開高健、心の闇の正体(3/4)

July 08 [Tue], 2014, 16:41


 『開高健の憂鬱』の著者・仲間秀典氏は「開高の告白にはまた、西洋近代小説の呪縛と苦闘する日本人作家の姿を垣間見ることができる」と述べている。


 仲間氏は、そうした日本文学の事情を開高がそう書いているかを紹介している。
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 少なくとも第一次大戦後の多彩な精力と原理と情熱の噴出ぶりにくらべて第二次大戦後の西洋文学はひどく受胎力やED治療薬力を失ったように見受けられる。バスに乗り遅れてはいけないと思って私はつぎからつぎへ輸入、翻訳される作品をノミとりまなこで読んできたけれど、感想を野蛮に短くつづめてみると、おもしろくないのである。
 新しい試みだと思わせられるものがあって読みにかかっても、すぐに、ああ、これはいつかどこかで読んだと思ってしまうのである。新しい本を寝床に持ち込んで第一頁を開くときのたのしさ、未知数性だとか、謎だとか、冒険、鮮烈、新しい開花、とつぜん活字の群れのなかに白い窓がひらいて風が吹き込んでくるような感触、あるいはキラキラ輝く暗い淵をいきなり覗きこませられるような不安などをおぼえることがほとんどなくなった。
 本の腰や最終頁の解説文にはおごそかな主張や神話的託宣があふれているけれど、作品そのものは退屈でならない。隙間風がいたるところから入ってきて心を冷ましてしまう。
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 仲間氏は開高の著作からたくさん引用しているが、これだけでも十分であろう。

 その意気やよしと、私は開高に期待したが…。
 しかし開高は、当時の日本社会というものも、ヴェトナム戦争も、心の闇についても、論理的に捉えることに失敗した。
 そして最後の絶筆となった『珠玉』ではついに好きな愛人に小水をかけてもらう性行為を書いて、自分の文芸の出発点も、また解決を求めて苦闘してきたものは「女だった」と呟いて、それをひとつの到達点であるかにしたためてこの世から去った。

 文学の力が衰えたという事情はいかにもあったであろうが、それを論理的に究明するのならどうしても、弁証法と認識学との研鑽が必須であるのに、開高にそれを教えてやる周囲の文学界は存在しなかった。
 あの読書家としては日本で最も本を読んだらしい、開高の親友だった谷沢永一氏も、完全スルーした南郷継正の著作の中にしか、開高が本当は求めてやまなかった答えがあったのに…。
 『なんごうつぐまさが説く看護学科・心理学科学生への“夢”講義(4)』(現代社白鳳選書)には、「認識の成立の過程性を説く」として、心理学がどのように人類に誕生してきたか、その発展史を見事に捉えてある。
 むろん、「“夢”講義」は開高の死後刊行された著作ではあるが、『武道の理論』や『武道講義』の連載なら生前に読めたものを…。
 それからもう一つ。
 戦争の論理性が作家たちにはつかまえられなくて当たり前なのではなかろうか?
 例えば、ロスチャイルド家の初代マイヤー・ロスチャイルドの夫人グートレ・シュナッパーはこういっている。
 ロスチャイルド家の初代マイヤー・ロスチャイルドは息子5人をそれぞれロンドン、パリ、フランクフルト、ウイーン、ナポリに配置させて、その国の王権から財政・金融を奪取していった。そのために戦争は引き起こされたからである。
 その根本を抑えない学問も芸術も、すべては対象に肉薄するにあたって隔靴掻痒にならざるを得まい。
 


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