世界史 

2007年01月19日(金) 1時32分
ヨーロッパの近代化とは、キリスト教的価値観からの脱却と考えます。
中世ヨーロッパでは、人間が生活してゆく上であらゆる物事の手本となり価値観とされてきたのが、キリスト教でした。神から選ばれたとする者を人々は国の王として敬い、また、神に仕える者を人々は聖職者として崇めました。国王と聖職者がどんなに民衆を苦しませようとも、キリスト教的価値観は、人々の血となり肉となり脈々と受け継がれていたのでした。
当時、キリスト教が純粋に信仰の対象とされていたのかというと、それは違いました。ヘンリ8世は、王妃との離婚の許可を教皇に願い、これを拒否されたためにローマと縁を切る、という非宗教的な動機によるものでした。このように、王の一身上の都合によって、大きな宗教改革になっていったりもしました。
ニコラウス・コペルニクス(Nicolaus Copernicus, Mikołaj Kopernik, 1473年2月19日 - 1543年5月24日)は、宇宙が太陽を中心として回転している、と唱えた天文学者でした。さらに、教会では律修司祭であり、知事、長官、法学者、占星術師であり、医者でもあった彼は、当時主流だった地球中心説(天動説)を覆す太陽中心説(地動説)を唱えました。これは天文学史上最も重要な再発見とされ、またこの発見はその後の多くの人に影響を及ぼした。その影響は、キリスト教の世界をも震撼させるものでした。それもそのはず、祭司でもあったコペルニクスが地球の不思議を科学的に研究し仮説を唱えるということは、真っ向からキリスト教を挑発することになったのでした。このコペルニクスの唱えた地動説が書かれている「天球の回転について」は、地球が動いているというその著書の内容が、聖書に反するとされたために、ローマ教皇庁から閲覧一時停止の措置がとられたりもしました。しかし、禁書にはならず、純粋に数学的な仮定であるという注釈をつけ、再び閲覧が許可されるようになったのでした。
すでに16世紀にはコペルニクスの唱える地動説によって、キリスト教的世界観を揺るがしてしまう事件が起こっていたということで、このことが人々の中へ科学が浸透し始めたという事実にもなります。人間の科学への目覚めこそ、新たな価値観の誕生と言えるのではないでしょうか。
また、17世紀に起こった名誉革命( Glorious Revolution)は従来のものとは違い、民衆の手によって国王が追放されたものでした。今までの1688年から1689年にかけてステュアート朝のイングランド王ジェームズ2世(スコットランド王としてはジェームズ7世)を王位から追放し、ジェームズ2世の娘メアリーとその夫でオランダ統領のウィリアム3世をイングランド王位に即位させたクーデターです。王権神授説によって選ばれた国王が民衆によって裁かれるという今までに例をみない革命は、まさにキリスト教的価値観が新たな価値観に生まれ変わったといえる、まさにヨーロッパ近代化の幕開けでした。
コペルニクスと名誉革命、この2つがキリスト教的価値観によって支配されていた世界から、ヨーロッパ近代化という新たな一歩を踏み出すこととなった大きなターニングポイントだったと言えるでしょう。
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