人々はなぜグローバル経済の本質を見誤るのか 

July 07 [Sat], 2007, 20:56
水野和夫著
まえがきから

まえがき
 1995年を境に戦後経済の常識の多くが通用しなくなった。それはその前後で世界経済を支配する法則が一変したからだ。もっといえば、日本の戦後は近代が最も凝縮された時代だったから、近代の常識が覆されているといっても過言ではない。
 例えば94年度に日本の物価(GDPデフレーター)が戦後二度目のマイナスを記録し、現在まで12年以上にわたって下落を続けている。絶対の信用を誇っていた日本の金融システムが揺らぎ始めたのも95年以降であり、98年には日本の長期金利が世界最低記録を更新した。
 貸金が景気の良し悪しと関係なく下落するようになったのも98年からだ。景気が回復することと国民の生活水準が向上することが同義ではなくなったのである。
 世界経済システムを一変させた原動力は、90年代半ばから急速に進展したIT(情報技術)革命と、それを駆使するグローバリゼーションである。1517年のマルチィン・ルターの95ヶ条の意見書が発端となった宗教改革と、1498年のヴァスコ・ダ・ガマの喜望峰経由のインド航路発見などに象徴される大航海時代が両輪となつて、16世紀に中世を終わらせ、近世・近代の幕をあけたように、現代のIT革命とグローバリゼーションが近代を終わらせ、主権が国家のみに集中せず国際機関や超国家企業など多段階に存在する「新しい中世主義」あるいは「新しい中世」を招来させている。
 グローバリゼーションの本質とはなんだろうか。本書ではそれを、19、20世紀と200年にわたって実質貸金が上がり続けた「労働者の黄金時代」に終止符を打つ「資本の反革命」(=資本による利潤回復運動)ととらえて議論を展開している。日本の超低金利に象徴されるように、先進国で利潤率が趨勢的に低下しているから、「資本の反革命」が起きているのだと考えられる。

 本書では、グローバリゼーション下で生じている大きな構造変化として、次の三つのことを指摘している。

(1)帝国の台頭と国民国家の退場=帝国化
 資本が容易に国境を越えるグローバリゼーションの時代は必然的に「帝国」と親密性を有する。16世紀には資本は主権国家と結婚したが、21世紀には資本は帝国をパートナーに選んだのである。経済的な「国境」が限りなく低くなり、国境内に権力を及ぼす「国民国家」の力が衰退する一方、金融帝国と化した米国や、中国・インド・ロシアなど旧帝国の台頭が著しい。

(2)金融経済の実物経済に対する圧倒的な優位性=金融化
 グローバリゼーション下では「資本の反革命」によって先進国の賃金が抑制される、ないし低下するから、先進国ではディスインフレ、ないしデフレが定着する。金融政策は緩和基調となり、実物経済に比してマネーが膨張するから、資産価格が上昇しやすくなり、先進国経済は資産価格依存症候群に陥ることになる。
 いわば、金融経済(尻尾)が実物経済(頭)を振り回す時代になったのだ。そして近い将来、金融経済が頭になり、実物経済、すなわち雇用や生産活動が尻尾になる可能性が高い。雇用が尻尾になるということは「中流階級の没落」が始まったことを意味する。

(3)均質性の消滅と拡大する格差=二極化
 近代は国民に均質であることを要求したが、グローバル経済の時代には国家単位の均質性は消滅する運命にある。日本に即していえば「一億総中流意識」の崩壊であり、格差拡大の時代の到来である。
 格差は構造的問題となり、景気回復では解決できない。だから、政策で成長を目指せば目指すほど時代の流れから取り残される人が増え、人々の将来への不安が高まる。その結果、将来に備えることよりも毎日の生活の充実を優先する刹那主義が蔓延し、いっそう少子化が進むことになる。

 90年代から現在に至るまで、政策の基本には「インフレ(成長)がすべての怪我を治す」(近代の基本原理)という発想があった。皮肉にもこの成長至上主義が、戦後最長の景気回復下で国民の閉塞感を強めている大きな理由である。この原理は、近代化ブームに沸くBRICSでは通用するが、ポスト近代に移行した先進国では弊害ばかりが大きくなる。
 21世紀の最大の勝者は、国境を越える巨額の資本や「超国家企業」であり、敗者は容易に国境を越えることができない先進国のドメスティック経済圏企業や中流階級である。視点を変えれば、近代の仕組みに拘泥する超低金利国が敗者となり、近代と決別できた国が高金利国となって勝者となるのだ。 「資本の反革命」を本質とするグローバリゼーションは、利潤動機を前面に押し出して全世界を覆い尽くしていくから、まずは世界の経済構造を変えていくが、その影響は経済の面のみにとどまらない。グローバル化は政治・経済・社会のすべてを根本的に変える総合的なプロセスであり、その分析には経済学だけでなく政治学、社会学、文学など学際的なアプローチが不可欠である。本書がそれに十分成功しているわけではないが、読者がグローバル経済の驚くほど複雑・多様な姿を理解する一助となれば、望外の幸せである。

 本書の執筆に当たっては、三菱UFJ証券経済調査部の充実したデータベースが大きな力となった。データベースを管理している経済調査部のアシスタントの方々、そして日本経済担当のシニアエコノミスト向吉善秀さん(現国際投信投資顧問)、米国経済担当のエコノミスト福田圭亮さんに改めて感謝したい。
 また、本書の執筆は日本経済新聞出版社の神山魂さんの勧めがきっかけだった。神山さんからは執筆が遅れがちになるたびに貴重なアドバイスを頂いた。この場を借りて心よりお礼を申し上げる。
    2007年3月              水野 和夫
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