将来の夢
2012.01.24 [Tue] 15:45
僕はこの日記に「将来の夢をもちましょう」と書いたことがない。塾の日記なのだからもっと書いてもよさそうな題材の1つだと思うが、書いたことがない。時々中学生から「将来の夢を学校に提出しなければいけないのだけれど、どうやって見つければいい?」と質問されることがある。
提出しなければいけないものは提出しなければいけないのだけれど、そもそもそんな風に無理やり考え見つけた夢にいったい何の意味があるのだろうか。
無理やり決めた夢に向けて残りの人生を修正していくほうがどれだけ大変な人生か。
夢ってそんな風に決めるものでも、決まるものでもないんじゃないかな。
自分の人生の素敵な出会い、強烈な経験を通して夢って決まっていくんじゃないかな。
素敵な英語の先生にであって、「僕も絶対あんな人になってみたい」
高校、大学時代のアルバイトを通して「人を接客するって楽しいんだね!」
別のアルバイトを通して「僕にはこの仕事を一生続けることはできないな」
動物との素敵な出会いや辛すぎる別れを経験し「私は絶対に動物を助ける人になりたい」
そうやって自然に心の底から出てくるのが夢なんだと思う。
もちろん中学生でも確固たる夢を持っている生徒はいる。
それは「私は何になりたいんだろう」と考え続けて出てきたものではなく、その子が偶然大きな出会いや経験をしたから出てきたものだ。
その証拠に、夢を持っている中学生に「なぜ将来その仕事につきたいの?」と聞くと必ず「・・・だから」と答えが返ってくる。みんな心を揺さぶる経験をしている。
中学生はまだ社会経験もない若干15才。
将来を決める経験をしていない人だって多いはず。
そんな状況で無理に将来の夢を決める必要なんてないと僕は思う。
きっと夢がないと言っている君たちだって、高校生、大学生と大きな経験が待っているはず。
受験が終わったらさまざまなものに飛び込んでいけばいい。
夢を頭で考えるよりそっちのほうがどんなに大切で有意義か。
百聞は一見にしかず。
そして僕が今通っている中学生たちに「将来の夢」について伝えられるとしたらただ一つ。
勉強を教えることが好きで好きで仕方ない僕や緑成会の先生の姿を見てもらう事だけ。
好きな仕事につくとどんなに生き生きするのか感じてもらう事だけ。
僕に向いている仕事がほかの人に合うわけでもないし、僕が苦手な仕事が君たちに合わないわけでもない。
だから「・・・の仕事は大変だからやめたほうがいいよ」なんてことも言わないし「塾の先生っていい仕事だよ」とも言わない。
僕が将来の夢をまだ見つけられない君たちに期待する事は「将来の夢についてもっと考えろ」ではなく「さまざまな事に一生懸命チャレンジし、失敗と成功、沢山の出会いと経験をしろ」という事だ。
そうすればきっと「絶対に譲れない君だけの夢」が見つかるはずです。
という事で僕は「将来の夢」についてあまり日記には書いていないのです。
思っていないことを上辺だけで書いても人には伝わらないからね。
ただ塾生には僕の経験とメッセージはこれからも伝えていこうと思う。
そして「緑成会に通った」という経験が君たちの大きな一つの経験となるようにこれからも一生懸命やっていこうと思う。(花)
※受験生諸君。
今日の文章中に「百聞は一見にしかず」という言葉がでてきました。
これは「見ることは聞くことより優れている」という意味ではありません。
正しくは「間接的な経験より実際に現場で経験することのほうが本当に伝わる」という意味です。
だから「テレビを通して見る」事は間接的な事なので「百聞」のほうに入ります。
「見る」事と「聞く」事、どちらが優れているかではありませんので間違えないように。
これは国語の問題で出たことがあります。





























