頂きたくないもの 

2005年05月10日(火) 11時19分
5月9日、日が変わって5月10日1時半。
ぱすたの家からあのまま歩いて帰ればよかったのに。
パトカー振り切って逃げればよかったのに。(いや、これはもっと大変なことになってしまっただろうから嘘)
窃チャなんて今までしようとも思わなかったのに、悪いことがいつの間にか癖になってると、こうして神のご意図が見えるような示唆が起こるわけですね。ケイサツコワイ。
この後どうなるのか知ったこっちゃないけど、(「どうなってもいいや」と人事のように思っている自分もまちがいなく居て冷静すぎて困ったものだ)まぁ、別に、いいよ、もう。
人生なんてこんなもんです。別に自分の人生にプライドもないし、そんなもので成り立たせた人生が一体何なのかその実態もつかめない。なんで生きてるんだろう。なんで生きなきゃいけないんだろう。別にいつ死んだって変わらないじゃない。世の中は変わらずまわり続けて、別にそれで私を思ってくれる人も、変わらず生きていく。一体人間なんて何のために居るのだろう、何のために言語思考能力を持ったのだろう。まったく不可解です。

私はもうそのように、現実世界ですらもリアルに感じられない、自分の身体の外で起きている、他人の出来事のように思われる。全て、全てが。家の中にいるとき、こうして書く行為をしていたり、もしくは高松と一緒に居るとき、とりわけ部屋に居る自分には少なくともまだ、現実味は感じられ、ああ、生きているな、ああ、この身体も精神も私のものなのだな、と思うのですが。自分のことでありながらどこか自分のことでないような、自分の口が発しているのだけどどこか自分でなく他者の意志が私の口をついて出ているだけのような、そんな錯覚すら覚えます。

病気なのかしらね。

久し振りに思いました。私は、狂いはしておらずまだ正常な判断能力は持ち合わせているけれど、感覚異常者なのではないかと、切に思います。あら、病院でも行ったほうがいいかしら。

ナルチシズムな在り方は大嫌いなのだけど、事実、そう思うのだから仕方ない。だれか私を判断して、誰か私を定義して、と甘えずには居られません。みんな、どうしてそんなに安定で何の疑問も感じずに生きていられるのだろう。

私は唯一、高松に看取られて死ねたら、もうそれでいい気がします。

日記です 

2005年05月05日(木) 21時30分
5月5日。
今日から日記をつけることにしました。
レビューにも何にもならないタンクとなることでしょう。

日記なので、私の生活を記します。
何の関与も受けず添削もせず世界も倫理も考えず記します。
いつか私が死んだとき、誰かが盗みみてくれればいいでしょう。
それにはネットが一番です。
そして生涯に渡ってノートに記し続けることが一番です。
2005年05月
« 前の月  |  次の月 »
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31
最新コメント
プロフィール
  • プロフィール画像
  • アイコン画像 ニックネーム:s-weave-d
読者になる
Yapme!一覧
読者になる