桜は咲いてきたけれど 

April 02 [Wed], 2014, 18:00
身体は重たい日が続く。
これが老化なのか、怠惰なのか、抑うつなのか、病気のせいなのか、自分でも判断がつかない。
やっといいシーズンはきたものの、家から出る元気もなく、だらっと過ごす毎日。
仕事が入っている日だけはなんとか出ては行くものの、どうもモチベーションは今ひとつ。

健康な体ってどんなだっけ。
そういや、子どもの頃から虚弱体質で、一見元気に、見えて元気ではなかった。
疲れの反動はかならず、お釣りのようにやってきて、私を苦しめた。

生きる。。。
楽しいこともあるけど、どうしてこんな不自由な身体を与えられたのだろう。
でも、それだからこうして色んなことも考えられるのかもしれないな。

世の中には健康が取り柄の人がたくさんいて、自分なりに努力もしてはいるのだろうけれど、
こういう体の人間なんか到底理解できないから、怠惰呼ばわりをする。
できるものならこの身体で1日過ごしてから言いやがれ。
無性に腹も立つ。

思いやりのない人間にだけはなりたくないものだ。。。

私はどうなっていくのだろう 

February 26 [Wed], 2014, 16:27
明け方、夢を見た。
母が、多分だけど、母の夢だった。
枕元に気配を感じて、私は怒っている。
自分だって、言いなさいよ!!って怒りでわめいている。


母は多分、生きている。
亡くなったとは聞かないから。
もう両手を越えるだけの年数、会っていない。


私の両親は、娘は愛しているが、それは飽くまでも自分たちののためにだけ存在す娘。
飽くまでも、自分たちにとって都合のいい娘、
そうでない娘は認めない。
どんな姿であろうとも、娘として元気に生きていればそれでいいとは決して思えない親。
だから、別れた。

でも、ここにきて、親の血の濃さに苦しめられる。
なぜなら、私の病気は母筋からの遺伝だから。
皮肉。。。
別れてからわかるなんて。

そう、、、
今朝、そんな夢を見て、左胸が苦しくて目が覚めた。
胸がというか、言葉にできないような具合の悪さ。
死ぬのかなと思った。
死ぬためにはこんな苦しい山を越えないといけないのか、そんな気もした。


でも、朝はやってきた。
そして、身体は重いながらも私は生きている。
そして、苦しい思いをしていることも明らかにせず、普通のふりをして仕事に手をつける。
いつまで、こんな日々が続くのだろう。
いや、続けられるのだろう。

わからない。
もう充分、自分に与えられた役割は果たした。
概ね、やりたいこともできた。
欲を出せばキリがない。
いつ命が尽きても、それはもう運命だと思える。

生きることは苦しかったけど、面白かった。
最近、やっとそう思えるようになった。
無意識に私は今、自分の人生の総まとめに入っているような、そんな感覚がする。
身体は感じているのかもしれない。
その日が近いことを。

三本目の杖が届いた 

February 25 [Tue], 2014, 19:52
子どもの頃から膝が痛むことが多かったけど、親は町の整形外科までしか私を連れて行かなかった。
それに、まだ医学が進んでいなかったこともあって、わたしの様々な身体の不調は別々のものとされて成長してきた。

でもね、私、高校生の時には予言していたの。
きっと私、いつか歩けなくなる日が来るのかも。。。って。
やっぱり自分の体って、自分が一番わかるものなのね。
当時はまさか自分が本当に身体障害者手帳を交付されるまでになるとは思ってはいなかったけど、
その日は来ている。

車椅子だと楽だけど、上半身の筋力も弱っているから自分で自走することができない。
でも、電動式に乗るにはまだ少し早い。
何とか自分の足で少しでも長く歩きたくて頑張ってる。
そうはいっても、悪いものは悪いから、ちょっと歩きすぎるとその日の夜は足がつってしまい、激痛に耐え続けるはめになる。

杖を使うと腕は疲れるけど、この不安定な体を支えるには心だよりにはなるから、こそこそと杖を使ってきた。できるだけ、誰も知らないところで。
それだけ、普段は無理して歩いてる。

最近、新幹線がしんどいこともあって何かとご親切なエアラインを使うことが増えたけど、
杖って意外と大きいから、扱いに困ることもある。
というわけで、折りたたみの杖をオーダーしてみました。
あー。。。これはいいかも。
ちょっと便利になる予感。
飛行機の時も機内では折りたたんでいればいいし、見られたくない時はたたんでカバンに。
必要になれば出して頼る。

まだ、自分で受容できていないのかな。。。
歩けない自分の姿を。
人に見られることにまだ抵抗が消えない。
かわいそうって思われたくなくて。

ここがまだ葛藤してるところ。。。
頭ではわかっているけれど。
まだだめだな、私。。。

僕がいた時間 

February 25 [Tue], 2014, 12:07
って、ドラマをやっているけれど、あの第一回を見たとき、複雑だった。
進行性の難病者にとっては、きっと同じ感想を持った人はいたんじゃないかな。
私はALSではないけれど、やはり、整形外科から神経内科に行くようにと言われて、そして、段々と自分の体のことがわかってきた。

あそこまで早い進行性はないけれど、自分の身体が人よりも速いスピードでダメになっていっていることを
日々のちょっとしたことで実感させられることがあるから、当然、きっと予後も人並みとはいかないのもわかってる。

あのドラマを見てると、自分の最初を思い出してしまう。
だから、今は見てない。。。

どうして難病者だから、前向きに生きることが偉い、素晴らしいって解釈になるのだろう。
社会の人は一側面的な見方をする人が本当に多いっていうか、発想力に欠けてる。
私もね、頭ではわかってる。
でも、自分がその身になれば、そんなシンプルなことではないんだって、初めて心でわかる。
同情はいらない。
共感なんてしてもらわなくていい。だって、できやしないんだから。
一番、嫌なのは、中年を過ぎた年配の健常者がわかったように共感してくれること。
あなたは老化でしょ。
あたしはまだそこまでいってないのに、杖をついたり車椅子なんだよ。
若くして、高齢者と同じ不便さを持つことのしんどさ、そこは共感できようがないんだよね。
わかったように同情してくれるけど、嬉しくはない。
傾聴はしてくれていい。
同情や自分を基準にした共感はいらない。




ブログにチャレンジ 

February 25 [Tue], 2014, 10:37
さあ、何を書こうか。

最近、疲れていることの一つに、前向きって言葉がある。
いい言葉だとは思う。
特に意識をしているわけではないけど、人からポジティブと言われる私。
悪気のない一言、どちらかといえば、褒め言葉。
だけど、いつもいつも、そんなわけじゃない。
でもそれは外から見えないから仕方が無い。

このところ、どうも疲れが蓄積しているらしい。
だから、私はあえてこの題名でブログにチャレンジしてみることにした。

今日も私は自分なりの仕事をしなくてはならない。
だけど、朝から既に、手足に痺れが来ている。
なぜなら、私は身体障害者一種二級の手帳を持っている、いわゆる障害者ってやつだから。
進行性の難病があって、日々、それなりに闘病しているけれど、あまり公にしていない。

本当は移動をすることも大変だけど、ブルブル震える膝の筋肉と闘いながら、どこかにもたれつつも、
短い時間ながら必死で立って繕っている。
進行性ってだけあって、自分の記憶にある自分の身体は子どもの頃から動きがおかしいなりにも、
今ほどではなかったから、自覚がむつかしい。
日々、衰えて行く身体とどう付き合うのか、そこで葛藤している毎日。

そんな生活の中から見える、障害者側からの思いの本音を書けたらいいかと思っている。
このブログの価値はあえてそこに置こうかと思っている。
決して前向きではない。
でも、まだ私は生きている。
色んなことを諦めたり、失ったり、我慢したり、内緒にしながらも、必死で生きている。
だから、書けることがある。
正直になろうと思う。
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表社会では、前向きに生きている力強い障害者のイメージの私。
だけど、いつもそんなふうなわけがない。
時々には、本当の気持ちを言いたいこともある。
でも、表の私にはそれはできないこと。
だから。。。
このブログを作りました。
正直に生きる場所も私には必要だから。。。
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