僕とジョジョ。

December 15 [Thu], 2011, 16:59
やっぱり他所で書いた日記の転載。
個人的には結構上手くかけた部類のお話です。
昼過ぎに目覚め、徒歩秒の位置にある実家で適当な朝食を食べていると、テーブルの上に自分宛の荷物が届いていることに気が付きました。
送り主はアマゾン。
このアマゾンというのはトカゲをモチーフにした怪奇派仮面ライダーのことでは当然なく、例のアレです。
本屋さん。
包の中には荒木飛呂彦岸辺露伴ルーブルに行くが。
ところで、アマゾンの梱包って、未だかて綺麗に開けたことが一度もない。
いだってダンボールがグシャグシャにって、関係ない話はさっさと飛ばして先へ進もう。
一応宣伝。
荒木飛呂彦の最新作ジョジョリオン第一巻を予約するいでに注文し、一足先に家に届いたこの本。
適当にパラパラと眺めているだけでであっという間に引きこまれ、読了後にハッと気がけば時間が過ぎていました。
今日の日記はこの本の感想ではなく、ジョジョという作品にいて僕が思っていることを書こうと思います。
あ、最初に言っておくと、すごく長くなります。
小学年生の頃。
僕も高学年に入ったのだから、そろそろコミックボンボンを業して大人の雑誌を読むことにしよう唐突にそんなことを思い立った僕は、近所の駄菓子屋で少年ジャンプを手に取りました。
当時の僕にとって、ジャンプは大人の漫画雑誌だったのです。
お目当てはもちろんドラゴンボール。
毎週見ているアニメのずっと先の話が読めると、ワクワクしながらページをめくります。
サッパリ意味がわかりません。
当時、アニメでやっていたのは人造人間という新たな敵が登場するというストーリー。
丁度、ヤムチャが悪いが俺は戦わないぜとか、弱音を吐いてるあたりの話でした。
しかし、雑誌での連載はそれより数段後の話。
戦士達はセルがどうのと話しています。
セルって何流れにいていけません。
楽しめないのです。
しかし、この雑誌を買うために僕はすでに月の小遣いの30を消費してしまっています。
なんだかすごく損した気分。
どうにか元を取ろうと、全然知らない他の漫画を読むことに。
そこで出会ったのが、ジョジョでした。
どうやら誰かのお母さんらしい女の人が、家に帰ってくるところから始まったこの漫画。
家の中では次々と不気味なことが起こります。
冷蔵庫の中にパンツが入っていたり、後ろを振り返ると見知らぬ少年が座っていたり。
お母さんはビビってばを飲み込むと、紙の中に閉じ込められてしまいました。
なにを言っているのか分からないと思うけど、本当にそういう話なんだから仕方がありません。
小学生の僕も、当然。
しかし、この奇妙な世界観にあっという間に心を奪われてしまったのです。
次の週もジャンプを買いました。
目的はドラゴンボールではすでになく、あの変な漫画の続きを読むためです。
連載分より前の話を読むために、あんまり好きじゃないクラスメイトとも仲良くしました。
そいはかなり嫌なやだったけど、彼の家には当時連載していたほとんどすべてのジャンプ漫画のコミックスが置いてあったからです。
第四部、平和な街に暗躍する殺人鬼吉良吉影との戦い。
第五部、イタリアのマフィアで少年たちがのし上がっていく話。
第六部、神ってなんだ運命ってなんだそれ以降の数年間、僕の頭の中はわりとジョジョ一色でした。
さて、好きなものを好きなように語るのが大好きなヤムアキは、当然のごとく友達にも話しかけるわけです。
お前、ジャンプ読んでる今週号のジョジョのスタンド能力ヤバくねだって、壁とか床とかにチャックが付いて、開いたり閉まったりジョジョなんて読んでねえよあんなキモい漫画あれおかしいな。
この友達はジョジョは読まないと言っている。
良い漫画なのに。
だけど、おかしくなんてないのです。
当時、ジョジョを読んでいる子供っていうのは限りなく少数派で、クラスに23人、いるかいないか。
ジャンプの中でジョジョが一番好きなんて答える生徒はそれよりもっと少なく、もれなくマニアックの称号を与えられるものと相場が決まっていました。
ヤムアキもそこまで馬鹿ではないので、そういう事情をなんとなく察して、ジョジョが好きだと口にすることも辞めました。
だって、ウォンチュウとか、クリナップクリミセスすごいよマサルさんとか言ってた方が友達はいっぱいできますもの。
例えば、っていうのは、面白い漫画です。
あれは誰もが一律に楽しめる作品だし、その面白さはこれを書いている今現在、おそらく世界で一番と言い切っちゃってもいいくらいです。
みんな読むべきだし、連載を追わないやはアホだそれくらい損をしているとも思います。
対して、ジョジョの奇妙な冒険は、誰もが読まなければならない漫画ではありません。
ええ、断じて無い。
あれは、カッコイイ漫画なのです。
ジョジョとは美学です。
作者である荒木飛呂彦がカッコイイ美しいと思ったシナリオ、ファッション、セリフ回し。
それを秩序立てて並べたもの。
僕にとってジョジョとはそういうものなのです。
カッコよさっていうのは人それぞれ違ったものです。
皆が一様に荒木を理解できなくとも、なにもおかしいことなんてない。
わからないならわからないでいいんです。
各々、好き勝手な自分の美学があるんだろうから。
そして、僕にはジョジョが解るッみんなが知らない素晴らしさを自分だけは理解しているこれは、十代の少年にとって、たまらない優越感でした。
要するに、ジョジョは僕のアイデンティティの一部だったのです。
さて、そんな密かな優越感を胸に、高校生に上がったヤムアキ。
ここで一人の少年に出会います。
名前はなんったっけ思い出せないな。
まり、それくらい、うん。
特別、仲が良かったわけじゃあない友達です。
事の発端は、その彼を交えた数人の男友達と雑談を交わしていた際に、彼がポロッと漏らした一言でした。
そうなんだよ。
するって心の中で思ったその時には、行動は終わっているっていうかさ、ハハハなんてことない日常の一幕。
この彼の発言も、その場では何事もなく流されて行きました。
しかし、僕は聞き逃しません。
彼の発した言葉は、ジョジョの登場人物の台詞です。
正確に言うと、第五部のザグレイトフルデッドという話、マフィアの暗殺チームの一員であるプロシュートの発した台詞。
それをあたかも自分の言葉のようにアレンジを加え、さり気なく日常会話に取り入れているのです。
友達同士の会話は続いていますが、もう、僕の頭には入って来ません。
色々と思案を巡らせた結果、僕もこの場で一発ぶっこんでみることにしました。
くだらないことを言った一人に対しておもむろに。
ハハッ。
お前、頭脳がマヌケだななんだよそれ、頭脳がマヌケって。
意味わかんねえよガヤの言い分には耳を貸さずに、ニコニコ顔のまま彼に視線を送ります。
その時、一瞬、彼の目がキラっと輝いたのを今でも覚えています。
雑談が終わり、下校時刻。
なんとなしに、彼と廊下で二人になりました。
どうでもいいことをニ三、言い合った後に彼が一言。
ヤムアキも、ジョジョを読み込んでるタイプ答える必要はないねそれで、その会話は終わり。
二人してニヤッと笑い、その場で別れました。
、これ、要するに全部、ジョジョに出てきた台詞で話しているんですよ。
いや、結構、結構。
高校生にもなって、漫画のキャラクターごっこをするなんて幼稚もいいところだと、そう思ってくれて全く構いません。
傍から見ればたしかにそうでしょう。
くだらない遊びです。
これが当時から流行っていたワンピースやナルトだったら、まさしくそれです。
だけど、ジョジョなんですよ、僕らがやってたのは。
年齢が上がったことで、クラス素股の中にもある程度ジョジョ読者も増えていましたが、それを美学として受け入れていた人。
まり、熱心なファンですね。
そういう人は相変わらず、極少数派でした。
それにいては全く不満はありません。
それ故の優越感ですから、対話や共感なんてどうでもいいのです。
美学ってそういうものです。
だけど、それと同時に、若干の不安もありました。
この広い宇宙の中で、自分と同じ美学を持っている人間なんていないのではないだろうか僕は永遠に一人ぼっちなのではないかそういう孤独です。
いや、ジャンプの発行部数を考えるに、そんなことは絶対ありえないわけなんですけど、とにかく当時ジョジョファンは本当に少なかった。
ネットなんてまだ普及していないので、安易に仲間を見けることなんて出来ません。
この一見して子供っぽい遊びは、そんな僕らにとってお互いがお互いを確認するための神聖な儀式だったんです。
彼とはその後、クラスも所しているグループも変わってしまって、深く作品にいて語り合うことは一度もなかったし、それどころか会話をすることもなくなりましたが、たまに廊下をすれ違った際には、作中の一説をボソリと言い合ってニヤニヤしていました。
僕達は一人ではないという証明のために。
チョベリバって言葉があるじゃないですか。
年代コギャル文化を象徴する究極にダサい言葉。
だけどあれ、使われ出した当初は、世界で一番カッコイイ言葉だったと思うんですよね。
若者文化の最先端にいた女の子たちが、自らの為だけに作り出した一種の暗号。
それを知っていてはじめて超イケてるコギャルであり、仲間だったのだと。
あるいはという言葉。
本来、クールは黒人英語であり彼らだけのものだったそうです。
この間、街を歩いていたらシロのガキがクールって言ってやがった俺達への文化侵略だと過剰に騒ぎ立てる黒人をテーマにしたコントを見たことがあります。
自己と他者を分か秘密の言葉。
ジョジョの台詞っていうのも、僕らにとってはそういうものでした。
それら、自分たちだけの言葉は時代の流れと共に、みんなが使う言葉に変わることがあります。
言葉が悪いけどダサいオッサンでも知ってる言葉は、何の特別性もないし、満足感を生んでもくれません。
イケてないやが平然とこの言葉を使うようになった頃には、コギャルたちはチョベリバを使うのをやめていました。
ここからはちょっと、刺々しいことを書きます。
さて、インターネットが僕らのところにまで普及したあたりで、掲示なんかでジョジョの引用を見かけることが多くなりました。
、この世の中には僕が思っているよりもたくさんのジョジョファンがいるのか。
うれしいな当時の感想としてはそんな感じ。
この引用、ジョジョごっこは次第に次第に増えていき、使われ方もだんだんと雑になっていきました。
ココら辺で、ちょっと。
しまいには、後輩からこんなことを言われる始末。
ジョジョって超ウケル台詞がいっぱい出てくる漫画なんスよねー。
友達から読まないとダメだって言われたんすけど、貸してくれません話題に乗り遅れたくないんで悪いね。
この間、全部売っちゃったんだよ。
手元にないから貸せないよこれは差別主義なんだろうかよくないことだと思いも、心の底でこいに貸すのはヤだなあって思っちゃったんです。
お笑いのためのツールとして扱われるのって、うん、ちょっぴり嫌です。
もちろん、大好きなジョジョの話を出来る場所が増えるのは嬉しいんです。
そういう話になれば、嬉々として理解しにくいことで有名なキングクリムゾンの能力に付いて詳細な解説を行いますし。
誰かが俺が上、貴様が下だなんて言葉を吐けば、間髪入れずにお前が下だポルナレフって叫び返してやりもします。
こういうのって、楽しいです。
だけど、もう、ニヤリとはしません。
ジョジョは僕らだけのものでなくなってしまったからです。
ちょっと複雑な気持ちです。
こういうことって誰しもにあると思うんです。
どうでもいいものを自分の一部だと感じ、そしてそれが失われていく経験。
あるいは、そういうものこそを成長なんて呼ぶんだろうか。
そんなふうに感じるのです。
とか、なんか、綺麗にまとめようとしる感がありますが、言いたいことは言い切っちゃったので、今日の長い文章はこれで終わりです。
プロフィール
  • プロフィール画像
  • アイコン画像 ニックネーム:s5y65wiwwf
読者になる
2011年12月
« 前の月  |  次の月 »
1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31
最新コメント
Yapme!一覧
読者になる
P R
カテゴリアーカイブ
月別アーカイブ
http://yaplog.jp/s5y65wiwwf/index1_0.rdf