中村歩君(3年5組若林久子教諭クラス)が亡くなられました。 

May 22 [Mon], 2017, 22:48
3年5組だった中村歩くんが去る今年の1月9日に亡くなられました。同じ南高だった永沼君が知らせてくれました。

永沼君も同期の弁護士が南高のFacbookページにアップした記事を見て4ヶ月経過して知った格好との事。


(陵陽18期の卒業アルバムから)
中村歩君と言えば、私はあまり使わない言葉ですが“天才”と呼ぶに相応しい人物だったように思えます。青木いわく「勉強を全然しなくてもテストは満点だった」と聞きますし、元島たちとバンドを組んで音楽にも熱心で個人的には唯一校内でNewWaveロックのDEVOが好き同士でした。

彼に関するユニークなエピソードはまるで都市伝説のように枚挙に暇がありません。

彼は陵陽から南高に、そこから東大の工学部に進み大日本印刷に就職。9年勤め退社。翌年司法試験を受け一発で合格(!)そこからは弁護士となり、いわゆる「イソ弁」として数々の事案を扱って来ていたそうで、同じ3年5組の平野も仕事を頼んだ事があったらしいです。

この大学を卒業してからの自在な活躍も中村歩らしい個性が際立っています。

亡くなったのはどうやら肝臓関連の病気で、闘病生活を年末から送っていたようです。



それにしても金平くんから大久保、そして中村君と50才辺りで何か急に亡くなる同期が増えたように思えます。

「そういう年齢なのだ」と言えばそうでしょうが。私が知らないだけでもっと亡くなっている同期がいるかも知れません。ブログでなるべく告知はしたいですので、ご覧になっている同期で、他の同期性の訃報をご存知であれば教えてほしいです。ryoyo18@gmail.comまでお願いします。

縁のあった弁護士仲間が追悼文を寄せていますので、ここに掲載致します。

中村君。どうか安らかにーー

2017新年明けましておめでとうございます! 

January 04 [Wed], 2017, 11:53
新年あけましておめでとうございます!



今年は酉(とり)年です!

そして我々18期は53才を迎える年です。私こそは未だに独身ですが、同期には孫までいる者もおり、まあ大体はお子さんが大学生ぐらいの方が多く一番経済を圧迫している時期でしょう。

独身諸君で結婚の意志がある者は頑張りましょう!私も結婚する気まんまんです。

そして何より昨日も母の麗子さんと電話で話してましたが、親御さんが皆さん元気でらっしゃる事が感謝と言おうか、限りなくありがたい事だと痛感しております。

同期だけの「陵陽会」もいいですが、今年あたり親御さんがお元気でらっしゃるうちに「父兄参観同期会」をやるべきかもしれません。企画したいところです。

昨年は初の「大阪陵陽会」も開催出来ました。今年も陵陽会として何かひとつでも新しい試みにトライしたいと思いますのので乞うご期待!

ところで、今現在お互いの連絡にはFacebook を使っている事が多くなっています。

Facebookは精緻なアルゴリズムで色々な友達を次々に発掘してくれたりスマホで手軽に写真をアップデート出来たり非常に便利。始め方使い方はこのようなページもありますし、ネット検索で「Facebook+(スペース)+使い方」で調べると色々わかると思います。

登録したあとに知り合いの名前を検索すると案外皆さん登録していたりします。

ちなみに私は3年前に嫌がる田山、松本、青木、野呂等にFacebookでむりやり電話サポート付きで登録させましたが、みなさん現在はすっかり使いこなし日々の出来事を報告し合ったり楽しんで使っています。

こういうことに強い西村は前から使ってました。元島もアメリカで使ってますし私の知るだけで同期は30人以上使っています。

例えば亡くなった大久保のページはまだ奥さんが管理して残ってます。

ここから友達をたぐる事も出来ます。ただし私のように仕事メインで使っている場合は誰彼でも友達登録出来ない事情もありますし、仲の良い者同士だけで使いたい方もいますのでそこは理解して置きたいところ。

またFacebookに登録しないと観られませんが陵陽中学校18期のページもあります。

記事の閲覧は登録者以外には非公開となっております。同期の方は遠慮なく参加申請をしてみて下さい。管理人は永沼に無理やりやってもらっています。

永沼なら使い方とか登録の仕方を親切に教えてくれるかも知れません。彼に聞いてみるのもいいですね(直ちゃん勝手に言ってすいません)

というわけで今年もよろしくお願い致します!!

第40回東京陵陽会「北島ふたたび!」 

November 19 [Sat], 2016, 20:36
皆さん今晩は!

11/18(金)に北島(3年2組)が上京。本当に久々の東京陵陽会を開催しました!

場所は北島の宿泊先が品川と言うことで和食・酒 えん 品川ウィング高輪店と致しました。

集合したメンツは田山、野呂、坂東、大道、北島と5名。木は会社の行事で残念がりつつ不参加。

北島は看護師で今は独身の身、海外旅行やスポーツを活発に愉しんでいます。明日は静岡の川奈ホテルゴルフコースに行くそう。

私はゴルフに全く疎いのでわかりませんでしたが、皆がそのコースが「名門」だと騒いでおりました。

でもプロゴルファーではイ・ボミだけは好きですね(笑)ええ、タイプです。

イ・ボミ選手

おっと!話が脱線してすいません。


久々の東京陵陽会

52才の歳を迎えた我々18期ですが、坂東や野呂、木はお子さんが現在大学生。特に坂東宅は息子2人が大学生という本人いわく「地獄の季節」年間ン百万がかかるといいます(汗)

うーむ大変ですね。今から結婚して子供を欲しい自分は子供が大学生になる70才近くになってそんなお金を果たして工面出来るのでしょうか!ゾッと背筋に冷たい汗が流れたのでございます。

親ってすごい。大変だ。今頃気付いた感じです。結婚は早めにするべきです(後悔先に立たず)

ところで北島とも話をしていて感じるのは、50才にもなると普段から自分の年齢を意識し周囲に気遣いし過ぎている事。

例えば、こんな風に同級生同士なんだから、自分の好きな話題を遠慮なく話せばいいのに「(世代が違うから)相手が分からないかもしれない」との思考(気遣い)が常によぎってしまいます。

その意味でも遠慮なく「全開」で話が出来る同級生同士は定期的に会う機会を持つべきなのかも知れません。

この日は9時まであっという間でしたし、野呂も田山も品川だと交通経路がスムーズなので思い切ってカラオケに行くことになりました。元気っすねー!でも本当にこの日はみんな行く満々。

やっぱりある面、大久保が亡くなって我々50才が「今の時間を大切にしなければならない年齢」と実感したのか「機会を大切にしたい」意志を感じました。特に同期が上京している今夜は。

当然皆さん遠慮なく「自分達の時代の曲」ばかりをリクエスト。

大道は「阿久悠特集」で沢田研二(時の過ぎゆくままに)やフォーリーブス(ブルドッグ)が出るわ、

坂東は学生時代=バブル期の安全地帯(真夜中過ぎの恋だから)は出るわ、意外に盛り上がりを見せたのがトワ・エ・モア(虹と雪のバラード)でした。

1971年の曲。翌年はそう!札幌オリンピック。そのテーマ曲です。

我々の代には1964年の東京オリンピックは生まれた年で記憶があるはずもなし、1970年の大阪万博は周囲で行った人もおらずピンと来ません。やっぱり札幌オリンピックが最大の記憶残るイベントだったんですよね。

この曲は前回に当たる1968年のフランス・グルノーブル冬期オリンピックのテーマ曲「白い恋人たち(フランシス・レイ)」へのアンサーソングとも言うべきもので、やはり「白い〜」同様に冬季オリンピックの舞台である札幌での冬と恋人達を歌っています。これ良い曲ですよね!

はたまた田山と大道は青い鳥(竹田の子守歌)を歌ったりと、もー大変。

皆全員満遍なく歌い、時間も延長に次ぐ延長でなんと解散は12時過ぎ(!)翌日みんな大丈夫だったのか!?(土曜で休日でしたよね?)

いや、本当に楽しかった皆も愉しんだでしょうか!また北島来てね!!

「東山小学校ゆるやかメンバー飲み」開催しました。 

October 17 [Mon], 2016, 21:12
10月13日〜10月16日まで札幌に滞在しておりました。

今回は仕事ではなく完全にプライベートでした。まあ単にLCCの航空チケットが格安だっただけですが。

今回はとにかく近所を散策しました。それに関しては後日書きますけども、とりあえず10月15日(土)に東山小のメンバーで宴席を持ちました。

今回は6年2組系で今井、西村、重延ツインズ、長澤。1年4組系で和田。陵陽3年2組系で北島、澤口、その他の代表で太田(真)と総勢10名が集まりました。

10名ぐらいがまんべんなく会話するにはちょうどいいんですよね。

人選はもちろん大道の独断。2002年の陵陽同期会や陵陽会で余り顔を合わせる事のなかったメンバーが中心。例外は西村ぐらいかな。

東山から陵陽にいたる中でもそんなに目立つ事はないけど、ほっこりしたメンバー(?)

お店は札幌駅近くの「サントリーズガーデン 昊」ここのお店は10名の完全個室のソファ席があるのでGood!


こんなお部屋です。

50も過ぎると年齢のせいか小学校時代、当たり前のように周囲にいた友達と無性に会いたくなるんですよね。

なんと言っても長沢は「大道建具製作所」の3件隣に住んでいて若い衆を使っていたときには長沢家に下宿させてもらっていた。本当に「気の置けない」兄弟のような間柄、気がつけば東山では1年から6年まで唯一同じクラスだった重要人物。

そのせいか会う度に容赦のないやりとりが発生して、これはもはや楽しいし長沢はいつまでもこうあって欲しいと思う。

和田も「和田ボン」と呼ばれていた通り元は「高台公園」の地主で、その真ん前に居を構える「おぼっちゃん」小学、中学を経て皆50を過ぎて変わってしまった奴もいるーーいや最初からそうだったが、こちらが気付かなかっただけか。

そんな中で和田は驚くほど変わらない。未だ独身であるのはなんとか頑張って欲しかった(俺も人の事を言えない)が(笑)、それもなんだか和田らしい。そんなところも家柄の良さが出ている気がする。

一昨年もそうだったし、今回も実は宴席を持とうと思ったきっかけはその和田と、もう1人澤口。

彼は親の店を継いで今でも店頭に日々立っているので、帰省の度にそこへ寄ってしまう。同じクラスになったのは陵陽の3年2組だったが、泰然自若といおうか、地道、着実な生き方。そんな澤口と和田と吞みたいな。というのが発端。

まあ今度は改めて近所で3人でのみたいね。


左から長沢、澤口、今井、太田、重延ツインズ、北島、西村、和田

年齢的にも男子は仕事も脂ののりきった時期、女子は子育ても終わり、自分の事を模索する時期、まあ何の縁か、今回の10人中、経緯はそれぞれあれど独身が4人いるというのも今どきっぽくて良い。

思った通りとにかく「愉快」な場でした。

そして元気なウチに東山全体の同窓会もやらないとな、と思った夜でした。本音を言えばこのメンバーでカラオケに行きたかったですね!

第一回大阪陵陽会開催!(東山同窓会かも!?) 

April 30 [Sat], 2016, 22:48


おひさしぶりです!さて世間では絶賛GW中でございます!

一応サッカーファンでもある私は噂に聞くガンバ大阪の吹田スタジアムをひと目見ようとGWのどアタマに大阪に参りました!

そこで思い付いたのが以前から考えていた「大阪陵陽会」の開催です。

現在関西には奈良に永沼、大阪に久保(守)、姫路に天野が在住。さっそく声を掛けてみると(天野は遠いので今回見送り)タイミングが合い開催の運びに!


■まずは吹田スタジアムでサッカー観戦、欧州のような素晴らしいスタジアム!

帰りはモノレールを選択しましたが、人生で初めて「太陽の塔」を目の当たりにしました!


■万博は本当に行きたかった!ここは万博公園なのです。

さて、モノレールから千里中央駅で乗り換え御堂筋線へ梅田では永沼が待っています。

実はこのタイミングで梅田ロフトで「大ラジカセ展」が開催されており、同窓会前に永沼を巻き込んだという寸法。

写真を撮るのを忘れましたが、待ち合わせの永沼はスパルタンなデニムに黒革のジャケット、濃紺のシャツに革紐のネックレスと「らしからぬ(失礼!)ロックな」出で立ちにしばし戸惑い。

再会を喜びつつ梅田ロフトへ


■大阪ロフトの会場に到着。永沼と一緒です

ここが入り口。かわいらしいカセットケース型の入場券(下記)





■どどーんと入り口から懐かしの「ラジオカセット=ラジカセ」


■おお!これぞSONYが誇るラジオ+TV+カセット=ラテカセの「ジャッカル!」


■BCLラジオもカセットと合体。Nationalの「プロシード」もかっこよかったですがこれはSONY製


■ともかく1970〜1980年にタイムスリップ致しました。

さて、この後はお楽しみの「第一回大阪陵陽会」!今回の場所は現在若者に人気があるというお店「KICHIRI 茶屋町店

うーんと。久保と会うのはなんだかんだで5年ぶりぐらい?現在大阪に本社がある農業機械企業に勤務。入社から大阪にいたのですが、一度東京→札幌に転勤で再び大阪に戻って来ました。

永沼も大阪に本社がある某大手家電企業の奈良拠点に勤務。

その3人がここ梅田で再会。気付くと平岸4条の半径1km圏内に幼少時ともに過ごした3人。あ!陵陽じゃなくで「東山同窓会」かも!(笑)


■大阪で開催ってのもいいですね。

「陵陽会活動」の賜物か、お互いの近況を全く知らない訳ではないために、昔話と言うより最近の一般的な話題が中心でした!

とはいえ幼少時の「和製日本語」が話題にのぼり、例えば防寒着をアノラック、ヤッケ、バーバリーなどと呼んでいたが、実はこれ

アノラック=元はアラスカ先住民のイヌイットが着るアザラシ皮の上着

ヤッケ=フードのついた、防水・防風用の上衣。アノラック。元々ドイツ語(jacke)

バーバーリー=英国ブランド、トレンチコートなど。

こんな感じでほぼ内地では通用しなさそうですが、北の寒冷地ならではの「上着」の呼び名だったようです。

またウチの母方は厚田村の出身ですが、夏遊びに行くと祖母が「ぐすべり食べなさい」と木の実をくれた。「ぐすべり」という浜に生息する固有の種類かと思いきやこれは「グースベリー」というセイヨウスグリのこと。アメリカや欧州ではポピュラーだとか。

こういったことを意味もわからず日常的に使っていた北海道はステキ。

このあと2件目に場を移しましたがとても楽しかったです。今度は天野を是非呼んで開催したいですね!

あ、近畿エリアに在住の18期の方は是非ryoyo18@gmail.comへご連絡下さい!よろしくお願い致します!

新年あけましておめでとうございます! 

January 01 [Fri], 2016, 3:45

新年あけましておめでとうございます!

このところ、お悔やみばかりが続いてしまいましたが、本年我々はいよいよ52才となります!

人生の後半として、ここからが肝心です。陵陽18期会としてもまた様々にイベントを開催する決意です。

様々にご協力を戴く事もあるかとおもいますが、何とぞよろしくお願い申し上げます。

米永登さん(3年2組米永のお父様)が永眠されました。 

September 02 [Wed], 2015, 14:26
「札幌陵陽18期会」の幹事をお願いしている米永のお父様が永眠されました。

以前「ドキュメント・ザ陵陽」の【我が青春の烈日】-陵陽ソフト部の軌跡-第一章では陵陽ソフトボール部最盛期の礎(いしずえ)を築いた方といっても過言ではありません。

子供と野球が大好きだった方で、PTAとしても大活躍をされていました。


前列中央が米永登さん

私個人としても、私が9才の時に亡くなった父幸雄さんと唯一、東山小の父兄として一緒に飲んだことのある方として記憶しています。

東山小学校の同窓としては「校門の棚山商店」「グランド側の米永商店」として、ひとかたならぬお世話になった方も多いと思います。

本日通夜がありますので、ゆかりの方は参列下さい。


お通夜:9月2日水曜日18時〜

場所:博善社 博善斎場

所在地:〒064-0930, 北海道札幌市中央区, 南30条西11丁目2番1号

TEL:011-533-1111

大久保君の一周忌を迎えて 

July 13 [Mon], 2015, 20:30
「そう言えばそろそろかな」と思ったらもう1ヵ月が過ぎていた。

大久保の一周忌。

ーーあれは去年の6月16日だった。大久保の告別式を終え午後の日差しの中、三々五々皆と帰路に着く中で「あっという間に1年は経ってしまうのだろうな」と考えていたものの実際、本当に早かった。

小津安二郎監督の名作『東京物語』では、東京に住む子供達のもとを広島から両親が訪ねるものの、兄弟たちがそれぞれ生活を抱えているリズムには「迷惑な訪問者」に過ぎず、挙げ句、体よく親孝行を言い訳に熱海に招待するが、他の団体客が騒がしく、骨休みにもなりはせず、追い立てられるように広島へ帰ってしまうーーという内容であったろうか。

我々も同じ東京とその近県に住む仲間同士とはいっても、それぞれに生活を抱え、当然毎日のリズムがある。

そう考えると忙しさは感傷を押し流してくれもする。

昨日午後になってから思い立ち「大久保の城跡」を訪ねる事にしたのだ。

実は最初に間違えて西武池袋線の「東久留米駅」に行ってしまった。駅周辺の変わり映えに半ばショックを受けたがそれは当然で、間違いだった。

スマホで調べ無事西武新宿線「久米川駅」に着いた。ちなみにどちらの駅も所沢の手前のいわゆる「東京都下」になる。


大久保が亡くなる直前の日曜、急に思い立ち大久保と酒でも飲もうと電話で約束をし、買い物から家へ向かう道中、青山学院付近、自転車同士で衝突事故を起こしてしまい、大事には至らなかったものの手首が軽い捻挫で、大久保へ断りの電話を入れた。

思えばそれが大久保の声を聞いた最後だった。

あの時に吞んでいたからといって何かが変わったかは分からない。病気でもない人間に死期を感じる事は出来ない。それは後から言っている話に過ぎない。

それでも私は今でも吞みに行くことを阻んだあの自転車事故が何であったのかと考える事がある。

駅前から店へ向かうこの商店街、飲食店も殆どチェーン店もなく昔ながらの個人店が頑張っている。

大久保は大のラーメン好きだったから、この界隈の店のオススメは全て抑えていた。


着いてみると現在は焼肉屋だった。以前が生体こそ扱ってはいないもののペットショップだった事を考えると微妙だ。

新たなテナントが入っている事をこの目で見ると、まるで「何事もなかった」かのようで、少々ショックだ。

ここに1年前に「RAFIKI」と言う店も、大久保さえも実はいなかったかのように感じさせられる。


ーーそもそもこの場所一帯が実は「東京らしくない」事も一要因だろう。


札幌では昔馴染んだ「官舎」のような平家があたりに残っていて、この地がどこか札幌から繋がっているかのようだ。



店の隣には今どき「原っぱ」さえある。

振り返ると無念に思う事がある。大久保はペットショップを経営しながら様々に動物保護関連の活動をしていた。途中からはかなり力を入れていた。

「懸けていた」と言っても過言ではない取り組み姿勢だった。

確かに主(あるじ)が亡くなり、店の経営に意義を持つ人物が去ったと言っても、彼が一心に懸けていた取り組みである。

迷いなく店を畳むや実家に奥さんは帰ってしまったが、大久保の活動を継続する意志はなかったのだろうか。夫婦は「元は他人」といえばその通りだし、新しい生活を選ぶ自由もある。

しかし大久保の「念(おも)い」は欠片も共有していなかったのだろうかと考えると私は遺憾なのだ。

奥さんを責めるつもりはいささかもないが...そう思う私の気持ちは書いておきたい。

今日はここに来て「大久保利彦の戦いが完全に終わったのだ」と実感した。

不思議と言えば不思議な縁。小学校から中学にかけては積極的に会う友人ですらなかったが、一高に進学後スキー部をやめた彼を人手不足で困窮していた陸上部に誘い、東京へ大学受験にも行き、上京した自分の後から大久保も上京。

小学校5年生で会ったとすると当時11才。そこから38年間の付き合いだった。

今日、この久米川駅に向かう帰路。ひとつ確かな事はこの駅に二度と来る事はないーーという事。

そんな一周忌を本日自分で偲んだのである。

2015年新年あけましておめでとうございます。 

January 01 [Thu], 2015, 0:20


新年あけましておめでとうございます。

本年4月までに18期生は全員50才を迎えます!

「50才!」

あっという間でしたね!なんか信じられません。

自分などまだ20代後半のつもりで来てしまいました!

そしてまだ何一つ成し遂げていない感覚があります(笑)

お互い「また今度ね!」なんて言葉はありえませんね。ますます時間が勝負です。

それにしても同期の親御さんが皆、本当にお元気なのに驚きます。そしてつくづくありがたいと思います。

私の母、麗子さんも元気です。

いよいよ親孝行に全力にならないといけないなと決意の本日です。

ともあれ、今年もどうかよろしくお願い致します。

気まぐれ帰省記Part.7 2014年10月31 

October 31 [Fri], 2014, 19:00
本日、実は当初母の生家である厚田に行こうと考えていましたが、一緒に行く友人がドタキャンしたために、墓参りに行く事に。

大道家の墓苑は里塚です。

同じく「里塚に墓がある」と言うことで松本も道連れにしました(笑)

地下鉄東西線、福住駅からバスで向かいました。

考えてみると父の幸雄さんが亡くなった際に1度行ったきりで、かれこれ40年は墓参りに来ていませんでした。そんな事情から墓の場所もわかりませんが、管理センターがパソコンで簡単に調べて地図もくれました。

話では姉の幸乃さんが手入れをしてくれていたそうで、実にキレイでした。


幸雄さん。40年放って置いてすいませんでした。

それで墓の前に来てから「あ!お花を買ってこなかった!?」と気付きました。

季節はもう11月ですから「売ってないかな?」と思いましたが、そこは墓苑。近くに売っていましたので助かりました。

驚いたのは松本家の墓も20mも離れていませんでした。

ちなみに里塚は骨壺で入れるのではなく、中身を開けて遺骨そのものを収める方式だそうです

お参りすると「私は大道家の長男だ」と改めて自覚した思いです。

少々墓苑を散策してから大通りに出て付き合ってくれたお礼ーーというほどではありませんが、松本と食事をしました。



気まぐれ帰省記Part.6 2014年10月30日 

October 30 [Thu], 2014, 22:00
私もいつも行くわけじゃないんですよ。

でも今でも思い出す、甲高い声で愛くるしい笑顔を振りまいていた三橋と、2年5組では「キューピット役」で、世話焼き型だった若浜、そして相変わらず華やかな山口、感性で突っ走る吉田、忘れられない恩人の宮本、いつも無理をお願いしても二つ返事で引き受けてくれる「男前」の松本。

そしてまあ〜2年5組初日に見た清水には本当に卒倒しそうになった。

「こんな可愛い子が世の中にいるのか!」と。

そんな思い入れ深き個性豊かなメンバーが集まればカラオケに行きたくなるってものですよ!(笑)


一旦和解状態の2人。しかし..to be continued!

私にとって「最高の青春時代」は2年5組。丹念に記憶を辿れば嫌な事も多かったんだけど(笑)若さなのでしょうか、今では愉しかった記憶が全部覆い隠しています。

クラスにはスポーツでタレントが多く「球技大会は男女ともに絶対優勝だろ?」的な雰囲気だったが、なぜか成就せず。



もう最初からハジけてます。多分みんな年齢は14才ぐらいかな(笑)

大学を卒業し初担任の仲野先生が何よりの起爆剤で、とにかく意欲的だった。

青春ドラマで感化されたと思しき意欲満々なアイディアを次々に披露した。

英語の授業では全員が英語名を与えられ、開始前に英語のポップスを全員で歌う(毎月変わる)のもCoolだった。最後の授業では過去に歌った曲を皆で全部歌ったっけ。


「面倒見よさ」の若浜がコーラスマイクを渡すの図

学級新聞も班持ち回りで作っていた。なぜか競っている雰囲気があった。「ウチが一番面白い新聞だ」って。

授業後に残って皆でワイワイ作っていると次第にチームワークも生まれていった。


山口は歌う姿にも雰囲気あるよねえ

滝野の炊事遠足だっけ?あれも愉しかったなあ。

2年5組の時代は何をやるのも楽しみだった。上浦や関谷、池田、安田らの「お笑い担当」もメンツが揃っていた。

自分は2年5組であることが誇らしかった。「うちのクラス以上の所はない」といつも思っていた。


若浜が歌う番です!

ロックの波が押し寄せるのは3年になってからで、2年の頃はスキーや、当時猛烈に流行り始めたYAMAHA MOTO-BIKEを中心に「チャリンコ暴走族」の様相で、皆で群れをなしてーー何をやるかと言えば「盆踊りのハシゴ」だったなあ(笑)


宮本も気持ちよさそうに歌ってます!

しかししかし。5年前に仲野先生の自宅を松本と訪れた時になんと!仲野先生は私の事を完全に忘れてたんだよね!あんにゃろー!(笑)


清水さん。美貌をいつまでも保って下さいね。

今でも「2年5組」を語ると案外賛否がある。意外だなと思った。でも知る限り「否」は武田ぐらいじゃないかな(笑)

でも宣言します。近々に2年5組のクラス会を開催しますよ。

皆さん当時のメンバー掌握頼みますね。

さて、カラオケを終え、翌日もあるので大道さんは帰路に。

でも宮本や吉田は飲み足りないようで「もう一件行こう」と。でそこに三橋が「俺も」となった。

「え?宮本との事は大丈夫なの?」と思うでしょう。

当然大丈夫じゃなく、飲みながら三橋がそれをまた執拗に蒸し返したらしいけど、吉田も間に入って「もうやめよう!」と本気で怒る始末で、しかしなんと宮本はそこで三橋にきちんと謝ったらしい。

あとで三橋から連絡が入ってきた。「宮本の事は謝ってもらったからもう解決した。これからは親友だよ」って。

てか俺は宮本を心から見直した。プライドばかりが無駄に高くなり、どうでも良い事に許容がなくなる年齢。

実際は記憶など本当にないのだろう。しかし相手がそう言うのだからと謝った。

それは勇気の要る行動だし、立派な「人助け」だ。誰にでも出来る事じゃない。すごいと思う。

今まで中学時代を振り返るとトラウマのように「嫌な記憶」が蘇るーーそんな彼の記憶に「決着」をつけた。

これでまた皆と三橋を交えて気持ち良く呑めるだろう。

この日の出来事にはとても感動した。

気まぐれ帰省記Part.5 2014年10月30日 

October 30 [Thu], 2014, 19:00
さてこの日の最後は「2年5組吞み」です!

本当は宮本と「メシを喰おう」と言う話になっていて、

「だったら賑やかにしたいな」と自分が考え「あまり会えない2年5組の仲間!」とした。

メンツは

男子:大道、宮本、吉田(公)、三橋(龍)

女子:松本(ゆ)、山口(美)、若浜(江)、清水(裕)

場所はチキンとワッフルが美味しい吉田と宮本も通い詰めのベルギー料理のPaul'sCafe


特に三橋と若浜は是非とも会いたかったので感激!(この時まだ清水は来てません)

三橋はちょっとその世界では著名な先生で、以前から連絡は取っていたのでこの機会に会いたかった。若浜も松本に調べてもらって、来てもらえる事になった!

「えー!なんで私も呼んでくれないのー」とか思わないでね。

「ちゃんと会話が出来る人数」というのがあるので、テーマを決めてサイズを決めてます。

ーー実はこの席では大事件が勃発!

三橋に宮本を紹介した場面だ。

三橋の表情が一瞬凍った。「宮本って...あの宮本?...」と口ごもったかと思いきや「俺が一番嫌いな奴だ!」と言い放つではないか。気まずい空気になるが三橋は態度を変えない。

「嫌な事をされたんだから当たり前だ!キライだよ」という調子。

なんとか場を取りなしたが、どうも三橋は2年5組時代に宮本に嫌な目に遭わされた事があったらしい(聞いてみると別段“イジメ”でもない程度だが...)

なにより宮本がそんな事は覚えていないので、怒っている。

「普通、常識的に久しぶりの挨拶で言う言葉かよ」

それも良くわかる。

ーーしかし同窓会の幹事なら経験があるかもしれないが、小、中学時代に嫌な目に遭った事は忘れないもので、連絡を取っていると「あいつが来るなら行かない」と言われる事がある。

幹事としてはどちらにも来て欲しい。非常に悩ましい状況だ。

「殴った方は忘れるが、殴られたことは忘れない」という言葉があるが、まさにそうで、イジめた方はケロッと忘れている。そんな姿に被害者側はさらに怒りを募らせる。

自分もそれが事実なら、被害者側に皆の面前で謝って欲しいと思っている。嫌な記憶に決着をつけないと相手はその記憶をいつまでも引きずる事になり不幸だ。

ーー両者の席を離して、愉しく食事は進んだが自分も酔った勢いで宮本に「覚えがなくとも謝れよ」などと言ったりしたが宮本も覚えがないものを謝るのもおかしいと思っているし、それはそれでそうだなとも思う。

取りあえず食事を追えて次は....カラオケだ!!


そんなこんなで料理の画像を撮ってない!サクッとして最高な「ブリュッセル風ワッフル」は絶品!







気まぐれ帰省記Part.4 2014年10月30日 

October 30 [Thu], 2014, 18:00
今回の帰省記はスマホや携帯でも読みやすいように短く小分けしています(笑)

さて、画像はないのですが、永沼家をあとにした大道親子はこれまた超久しぶりーーというか私に至っては40年ぶりで「アベック」こと阿部宅(実家)を訪問。

要は阿部のお母さんに会いに来ました。

小学校の頃は本当に毎日お邪魔したものです。2Fがやけに広い子供部屋で、走り回ることも出来て、しかしお母さんから怒られた記憶がありません。

良い時代だったのか単に阿部君のお母さんが寛大だったのか。どちらにせよ感謝です。

クラスや学校が変わるや友達を切り替える大道の「シェルパ癖」のために東山でクラスが変わるや付き合いがなくなってしまったのです。

当然ウチの母も親しかったワケで「阿部君のお母さん?会いたい!」と意気投合。

おみやげに必殺「土井志ば漬本舗」の詰め合わせを準備。

阿部君にそっくりなお母さんはやはり私の記憶と変わりません。

嬉しい再会でした。阿部君とも後で会います!

気まぐれ帰省記Part.3 2014年10月30日 

October 30 [Thu], 2014, 16:00
さて、大久保宅を辞した大道親子は永沼さんに誘われるまま、永沼宅でお茶を戴く事に。

私も母も久しぶりです。

永沼宅は何度か建て替えなさってますが間取りがほぼ同じなので、懐かしいのです。

ちなみにご子息直人氏も奈良に自宅がありますが、間取りがなぜかご実家と似ています。

お父様とも久しぶりの対面です。

なんでしょうか、笑顔でこちらを見つめる永沼さんのご両親の印象は、私の眼からは幼少時とまるで変わりません。

父の幸雄氏健在であった時代「大道建具製作所」前で環状線(その前は畑だったが..)を背にホクトストア方面を眺めると、左手のサイゴク堂(看板屋)の先、右手に永沼宅が見える馴染みの景色。

それは1964年の東京がそうであったように、札幌が冬季オリンピックを開催し世界を札幌に呼び込んだ時代。

そんな全てがまばゆい光に満ちた「千鳥町内会」の景色の中心にいつも永沼家がありました。

永沼家も元は環状線の傍に居を構えていました。

しかし環状線工事に干渉する為に移転し現在のご自宅になりましたが、何せ自分が生まれたタイミングで大道家が東札幌から越して来た時からずーっとお付き合いをしているのです。

当時は会社勤めが一般的でなく、公務員か自営が多かった時代。

人気TV番組の「ケンちゃんチャコちゃんシリ〜ズ」の「ケンちゃん(宮脇康之)」の健やかで品の良い家庭とどこか重なっていました。

人は生まれ育った環境で人格が形成されるといいます。

以前にも書いた気がしますが、何度でも書きます。自分は永沼家が常に身近だった事で、「あるべき理想の家庭」を意識できていたのだなあと最近になって思います。


私を幼少時から見守って下さった皆さんです。左端が寺沢さん。

この日は寺沢さんも駆けつけてくれました。

東山の皆さんなら「給食のおばさん」と言えばわかるでしょう(笑)ご子息は青木の先輩にあたる陵陽のバスケ部のキャプテンを務めその後、南高に進学されています。

幼少時は遊んでくれたのだかいじめられたのだかはわかりませんが(笑)まあ記憶はあります。

永沼家を訪れるとそんな事から母と私も話が尽きないのです。

息子が50才を迎える年に永沼さんと寺沢さんに母を交えてのひととき。

私は「この瞬間がいつまでも続いてくれないものか」と願わずにいられませんでした。

そして不意に頭をよぎったのは、大久保の家に寄ってきたせいか、私が9才で父を亡くした時、札幌斎場をお母さん連れられ訪れた永沼が私に言葉をかけあぐねている姿でした。

「何と言って良いかわからない」

ーー9才の子供は人の死など受け止め切れないもの。それが当たり前と思います。

7月に自分から大久保の訃報を告げた際永沼は、電話口でそのまま泣き崩れてしまったが、その純粋な人柄をこの日初めて9才の記憶と重ねていたのでした。



気まぐれ帰省記Part.2 2014年10月30日 

October 30 [Thu], 2014, 13:00
新千歳空港→JR札幌駅→地下鉄南北線で実家へ。


「荷物乗せ」のない札幌の地下鉄はやはり解放的!


さて、お昼に到着して、まず私の母と永沼のお母さんと共に、7月に亡くなった大久保の実家を訪問します。

現在大久保家は昨年お父さんも亡くなられており、現在お母さんだけがお住まいです(お姉さんは東京)

自分は東山から陵陽、一高まで一緒(陸上部でも)だったし、永沼も陵陽3年5組で一緒なので、それぞれに縁が強いのです。

東京の葬儀の際には、そのいたたまれない姿を直視出来なかった私ですが、今回お母さんはすっかりお元気で安堵しました。皆で順に仏壇に手を合わせたあとは4人でよもやま話に花が咲きました。

私は聞いてみました。

高校当時大久保は、夜遅く出かける際に玄関を使うと親に気付かれるので、窓から出入りしていた事は友達間では有名でしたが、果たして親御さんはご存じであったのかーーズバリ気付いていたとのこと。さすが親御さん。まあ、ちゃんと息子は管理されていたのですね。

また、昔「スペースインベーダーゲーム」が流行った際に我々は入り浸ったものですが、実は五円玉を重ねてビニールテープで海苔巻きのように巻き、コイン毎にスライスすると直径がほぼ100円玉と同等になりゲームが出来たのです!(コラコラ)ええ、不正です(笑)

ある日、大久保の家に誘いに行くと靴を履く大久保の背にお母さんが「一応100円も持って行きなさい」という(笑)提案をしていたのが印象的でした(気にするのはそこか!)

それもこの際思いだしてもらいました(笑)



2時間くらいの団らんだったでしょうか。

付近に住む沢口商店の沢口なども実家を訪ねて仏壇に手を合わせています。皆さんお誘い合わせの上で大久保に縁のある方もどうぞいかがでしょうか。

何よりお母さんが喜ぶと思いますよ。




気まぐれ帰省記Part.1 2014年10月30日 

October 30 [Thu], 2014, 9:00
2014年10月30日から帰省しました。

仕事でもなく気まぐれな帰省でした。

ただし今回はテーマを決めて行きました。それは「今まで会えなかった同期と会う」という事です。

さて、飛行機ですが北海道人ならスカイマーク(絶賛会社更生法適用中)に親しみがあるかもしれませんが、私はバニラエアにはまってます。

なんと\4,800〜で札幌に行けます。ただし成田空港を使うのが若干辛いです。今回私は\6,760で往復しました。
成田の専用ラウンジ。簡素すぎて倉庫のようです。


真っ白に青と黄のデザイン

さて行ってきます!


1975年の地図 

September 29 [Mon], 2014, 14:18
最近見つけたサービスですが、Googleマップの上で1975年当時の地図を見られます!

Googleマップの航空写真モードで「40年以上昔の日本」を見れるサービスに驚愕!

直接リンク

ここで1975年を見ると....色々地形や違っていたり「空き地」があったりしますね!

陵陽の校舎ももちろん木造です!(笑)

色々面白いです。


大久保くんの「お別れ会」を終えて 

August 11 [Mon], 2014, 13:00
8月10日(日)に大久保くんの「お別れ会」を終えました。

私は仕事の関係で帰省しませんでしたので、参加者から当日の様子を伺いました。

式次第もなく、本当にザックリした感じで、皆で食事をする、と言った様子だったそうです。

陵陽だけではなく、一高の陸上部や親族の方々もご参加されたようです。



個人的には友人だった芸人の春一番も7月3日に亡くなり、この夏は知人が亡くなる季節でした。

大久保は3月3日が誕生日でしたから、結局40代のままで亡くなりました。

実感としては40才も後半になると、覚悟をしたほうがいいなということで、クラス会もやるなら早いほうがいいですね。

【告知】「大久保君のお別れ会」について 

July 29 [Tue], 2014, 21:23
前々回のブログでも書きましたが、大久保くんの「お別れ会」の詳細が決まりました。

日時:8月10日(日)18:00〜

会場:ジャスマックプラザホテル

HP:http://www.jasmacplazahotel.co.jp/

会費:5000円


大久保泰子さんより「どうか平服にて手ぶらでお越し下さい」との事。

陵陽18期の中心者は今回平野君が務めています。

まだ誰からも連絡がなく、このブログを見て、行こうと思った方はryoyo18@gmail.comへメールを下さい。人数を掌握していますのでご協力のほどお願い致します





大久保君の葬儀を終えて 

June 21 [Sat], 2014, 12:57
6月19日に通夜、6月20日に告別式に行って参りました。

実は6月17日の夜、当日の打ち合わせとして葬儀場に向かい一足先に大久保の顔を見てきました。

話に聞いた通り、本当に眠るような表情と口元にはわずかに笑みが浮かぶようで「本当は死んでないのでは」と妙な気持ちにさえなりました。

当日の気候は快晴で風もあり涼しく、この季節の東京にしてはすこぶる快適でした。

集ったメンバーは在京では青木、池田、藤原、松本、坂東、田山、太田、横尾、工藤。東山小メンバーでは野呂、沖。札幌からは平野、西村。奈良からは永沼が、大阪からは岡田が駆けつけてくれました。

総勢16名が集い、これも大久保の人徳なのかと感じ入ります。

上浦と関谷連名でお花も届いていました。



当日の座席数は100だったのですが、早々と埋まり予想の4倍以上の来場者で、焼香の列が延々と連なっていました。

当日自分は来場者の誘導や、陵陽のメンバーに関わるケアをしていましたが、スタッフとして任務に没頭する事で「大久保が亡くなった」という現実から気を逸らしていたかったのかもしれません。

亡くなってから葬儀までの3日間でも、動物やネット通販に関わる情報を目に留めると「これは大久保に知らせてやろう...あ、そうか、もういないんだ...」と気付く事も何度かあり、そんなところで「現実」を受け止めざるを得ない場面もあったからです。

通夜は20時前には全て終わりましたが、遠方から来た仲間の事もあり、そばの居酒屋で場を持つことにしました。久しぶりに会う顔もあり、しんみりとしていてはそれも大久保は好まないだろうからと、意気軒昂に語らいの場となりました。

大久保のお姉さんのお子さん(甥っ子)の誠治君が大久保にそっくりで不思議な気持ちでした。招いて皆と一緒に語らいました。


翌日の告別式は横尾、平野、西村、永沼、池田が参集。皆で大久保の棺を花で埋め尽くし火葬場へ見送りました。

集った皆の所感は「俺達の年齢ってそういう年齢なんだな」というところだったと思います。



私個人は以前からの予定で両親が6月18日に上京しており東京案内をしたりの流れで葬儀にも参加し、めまぐるしいスケジュールでした。

大久保の店「RAFIKI」は今月一杯で閉店と決まり奥さんも大変そうです。まだFacebookに店舗のページが残っていますので興味のある方は見てみて下さい。

尚、大久保くんのページはこちらです。

四十九日を目処に札幌で場を持つとのことですので、その時にまた告知を致します。

●↓今同時に見ている人数 web tracker
管理人紹介
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Y.Ohmichi:10月29日生まれ、蠍座
1年は8組で泉 正義先生が担任
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T.ikeda:3月28日生まれ、牡羊座
1年は4組で荒沢与志男先生が担任でバスケ部の顧問でもお世話に
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●専属ライターNo.1
Y.“ちゃん"Sunako (matsumoto)
1月2日生まれ山羊座
1年2組で本間真智子先生が担任
2年は5組で仲野嘉信先生が担任
3年は2組で本間真智子先生が担任で現在札幌在住

●専属ライターNo.2
M.“まんたん”ono(tayama)
10月6日生まれ天秤座
1年は8組で泉 正義先生が担任
2年は6組で若林久子先生が担任
3年は2組で本間真智子先生が担任で現在は神奈川在住

●専属ライターNo.3
M.“misac" Nishimura
6月5日生まれ双子座
1年は4組で荒沢与志男先生が担任
2年は6組で若林久子先生が担任
3年は6組で笠島千秋先生が担任で現在は札幌在住

●専属ライターNo.4
T.“うなぎ" Ohkubo
3月3日生まれうお座
1年は6組で高橋博望先生が担任
2年は6組で若林久子先生が担任
3年は5組で若林久子先生が担任で2014年7月没

●東京陵陽18期会顧問
T.aoki:5月14日生まれ、牡牛座
1年は7組で三土厚子先生が担任
2年は2組で笠島千秋先生が担任
3年は6組で笠島千秋先生が担任で現在は東京在住

ともに他の日本全国のメンバーと連携をとり『陵陽18期会』を開催してゆく予定です。

■ご意見、ご質問、同窓生情報はryoyo18@gmail.comへお気軽にお寄せ下さい!

尚、このメールアドレスは管理人の大道だけに届きます。他の人へは秘密にして欲しい場合には秘密厳守します。

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本ブログは陵陽18期のみの対象です。先輩後輩の諸陵陽中OBの方々までは網羅出来ませんので、ご理解の程お願い賜りたく存じます。
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