ふんどし締めなおす 

2007年07月29日(日) 2時01分
昨日は脳の奥をぶん殴られるような、そんな作品を見ることができた。
恋は自分で手に入れるしかない。周りに注意をふりまくものではないのだ。
民主党大勝の報告が次々とテレビの画面を飾っている。
それは一つの警告で、承認されたわけではない。
揺さぶりなんだ。大事な事柄を整理する為の。

暑っつい日々が始まって、汗だらだら。
ふんどし締めなおして、揺さぶりに対応していかねば。








ポジティブな船に乗る 

2007年06月08日(金) 2時50分
「中居正広の金曜日のスマたちへ」(TBS.毎週金曜10時放送)で中村中(なかむら あたる)の特集をしていた。曲をはっきり聴いたことはなかったけど、「汚れた下着」(2006)のジャケットは目にしたことがあって、その強烈なタイトルだけは覚えていた。彼女は性同一性障害。戸籍上は男。世間にカミングアウトして、自らの歌と向き合っている姿がここちよい。15歳の頃に作った歌「友達の詩」(2006発売)も何かしら訴えるものがあった。

彼女の顔がどことなく似ているなと感じた、友人に久々に電話をしてしまう。彼女との出会いはドイツでなのだが、日本に帰ってきてからは連絡はかなり疎だったのだけど、思い切って電話する。

近況報告に、お互い疎であった時間の流れを感じる。電話なんかで一朝一夕に話せない様々な事柄を、お互い伝えきれぬまま電話を切る。

先日足掛け3年も関わっていたプロジェクトが終わりを告げた。様々な失敗と成功。恐ろしく苦しい時期と、楽しい時期。すべてにおいて総括的な判断などできない。もちろん。


様々な事柄を、僕はポジティブな意味で捉えればよいのか、ネガティブな意味で捉えればいいのかよく分からなくなる。でも結局僕らは、それらをポジティブな意味で捉えるしかない。たとえそのネガティブな裏側があまりにも強烈であったとしても。ネガティブな事柄が結局大きな成功に繋がったとしても。それが何にも繋がらなかったとしても。ポジティブな船に乗るしかない、そう感じてしまうのはネガティブなのかもしれない。

商売あがったり 

2007年06月04日(月) 6時44分
なんだか妙に早く、目が覚めてしまった。
2日前は激動だった。慣れぬ場所で窮屈な展示をおこない、6時間近い運転。
商売あがったりだ。

もはや自分が作った自分の作品、なんていう意識は要らないのかとも思う。
ただそこにあるイメージ、アイデア、に乗っかるだけ。走っていくだけ。

簡単ぢゃないぜ。

ほんと商売あがったり。

僕はティティ 

2007年01月20日(土) 5時02分
以前、ミューズ(ギリシャ神話の女神、「ムーサ」の英語名(複数形)。音楽・舞踏・学術・文芸などを司る。)の話を友人がしていたのを思い出す。ある女性と付き合うと、なぜか芸術的感性が刺激され、作品がばしばし作れるとか何とか。つまりそういった女性をミューズと彼らは呼んでいた。芸術的あげまん?

アイデン&ティティ(2003年、田口トモロヲ監督、原作みうらじゅん)をみた。この映画ではヒロインとして麻生久美子が出演している。原作でも彼女の役柄はロックの神様かと主人公が勘違いしてしまうシーンがあるほど、ロックを理解し、人生を理解し、男を理解している。付け加えて麻生久美子はとんでもなくかわいい。

メイキングでは麻生久美子自身もこの役柄は自分の理想だと思っていたけど、そういう意味では女性にとっても理想なのかもしれない。ただ、僕は男なので男の立場から言わせて貰うとやっぱあれは理想、そして空想なんだと思う。

そう考えると、あの物語自体もやっぱり男の理想なんではないかと思えてくる。社会に対して大人として理解されるように生きている人々。それが作り出す社会。それに牙を剥き出しにして、ロックを歌う。ほとんどの男子が、一度は感じたジレンマに対してあくまで素直な生き方。そこにはやっぱり夢があって、誰もがあこがれる事柄だと思う。特に男子はね。

でも、最近思うことは、この映画で表現されている「ロック」は別に歌を歌わなくても遂行していけるのではないかということだ。たとえ社会人になってサラリーを貰う身になってもね。そう、歌うことだけがロックではないんじゃないかということ。ロックという音楽ジャンルは音楽業界では、あまりにポップになってしまったけれど、その代わり他の業種にもその精神が拡散されんじゃないかなと最近強く感じる。先日NHKの番組で漫画家の浦沢直樹を特集していたけど、彼も芯からのロッカーであると僕は感じた。(実際、彼の漫画の劇中の登場人物が歌うロックを彼が歌っていたりする)

社会は変容して行っている。現在進行形で。資本主義社会のこの日本は、社会は新しい考えや方法論を新たな社会にしていくダイナミズムを、既に、常に備えている。新しい考えや方法論が、既存のものになるスピードは増すばかり。でも、新しかろうが古かろうが、問題を抱えるのは、ある意味、宿命だとも感じる。でも、そこでいつの瞬間にも必要であるのはその流れに乗りすぎてしまわず、そのつど問題をあぶりだす目だと思う。そしてそれは表現を生業にする人々の義務だと感じる。その目がないと、社会自体がロックに導かれない。社会人でもロックに生きれるこの時代では。

感覚を開放し、「ロック」に生きる、義務。そう、仮にも僕は表現者なんだから。

搬入前夜 

2006年12月17日(日) 5時06分
慌てふためいて、落ち着いて、前だけ見て走っていたら、もうこの日。
そう、明日は個展の搬入日。

というわけで告知です。

個展「切り取ったロケット」
12月19日(火)〜24日(日) 9:30〜19:00
市民ギャラリー矢田 第一展示室
ただし19日(火)は12:00より開館
24(日)は17:00閉館

御高覧いただけると幸いです。



今夜はなんだか落ち着かず、そわそわ。

もしかしてロック2 

2006年11月17日(金) 5時49分
やさしいロックなやつら(名古屋造形大内自主運営スペースair's box)のオープニングパーティーに、名古屋でいくつかの雑用を済ませて行く。

静かながらも自分の立ち位置を確かめる作品がそこにあった。アーティストトークの軽いのりに好感を覚える。


その流れで参加した二次会はゆかりの深い福岡邸。造形大の面子も含めて水炊きのあったか飲み会。

はじけた名芸面子に対し、造形大幾人の「かっこいい」の言葉。

かっこいい。そう言われたその飲み会は、けっこう日常。

「こんな人いる」といわれた僕はナイーブボーイ。

名芸大先生も混じっての飲み会は続く。

どうしようもなく生きているところからの発信は説得力を持つ。

強く同意してくれた吉本先生に大きな共感を覚える。

ジゴロに生きろ。

ジゴロに生きれるのか。

命題中の命題。

「ちゃんと」する。

自分にとって自分が「ちゃんとする」

それでいい。

そうでしか生きれない。

ぎりぎりを見極める。

月は三日月。

やさしいロック。

もしかしてロック。

ちゃんと 

2006年11月16日(木) 4時36分
最近「ちゃんと」したいと思う。
でも「ちゃんと」するってどれ。

先日母方の祖母が家に来ていた。しかし僕はといえばバイトに追われ、制作に追われ、結局一度も顔を会わす事ができなかった。同じ家に泊まっているというのに。

ドイツへ行った影響で、今月はほんとにお金が無くなってしまい現在制作が止まりつつある。結局親借金を重ねてしまう。

今日は夢追い人の話をした。夢追い人が美しく見えるのは、その人が現実的にその夢を形にしようとしている状態のときだけだ。そんな話。

世間一般に言う「ちゃんと」した人達がちゃんとしているか、それは確かに疑わしいものだ。もちろんその中にもほんとに立派な人は居るとは思うけど。
でもそんな「ちゃんと」した人たちが居るから僕も生きていけるのは事実。

そう、問題は、僕にとって何がほんとに「ちゃんと」しているか。

自分の尻は自分で拭いたい。自立。親の死に目にも会いたい。大切な人は大切にしたい。悲しいときには泣きたいし、楽しいときには笑いたい。言いたいことは言いたいし、しかるべきときには沈黙を守りたい。愛し愛されたい。人にはまっすぐ向き合いたい。自分にうそはつきたくない。したいことをして、それを自分の土台にしたい。

「ちゃんと」した大人になる願い。

来年は...... 

2006年11月09日(木) 3時51分
昨日僕は食べ過ぎてしまった。
おなかパンパン。
そして昨日は嫌に寒い夜だった。

胃に血が行ってしまっているのか、ただ寒いからなのか分からないけど、すんごい寒い。寒気が次から次へと襲ってくる。

風呂に入って体を温めようと思うのだけど、ゆっくり湯船に浸かったはずなのに寒い。

おなかはパンパン

ついには吐いてしまう。

何かがおかしい。

そう思っていたら今日は、夕方まで体を起こすことができないほど体がだるい。頭痛もする。やっぱり熱がある。風邪を引いてしまったらしい。しかし昨日の地点で何度も気づくチャンスはあったはずだし、何故に今になってやっと気づいたのだろう。あほか俺は。

ドイツに行って、帰ってきてすぐさま展覧会に準備に追われ、張り詰めていた気が最近解けてしまっていたのかもしれない。あの三日間の祭りで。

来年は大病、そんな言葉が頭をかすめる。イヤー!

病気は病気なんだけど、やっぱりそこには精神的な意味での原因も常にあって、何かしらのシグナルだと思って早急に対処していかねば、来年はほんとにやばいかも。かも。

一対一と書いてタイマン 

2006年11月07日(火) 4時02分
すべてが一対一になっている





昨日言われた言葉





今日は突然寒くなった。ぱっと冬に捕まったみたいだ。毎年この時期、ふと立ち止まる。朝には夜露が降りて、車の中はキンキンに冷えてるだろう。そして掴んだものをしっかりと確認。

「真夜中のプール」(2004,斉藤和義)を聞いてる。
昔の彼女が結婚すると聞いて、その彼女と真夜中のプールに入ったことを思い出す詩。今でも僕は真夜中のプールに入りたいし、そのなかでsexだってしたい。和義に負けてられっか。

でもこの曲の切なさは、伝わってしまう。僕は居場所がどんどん分からなくなってくる。青春は青い春。今は青い?冬は青い?愛は何処?外は寒いよ今日は既に。




すべては一対一になっている


そう、いつだってタイマン。




http://www.so-net.ne.jp/mc/closeup/04/0826/2.html

もしかしてロック 

2006年11月05日(日) 2時31分
「アイデン&ティティ」(1992,みうらじゅん)をほぼ朝まで読破してしまった昨夜。

映画版「アイデン&ティティ」(2003,監督:田口トモロヲ、脚本:宮藤官九郎)のくだりから借りたのだが、やっぱり映画のほうを凄く見たいと感じた。

原作の方は直球ストレートで、愛とロックを語っている。世界に開いてしまった自分を、でもその中での葛藤と守るべきもの、走りきること。

つい最近、僕は映画版の方に出演している峯田和伸(現銀杏BOYZボーカル)のblogを読んでいた。彼の音楽を聴きたいと思い、web上で彼らのとある楽曲のPVを見ることができた。そこには葛藤があり、恥があり、憤りがあり、精子が降り注ぎ、愛があった。そんなイメージ。

彼がちょうど前バンド、GOING STEADYを突然解散し、今のバンドを始めるちょっと前にその映画に出演したらしい。「当時彼の状況はそのまま映画の設定にあてはまってて、劇映画のはずがドキュメントみたいな感じになっている」(村田氏談、11/5、西山氏宅にて)らしい。

たぶん僕は想像するのだけど、あの直球のストーリーに現実のグチャグチャした得体の知れない何かをスクリーンの裏側に感じることができるのだろう。期待しすぎかもしれない。

でも、峯田和伸の数々の伝説(どれもむちゃくちゃなものばかりだけど)、それは僕をあまりにも誘惑する。つい先日の芸祭で、いや、毎年の芸祭で心の奥底に秘めているあの衝動を彼は、しかも振り切れたラインで走ってる。

先日この話題が出たとき、満場一致で「彼はもてるだろう」ということになった。西山氏の手にある彼のblog本「恋と退屈」(2006,峯田和伸)の表紙を見て、みな頷く。

でも、そこで僕が見ているのは彼がぱっかんと開けてしまった、その穴の向こうだと思う。その先にはやはり自分が居て、なぜ開けないのかと聞き返してくる。そいつをぶちのめしたいと思った。こぶしを硬く握って、走りなぎ倒して。もしかしてロック。


http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%8A%80%E6%9D%8FBOYZ
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