安易な方法を取ったりはしない

June 02 [Mon], 2014, 16:07
精神発達遅滞の子どもは知的なライフプランを確立することはないであろう。人によって異なる精神的な態度へと話を進めよう。ある人たちは多かれ少なかれ戦闘的である。しかし他方、あっさりとあきらめてしまいたい人もいる。しかし実際に断念してしまう人はいない。そのようなことは可能ではない。なぜなら人間の本性とは矛盾するからである。普通の人は断念することはできない。たとえ断念するように見えても他の方法によるよりも闘う意志があることを示している。いっそいつも断念したいと思っているように見えるタイプの子どもがいる。そのような子どもは、通常、家族の中心である。皆が彼の世話をしなければならず、前へと進むように駆り立て、励まされなければならない。彼は一生支えられなければならず、いつも他の人にとって重荷となる。これが彼の優越性の目標である。即ち、このような仕方で他の人を支配したいという欲求を表現しているのである。このような優越性の目標は、もちろん既に見たように、劣等コンプレックスの結果である。もしも自分自身の力を疑っていなかったのであれば成功を得るために、このような安易な方法を取ったりはしないであろう。


身体の不完全さ

May 28 [Wed], 2014, 11:05
身体の不完全さと悪いライフスタイルの間には必然的な関係はない。身体的な不完全さに対しては、しばしば適切な栄養という形で適切な治療をすることができ、そのことで悪い身体的な状況を取り除くことができる。しかし悪い結果を引き起こすのは身体的な欠陥ではなく患者の態度である。これが個人心理学者にとっては単なる身体的な欠陥、あるいはまったくの身体的な因果性が存在しないことの理由である。身体的な状況に対する誤った態度があるだけである。このことが個人心理学者が、原型が発達する間に劣等感に対抗する努力を育もうとすることの理由である。困難を克服するまで待てず、いらいらする人を見ることがある。強いかんしゃくと激情を持って、絶え間なく動いている人がいれば、そのような人は強い劣等感を持っているといつも断言してよいであろう。自分の困難は克服できると知っている人はいらいらすることがない。必要なことをいつでもできるわけではないとしてもである。倣慢で生意気な闘っている子どもたちも、強い劣等感を示しいる。そのような子どもたちの場合、治療するために、彼らの持っている困難の理由を探すことが仕事となる。その際、決して原型にまでさかのぼることのできるライフスタイルの誤りを批判したり、罰してはならない。


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