ブーツの季節

November 12 [Tue], 2013, 6:43
私『万事かどうかは知らないが、君の細君と楢山(ならやま)夫人との関係だけは聞いていた。』三浦『じゃ、僕の妻と妻の従弟との関係は?』私『それも薄々推察していた。』三浦『それじゃ僕はもう何も云う必要はない筈だ。』私『しかし――しかし君はいつからそんな関係に気がついたのだ?』三浦『妻と妻の従弟とのか? それは結婚して三月ほど経ってから――丁度あの妻の肖像画を、五姓田芳梅(ごせたほうばい)画伯に依頼して描(か)いて貰う前の事だった。』この答が私にとって、さらにまた意外だったのは、大抵(たいてい)御想像がつくでしょう。私『どうして君はまた、今日(こんにち)までそんな事を黙認していたのだ?』三浦『黙認していたのじゃない。僕は肯定(こうてい)してやっていたのだ。』私は三度(みたび)意外な答に驚かされて、しばらくはただ茫然と彼の顔を見つめていると、三浦は少しも迫らない容子(ようす)で、『それは勿論妻と妻の従弟との現在の関係を肯定した訳じゃない。当時の僕が想像に描いていた彼等の関係を肯定してやったのだ。君は僕が「愛(アムウル)のある結婚」を主張していたのを覚えているだろう。あれは僕が僕の利己心を満足させたいための主張じゃない。僕は愛(アムウル)をすべての上に置いた結果だったのだ。だから僕は結婚後、僕等の間の愛情が純粋なものでない事を覚った時、一方僕の軽挙を後悔すると同時に、そう云う僕と同棲(どうせい)しなければならない妻も気の毒に感じたのだ。僕は君も知っている通り、元来体も壮健じゃない。その上僕は妻を愛そうと思っていても、妻の方ではどうしても僕を愛す事が出来ないのだ、いやこれも事によると、抑(そもそも)僕の愛(アムウル)なるものが、相手にそれだけの熱を起させ得ないほど、貧弱なものだったかも知れない。だからもし妻と妻の従弟(いとこ)との間に、僕と妻との間よりもっと純粋な愛情があったら、僕は潔(いさぎよ)く幼馴染(おさななじみ)の彼等のために犠牲(ぎせい)になってやる考だった。そうしなければ愛(アムウル)をすべての上に置く僕の主張が、事実において廃(すた)ってしまう。実際あの妻の肖像画も万一そうなった暁に、妻の身代りとして僕の書斎に残して置く心算(つもり)だったのだ。』三浦はこう云いながら、また眼を向う河岸(がし)の空へ送りました。が、空はまるで黒幕でも垂らしたように、椎(しい)の樹(き)松浦(まつうら)の屋敷の上へ陰々と蔽いかかったまま、月の出らしい雲のけはいは未(いまだ)に少しも見えませんでした。私は巻煙草に火をつけた後で、『それから?』と相手を促しました。三浦『所が僕はそれから間もなく、妻の従弟の愛情(アムウル)が不純な事を発見したのだ。露骨に云えばあの男と楢山夫人との間にも、情交のある事を発見したのだ。どうして発見したかと云うような事は、君も格別聞きたくはなかろうし、僕も今更話したいとは思わない。が、とにかくある極めて偶然な機会から、僕自身彼等の密会する所を見たと云う事だけ云って置こう。』私は巻煙草の灰を舷(ふなばた)の外に落しながら、あの生稲(いくいね)の雨の夜の記憶を、まざまざと心に描き出しました。が、三浦は澱(よど)みなく言(ことば)を継(つ)いで、『これが僕にとっては、正に第一の打撃だった。僕は彼等の関係を肯定してやる根拠の一半を失ったのだから、勢い、前のような好意のある眼で、彼等の情事を見る事が出来なくなってしまったのだ。これは確か、君が朝鮮(ちょうせん)から帰って来た頃の事だったろう。あの頃の僕は、いかにして妻の従弟から妻を引き離そうかと云う問題に、毎日頭を悩ましていた。あの男の愛(アムウル)に虚偽(きょぎ)はあっても、妻のそれは純粋なのに違いない。――こう信じていた僕は、同時にまた妻自身の幸福のためにも、彼等の関係に交渉する必要があると信じていたのだ。

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