ではない。

ここに来ての選抜方法にマニュアルは不要、私は誠実なものを選んでゆく。若々しい琥珀色で、瞳を人一倍輝かしたものを、だ。そのような若者が個性豊かな5つをまとめるのには荷が重いか、しかしその胸の炎を失わなければ必ずしや立派な長になる。その将来を見抜く。

そのように彼らを仕分けていると、時々サンチャゴのような少年に出会う。自らの宿命を胸に、真直ぐ前を見据えてるもの、むしろこちらがドキリとしてしまう。創造主もこんな風に、自らが創り上げたものに度肝を抜かれることがあるのだろうか。



このようにひとつの袋を完成させていく作業に、神の創造を思う。支え合っていける家族構成の創造、また人生で出会う素晴らしい仲間のセッティングのようだ。前途のシナリオを書いているようにも思える。



そんなこんなで、
袋詰めを終えるや否や、パートのおばさんが近づいてきた。せわしくシッシッと手をはらう。
「イトウさん終わったなら早くこれ片付けてシールして。」
私は思わず気持ち悪い含み笑いをした。
P R
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